イニエスタに見られなくなった“ある行為” 「大きな一歩を踏み出せた」と語る神戸での転機とは

Career
2020.11.02

今季アンドレス・イニエスタが好調だ。明治安田生命J1リーグ直近11試合中9試合にフル出場し、4得点。1試合平均敵陣パス数:リーグ1位、1試合平均チャンスクリエイト数:リーグ2位。イニエスタ自身がヴィッセル神戸でプレーする中でどのように変化し、彼の存在がヴィッセル神戸にどのような影響を与えたのか? 元スペイン代表&FCバルセロナの“レジェンド”が来日して3シーズン。何度も監督が入れ替わる不安定なチーム状況が続く中、いかにしてイニエスタは自身を最大限生かす方法を確立したのかを紐解く。

(文=白井邦彦、写真=Getty Images)

やや物足りなさを感じた2018シーズン

元スペイン代表のアンドレス・イニエスタが、名門FCバルセロナからヴィッセル神戸に加入したのは2018年7月。本当は8月合流だったが「早くみんなと一緒に練習したい」と前倒しでやってきた。協調性を大事にする彼らしいエピソードである。

タイミング的には、自身4度目のFIFAワールドカップ(ロシア大会)を終えた直後で、34歳になったばかり(当時)。代表は引退したものの、ヨーロッパでも充分にプレーできたが、彼は愛するバルセロナと戦うことを望まず、遠く離れたアジアの島国を新天地に選んだ。

最後のワールドカップで、イニエスタはグループステージ3試合に先発出場したが、決勝トーナメント1回戦ではスタメンから外されている。結局、67分から途中出場したものの、スペイン代表は開催国ロシアにPK戦の末に敗れ、イニエスタも大会を去ることになった。彼が今大会で残した数字は、4試合出場1アシスト。“魔法使い”と称される華麗なパスを持つ世界的なスター選手としては、少し寂しい結果と言えた。

その流れでヴィッセル神戸に加入したイニエスタ。当初はピークパフォーマンスと呼べるものではなかった。それでもJリーグ3試合目のジュビロ磐田戦では、元ドイツ代表のルーカス・ポドルスキからの縦パスから見事な反転ターンで相手DFをかわし、Jリーグ初ゴールを決めている。やはり、次元の違う選手だというほかない。

2018シーズンは14試合に出場し、3ゴールを挙げている。自身初の移籍で、気候も文化も違う異国の地でのプレーを考慮すると、まずまずの結果というべきだろう。ただ、黄金期を知るファンにとっては、少し物足りなさがあったのも確かだった。

胸板が厚くなった2019シーズン

2018シーズンの14試合を振り返ると、試合を重ねるごとにイニエスタに対する日本人選手の“遠慮”は薄れていき、他チームの外国籍選手は彼を抑えることで自分の評価を上げようと躍起になっていた。ファウル覚悟で止めに来る相手に、イニエスタが倒されるシーンも散見された。技術は異次元だが、フィジカル面はあまり強くない。そんな印象だった。

その頃、ヴィッセル神戸の咲花正弥フィジカルコーチに取材する機会があり、イニエスタの体についてうかがったことがある。屈強なドイツ代表のフィジカルコーチを務めた経験を持つ咲花氏が、イニエスタのフィジカル面をどう見ているのか興味があった。

「ん〜、体幹はしっかりしているけれど、フィジカルがズバ抜けて強いわけではないかな。だから、華奢に見えるかもしれません。でも、アンドレス(イニエスタ)の体は、子どもの頃から長い年月をかけて、彼のサッカースタイルを体現するために作られたもの。しなやかというかね。あの体がアンドレスにとってベストなので、無理にフィジカルを強化する必要はないのかなと思っています」

だが、翌2019シーズンはイニエスタの上半身が一回り大きくなっていた。特に筋肉系のアクシデントで試合欠場が続き、6月に復帰して以降は顕著だった。

この直前の4月には、監督交代のゴタゴタの中でキャプテンに就任している。これは憶測の域を出ないが、もともと責任感の強いイニエスタがキャプテンという新たな責任を背負ったことで、何かしらの心の変化があったのではないかと考えられる。

胸板が分厚くなったイニエスタは、ウェイトアップした筋肉が体に馴染むにつれ、激しいチャージを受けても倒れなくなった。ファウル覚悟で倒しに行っても倒れないイニエスタは、ほぼ無敵だった。3人に囲まれてもボールをロストしない。相手を引きつけてパスを出すことで、チームとしては数的優位な状況を作り出せる。彼の変化とともにヴィッセル神戸も強くなり、ついにクラブ初タイトルとなる天皇杯制覇を成し遂げることになる。

イニエスタ自身が“戦術” 「アンドレスの位置を見て……」

だが、2019シーズンよりも今シーズンのイニエスタのほうが好調である。特に9月に入ってからは誰の目にもそう映るに違いない。9月16日の第25節・セレッソ大阪戦から10月21日の第33節・鹿島アントラーズ戦までの10試合で、イニエスタが90分間フル出場を果たしたのは9試合。しかも、ほぼ週2ペースで試合がくるという過密日程で、彼は試合に出続けたことになる。当然、疲労は溜まるはずだが、三浦淳寛監督は「本人(イニエスタ)は試合に出ているほうがいいと言っている」と起用を続けた。実際、イニエスタは試合に出れば出るほど動きがよくなっていった。

