
ダルビッシュ有を救ったノートの存在。最多勝獲得も、開幕時は「ヤバいヤバいと思っていた…」
メジャーリーグのサンディエゴ・パドレスへの移籍が決まったダルビッシュ有。新型コロナウイルス感染症の影響で変則開催となった2020年は日本人初となる最多勝を獲得し、34歳となっても進化を続ける。しかし、振り返ると昨年は「やばいな」で始まったシーズンだったという。フォームを崩したまま初戦を迎え、シーズン中も常に不安を抱えながらの1年。それでも自作のノートを読むことで「感覚」を取り戻し、記録と記憶に残る結果を残せた理由をダルビッシュ自身が振り返る。
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、写真=Getty Images)
メジャーリーグ変則開催「マジでやるんか?」
――2020年、コロナが蔓延し始めた初期の頃から、ダルビッシュ選手はかなり高い危機意識で新型コロナウイルスを警戒されていたと思います。
ダルビッシュ:はい。
――メジャーリーグの開催にあたっては、主要選手からも、「やるべきじゃない」というコメントも出ていました。日本ではリーグ全体に影響が出るような個人の発信が選手から出ることはほとんどないため、日米の文化の違いを感じました。
ダルビッシュ:確かにそれはそうですね。日本はみんな、個人では一切声を上げないので。
――その中で変則的な形ですが、開催することになった時のダルビッシュ選手の心境はどうだったんですか?
ダルビッシュ:「マジでやるんか?」とは思いました。ただ検査とかきちんとした体制は整っていると自分の代理人の方からは言われていましたし、とりあえず一回行ってみようと。それでもダメだったら、そこでやめればいいだけの話だというふうに思っていました。そういう感じでしたね。
――サマーキャンプに行ってみて、「これだったらなんとかいけるかもしれない」と感じたということですね。
ダルビッシュ:最初の時点で、ちょっとでもリスクのある行動をしている選手がいたら、球団から注意はしていたので。そういう意味では、球団としてもちゃんとなんとかやろうとしているんだなというのは感じました。シーズン途中であまりにひどくなってきたらやらなきゃいいだけの話だと考えていました。
――そういう中で、やると決めたらトレーニングはいつもどおりにできたんですか?
ダルビッシュ:開幕が延びている間も、トレーニングとかキャッチボールとかは普通にしていましたが、キャンプに入ってから、本気になってやり始めたという感じでしたね。
「感覚」を取り戻させた自作のノートの存在
――2019年のオフにインタビューさせてもらった時に、(2019)シーズン後半戦は野球人生の中でも一番良い状態まで持っていくことができたと言っていました。通常どおりにシーズンを迎えていたら、その手応えを生かしていい形で入れたシーズンだったと思いますが、4カ月遅れでの開幕となった。サマーキャンプに入った時には前年の良い感覚は残っていたのですか?
ダルビッシュ:スプリングトレーニングのときに最後のほうはちょっとフォームが崩れ出して、やばいなって思っていたときに延期になりました。サマーキャンプに入った時も、まだちょっと戻っていなかったんですよ。でも去年(2019年)の自分のノートを見たら、良い時の投げ方が全部書いてあったんです。どこからどういうふうに動くっていうのが一からすべて書いてあった。こんなこと書いていたんだなと思って。(開幕後も)1戦目があんまり良くなくて、「やばいやばい」と思っている時にそれを見つけて、そのとおりに動いたら去年のフォームがそのまま戻ってきました。そこから良くなった。なので、スタート時点ではそんなにいいわけではなかったんです。
――すごいですね。そのノートにはかなり事細かく書いているんですか?
ダルビッシュ:はい。でも、全然書かない時もあります。毎回、全部書いているわけじゃないですし。このオフに入ってからは、いろんなことを考えるようになりましたけど、あんまり書いたりはしてなかった。ただ、「感覚」だけはすごく細かく書いたりはします。
――「この動きは書いておいたほうがいいな」というものは書いておく。
ダルビッシュ:その時は、すごく良かった時期だったから、「なんかの時のために書いておいたほうがいいな」と考えて一応書いていたんですよね。
――具体的にどういう感じで書くんですか?
ダルビッシュ:最初はどこから動き始めて、グラブのエッジはどの辺に収めて、自分(の動き)がこういうふうになっていたら良くないから、ここに関しては気をつけるとか、そういうことを書いていましたね。
――動きのルーティンが大事になるのでしょうか。
ダルビッシュ:身体の状態、脳の状態によって、その時に必要なリズムって多分あると思うんですよ。動き始めからリリースまでの時間っていうのは、自分に与えられている時間なわけじゃないですか。そこの持ち時間がその日によって変わるので。その中でそれを早く見つけて、その中に自分のピースをバーッと間に入れていって、その時間を埋めるという作業だから。その形がどうであれ、その時間さえ埋められればなんとかなるのかなって感じはあります。自分はそういう考え方です。
スプリットとナックルカーブを失った不安
――シーズン中はその後、投げていて不安な時期はあったのですか?
