集団コロナ感染にラグビーの競技性は本当に無関係か? 最後のトップリーグ決行へ覚悟を示す時

Opinion
2021.01.17

1月16日に予定されていた、最後のラグビートップリーグ開幕の延期が決まった。6チームで62人の新型コロナウイルス感染症の陽性者が確認されたことを受け、大会開催が困難と判断しての措置だ。2月の開幕を目指すとしているが、果たしてそれは本当に可能なのだろうか。なぜこれだけの集団感染が発生しているのか? 密集状態が作られるラグビーの競技性は本当に無関係なのか? 考えられ得る全ての可能性に向き合わない限り、この難局を乗り越えることなどできない。求められるのは、その覚悟だ――。

(文=藤江直人、写真=Getty Images)

2日前に断行した開幕延期。その英断は評価すべきも…

国立競技場は静寂に包まれていた。4月中旬並みの陽気に恵まれた1月16日は、本来ならば歴代最多タイの5度の優勝を誇る東芝ブレイブルーパスと、スコットランド代表が誇る名スクラムハーフ、グレイグ・レイドローが加入したNTTコミュニケーションズ シャイニングアークスが対峙(たいじ)する、ラグビートップリーグ2021の開幕戦が行われるはずだった。

東芝は2年前の地元開催のラグビーワールドカップ2019で快進撃を演じ、悲願のベスト8進出を成就させて日本中を熱狂させた日本代表のキャプテン、ナンバーエイトのリーチ マイケルを擁している。ラグビーファンの関心も高く、チケットは前売り段階で約2万枚に達していた。

折しも8日から首都圏の1都3県に緊急事態宣言が再び発出され、対象自治体で開催されるスポーツなど各種イベントの入場者数の上限は、収容人員の50%か5000人の少ない方と厳格に定められた。全国高校ラグビー大会に続いて、全国高校サッカー選手権も準決勝から無観客試合で開催される事態が生じた。

しかし、周知期間である11日までに販売済みとなっていたチケットに関しては適用されない、という政府見解のもと、払い戻しに応じる措置も取られるなかで、天理大が初優勝した全国大学ラグビー選手権決勝に続いて、トップリーグも前売りチケットの購入者は入場可能としていた。

それが一転して、東芝対NTTコムを含めたトップリーグの開幕そのものが延期となった。日本ラグビー協会(JRFU)の岩渕健輔専務理事、トップリーグの太田治チェアマンがオンラインによる緊急会見を開催したのは、開幕戦をわずか2日前に控えた14日だった。

6チームで62人の陽性者。ラグビー界に激震が走ったクラスター発生

「すでに2試合の中止を発表させていただいていますが、3チームから新たに(新型コロナウイルス感染の)陽性者が出て、さらに多くの試合の中止を決定する必要が出てきました。今シーズンのトップリーグはなんとしても成立させるために話を進めていますが、現状のフォーマットではリーグを成立させる75%の試合開催に満たなくなる可能性が高い。早いタイミングで決断してフォーマットを変更した上で、選手および関係者の安心安全を担保したリーグを運営していくことを決めました」

岩渕専務理事が開幕2日前というタイミングで急転直下の決断を下した理由を説明し、太田チェアマンがさらに補足する形でトップリーグの一部チームが直面している窮状を明かした。

「まだ再検査の選手もいて、濃厚接触者の認定が難しく時間がかかるため、グレーなままで公式戦を開催するのは困難となりました。開幕節の次についても影響が及ぶ、というなかでの判断です」

事態は12日の段階で風雲急を告げていた。リーグが隔週で実施している新型コロナウイルス感染のスクリーニング検査で、トヨタ自動車ヴェルブリッツで13人、サントリー サンゴリアスで7人、キヤノン イーグルスで24人の陽性者を確認。サントリー対トヨタ自動車、リコー ブラックラムズ対キヤノンの2試合の中止を決めた。

さらに東芝でも2人の陽性者が確認され、5人の選手が濃厚接触者に指定されたと報じられた。チーム自体は8日から活動を停止し、全ての選手およびスタッフが自宅待機を余儀なくされていたが、太田チェアマンは東芝からの開幕戦辞退は「ありません」と明言していた。

ただ、スクリーニング検査の結果が14日に全て出そろうとした上で、太田チェアマンは「それを受けて、発表の仕方を考えていきたい」と不測の事態にも言及していた。果たして、検査結果は東芝も含めたトップリーグの計6チームで集団感染、いわゆるクラスターが発生している実情だった。

東芝の5人に加えて、NECで3人、神戸製鋼では10人が確認された陽性者は、トータルで62人に達した。昨年末に実施されたスクリーニング検査における陽性者は、岩渕専務理事によれば「ゼロではないものの、(今回とは)かなり数が違っていた」という。

原因はプライベートの会食? ワンチームに逆行するチェアマンの発言

直前のタイミングで下された開幕延期は、感染拡大の現状を踏まえれば英断だった。強行していれば第6節を最後に中断され、そのまま中止となった昨シーズンの二の舞となった恐れもある。

ただ、想像をはるかに上回る新型コロナウイルス感染の急拡大に至った背景を可能な限り精査し、徹底した感染予防策をあらためて講じない限りは、「2月上旬から中旬ぐらいにスタートできれば」という青写真が描かれている、日程を短縮したプランAのフォーマットでの開催もおぼつかない。

