阪神・藤川球児“最後の挑戦”が始まる。別れのその日まで、魂の投球を目に焼き付けよ
この男がマウンドに立てば、勝敗は決したも同然だった。強烈リリーバーの一角として2005年にリーグ優勝、歴代4位の通算243セーブ、唯一無二のストレートで築いた三振の山。22年間のプロ野球人生を振り返れば、数え切れないほどの思い出がよみがえる。タテジマのユニフォームに別れを告げるその瞬間まで、残された時間は決して長くはない。だからこそマウンドで伝えたい想いがある。阪神タイガースの22番、藤川球児は、ファンとともに最後の道を歩む――。
(文=遠藤礼、写真=Getty Images)
藤川球児が最後に見せる、渾身の一球、一球を目に焼き付けて……
今まで手をつける暇も、余裕もなかった。それは走り抜けてきた時間と積み重ねた偉業の数だけ分厚い。ボロボロでもずっしりと重い“アルバム”をようやく自らの手で開き始めたのかもしれない。
阪神タイガース・藤川球児の「最後の挑戦」が始まった。
10月20日の広島戦。5回終了時のグラウンド整備が終わった一瞬の静寂を切り裂くように、おなじみの登場曲をバックに背番号22がマウンドへ上がった。8月31日に今季限りでの現役引退を表明してから初の1軍マウンド。喜び、悲しみ、感動、興奮……表現しうるすべての感情が渦巻いているようだった。
投じた12球のうち11球がストレート。最速は147キロで数字上では「火の玉」と称された全盛期のスピードはなくても、スタンドやテレビから見守った数え切れないファンが自らの胸に刻まれた“球児の記憶”を呼び起こすように渾身の一球、一球に視線を送った。
「結果はもちろん良いに越したことはないですけど、今、現状でできる精いっぱいを。今日見に来られたお客さんであったり、テレビとかラジオを聞いている人たちに最後まで頑張る姿というか。何とか感じてもらえたらなと思っています」

過去を振り返る余裕なんてなかった。一瞬、一瞬をかみしめたい
右上肢のコンディション不良を理由に8月中旬に登録抹消となって以降、懸命に調整を続けてきた。ファームでも実戦登板は1度だけ。本来ならば手術しなければいけない状態だという。それでも、キャリアの終点を決めた今、時間は有限。カウントダウンは打ち鳴らされた。11月10日の巨人戦で引退セレモニーが行われることも決まり、その約1カ月前に1軍へ帰ってきた。昇格した10月15日は、敵地での中日戦。今季最後のナゴヤドームだった。練習後、広報に託した言葉はある意味、新鮮だった。
「もちろん残りの一試合、一試合でファンの人たちに(投げる姿を)見せたいものもありますけれど、自分自身が一つひとつのこの球場での光景というのをこれが最後になるのでかみしめたいという思いはあります」
マウンドでは、チームの勝利のため一つでも多くのアウトを奪うことに徹する一方、これまで口にすることのなかった個人的な「感慨」の部分に触れた。セットアッパー、クローザーと白星を決定付けるポジションで、文字通り、身を削って腕を振ってきた。極端にいえば、毎日出番がやってくる仕事。後ろを振り返っては務まらない……そんな選択肢すらなかった日々。だからこそ、今は駆け抜けてきた過去を思い返すことが許された最初で最後の時間なのかもしれない。
「今までは目の前の試合に立ち向かってきて、目の前のことで必死だったから、試合中に“昔こんなこともあったな”とか考える余裕もなかったけど、“今日で名古屋最後だな”とかそういう感情は自然と浮かんでくる」
ナゴヤドームで登板機会はなかったが、試合後には幾度も対戦を重ねてしのぎを削ってきた中日・荒木雅博内野守備走塁コーチから花束を渡された。よみがえったのはリーグ優勝した2005年をはじめ、熾烈(しれつ)なペナント争いを演じたライバルとの激闘の記憶に他ならない。
「ドラゴンズといえば、落合(博満)監督(当時)であり、井端(弘和)さん、荒木さん。本当に一緒に戦ったメンバーでファンも、スゴく分かってくれていて。何とか、この日に間に合わせて……。良い時間を頂きました」
「その日にしか来られないファンに……」一度でも多くマウンドに上がる決意
“終演”へと向かう歩みはファンも同じだ。これから転戦していく東京ドーム、横浜スタジアム、マツダスタジアム、そして甲子園。それぞれの球場で「藤川球児」というフィルターを通して、何万通りもの記憶や思い出が復元されることになる。背番号22と一緒に“アルバム”をめくり過去をたどっていく時間は、別れを決意する瞬間にもなる。
藤川は、1軍合流に合わせTwitterの公式アカウントも開設。秘蔵写真や本人の口でしか語れないエピソード……。これまでSNSでの情報発信をまったく行ってこなかった右腕が、最後にマウンドで投じるボールに言葉も添えてファンに恩返ししているようにも感じる。
