
「一番痺れる試合を経験できた」 長野久義が社会人野球で“遠回り”したから得られた武器
近年プロ野球界では、社会人野球を経験した選手の活躍が目立つ。源田壮亮、近本光司、田中広輔……、数え上げれば枚挙にいとまがない。高卒、大卒でプロの世界に入る選手に比べれば一見遠回りにも思える。それでも彼らが活躍できる理由とはいったい何なのだろうか? Hondaで社会人を経験し、プロ入り後すぐにチームの主軸を担った長野久義が、意外な理由を明かす――。
(インタビュー・構成=花田雪、撮影=高須力)
25歳で巨人ドラ1入団。重圧をはねのけ、1年目からチームの主軸に
目標に向かって「最短距離」で到達できることは、もちろん素晴らしい。
ただ、時に「遠回り」といわれる道を辿った方が、良い結果が生まれることもある。
広島東洋カープで今季、移籍3年目を迎える長野久義もまた、「遠回り」の末にプロに入団した選手の一人だ。
2009年ドラフトで読売ジャイアンツから1位指名を受け、プロの門をたたいた長野だが、実は2006年と2008年の2度、ドラフト指名を受けている。
2006年は日本大在学時の指名だったが、指名球団の北海道日本ハムファイターズに入団することなく社会人野球のHondaに進み、2008年に千葉ロッテマリーンズから指名を受けた際も、チームに残留した。
憧れのジャイアンツ入団を熱望していたからこその決断だったが、これが一部で批判の声を生んだのも事実だ。
しかし2010年、「ジャイアンツのドラフト1位選手」としてプロ入りを果たした長野は、1年目からレギュラーとしてプレーし、新人王を獲得。2年目には首位打者、3年目には最多安打、さらには2011年から3年連続ベストナインと、個人タイトルも獲得。
「遠回り」の末、25歳で入団したプロの世界で、見事に結果を残した。
「あの経験があったから、CSや日本シリーズでも緊張せずにやれた」
近年のプロ野球界には、長野と同様に大学、社会人を経てプロに入り、1軍の主力選手として活躍するケースが目立つようになってきたように思える。
代表的なところでは、埼玉西武ライオンズの源田壮亮(愛知学院大→トヨタ自動車)、増田達至(福井工業大→NTT西日本)、横浜DeNAベイスターズの宮﨑敏郎(日本文理大→セガサミー)、神里和毅(中央大→日本生命)、阪神タイガースの近本光司(関西学院大→大阪ガス)、糸原健斗(明治大→JX-ENEOS)、木浪聖也(亜細亜大→Honda)、オリックス・バファローズの福田周平(明治大→NTT東日本)、長野のチームメイトでもある広島の田中広輔(東海大→JR東日本)などが挙げられる。
彼らは皆、同学年の選手と比べれば遅い年齢でプロ入りしながら、早い時期から1軍で活躍し、主力としてプレーしている。
もちろん、長野のようにドラフト指名を受けながらプロに入団せず、3度目の指名でプロ入りを果たしたケースは少ない。
ただ、大学卒業時にプロから声が掛かりながら、下位指名候補だったことでプロ志望届そのものを提出せず、社会人に進む選手は意外と多い。
大学、社会人を経由するということは、高卒入団と比較すると最短でも6年間、プロ入りが遅れることになる。
ただ、だからこそ得られたものもある、と長野は語る。
「社会人に進んでよかったのと思うのは、野球以外の時間、普通に会社に行って仕事もして、いわゆる『社会経験』を積めたことです。これは、大卒や高卒でプロ入りしていたら経験できなかったこと。プレーの面でいうと、都市対抗野球の予選という一番しびれる試合を経験できたこと。あの経験があったことで、プロに入ってからも、例えばクライマックスシリーズだったり、日本シリーズといった大一番でもそこまで緊張せずにやれている気はします」
阿部慎之助、原辰徳監督が掛けてくれた一言