2試合の中止を発表した12日にも、太田チェアマンはオンラインでメディアに対応。クラスター発生に至った背景を問う質問に、私見と断りを入れた上で、こんなコメントを残している。

「私も専門家ではないので分かりませんけれども、ラグビー以外の行動のところが考えられると思っています。私が限定してしまうとまずいので控えさせていただきますが、イベントであるとか、クリスマスや年末年始といったところで、分からないですけれども、少し気が緩んだのかもしれません」

要はラグビー競技やグラウンドから離れたところで、年末から年始にかけてのプライベートな会食などで、いわゆる“密”が発生したという考えを示した。あくまでも私見であり、コメントのなかで「分からないですけど」と言及しているとはいえ、組織のトップの言葉は必然的に重い響きを伴う。

JRFUは2022年の開幕を目指して新リーグの準備を進めていて、15日には25チームが参加した上で3部構成とするフォーマットが発表された。つまり、トップリーグ2021は現行で開催される最後の大会となり、プレーする選手たちの思い入れも違うと岩渕専務理事も言及していた。

「いろいろと話をさせていただいている限りでは、選手だけでなくチームの方々にとっても、今回のトップリーグを前向きに進めていく気持ちを全員が持っていると認識しています。ラグビー界が一丸となって、まさにワンチームとなって前へ進んでいくことが大事だと考えています」

こうした状況を踏まえれば、選手たちのプライベートや気の緩みに言及した太田チェアマンのコメントは、ワンチームの考え方にむしろ逆行しているのではないだろうか。トップリーグにはプロ契約選手もいる一方で、社員選手も少なくない。市中感染のリスクが指摘される現状では、業務中に感染してしまったケースも考えられるだけに、イベントや気の緩みと一緒くたにするべきではないはずだ。

スクラム、モール、ラック…密集状態でのプレーが生まれるラグビーの競技性

さらに太田チェアマンは、日々の練習を含めたラグビー競技そのものを介して、所管保健所から陽性者の濃厚接触者に認定されるケースは「非常にまれです」とも明言した。

「トップリーグではない、と聞いています。グラウンド以外のところです。ミーティングや食事といったところでの接触や時間といったところや、日常生活における行動がポイントになると思っています」

厚生労働省の施設等機関である国立感染症研究所による、新型コロナウイルス感染の濃厚接触者の各種定義のなかで、スポーツ界は「感染者の発症2日前から、手で触れることのできる距離で、必要な感染予防策なしで15分間以上の接触があった者」をとりわけ重視してきた傾向がある。

手で触れることのできる距離の目安として1mが、必要な感染予防策としてマスクがそれぞれ挙げられる。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の委員を務める、東邦大学の舘田一博教授(日本感染症学会理事長)は、例えばサッカーに対してこんな個人的見解を示している。

「サッカーのプレーや試合が濃厚接触に当たるのかどうか。もちろん瞬間的な身体の接触はあるわけですけど、それが1m以内で、マスクをつけずに15分間以上話すのと同じぐらいのリスクがあるのかどうか。個人的には濃厚接触に当たらないと思っています」

これがラグビーとなれば状況が変わってくる。別の濃厚接触の定義に「気道分泌液もしくは体液などの汚染物質に、直接触れた可能性が高い」があるためで、スクラムやモール、ラックなどラグビー特有の密集状態でのプレーが感染リスクを高めることになると指摘する声は少なくない。開催中の初場所で関取16人を含めた、65人もの力士が休場している大相撲にも通じるところもある。

考えられ得る全ての可能性と真摯に向き合う覚悟が求められている

グラウンド上にも一因があるとなれば、陽性者を出していない10チームを含めて、原則大人数で行われる全体練習の在り方そのものも見直しを強いられるかもしれない。全体的なコンディショニングが遅れ、前出したプランAだけでなく、感染状況に合わせてさらに日程を短縮していくプランB、プランCのフォーマットを遂行していく今後にも影響を及ぼす恐れもあるだろう。

ただ、考えられ得る全ての可能性にしっかりと向き合いながら、文字通り微に入り細をうがつ形で対策を講じていかなければ、より感染力が高いとされる変異種もすでに日本国内に流入しているとされている今の状況を乗り越えていくことはできないだろう。

太田チェアマンは14日の会見で、原則2週間ごとに実施してきたスクリーニング検査の頻度を増やしていくことを検討したいと明言している。前出の舘田教授が専門家チームに名前を連ね、太田チェアマン自身もオブザーバーとして陪席している、日本野球機構(NPB)とJリーグが共同で設立した新型コロナウイルス対策連絡会議に、さらに積極的に知見を求めていく姿勢も必要だろう。

「取り急ぎ現状を把握するためにもう少し突っ込んだ状況を当該チームにヒアリングして、その上でそれぞれの感染予防策の啓発運用、健康チェックや体調管理、行動記録、検査からより厳格化していくことを含めて、各チームの方々と話し合いながら決めていきたい」

トップリーグとして独自に制定し、すでに一度改訂している「新型コロナウイルス感染症対応ガイドライン」を、現状に即して早急に再改訂することも急務だと太田チェアマンは力を込めた。日本代表の活動が6月にある関係で、5月23日には全日程を終えることが決まっている最後のトップリーグを成立させるためにも、既成概念を含めた全てを超越したワンチームの結成が求められる。

<了>

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