「夢なんて頑張っても叶わない」 一流の“走りのプロ”秋本真吾が伝えたい、努力より大事なこと

Career
2020.09.28

スプリントコーチとして、プロ野球選手やサッカー日本代表選手などトップアスリートから年間1万人以上の子どもたちに「走り」を指導する秋本真吾さん。今年4月に始動したオンラインサロン『CHEETAH(チーター)』では、秋本さんの走り方のハウツーを学べるだけでなく、“走りのマニア”たちが集うコミュニティとしてもこれまでにない価値創出に力を注いでいる。そんな彼が、走りを「教える」という道を選んだのはなぜか? また200mハードル元アジア最高記録保持者でありながら自身は夢をかなえられなかったからこそ、子どもたちに伝えたい想いとは――。

(インタビュー=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、写真=@moto_graphys)

早く走れるようになって喜んでくれる人を見て「次のステージ、ここかもしれない」

――現役を引退した時には、すでにスプリントコーチとしてやっていこうと考えていたのですか?

秋本:現役最後の2年は本当にプロとしてやりたいと思っていたので、所属していた実業団を辞めちゃったんです。片っ端からスポンサーを探して、2社見つけたうちの1社が「ペプトワン」というサプリメントの会社だったんですけど、その会社がプロ野球の12球団に営業していて、当時オリックス・バファローズさんの盗塁率が一番低かったので足を速くするためのコーチングをできる人を探していると相談されていたらしくて。それで僕に声がかかって、「絶対やりたい!」と思い、神戸まで行ってプロ選手10人ぐらいに教えました。正味1時間~1時間半ぐらいしかやっていないんですけど、オリックスのコーチ陣が事前に30mのタイムを計っていて本当に速くなるか検証していたんです。僕からすると、かなりしっかり練習した後にタイムを計るなんて無謀だし、絶対速くなっていないと思っていたんですけど。

――疲れも出ますしね。

秋本:はい。そうしたら結局、ほぼ全員自己ベストを出しちゃったんです。選手もコーチも喜んでいる姿を俯瞰的に見た時に、「何だこれ? こんな簡単に足速くなるの?」とものすごい可能性が見えて。結局それが評価されて、その後のキャンプも2回、オリックスさんに呼ばれてコーチングや講義をすることになり、その時に「次のステージ、ここかもしれない」と思ったんですよね。指導者となるにあたり、僕みたいに日本代表にもなっていない選手が大学の監督になるというのはけっこう難しくて。それよりも、他のスポーツに価値を提供するような職業を自分でつくるというチャレンジもありだなと。

――それはすごい流れですね。

秋本:「スプリントコーチになるぞ」と決めてから、実は就活支援などをやっている会社で営業として数カ月間働いたんですけど。やっぱり、走り方を教えてみんなの足が速くなって、子どもからトップアスリートにまで「うれしい」と言ってもらえるのが自分にとって何よりも大きい喜びだと気づいたんです。それで、2013年に独立を決めました。そこからはSNSを駆使して「僕はこういうことをしています」みたいなことを積極的に発信するようになって。いろいろな方から「この学校のPTA長をやっているんだけど、学校に来れますか?」とか、「いくらでお願いできますか?」という問い合わせが舞い込むようになり、それを一つひとつ着実にこなしていき、少しずつ広がっていきました。

――ちょうどSNSが一気に広まったタイミングだったのですね。

秋本:はい。最初は渋谷区の小学校で1回6000円ぐらいで走り方教室をするというところから始まって、そこから徐々にという感じですね。それから紹介してもらったアスリート一人ひとりに対し、確実に結果を残していこうと決めて取り組んでいったのがどんどん増えていきました。

――その中で、200 mハードルのアジア最高記録保持などの実績は強みになったのでは?

秋本:そうですね。僕が慕っている為末大さんにも、「そういうのはどんどん使え」と言われていたので。正直なところ、200 mハードルのような特殊種目はオリンピック種目ではないので陸上関係者からすると「だから何なの?」みたいなものなんですが、そんなの関係ないと思って。一般的には、「すごい」と言う人のほうが「すごくない」と言う人の割合より多いと思っていたので。ハードルを跳んだり、子どもたちに走り方を教えるということを当時やっている人がまだ少なかったので、そういうのをフックにセルフブランディングをやっていきました。

一期一会の “初めて”をいかに100%で向き合って結果を残すか

――子ども向けの陸上教室も、ずっと継続的にやられているんですよね。

秋本:はい、そうです。

――年間1万人もの人たちに継続的に教えているそうですが、その際に秋本さんが特に大切にしていることは何ですか?