社会人野球には、高校とも、大学とも違った雰囲気がある。以前、長野と同様、高校、大学、社会人を経由してプロ入りした元選手が、こんな話をしてくれたことがある。
「高校では、チームのためや自分の夢、甲子園のためにプレーします。大学に進むと、そこに学校の伝統が加わる。そして社会人では、会社からの期待や企業としてのバックアップといった、さらに大きな重圧がかかってくるんです」
事実、社会人野球では、20歳をとうに超えた「大人」が、敗戦で涙を流すシーンを多く見かける。それは、10代の高校生が流す涙とは、少し違うようにも思える。
「大学、社会人を経て25歳でプロ入りしましたけど、ありがたかったのはチームが僕のそれまでの経験を尊重してくれたこと。阿部(慎之助)さんは入団してすぐに『大学、社会人とやってきているんだから、自分の思うようにやればいい』と声を掛けてくれました。原(辰徳)監督も『若くないんだから、無理しすぎないで、どこか痛ければすぐに言いなさい』と気に掛けてくれた。ルーキーなのに、それまでのキャリアを認めてくれて、ある程度任せてくれた。今までやってきたことを、そのままグラウンドで出せばいいと。そういうことって、あまりないと思うんです。僕が入団した頃のジャイアンツにはすごい選手がたくさんいて、『こんな中でやれるのか』という不安はありましたけど、チーム全体でバックアップしてもらえたので、プレッシャーはありませんでした。1年目で打てない時期にも使い続けてくれた。だから、1年目からある程度の結果を残すことができたんだと思います」
例えば高卒の選手であれば、チームはまず「育成」に着手する。技術面、精神面はもちろん、チームとしての方針や共有事項などを徹底的にたたき込む。
しかし、プロ入り前に十分な経験を積んでいた長野に対して、ジャイアンツは「自分の思うようにやれ」と、いわばプロで何年か経験してきた選手と同じような扱いをした。
もちろん、長野本人の技術、そして精神がすでにプロの水準に達していたことが大きいが、それを築いたのが「遠回り」といわれかねない彼自身のキャリアだった。
「良い悪いではなく、そういう経験があるから…」
前述した「大学、社会人経由でプロ入りした選手」には、主将や選手会長経験者が多いのも、大きな特徴だ。
西武の源田は昨季からチームの主将を務め、増田は2019年まで選手会長、オリックスの福田は2019年にプロ2年目で主将に就任(同年限り)、阪神の糸原は昨季まで2年間にわたって主将、広島の田中広輔は現在、チームの選手会長を務めている。
多くの経験を持つからこそ、チームから「リーダー」として認められる。長野自身も、ジャイアンツ時代には選手会長を経験している。
「プロ野球の世界以外を経験している分、例えば高卒入団の選手と比べて精神的な違いはあるのかな、という気はしています。もちろん、どちらが良い悪いではないですけど、そういう経験があるから、主将や選手会長を早い時期から任されるケースも増えてくるのかな」
25歳でのプロ入りは、確かに遅い。
高卒入団を「最短距離」とするのであれば、長野が歩んだ大学、社会人経由でのプロ入りは「遠回り」だったのかもしれない。
ただ、そこでつかんだものは、間違いなくプロの世界で生きている。
どんな人生にも、本当の意味での「遠回り」など、ないのかもしれない。
長野久義が明かす、広島への感謝を込めた誓い「目指すのは優勝だけではなく…」
長野久義流「飲みニケーション術」とは? “人見知り”が新天地で活躍する秘訣
<了>
ダルビッシュ有が明かす「キャッチャーに求める2箇条」とは?「一番組みたい日本人捕手は…」
広島の燻る逸材・坂倉将吾、コンバート拒否で挑む「會澤超え」、ブレイクなるか?
ヤンチャだった鈴木誠也の通した「筋」。少年時代の恩師が明かす、ブレない真っ直ぐさ
[プロ野球12球団格付けランキング]最も成功しているのはどの球団?
