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遠藤保仁と半沢直樹に通底する共通点とは? どこでも結果を出す人の“思考回路”を追う
10月5日、J1史上最多641試合出場の鉄人、遠藤保仁のジュビロ磐田移籍が正式発表された。期限付き移籍とはいえ20シーズンもの長期にわたり所属したガンバ大阪から出ていく決意をしたことは、大きな驚きをもって受け止められた。
一般社会においても、長く在籍した会社からの転職は決して簡単ではない。転職前に大きな成果を挙げていた人が、転職後にパッとしなくなってしまうケースも少なくないだろう。日本サッカー界の至宝は、新しい環境でいかにして成功をつかむことができるだろうか? 大ヒットドラマ『半沢直樹』にも通底する、どんな場所でも結果を出すことのできる「真に優秀な人材の条件」を、日本サッカー界の至宝の思考回路からひも解きたい――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
『半沢直樹』で頭取が語った、“真に優秀な人材”の条件とは?
「どんな場所であっても、銀行の大看板を失っても、輝く人材こそ本物だ。真に優秀な人材というのは、そういう者のことをいうのだろう」
最終回の視聴率が30%を超えるなど、日本中にブームを巻き起こしたTBS系列の大ヒットドラマ『半沢直樹』での一幕だ。前作で東京中央銀行のバンカーとして活躍していた主人公の半沢直樹(堺雅人)が、東京セントラル証券に出向したところから物語はスタートした。
東京中央銀行の証券営業部部長・伊佐山泰二(市川猿之助)、副頭取・三笠洋一郎(古田新太)の暗躍によって半沢は大口案件を奪い取られ、さらなる出向という窮地に追い込まれた。だが、資金力にものをいわせ、銀行という大看板にあぐらをかいていた伊佐山と三笠の失態・不正を暴き、最後は「倍返し」してみせた。
事の顛末を知った東京中央銀行の頭取・中野渡謙(北大路欣也)は、子会社への出向という憂き目にあっても腐ることなく、親会社である自分たちを見事なまでにたたきのめした半沢を評し、冒頭の言葉を口にした。この中野渡頭取の言葉は、まさに世の真理だといえるだろう。
一般社会においても、十数年も在籍した会社から転職することは決して簡単なことではない。自分を知っている上司や同僚はおらず、職場環境、社風、ルールなど無形の変化もある。前職場では「暗黙の了解」で済ませていたことはまったく通じず、大手からの転職の場合には見えやプライドが邪魔することもある。
また、自分の持っている仕事の能力やスキルはあくまで転職前の会社で最適化されたものなので、必ずしもそのまま新たな職場で生きるとは限らない。新たな環境に自分をどのように適応させていけばいいのか。そうした作業は、仕事の能力やスキルそのもの以上に重要ともいえるだろう。
しかし、時代や国を問わず、真に優秀な人材はどんな環境にあってもその力を発揮することができる。新しい場所、新しい領域、いま現在であれば新型コロナウイルスによって大きな変化を余儀なくされた、いわゆるニューノーマルの世界でも――。
20シーズンにわたり在籍したガンバを旅立つ決心をした、遠藤保仁
2001シーズンから実に19年9カ月にわたってガンバ大阪に在籍し、手にした9つのタイトルすべてに関わってきた遠藤保仁は自ら望んで、ジュビロ磐田への期限付き移籍を決めた。
予期せぬ出向を命じられた半沢直樹とは置かれた状況が異なるものの、新天地に合流し、初めて練習を終えた直後の心境を問われた遠藤は「疲れました」と苦笑いを浮かべている。
「楽しくできましたけど、疲れました。今野と大森以外は初めての選手が多いので、コミュニケーションを取るのがちょっとぎこちなかったかもしれないですけど、まあ初日なので」
ガンバで2014シーズンの国内三冠独占を共に経験した今野泰幸、大森晃太郎、日本代表で共にプレーした新任の服部年宏コーチを除けば、面識のある選手やスタッフはほとんどいない。ゆえにメンタル的に「疲れた」となったわけだが、一方でこんな言葉も紡いでいる。
「みんなが温かく迎えてくれましたし、自分の特長とかはだいたいわかってもらっていると思うので。そのなかで選手たちとよりコミュニケーションを取って、お互いにいいものを出せるように、練習のなかで一日でも早くいいものをつくり上げていきたいと思っています」
移籍の理由は、出場機会の減少だけではない
クラブの顔を長く務めるなど、代えの利かない存在を務めてきたガンバからの移籍を、遠藤は「新しいチャレンジだし、わくわくしている」と位置づけた。19試合を終えたリーグ戦で先発3、途中出場8でプレー時間は363分間。リザーブ5、そしてベンチ外も3を数えていたなかで決断を下した。
「常に長い時間、試合に出たいというのは、間違いなく今回の移籍理由の一つではあります。ただ、それだけがクローズアップされるのも僕のなかではどうなのかな、というのはあります」
ガンバでポジション争いになかなか絡めなかった日々で生じた、自分自身に対する悔しさも慰留を振り切っての移籍につながったはずだ。望まれる新天地で、自分を知る者もほとんどいない状況でも再び輝きを放ってみせる。ゼロからの作業が、遠藤をして「新しいチャレンジ」と言わしめている。
ガンバでの在籍期間があまりにも長いがゆえに忘れられがちだが、移籍そのものは3度目となる。鹿児島実業高校から1998シーズンに横浜フリューゲルスへ加入するも、1年で横浜マリノスに吸収される形で消滅。1999シーズンに移った京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)も、2000シーズンにJ2降格を喫した。
