ミスター短期決戦・内川聖一が語る、日本シリーズ“高度な心理戦”。今明かす、2017年最終戦の裏側
クライマックスシリーズで歴代最多のMVP受賞、日本シリーズでは必ずチームを優勝に導き、ワールド・ベースボール・クラシックは出場全大会で3割超え。まさに「ミスター短期決戦」「短期決戦の鬼」の名にふさわしい実績を積み上げてきた。なぜ内川聖一は、短期決戦に強いのか? 2017年、DeNAとの日本シリーズ第6戦、9回裏に回ってきた“あの”打席を内川本人に振り返ってもらいながら、その理由に迫っていきたい。
(インタビュー・構成=花田雪、撮影=高須力)
稀代の安打製造機・内川聖一が、短期決戦に異様に強い理由は……
日本シリーズを直前に控えた某日。とある室内練習場に、内川聖一の姿はあった。
NPB通算打率は歴代17位の.303(※4000打数以上)。球界を代表するヒットメーカーは、同時に短期決戦に強い「ミスター・オクトーバー」としても知られる。
クライマックスシリーズ(CS)では歴代最多3度のMVPを受賞。CS通算打率.358、10本塁打、31打点、54安打はすべてNPBトップを誇る(※打率は70打数以上の選手に限る)。
日本シリーズでも2014年に打率.350(20打数7安打)、2017年には同.318(22打数7安打)を記録するなど、5度の出場すべてでチームを日本一へと導いている(※2015年はCSでMVPを獲得しながら肋骨の骨折で欠場)。
また、3度の出場を誇るワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でもすべて打率3割超えを記録。「短期決戦での実績」は、現役選手の中でも群を抜く。
今季限りで10年間在籍した福岡ソフトバンクホークスを退団することが決まり、クライマックスシリーズ、日本シリーズの出場もないため、一足早く「オフ」に入った稀代の安打製造機は、なぜ短期決戦で数字を残せるのか、その理由に迫った――。
「これまで打っているから自信を持てるわけではない」
「へぇ~、こんなに打っているんですね」
インタビュー冒頭、持参したCSでの通算打撃成績を本人に見せると、内川は興味深そうにデータを眺めて、こうつぶやいた。
もちろん、自身がCSで抜群の数字を残しているのは耳に入っている。ただ、細かな数字までは把握していない様子だった。
その理由を、本人は淡々と語ってくれた。
「結果が残っているという事実に関しては、確かにそうかもな、と思うところはあります。ただ、短期決戦に臨むにあたって、例えばこれまで打っているから自信を持てるかというと、そんなことはない。毎年、最初に一本出て、初めて安心できる部分はありますね」
現役選手の中でも屈指の数字を残しながら、短期決戦については常にリセットした状態で臨む。だからこそ、最初の一本が出るまでは不安な気持ちが残ったままだという。
「どれだけ打ったかはもちろん大事ですけど、どこで打つかの方が重要なんです。僕の場合、主軸を任せてもらうケースが多かったので、必然的にそういう場面で打つことが多いだけなのかなと」
まるで他人事のように自身の数字を振り返る姿に虚を突かれたが、その理由はすぐに分かった。
「CSや日本シリーズだからといって技術的に変えることはない」
「CSや日本シリーズだからといって、技術的に何かを変えることはありません。ただ、長いシーズンを戦う中で積み重ねてきたものは、すべてゼロになります。僕はもともと、気持ちを切り替えるのが上手なタイプではないんです。シーズン中は過去の配球とか、どうやって打ち取られたとか、いろいろな考えを巡らせたまま打席に入ってしまう。ただ、短期決戦の場合は終わってしまったものを考えても仕方がない。必然的に次に切り替えざるを得ないんです。意識して変えているというよりは、勝手にそういう状況が生まれて気持ちが変化している。そんな感覚です」
短期決戦における気持ちの切り替えが重要というのはよく聞く話だが、内川の場合、意識して切り替えるのではなく、CS、日本シリーズという状況が「勝手に」そうさせる。それが良い方向に働いているという。
「データ的なものも、正直ほとんど考えないです。もちろん、頭に入れますけど、片隅にとどめておく程度でそこに支配され過ぎない。たとえばWBCのような国際大会では、知らない外国人投手を相手にするので『打てるボールは打っちゃえ』みたいな意識が強いのですが、僕はCSも日本シリーズもそれに近い感覚かもしれません」
「短期決戦は雑念がなくなるので、個人的には好き」
もちろん、CSや日本シリーズで対戦する相手はWBCと違い、シーズン中のデータの蓄積がある。ただ、そこを意識しすぎることは、少なくとも内川聖一個人にとってはマイナス面のほうが多い。
「考えても、すぐに終わってしまうので(笑)。であれば良い意味で開き直って、打てるボールを打つというシンプルな思考に持っていけるほうが、結果は出るのかなと思っています。負けたら終わりというプレッシャーがないわけじゃないけど、勝っても終わりじゃないですか。やるか、やられるか。そういう状況まで自分を持っていけたら、逆に楽になります。変な話、オープン戦のほうがよっぽど緊張します。成績は関係ないとか言われますけど、後に控えたシーズンのことを考えると、数字だけでなく自分の形もしっかりと固めたいし、ミスは反省して次に生かさなければいけないし、自信も持ってやりたいし……。短期決戦はそういう雑念みたいなものがなくなるので、個人的には好きですね」