秋本:僕はとにかくその場を100%でやるということを大切にしています。というのは、スクールの運営はしているんですけど僕は現場に行っていないので、僕が実際に今まで会ってきた約7万人の子どもたちや学生たちって、初見が多いんですよね。一期一会で、この1時間でこの子たちを速くしてくださいという状況がほとんどなんです。僕にとっては何回もある現場であってもその子たちにとっては初めてのことなので、この初めてをいかに100%で向き合って結果を残すかということを常に考えています。

なので、例えば走り方のプレゼン内容を毎回変えたり。走り方のトレーニングに関しては、これをやったら絶対に速くなるという一つのフォーマットみたいなものをわかりやすく確実に伝えていくということができるようになってきたら、それぞれの最初の走りを見て、適したトレーニング方法がわかるようになってくるんですよね。僕自身も現場に出ることに加え、もっと勉強しなきゃいけないと思っているので、2020年は自分がすごいと思う走り方を伝えているコーチの人たちに会いに行って勉強する期間にしようという目標を一つ決めています。

先日は、岩手県の盛岡にある「陸上塾」というすごく面白い練習をするクラブチームがあり、そのチームの監督さんに「練習見学させていただけませんか?」と連絡したら快諾していただいて、岩手まで車で行っていろいろ勉強させてもらいました。やっぱりそういうふうに僕自身も学んで成長し続けないと、より良いコンテンツやメニューを届けられないので、常に学び、成長し続けるということを大事にしています。

――すごいですね。常に自分自身、インプットしながらさらに成長し続けなきゃいけないというのは、「伝えなくてはいけない」という想いが生んでいることなのですか。

秋本:それは常にありましたね。競技をやっている時ってやっぱり、毎週自己ベストを狙いに行って達成できたらうれしいし、だめだった時はすごく嫌な気持ちで帰るということをしていたのが、陸上教室でも同じことが起きているというか。毎回毎回、今日の良かった点、悪かった点を教室が終わった後に書き出して、内省するということはずっとやってきました。

「ハウツー」よりも「コミュニティ作り」で価値提供を

――今年4月にはオンラインサロン『CHEETAH(チーター)』をスタートしましたが、何かきっかけがあったのですか?

秋本: 知人から2、3年前ぐらいに、フットサルの監督がオンラインで教えるということを1回数万円ぐらいで行って50~60人集まったという話を聞いたんです。フットサルで、しかも値段も想像していたよりも高かったので、そんなに集まるんだと驚いて。「俺もやってみたい」と思ったんですよ。

今まで現場で多くのコーチングをやってきましたけど、実際にその場へ来られない人も全国にたくさんいるよなと思い、そういう人たちに対して何かできないかと構想を始めて。いろいろ考えた結果、オンラインサロンがいいんじゃないかと考えが固まっていきました。もともと僕がやっている会社の事業としてオンラインサロンをやろうとしていたんですけど、それがなかなかスタートしなかったこともあって。それなら、僕個人のコンテンツとしてやりたいということを共同代表に相談したら前向きに受け入れてくれたので、せっかくだから2020年の誕生日にやろうという感じでスタートしました。

そうしたら、ちょうど4月7日の誕生日当日に緊急事態宣言が出てしまって……。ただ、そのタイミングから世の中的にもオンラインが一般化していったので、今後のオンラインの可能性みたいなものが見出せたのはよかったです。

――具体的にはどんなオンラインサロンなんですか?