この10試合でイニエスタが挙げたゴールは4つ。特に圧巻だったのは9月23日の第18節・サガン鳥栖戦だった。トルステン・フィンク前監督の退任が発表された翌日のゲームで、三浦淳寛監督の就任も未定という指揮官が空席だった一戦。この試合でイニエスタは自身の1ゴールを含む4ゴールすべてに絡む活躍を見せ、4-3でチームを勝利へと導いている。中2日で迎えた翌節の北海道コンサドーレ札幌戦でも4ゴール中3ゴールに絡み、三浦新体制の初陣を勝利で飾ってみせた。

好調の理由は、良好なコンディション調整や気持ちの充実などいくつか要因が考えられる。外的要因としては、周りの選手たちのスキルが向上した点だろう。

イニエスタの最大の魅力は、ピッチ全体を把握しているような視野の広さから繰り出される魔法のパス。別の言い方をすると、周りを生かすプレーとなる。そのプレースタイルを最大限に引き出すには、チームメートとの意思の疎通、あるいはイメージの共有が大事になってくる。イニエスタの能力を最大限に引き出すには、詰まるところ、周りのレベルアップが必須項目だった。

イニエスタがヴィッセル神戸に加入して3シーズン目。ずっと一緒に戦ってきた周りの選手たちは自然と技術が向上し、イニエスタと同じ絵をピッチに描くことができるようになってきた。彼と中盤を形成する機会が多い山口蛍や安井拓也などは「アンドレス(イニエスタ)の位置を見て……」という言葉を口にすることがある。今のヴィッセル神戸はイニエスタのポジショニングによってほかの選手の立ち位置が決まっていく。極論をいえば、イニエスタ自身が“戦術”になっている。

周りへの修正指示が減った2020シーズン

チームの連動性が高まったことを示すいい例として、イニエスタのある行動を挙げておきたい。2018年、2019年の前半は、試合中にイニエスタが仲間のポジショニングを修正する行動がよく見られた。手を振ってもう少し前へ行くように促したり、両手をクロスさせて走路を確認したり。あまり一緒に試合に出ていなかった小川慶治朗は「試合中にアンドレスがあんなに指示を出しているとは思わなかった」と話したことがある。それくらい、イニエスタは自分のイメージを周りの選手に伝えていたということだ。

だが、昨シーズンの後半、あるいは今シーズンのここ10試合で、イニエスタがポジション修正を指示するシーンはほとんど見られない。イニエスタと周りの選手のイメージが共有できている証拠である。

周りを生かすことを得意とする司令塔タイプの選手にとって、チームの連動性は自分が生きる上でも重要な要素となる。サッカーに限らず、バスケットやラグビーなどのチームスポーツでも同じことがいえるだろう。

イニエスタが好調な理由は、自身のコンディションもさることながら、周りとの連動がうまくいっているからだと考えられる。同時にそれは、ヴィッセル神戸のチーム力が向上したことを意味している。

イニエスタは常にチームと共にある

それを証明する象徴的な試合があった。トルステン・フィンク前監督の退任が発表された翌9月23日の第18節・サガン鳥栖戦だ。

三浦淳寛監督の就任もまだ決まっていない中、この試合はアシスタントコーチのマルコス・ビベス氏が指揮を執った。チームとしては8試合連続で白星なしが続いていた状況。選手たちは複雑な精神状態で試合に挑んだ。その中で、ヴィッセル神戸は激しい撃ち合いの末、4-3で勝利を飾った。

彼にとっても大きな転機となった試合について、後日のリモート取材でイニエスタはこんなコメントを残している。

「自分としては毎試合、最善を尽くすように努めています。ケガの影響で休んだ時期があり、改めてコンディションを上げていかないといけない状況の中で、今は徐々にコンディションも上がっている。この前の試合(鳥栖戦)は、(監督交代などの)状況から考えても特別な試合でした。これからチームを組み立て直す中で、いいスタートを切るために重要な試合でした。そういう意味でチームとして戦えたことに満足しています。今までの中で特別素晴らしい試合だったかといえば、内容的にそうとはいえませんが、4得点を決められましたし、そのアドバンテージを守り切れた。チームがこれから切り替わる中で、大きな一歩を踏み出せた試合だったと思います」

お手本のようなコメントだが、実は質問自体は自身の4得点に絡む活躍について聞かれたものだった。だが、彼は自分の活躍にはほとんど触れず、“チーム”の話を展開した。

この傾向は、何も今回に限ったことではない。いつものことだ。言い換えると、彼の中で優先順位は自分よりも常にチームが先にある。

イニエスタが好調だからチームが勝てるのか、チーム状態がいいからイニエスタが好調なのか。その判断は難しいが、一ついえるのは、イニエスタは常にチームと共にある、ということである。

<了>

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