どんな一流選手でもプレッシャーを感じるはずの短期決戦を「好き」と言い切れるのは驚きだが、どんな場面、どんな試合でも常に思考を巡らせて打席に入る内川だからこそ、辿り着ける境地なのかもしれない。
2017年日本シリーズ第6戦、9回裏、山﨑との対決の裏側
「気持ちの切り替え」「シンプルな思考」が重要なのはここまでの話を聞いても明らかだが、単純に「来た球を何でも打てばいい」のかというと、決してそうではない。
2017年の日本シリーズ、ソフトバンクの相手はセ・リーグ3位からCSを勝ち上がってきた横浜DeNAベイスターズだった。チームは初戦から3連勝し、一気に王手をかけたがそこから2連敗。敗れれば逆王手をかけられる第6戦でも2対3と1点ビハインドで9回裏を迎え、マウンドにはDeNAの守護神・山﨑康晃が上がった。絶体絶命のこの場面、1アウト走者なしで打席に立った内川は起死回生の同点ホームランを放ち、11回裏のサヨナラ勝利につなげるのだが、このシーンにこそ「シンプルな思考」の本質が詰まっていた。
この年の内川はシーズン中から主に4番を任されていたが、前を打つ3番は柳田悠岐、後ろを打つ5番はアルフレド・デスパイネというケースがほとんどだった。しかし、日本シリーズでは工藤公康監督が打順をいじり、1番・柳田、3番・デスパイネ、4番・内川というオーダーでこの試合までを戦っていた。
「9回裏、先頭のデスパイネがショートゴロで1アウト。点差は1点差ですから、なんとしても同点には追い付きたい。ここで僕がシングルヒットで出たら、おそらく代走を送られていたはずです。ただ、ランナー一塁になったとしてもそこから同点に追いつくためにはヒットが2、3本必要になる。長打が出れば別ですが、相手もそれを警戒してくるはず。この試合の5番は中村晃だったので、僕と晃がホームランを打つ確率を比較したら、どっこいどっこいだなと。であれば、塁に出ることよりもホームランを狙ってみようと思ったんです。もしもシーズン中と同じように後ろがデスパイネだったら、長打よりも塁に出ることを第一に考えたかもしれないですね」
たった一つのシンプルな解にたどり着いたあの場面
シーズン中とは異なる打順が、内川本人の判断に大きな影響を及ぼした。「ホームランを狙う」ことに照準を定めた内川は、さらに思考を巡らせる。
「DeNAバッテリーも、長打だけは避けたい場面。じゃあ、何を投げてくるのかといったら、投手が一番得意とするボールで、なおかつゴロを打たせられる球。山﨑くんの場合は、ツーシームです。それも、右打者の内角低めに食い込んでくる最高のボール。だから、そのボールをすくい上げて、フライを打とう。そういう意識で打席に立ちました。ゴロを打ってもよくてシングルヒットなので、ホームラン狙いというよりフライ狙い。『フライを打ったら俺の勝ちだ』くらいの意識でしたね」
得点差、打順、相手バッテリーの心理、狙うべき球種とコース……。このすべてを整理し、打席に入るまでの一瞬で狙いを決めたというのだから驚きだ。
これだけを聞くと内川本人が語る「開き直り」や「シンプルな思考」とは相反するものにも思えるが、実は違う。
すべての条件が整った場面だからこそ、「インローに沈むツーシームをすくい上げる」という、たった一つのシンプルな狙いにたどり着けたのだ。
追い詰められたこの場面、セオリーであれば、「ツーシームを待ちながら他の球種、コースにも対応する」「際どいボールはカットしながら、甘いボールだけを捉える」というように、ある程度どんな状況にも対応できる準備をしておく選択肢もあったはずだ。内川の打撃技術をもってすれば、決して不可能なことではない。
ただ、日本シリーズの行く末を決めかねない状況下で、内川は球種も、コースも絞って打席に立った。
「山﨑の『最高のボール』を待っていた」。一流同士の高度な戦い
事実、この打席の初球に投じられた真ん中やや高め、際どいコースのストレートは見逃している。
細かな配球の話をすると、この1球であらためて「もう、ツーシームしかない」と腹をくくれたというが、実は内川はホームランを放った3球目の前、2球目に投じられたツーシームにも手を出し、三塁線へのファウルを放っている。
「球種はツーシームでしたが、やや高めに浮いて想定より沈んでこなかったんです。僕は彼の投げる『最高のボール』を待っていたので、甘く入ったぶん、差し込まれて詰まってしまった」
狙いよりも厳しいボールだったからではなく、「甘かった」から打ち損じた――。
これだけでも、この打席がいかに高レベルの勝負だったか、分かるだろう。
2球目の「甘い」ツーシームを打ち損じた内川は、その次に投じられた内角低めに沈む山﨑の「最高のボール」を見事に捉え、レフトに同点弾を放つ。
お互いが一流だからこそ生まれた名勝負。
短期決戦では、こういった紙一重の戦いがたびたび繰り広げられる。そして、その戦いを制するために必要なのが、内川聖一が語るような「開き直り」「シンプルな思考」なのかもしれない。
11月21日に開幕する日本シリーズ。
その舞台に、内川聖一はいないが、彼が過去に見せてきたような一流同士の高度な戦い、観客を引きつける熱いプレーを両チームの選手が見せてくれるのを、期待したい。
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<了>
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