
阪神・岩田稔&神戸・サンペールの告白。死と隣り合わせの難病との“知られざる闘い”
阪神タイガースの岩田稔と、ヴィッセル神戸のセルジ・サンペール。競技の異なる2人のアスリートにはある共通点がある。それは10代のころから難病と闘いながら、トップレベルで活躍を続けていることだ。命を脅かしかねない「1型糖尿病」とは、どんな病気なのか? どのようにこの病気と向き合い、前を向いてきたのか? その半生を明かした――。
(文=藤江直人、写真=KyodoNews、Getty Images)
難病を抱えながらプロ選手として現役を続ける、阪神・岩田と神戸・サンペール
難病を患っているはずなのに、悲壮感の類いは一切伝わってこない。パソコンやスマホの画面越しに映る2人の明るい表情と、届けられるポジティブな言葉の数々が何度も笑いを誘った。
現代医学では根治が難しい1型糖尿病と闘いながらスポーツ界のトップカテゴリーでプレーする、プロ野球・阪神タイガースの岩田稔投手とJ1・ヴィッセル神戸のMFセルジ・サンペールが、共に10代から抱えてきた病気を1時間余りにわたって語り合う、競技の垣根を越えた共演が実現した。
1型糖尿病の患者とその家族を支援する認定NPO法人 日本IDDMネットワークが主催し、阪神と神戸が連携した「1型糖尿病アスリートWeb交流会」が、8日夜に動画投稿サイトYouTubeで生配信され、ビデオ会議システムZoomを通じて1型糖尿病患者らも参加した。
人間が生きていくために欠かせないインスリンが体内で分泌されなくなる1型糖尿病は、生活習慣病でも、先天性の病気でもない。インスリンを作る膵臓(すいぞう)内の膵島β細胞が、リンパ球によって破壊されて発病する自己免疫疾患だが、リンパ球が誤って働く詳しい原因は分かっていない。
分かっているのは治療を厳密に行わなければ、インスリン不足で血管内にブドウ糖があふれる高血糖状態が引き起こされ、やがては心臓や腎臓、眼、神経などに糖尿病特有の合併症を併発させるということだ。
本人がどれだけ1型糖尿病という病気を理解できるかが大事
命を脅かしかねないこの病気を、岩田は大阪桐蔭高校2年生だった17歳の冬に発症した。
「発症した当時は『大丈夫なのか』という思いになりました。病気という名前がついているので、一生ベッドの上で生活をしていかなければいけないんじゃないかとか、マイナスの方にばかり考えてしまった自分がいました。でも、医師や家族と話す機会がどんどん増えていった中で『大丈夫なんだ』と、前向きな気持ちにすぐになれました。その意味でも家族を含めた周囲のサポートと、かかった本人がどれだけ病気を理解できるのか、という点がすごく大事になると思っています」
当時の心境を岩田が振り返れば、スペインの名門FCバルセロナのカンテラ(育成組織)に所属していた18歳の時に、1型糖尿病を発症したサンペールも思いをシンクロさせた。
「バルセロナのトップチームでデビューする寸前に発症して、どういう病気なのか、なぜ自分がこの病気にかかったのかがもちろん分からなかったし、自分の家族も1型糖尿病への理解がなかった。ドクターからは『もしかすると、もうサッカーができなくなるかもしれない』と言われてショックですごく泣いて、精神的にもすごく沈んだ日々を最初は過ごしたことを覚えています」
「チームメートから『何してんねん』と」 岩田の高校時代の体験
今年で38歳になる岩田が発症した2000年当時は、1型糖尿病に対する理解が世の中全体に浸透していなかった。1週間ほどの緊急入院を経て、野球部の練習に復帰した後の体験をこう振り返る。
「入院する前と比べて急激に痩せてしまい、それまで走れていたのが走れなくなったことで、監督やコーチ、部長から『ちゃんと練習しているのか』と結構言われましたね。低血糖状態になると補食を取らなければいけないんですけど、僕が高校生の時はまだ水を隠れて飲まなければいけないような時代だったので、こそこそ食べている姿を見たチームメートたちから『何してんねん』と言われたこともありました。そのたびに自分を分かってもらうために説明していました」
1型糖尿病の治療法は血糖値をこまめに測定しながら、毎日数回にわたってインスリンを自分で注射するか、あるいはインスリンポンプと呼ばれる医療機器で注入を続ける以外にない。ただ、補ったインスリンの量が、体が必要とするインスリンの量を上回ってしまう場合も少なくない。
そうした場合に引き起こされるのが、岩田が言及した低血糖状態となる。エネルギー不足に陥った低血糖状態で最も大きな影響を受けるのが脳となり、意識障がいやけいれん、冷や汗、動悸(どうき)などが生じるだけでなく、放置したままだと重大な後遺症が残りかねない極めて危険な状態となる。
血糖値が上がりやすいサンペール「人生が変わった思いだ」
糖分が投与されればすぐに改善されるため、これも岩田が言及した補食を取る必要がある。岩田の場合はゼリーかバナナで取ることの多い補食と、血糖値のチェックは、2005年のドラフト会議で関西大学から入団した阪神でも、マウンドに立つたびに欠かせない作業となってきた。
「試合中だと投げている時に体がそわそわというか、フワフワとした感じになった時はだいたい低血糖になっていますね。あとは初回に打たれる時も、低血糖の状態で先発のマウンドに上がっているケースが多い。野球はベンチでの補食がまったく問題ないので、そういう時はベンチで血糖値を測ってから、ゼリーを取るなどして血糖値を上げるようにしています。ただ、逆に血糖値が急に上がっても体がしんどくなるので、ゼリーをちょっとずつなめながら、という感じにしています」