2001シーズンに加入したガンバを含めて、すぐにレギュラーに定着した。ジーコ監督に率いられた日本代表でも常連となっていた2003シーズン。ガンバが発売しているカレンダーは冒頭の1月に現監督の宮本恒靖が登場していた一方で、遠藤が紙面を飾っていたのは夏が過ぎた後の9月だった。
「自分の特長を一つ挙げろと言われても、何も思い浮かばない」
当時23歳だった遠藤に関連づけられた言葉は「黒子」であり、あるいは「いぶし銀」だった。例えばジーコジャパンでは司令塔・中村俊輔とあうんのコンビネーションを発揮。永遠の人気漫画『キャプテン翼』に例えれば俊輔が大空翼であり、遠藤が永遠の名バイプレーヤー岬太郎になぞらえられた。
自身のそうした存在価値をどのように受け止めているのかを、遠藤自身に直接聞いたことがある。玄人受けする、と言ってもいい「黒子」や「いぶし銀」という評価に対する思いを、遠藤はいたって自然体で、いま現在も変わらないひょうひょうとした口調でこう語ってくれた。
「目立ちたいとは思っていないですし、どちらでもいいかな、と。自分が一番になりたいとも別に思っていないので。僕の一番の役割は守備と攻撃のつなぎ役だと思っているし、フリーの味方にボールを早く預けてまたもらうとか、そういうプレーをもっと、もっと増やしていきたい。なので、チームにとって絶対に必要な選手にはなりたい、とは思っています。目立つ、目立たないは別にして」
自己分析をしてもらうと、ガンバと日本代表とで必要不可欠な存在になりつつあったボランチは「普通の選手だと思っています」と等身大の自身を語りながら、一方で矜恃(きょうじ)ものぞかせている。
「特別なことができる選手でもないし、ヘディングがすごく強いというわけでもない。自分の特長は何なのかと聞かれても、いつもあまりいい言葉を返せないんですよ。何か一つ挙げろと言われても思い浮かばないし、それがダメなところかな、とも思うんですけど。でも、自分のプレースタイルそのものは大好きですよ。パスをつないで攻撃することが大好きだし、その意味ではパスは正確な方だと思っています。あまり攻め急がないというか、意味のないパスに見えてもボールを回していれば、自分としてはそういうサッカーが好きなので。なので、1対1で勝負を挑むのは、僕の場合、99%ないですね。シンプルにプレーすればいいんじゃないですかね。それしかないですね、多分」
J1歴代最多の641試合出場を支えた、遠藤の思考回路
23歳の夏に語ってくれた言葉は40歳になったいま現在も、通算641試合出場とJ1歴代で最多記録を更新した遠藤の胸中で力強く脈打っている。コンビを組む相手の特徴を瞬時に見抜くことで柔軟なコンビネーションを構築し、それでいて不変のプレースタイルを貫いていく。
ガンバでは2000年代後半に明神智和、二川孝広、橋本英郎と「黄金の中盤」の一角を担い、三冠を獲得した2014シーズンは怪物・宇佐美貴史を後方から支援した。日本代表では俊輔との黄金コンビに続いて、長谷部誠と組んだダブルボランチで2列目の本田圭佑や香川真司らを光り輝かせた。
キャリアを振り返れば、23歳のときに語ってくれた独自の哲学を貫き通してきた跡が伝わってくる。要は「目立たなくてもいい。ただ、チームに必要不可欠な選手になる」――。究極の“黒子力”と表現できる遠藤の思考回路は、新天地ジュビロへスムーズに溶け込んでいく上で最大の武器となる。
ただ、救世主という役割をも託されて迎え入れられた点で、哲学のなかの「目立たなくてもいい」は、いい意味で実践できないかもしれない。シーズンの折り返しをちょっと過ぎた時点で7勝9分8敗の勝ち点30で、13位に甘んじているジュビロは巻き返しへの起爆剤を求めている。
ジュビロのJ1昇格は現実的に困難。それでも決して「諦めない」
新型コロナウイルスの影響下で行われている今シーズンはJ1昇格プレーオフが開催されず、上位2クラブが自動昇格する特別レギュレーションが採用されている。7試合連続で勝ち星から遠ざかっているなかで、現時点で2位につけるアビスパ福岡との勝ち点差は16ポイントに開いた。
J1復帰へ向けて、ジュビロが設定している勝ち点は80ポイント。残り18試合で17勝が求められる、非常に厳しい状況にも、遠藤は「諦めるのは簡単なこと」とファイティングポーズを捨てない。
「残りの試合数を考えても、十分に間に合うところにいると僕は思っています。難しい試合があるかもしれないけど、より多くの試合で勝ち点3を取っていければ」
早ければ敵地で10日に行われる松本山雅FCとの次節から、遠藤は「空いていたので選んだ」という「50番」を背負って、ジュビロの一員としてピッチに立つ。シーズン終了までの短期間で結果を出すためにも、初仕事で大きなインパクトを残し、新しい仲間たちを“その気”にさせる必要がある。
「ハードワークやフィジカル重視の世の中になっているけど、変化を与えられる選手は見ていて美しいと思うので、向こうでもそういう選手になれれば。自分のプレースタイル、特長というのはジュビロのスタッフや選手もわかっていると思うので、それ以上の驚きをプレーで披露したい」
ガンバでも行われた期限付き移籍会見で、遠藤はこんな抱負を残している。ルーキーイヤーから貫いてきた哲学が「美しさ」にあたるとすれば、ジュビロを勝たせる主役として目立つことを厭(いと)わないプレーは「驚き」にあたる。2つの要素を融合させることも新しいチャレンジに含まれているとすれば、いままでに見たことのない、まさに半沢直樹ばりの輝きを放つ遠藤が見られるかもしれない。
<了>
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