秋本:主にコーチやアスリートへ向けた「『走る』を考えるオンラインサロン」として、基本的には僕がこれまで現場で映像を使ってプレゼンしてきた座学が好評だったので、これをコンテンツの一つにしました。例えば、僕がどういう理念でコーチングをしているかとか、サッカーで速く走るためにはどうすればいいか、ケガをしやすい走り方は何かとか。止まり方や方向転換、守備の仕方など、自分のメソッドを僕がしゃべって録画した動画を配信するという、いわゆるオンライン講義みたいな形式ですね。

もう一つが、コーチングにおいて僕の理論を知りたいという人がいる一方で、その根拠がすごく大事だと思っていて。今の世の中、サッカーも野球も陸上も、最先端の面白い論文ってすごくいっぱいあるんですよ。その中から信ぴょう性が高く、僕がやってきたコーチングとマッチングしている論文をサロンメンバーに紹介しています。サロンメンバーに福岡大学助教授のバイオメカニクス専門のメンバーがいて、そのメンバーが面白そうな論文をピックアップしてくれて。それを僕の経験も絡めながらディスカッションしていくというコーナーも好評です。

さらにもう一つ、サロン開始以来すごく反応がいいのがサロンメンバー同士のミーティングです。メンバーには、福岡ソフトバンクホークスの内川(聖一)さんなどプロアスリートも結構いるんですよ。あとは学校の監督とかいろいろな人たちがたくさんいて。そういう人たちと月に2回ほどミーティングするという場を作っています。

――ミーティングではどんな話をしているのですか?

秋本:事前にどんな議論をしたいかアンケートを取って、それをもとに決めたテーマに対していろんな人たちが意見し合うというイメージです。僕がファシリテートするんですけど、それもすごく反応がよくて。月に1回オンライン対談みたいな感じでゲストを呼んで、「走り」をフックにいろんな議論を展開するという。僕はオンラインサロンってハウツーの提供よりもコミュニティ作りが結果的に残っていくと思っているので、そこをすごく大事にしているんですけど。

今後は、出版予定の本の中身をみんなで考えたり、僕の陸上教室やイベントの内容を皆さんと一緒に企画したり、そこで一緒に運営をやりましょうとか、どんどん巻き込んでいこうと考えています。

そのほかに、直接コーチングしてもらいたいという声もとても多くいただくので、3カ月間マンツーマンで週に1回オンラインミーティングをして、定期的に走りの動画を送ってもらってそれを一緒に分析する。これを3名限定というかたちでやっています。まずはサロンメンバーに告知したら、結局今、9カ月待ちという状況になっていて。ただ、走りを送ってもらうだけだとやっぱり難しくて、その人のパーソナリティとか感覚、どういう練習を今までやってきたのかなどをディスカッションしないと、ポンッと「このメニューやってください」というのはできないんですよね。

SNSなどでも「足が速くなるためにはどうすればいいですか?」みたいな質問をいただくことがすごく多いんですけど、実は一番難しい質問で。やっぱりその人に適したコーチングをするためには徹底的にディスカッションする場が必要だと考えて、今ちょうど3カ月目になりますが、3人ともすでに足が速くなっています。目標シートというものも事前に共有して、自分の感覚と映像を照らし合わせた中での僕の感想などもディスカッションしながら週に1回進めているという感じです。

――今サロンメンバーはどれくらいいるのですか?

秋本:今は月額3000円で120人ぐらいメンバーがいて、さらに月1000円で僕がトレーニングのハウツーを字幕付きで話して、理論から入ってきやすいようにしたオンラインサービスも60人くらいの参加者がいます。

――4月に立ち上げてからこれだけの人数が集まることもすごいですし、その人たちがディスカッションする場所ってなかなかないですよね。

秋本:やっぱりそこの強みは出したくて。集まってくる人たちも、走りを追究するマニアックな人が多いので、話す内容もすごく面白いんですよ。なので僕の講義を聞いても聞かなくても、ミーティングだけでも価値があると思っています。

「夢なんて頑張ってもかなわない。大事なのは“頑張り方”」

――実際にオンラインサロンをやってみて、思い描いていたものとギャップはありましたか?

秋本:全体的にはイメージどおりに進んでいるなという感じはあります。ただ、当然退会者もいるので、退会者の声をどう拾うかというのが大事。例えば退会者が学生だとしたら、月3000円というのが厳しいのか、それともコンテンツ内容に問題があるのか、とか。そういった分析をして、よりいいコンテンツを提供できるように考えています。

