自分を実験台に最速152km。ダルビッシュ・千賀も愛好する最新鋭サロン、内田聖人の野望

Training
2021.03.24

今、野球界で注目のコーチング集団をご存じだろうか? その名も、NEOREBASE――。昨年1月に開設したばかりのこの野球パフォーマンスオンラインサロンには450人もの会員が加入しており、その中には数十人のプロ選手も含まれている。昨季サイ・ヤング賞候補にもなったダルビッシュ有は自身のTwitterで「かなり勉強になります」とツイートし、千賀滉大や石川柊太も学びを得ている。なぜ日本球界を代表する現役のプロ選手がこのオンラインサロンに心酔するのだろうか? NEOREBASE発起人、内田聖人さんに話を聞いた。

(インタビュー・文=花田雪、撮影=高須力)

ダルビッシュ、千賀も加入するオンラインサロン発起人、異色の経歴

新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの生活様式に大きな変化を生んだ。

「ソーシャルディスタンス」という言葉が当たり前のように飛び交うようになり、人と人とのコミュニケーションの在り方は、「コロナ前」「コロナ後」で様変わりした。

そんな中、私たちの生活にすっかり定着したのが「オンライン」という考え方だ。ビジネスの世界でもこれまで当たり前だった対面(=オフライン)での商談、打ち合わせが、Zoomやテレビ電話、チャットなどを使った非対面(=オンライン)を主流とするようになった。

実は今、スポーツ指導の世界でも、この「オンライン」が注目を集めている。指導というと、どうしても実際に対面で行うものと思われがちだが、オンラインを使った講習会や技術指導などは、コロナ禍のあおりもあってその需要を増している。

2020年1月に開設されたオンラインサロン「NEOREBASE」は、わずか1年で会員数450人を超えた、国内最大規模の野球オンラインサロンだ。

一体なぜ、NEOREBASEは大きな支持を集めるのか。

サロン責任者でもある内田聖人さんに、NEOREBASE開設のきっかけ、この1年間の歩み、なぜ短期間で多くの人を集めることができたのか、その理由を聞いた。

元早実のエースで米国に挑戦。ダルビッシュに受けた刺激

「オンラインサロンの開設は、本当に自然な流れでした」

人懐っこそうな笑顔を見せながら、内田さんはそう語った。

早稲田実業、早稲田大学、JX-ENEOSという、アマチュア球界の“超エリートコース”を歩んだ内田さんは、日本で現役を引退した後にアメリカ独立リーグのトライアウトを受け、キャナムリーグのニュージャージー・ジャッカルズでプレーした異色の経歴を持つ。

独立リーグではチーム事情もあってわずか2試合の登板でリリースされてしまったが、渡米中にTwitterをきっかけにダルビッシュ有(当時シカゴ・カブス/現サンディエゴ・パドレス)と出会うなど新たな刺激を受け、帰国後に「NEOLAB」という事業を立ち上げた。

NEOLABでは自身の経験を生かし、ピッチングから野手の送球まで、いわゆる「投げる動作全般」の指導を行うようになったが、当初は対面、オフラインでの指導が主だった。

「体は一つしかないので、マンツーマンの指導、現場での指導には限界もあります。それに、現役生活を通じて多くの人と出会うことができて、ありがたいことに僕の周りには豊富な知識を持つ人たちがたくさんいました。そういう人のノウハウを、一人でも多くの人に伝えたい。だから『オンラインサロン』という発想も、自然に生まれたんです」

運営メンバーには“プロ素人”も。従来の指導者像と異なる視点

NEOLAB立ち上げからわずか2カ月。2020年1月にはオンラインサロン「NEOREBASE」を開設。有料で情報や知識を発信し、主にピッチャーの技術向上、コーチング、アドバイスを行っているが、ここで注目したいのがサロン運営メンバーの面々だ。

NEOREBASEは現在、アマの「王道」でドラフト候補にまでなった内田さん、独立リーグ・埼玉武蔵ヒートベアーズでのプレー経験もある小山田拓夢さんといったプレーヤーとしても一流レベルの実績を誇る2人に加えて、独学で日米の投球・打撃フォームの違いを研究し、多数のプロ選手に指導を行っている池田則仁さん、SNSを中心にデータ分析、野球理論を発信し、ダルビッシュ有選手をはじめ多くのプロ選手、専門家からの支持を集めている“プロ素人”お股ニキさん、raniさんといった個性豊かな5人で運営されている。

一昔前まで、プロレベルの野球指導を行う人材には、自身にも同等の技術や実績を求められてきた。その風潮は、今も根強い。

「僕と小山田さんはプレーヤーとしてもある程度のレベルまで経験していますが、池田さん、お股さん、raniさんはそうではありません。でも、だからこそ伝えられるものもある」