ダルビッシュ:フォームとしてはそんなに悪くはなかったけど、去年の最後のほうが良かった理由っていうのが、スプリットとナックルカーブだったんです。そのスプリットとナックルカーブが今年はほぼないような状況だった。レパートリーのところで去年の良かった理由だったウイニングショットの2つがなかった。そういう意味ではちょっと不安ではありました。
――それはウイニングショットのレパートリー的な部分で不安ということですか。
ダルビッシュ:そうです。要するに引き出しが少ない。相手をやっつけるための武器が少ない状態なので。そこはちょっと不安ではありました。
――その中でこれだけの成功。成功と言い切れるシーズンだったと思いますが、不安もある中でこうなった一番の要因は?
ダルビッシュ:自分で一番得意というか、自信のあるカットボールが斜めのカットボールなんですけど、そこにいろんなレパートリーがあったので。「大きくしたり」「斜めにしたり」「横気味にしたり」「縦にしたり」とか、「スピードもそれによって変えたり」とか、いろいろできた。そこでなんとか試合を作れたというか、カウントがよく作れたというのと、そのフォーシーム(ストレート)とツーシームが良かった。特に対左に対して。それが良かった要因じゃないかなと思います。
――スライダーもあとから見たらびっくりするぐらい、ボールなのにみんな振るじゃないですか。あれってバッターからしたらその瞬間にはストライクゾーンだと思っているということなんですよね。
ダルビッシュ:そうですね。ストライクゾーン付近ぎりぎりぐらいには間違いなくくると思っているから振っている。
――見当違いに振っているように見えるシーンがすごく多かった印象です。バッターは絶対にストライク近辺にくると思って振っているんだろうなと。その駆け引きがすごいですよね。
ダルビッシュ:例えばカットボールでも、カットボールとスライダーの軌道や回転はすごく似せて、カットボールだとストライクになる軌道からスライダーを投げたりするわけです。みんなわからなくなって振っちゃう。そこは軌道の偽装であったり、そういうところをちゃんとできていたように思います。
――そういった組み立てもすごくうまくいっていたということですね。
ダルビッシュ:はい。
――そうやってうまくいき始めてからは、「今シーズンは素晴らしいシーズンになりそうだ」という思いは自分自身の中でもあったんですか?
ダルビッシュ:スプリット、ナックルカーブが良くないということはカットボール頼みだったので、(カットボールの)調子が悪いとやばいなっていうのはありました。そういう意味で不安ではあったけど、ただあまりそういう日はなかったですね。
「良かった」とは思えない2020年。そして2021年への手応え
――サイ・ヤング賞の最後の候補にまで残ったのも含めて、本当に高い評価を受けた1年だったと思います。改めて振り返ってどんなシーズンでしたか?
ダルビッシュ:数字としては、自分であとから見ても良かったんだろうなって思いますけど、あくまで60試合なので。これがあと100試合あったときにどうなっていたかっていうとわからない。単純にここだけで自分が評価しちゃって、「今年良かった」と思うことはないです。
(※編集注:MLBのレギュラーシーズンは本来162試合を戦うが、コロナ禍にあった2020シーズンは60試合に短縮して開催した)
――来シーズン以降もっと成長していけるという感覚はありますか?
ダルビッシュ:そのつもりではいます。できるかはわからないけど、もちろん成長するつもりではいます。
――ケガから復帰してもなかなか結果が伴わなかった時期と比べると、精神状態的には全然違うものですか?
ダルビッシュ:それはそうですね。やっぱりケガから復帰してなかなか、特に2017年は1年間で200イニング近く投げたんですけど、あんまり自分の中でしっくりこなくて。フォームとかもそうですけど。だから数字がどうとかというよりは、「自分が投げていてしっくりこない」「自分がやりたいものができない」っていうのはすごくストレスなので。今はキャッチボールしていても常にいいので、そういう意味ではすごく楽しく野球をやっていますね。
<了>
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PROFILE
ダルビッシュ有(ダルビッシュ・ゆう)
1986年生まれ、大阪府出身。MLBサンディエゴ・パドレス所属。東北高校で甲子園に4度出場し、卒業後の2005年に北海道日本ハムファイターズに加入。2006年日本シリーズ優勝、07、09年リーグ優勝に貢献。MVP(07、09年)、沢村賞(07年)、最優秀投手(09年)、ゴールデングラブ賞(07、08年)などの個人タイトル受賞。2012年よりMLBに挑戦、13年にシーズン最多奪三振、20年に日本人初となる最多勝を獲得。テキサス・レンジャーズ、ロサンゼルス・ドジャース、シカゴ・カブスを経て、2020年12月29日にサンディエゴ・パドレスへ移籍。
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