PROFILE
長野久義(ちょうの・ひさよし)
1984年生まれ、佐賀県出身。筑陽学園高、日本大学を経て、社会人野球のHondaに加入。2009年都市対抗野球でチームを13年ぶりの優勝に導いた。同年ドラフト会議で読売ジャイアンツから1位指名を受け入団。1年目から新人王を獲得する活躍を見せ、2011年首位打者、2012年最多安打、2011~13年ベストナインを受賞した。入団から9年連続のシーズン100安打を達成し、3度のリーグ優勝、1度の日本一に貢献した。FA移籍した丸佳浩の人的補償で2019年に広島東洋カープへ移籍。2021年、チーム3季ぶりのリーグ優勝を目指す。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
福岡ソフトバンクホークスがNPB初の挑戦。ジュニアチームのデータ計測から見えた日本野球発展のさらなる可能性
2025.07.09Technology -
J1最下位に沈む名門に何が起きた? 横浜F・マリノス守護神が語る「末期的」危機の本質
2025.07.04Opinion -
ガンバ×セレッソ社長対談に見る、大阪ダービーの未来図。「世界に通用するクラブへ」両雄が描く育成、クラブ経営、グローバル戦略
2025.07.04Business -
大阪ダービーは「街を動かす」イベントになれるか? ガンバ・水谷尚人、セレッソ・日置貴之、新社長の本音対談
2025.07.03Business -
異端の“よそ者”社長の哲学。ガンバ大阪・水谷尚人×セレッソ大阪・日置貴之、新社長2人のJクラブ経営観
2025.07.02Business -
「放映権10倍」「高いブランド価値」スペイン女子代表が示す、欧州女子サッカーの熱と成長の本質。日本の現在地は?
2025.07.02Opinion -
世界王者スペインに突きつけられた現実。熱狂のアウェーで浮き彫りになったなでしこジャパンの現在地
2025.07.01Opinion -
なぜ札幌大学は“卓球エリートが目指す場所”になったのか? 名門復活に導いた文武両道の「大学卓球の理想形」
2025.07.01Education -
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
“高齢県ワースト5”から未来をつくる。「O-60 モンテディオやまびこ」が仕掛ける高齢者活躍の最前線
2025.06.27Business -
「シャレン!アウォーズ」3年連続受賞。モンテディオ山形が展開する、高齢化社会への新提案
2025.06.25Business -
プロ野球「育成選手制度」課題と可能性。ラグビー協会が「強化方針」示す必要性。理想的な選手育成とは?
2025.06.20Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
「ピークを30歳に」三浦成美が“なでしこ激戦区”で示した強み。アメリカで磨いた武器と現在地
2025.06.16Career -
町野修斗「起用されない時期」経験も、ブンデスリーガ二桁得点。キール分析官が語る“忍者”躍動の裏側
2025.06.16Career -
ラグビーにおけるキャプテンの重要な役割。廣瀬俊朗が語る日本代表回顧、2人の名主将が振り返る苦悩と後悔
2025.06.13Career -
「欧州行き=正解」じゃない。慶應・中町公祐監督が語る“育てる覚悟”。大学サッカーが担う価値
2025.06.06Career -
「夢はRIZIN出場」総合格闘技界で最小最軽量のプロファイター・ちびさいKYOKAが描く未来
2025.06.04Career -
146センチ・45キロの最小プロファイター“ちびさいKYOKA”。運動経験ゼロの少女が切り拓いた総合格闘家の道
2025.06.02Career -
「敗者から勝者に言えることは何もない」ラグビー稲垣啓太が“何もなかった”10日間経て挑んだ頂点を懸けた戦い
2025.05.30Career -
「リーダー不在だった」との厳しい言葉も。廣瀬俊朗と宮本慎也が語るキャプテンの重圧と苦悩“自分色でいい”
2025.05.30Career -
「プロでも赤字は100万単位」ウインドサーフィン“稼げない”現実を変える、22歳の若きプロの挑戦
2025.05.29Career -
田中碧は来季プレミアリーグで輝ける? 現地記者が語る、英2部王者リーズ「最後のピース」への絶大な信頼と僅かな課題
2025.05.28Career -
風を読み、海を制す。プロウインドサーファー・金上颯大が語る競技の魅力「70代を超えても楽しめる」
2025.05.26Career