10月22日の広島戦は9回1死の場面でマウンドへ。ホセ・ピレラに左翼へ3ランを被弾した後輩・岩貞祐太をリリーフしての登板になった。強くなった雨の中、難なく2つのアウトを奪取。スタンドには応援タオルを握り締め、雨ではなく、涙で頬を濡らす人もいた。これが今年最後の観戦だったのかもしれない。「その日にしか来られないファンの方にお見せできたらなと」。1軍合流の際、あらためて口にした。
連投は難しく万全でない中でも、残された試合で一度でも多くマウンドに上がる。その一球、一球を周囲もミットで受け止めるように目に焼き付け、胸に刻む。ファンとともに“最後の道”を歩む。
<了>
阪神・藤浪晋太郎が決して忘れなかった原点。「変えてはならぬ物を変え」歯車狂った692日
阪神・梅野隆太郎、真の武器はバズーカに非ず。MLB選手も絶賛「地味で痛い」技術とは
阪神・高橋遥人、いつか虎のエースと呼ばれる男が噛み締めた遠い背中
鳥谷敬は再び輝きを取り戻す。元阪神ドラ1が証言する「ルーキーとは思えぬ異質な凄さ」
優勝が絶望的な阪神…巨人独走のシーズンに、それでも勝利に拘って戦うべき理由
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜ鈴木彩艶はオランダの決定機を防げたのか。セリエAで刻まれた“2つの好守”への伏線
2026.06.19Career -
鹿島で岩政が学んだブラジル的「結果論」。世界に学んだ日本代表が見つける本当の個性――中西哲生×岩政大樹
2026.06.18Opinion -
「もっと寝ておけばよかった」21歳FW福田師王がドイツで痛感した“世界基準”と貫く“挑戦哲学”
2026.06.18Career -
エルフェン育ちの得点王・吉田莉胡。名門で学んだ勝負強さと、なでしこジャパンへの再挑戦
2026.06.18Career -
WEリーグ得点王・吉田莉胡はなぜ覚醒したのか。移籍1年目で越えた“沈黙”と決定力不足
2026.06.18Career -
【W杯直前分析】オランダを知り尽くす専門家が読み解く、日本代表の命運を握る初戦
2026.06.14Opinion -
W杯優勝国はなぜ100年で8カ国しかないのか。日本が“9カ国目”になれるこれだけの理由
2026.06.12Opinion -
日本人選手は技術があるのに、なぜ試合で消えるのか? 混沌を掌握したペップとモウリーニョの最適解
2026.06.11Opinion -
「10番より6番」鎌田大地がプレミアリーグで見つけた最適解。パレスでの進化がもたらすW杯への期待
2026.06.10Career -
久保建英を世界基準にしたものは何か。小学5年生で備わっていた「考える力」の正体
2026.06.10Training -
長友佑都を動かした「世界一のサイドバックになれない4つの理由」。インテルでつかんだ本物の信頼
2026.06.10Training -
吉田麻也の再招集に込められた狙い。新旧キャプテンが明かす、日本代表にもたらした重要な役割
2026.06.09Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
なぜ鈴木彩艶はオランダの決定機を防げたのか。セリエAで刻まれた“2つの好守”への伏線
2026.06.19Career -
「もっと寝ておけばよかった」21歳FW福田師王がドイツで痛感した“世界基準”と貫く“挑戦哲学”
2026.06.18Career -
エルフェン育ちの得点王・吉田莉胡。名門で学んだ勝負強さと、なでしこジャパンへの再挑戦
2026.06.18Career -
WEリーグ得点王・吉田莉胡はなぜ覚醒したのか。移籍1年目で越えた“沈黙”と決定力不足
2026.06.18Career -
「10番より6番」鎌田大地がプレミアリーグで見つけた最適解。パレスでの進化がもたらすW杯への期待
2026.06.10Career -
39歳、5度目の夢へ。長友佑都を支えた「3人の存在」と批判を力に変えた信念
2026.06.05Career -
田中碧のプレミア1年目は失敗だったのか? 昨季MVPからベンチ要員へ。それでも復活を果たした挑戦の軌跡
2026.06.04Career -
オランダMVP・板村真央が磨く世界基準。冨安健洋、毎熊晟矢のアドバイスに学ぶ“嫌なFW像”
2026.06.03Career -
上田綺世と同じ名門・フェイエノールトでの戴冠。19歳・板村真央が掴んだリーグMVP
2026.06.03Career -
ブライトンで高まる信頼。清家貴子が語るWSLの世界基準、三笘薫から受ける刺激とクラブが描く未来
2026.06.02Career -
「美しさ」が際立つ橋本帆乃香が世界を翻弄。カットマンが再び卓球界を魅了する理由
2026.06.02Career -
【F1】41歳ハミルトン、フェラーリで再燃。「過去の自分は間違っていた」と語る“復活の兆し”
2026.06.01Career