あと、CHEETAHメンバーにも入ってくれている、為末さんなどのマネジメントをしていた人に、もっと僕の価値を出したほうがいいというアドバイスをいただいて。どうやってスプリントコーチになって、どういう視点でコーチングをしているのか、というようなことをどんどん出していったほうがいいと。要は、ハウツーに関する情報はどんどん無料化されている時代なので、そこに行き着くまでのストーリーに興味を持ってくれる人を増やしていくにはどうしたらいいか。例えば最近、アンケートに答えてくれた人限定でYouTubeで僕の講義動画が1本見られるという無料キャンペーンをやったら、興味を持って(オンラインサロンに)入ってくれる人も多かったりして。そんなふうにやりながら学んでいます。

僕のオンラインサロンの場合は、速く走るためのハウツーを求めてくる人が多いんですけど、ある程度そのための情報を仕入れたら、絶対退会していくはずなので。参加してくれているサロンメンバーを満足し続けられる仕組みを考えないといけないというのは常に思っています。

僕は夢を達成できなかった側の人間なので、講演をする時も、その辺(プロセス)をすごく大事に話していますね。金メダルを取った人が「頑張れば夢はかなうんだよ」という話をするケースが多いと思うんですけど、そういう実績がある人のほうが少ないですし、頑張り方が大事で。だから僕は「夢なんて頑張ってもかなわないから、頑張り方が大事だから」という話をよくしているんですけど。

――以前REAL SPORTSでインタビューさせていただいた、内田篤人さんも子どもたちに話す時に、「サッカー選手になりたい人?」と聞いて、「たぶん全員なれないよ」と言うという話をしてくれました。そんなに甘いものじゃないから、と。

秋本:すごく共感しますね。だから僕も、「だって俺、いっぱい努力したけどかなわなかったもん」というところから、自分の経験をもとに正しい努力の仕方とは何か、という話をするんですけど。

日本サッカー協会がやっている「夢先生」というプロジェクトで、すごくそれを感じるんですけど、延べ1000人ぐらいの登壇者がいても、やっぱりそれぞれ成功体験や失敗談って違うじゃないですか。どうしても輝いているところしか見ないで夢を決めてしまうから、今の子どもたちは、そういういろいろな人のエピソードをたくさん聞いて、夢を選択していったほうがいいのではないかと感じていますね。

<了>

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PROFILE

秋本真吾(あきもと・しんご)
1982年生まれ、福島県大熊町出身。元陸上競技選手、現在はスプリントコーチ。小学校時代から陸上に親しみ、双葉高校1年時に400mハードルに出会う。国際武道大学に入学、同校大学院1、2年時に日本選手権ファイナリストに選出。2012年まで400mハードルの陸上選手として活躍し、オリンピック強化指定選手にも選出され、当時の200mハードルアジア最高記録、日本最高記録、学生最高記録を保持。2013年からはスプリントコーチとしてプロ野球球団、サッカー日本代表選手、Jリーグクラブ所属選手、なでしこジャパン選手、アメリカンフットボール、ラグビーなど500名以上のプロスポーツ選手に走り方の指導を展開。年間1万人以上の日本全国の小中学校にてかけっこ教室を開催、これまで約7万人の子供たちへ走り方を指導。また、地元である福島県大熊町のために被災地支援団体「ARIGATO OKUMA」を設立し、大熊町の子どもたちへのスポーツ支援、キャリア支援を行っている。2020年4月にオンラインサロン『CHEETAH(チーター)』をスタート。

[指導歴]
・チーム
2016-阪神タイガース/2010-2012 オリックス・バファローズ/2018 大分トリニータ/2012 2018 INAC神戸レオネッサ/2016 日テレ・東京ヴェルディベレーザ/2017 浦和レッズレディース/2019 カンボジア代表(サッカー)

・アスリート
内川聖一(福岡ソフトバンクホークス)/荻野貴司(千葉ロッテマリーンズ) /槙野智章(浦和レッズ)/宇賀神友弥(浦和レッズ)/橋岡大輝(浦和レッズ)/大島僚太(川崎フロンターレ)/谷口彰吾(川崎フロンターレ)/長谷川竜也(川崎フロンターレ)/都倉賢(セレッソ大阪)/李忠成(京都サンガF.C.)小野瀬康介(ガンバ大阪)/稲本潤一(SC相模原)/大津祐樹(横浜F.マリノス)/オナイウ阿道(横浜F.マリノス)/石井 講祐(サンロッカーズ渋谷)/中村 輝晃クラーク(富士通フロンティフロンティアーズ)/神野大地(セルソース)

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