対照的にサンペールは、試合や練習中に血糖値が上がるケースが多いと苦笑する。従来の血糖測定器は指先に小さな針を刺して採取した血液を調べるものだったが、腕などに取りつけたリブレと呼ばれる接続自己血糖測定器を介する簡素な新方法に、サンペールは「本当に人生が変わった思いだ」とこう続ける。
「アドレナリンが出るからかどうかは分からないんですけど、試合中などは逆に血糖値が結構上がっていて、ハーフタイムなどに補食を取るよりもインスリンを打たなければいけないケースが多い。ただ、リブレのおかげで常に血糖値を測れるので、しっかりモニタリングするようにしています」
「病気にまつわる面白いエピソードは?」 岩田の告白
交流会が半ばに差し掛かったころに、サンペールから「この病気にまつわる、面白いエピソードはありますか?」と質問が飛んだ。待っていましたとばかりに「ありますよ」と声を弾ませた岩田は、利き腕の左肘を手術した影響で1軍登板がなかった2010年の秋季キャンプを挙げた。
「ちょっと体重が増えていたのでインスリンを打った上で、食事で炭水化物を抜こうと安易な考えでダイエットをしようと思ったんですけど。後輩たちと外で夕食を取った後に、お酒を飲んでいないのに酔っ払った感じになり、いったん戻った部屋で何か知らんけど僕がめちゃくちゃ説教を始めたんですよ。強烈な低血糖状態になった僕はそこから意識がなくなって、気が付いたら救急車で運ばれた病院のベッドで点滴を打ってました。後輩たちがいなかったら、僕は危なかったかもしれないですね」
すかさずサンペールが「本当にお酒は飲んでいなかったのでしょうか?」と突っ込みを入れるほどの強烈なエピソードを明かした岩田は、2009年から自身が登板した1軍公式戦で1勝を挙げるたびに、糖尿病研究に充ててほしいと日本IDDMネットワークへ10万円ずつを寄付し続けている。
「みんなに糖尿病だと言うのがちょっと恥ずかしくて」
いま現在では当たり前として受け止めている、必要な時には人前でインスリン注射を打つことを、発症した直後ははばかってしまったと、今度は苦笑しながら岩田は振り返る。
「最初のころは注射のたびに高校のトイレに行って打っていたんですけど、そのうちに『オレ、別に悪いことをしていないのに』とものすごく面倒くさくなったんですよ。それである日突然、みんなが見ている中で、自分の机の上で注射を打つようになったら気持ちがすごく楽になったというか、詰まっていたものがスッと抜けたような感じになった。こんなものなら、もっといろいろな人に病気のことを言っていった方がいいんじゃないかと考えて、公表するようにしました」
岩田に呼応するように、サンペールも「みんなに糖尿病だと言うのがちょっと恥ずかしくて」と、発症直後のころはトイレへ行って注射していたと打ち明けた。バルセロナのトップチームへ昇格したのを機に、一転して公表に踏み切った心境の変化をこう説明している。
「1型糖尿病を抱えながらプレーしているプロのサッカー選手がいるのかと、自分なりに調べてみてもなかなか出てこない。ならば、自分がプロになった時には堂々と公表して、この病をわずらっていてもプロサッカー選手として活躍できると、皆さんに伝えられればと思ったんです」
今ではレアル・マドリードから期限付移籍しているローマで、同じ病気と闘いながらプレーしているスペインの同胞、FWボルハ・マジョラルと意気投合。Instagramのライブトークを通して、1型糖尿病に関するさまざまな経験をフォロワーと共有するイベントも開催している。
同じ病気に悩む小学生の男の子の決意
日本における糖尿病患者は、食生活や運動不足、肥満などの生活習慣に起因する2型糖尿病が約90%を占めている。「糖尿病」という病名のため一緒くたにされがちな状況と、自らを恥ずかしく思う感情とが相まって、1型糖尿病への罹患(りかん)を周囲に公表するのがためらわれるケースも実際には少なくない。
公表に踏み切った理由を岩田とサンペールに聞いたのは、実はZoomを通じて参加していた、同じ病気に悩む野球好きでサッカー少年団に入っている、小学生と思われる男の子だった。
そして、交流会で視聴した岩田とサンペールの言葉から、胸を張って生きる勇気をもらった男の子は、周囲に1型糖尿病患者だと公表する決意を固めたと日本IDDMネットワークへ伝えた。その上で2人へ「ありがとうございました。僕も頑張りますので、2人とも頑張ってください」と感謝した。
プロスポーツ選手だからこそ伝えられること
図らずも発症してしまった病に屈せず、それぞれが選んだ道でトップカテゴリーへ到達したからこそ、説得力を伴わせながら発信できるメッセージがある。一流のアスリートであるがゆえに託される社会的な使命を果たせた喜びは、交流会の最後にサンペールが残した言葉に凝縮されていた。
「1型糖尿病をわずらっている僕たちは一つのファミリーだと思っているし、お互いに助け合っていく中で、何か必要なことがあればいつでも声を掛けてくれればうれしい。僕自身、今はこの病気をわずらっていても壁は感じないし、強い気持ちがあれば目標に到達できると思っている」
今月下旬に開幕する新シーズンで、岩田は自身の入団後、まだ成し遂げられていないリーグ優勝と歓喜のパレードを思い描く。すでに開幕した今シーズン、ボランチとして全3試合に先発し、2勝1分と好スタートを切ったサンペールは、来シーズンのAFCチャンピオンズリーグ出場権獲得を最低限の目標に据える。
お互いにユニフォーム交換を約束し、日本IDDMネットワークとの共同で設立された「岩田稔基金」をはじめとする活動でのコラボレーションをサンペールが望むなど、絆をさらに深めた2人は己が進む道を究めながら、1型糖尿病と闘う患者やその家族へ勇気とエールも届けていく。
<了>
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