従来の指導者像とは違った視点。それがあるからこそ、NEOREBASEは多角的かつ幅広い情報を発信できている。

最新の情報を自分の身体で実験する。NEOREBASEのアドバンテージ

「例えば、お股さんやraniさんの場合、もちろんデータ分析や映像解析の感度が鋭いんですけど、実際に話をしてみたらそういった理論的な部分だけじゃなく、いわゆる『感覚』の部分でもかなり理解度が高いことに驚きました。自分や小山田さんはプレーヤーとしてそれなりにやってきた分、指導する上でどうしても主観が入ってしまうことがある。でも、お股さん、raniさん、池田さんもですけど、これまで主流だった『選手目線の指導』だけでなくグラウンドを上から見るような、『俯瞰目線』の話をしてくれて、なおかつそれが的確なので、サロンを利用してくれる選手たちにウケているんじゃないかなと思います」

指導者にとってプレーヤーとしての実績が「説得力」につながるのは当然だが、それだけに頼るのではなく、これまでにない新しい視点を取り入れることで、より多くのニーズに応えることもできる。

「もちろん、僕や小山田さんも自分の経験則だけで情報を発信しているわけではありません。僕であれば現役時代の経験を踏まえながら、新しい情報を日々取り入れて、実際に自分で試してみる。先日、自己最速の152kmを計測したのですが、自分自身がまだ『150km以上投げられる』ことは指導する上で大きなアドバンテージになっていると思います。自分の身体で実験しながら、『こうしたから投げられた』ということを伝えることもできます。小山田さんも最速152kmを投げるピッチャーですけど、ケガに苦しんだ経験をもとに、トレーニングやリハビリなど、とにかくものすごい量の知識を持っている方です。どうすれば速いボールを投げることができるのか、日本で一番考えている人だと思います」

日本球界トップレベルの選手たちに見せても恥ずかしくない情報を

NEOREBASEがわずか1年間で国内最大級の野球オンラインサロンに成長した理由は、まだある。

「これはちょっと特殊な例だと思うんですけど、サロンを開設してすぐに、ダルビッシュさんが入会してくれたんです。たぶん、プロ選手では一番早かったんじゃないかな。そこから千賀(滉大)さんだったり、石川(柊太/共にソフトバンク)さんだったりにつながっていって、プロの選手にも多く入会していただきました」

内田さんが話してくれたように、450人を超える会員数のうち、実に数十人が現役のプロ野球選手であることも、サロンの大きな特徴だ。

「普通はサロンを開設して、有益な情報を地道に発信し続けて、最終的にそういう(トップレベルの)選手にたどり着く、というのが一般的な流れだと思うんですけど、NEOREBASEの場合はそれが逆でした。いきなりトップ・オブ・トップのダルビッシュさんが入会してくれたことで、プロの選手たちから口コミで広がった。本当に、ありがたいの一言です」

サロン運営者の目線で考えれば、開設早々にダルビッシュ有が入会することは、内田さんの言うように「ありがたい」の一言だろう。その一方で、世界でもトップといわれる選手が会員にいることは、大きなプレッシャーにもなるのでは……。そんな疑問をぶつけると、内田さんはこう答えた。

「もちろん、ダルビッシュさんのような選手が会員にいなくても、有益な情報を発信したいという気持ちに変わりはありません。ただ、『トップ選手に見せても恥ずかしくない情報を出さないといけない』という気持ちはより強く持てるような気はします」

「日本の野球が遅れているとは思わない」

内田さんは「アジアからサイ・ヤング投手を輩出する」という大きなミッションを掲げて活動している。これは夢ではなく、現実的なミッションでもある。

「正直にいって、今年いきなりダルビッシュさんや前田健太(ミネソタ・ツインズ)さんが取る可能性も十分あるんですけど……(苦笑)。日本のピッチャーのレベルはすでにそのくらいのところまではきていると思います。ただ、実際にアメリカでもプレーして、向こうの現状を見た上で、まだまだ『差』があるのも事実。例えばフィジカル面でいえばNPBとMLBのピッチャーの平均球速は10kmほど違う。この差は大きいですよね。一方で、『日本が遅れている』とも思いません。NPBのピッチャーの平均球速も年々速くなっていますし、日本には日本の、海外には海外の良いところがある。ハイブリッドというか、両方の良いところをうまく取り入れることができれば、ダルビッシュさんたちだけでなく、これからもアジアからサイ・ヤング賞を狙えるピッチャーがどんどん生まれるはずです」

データ活用や投球メカニズムの研究など、日本球界は米球界と比較して「遅れている」といわれがちだ。ただ、それを「差」と考えるのか「違い」と考えるのかでも大きく変わってくる。

「よく『技術の日本、パワーのアメリカ』といった言われ方をしますけど、そんな単純な話ではない。日本の技術が高いのはもちろんですけど、アメリカや中南米にも、彼らの持つパワーを発揮するといった技術がある。技術といってもいろんな技術があるので、必ずしも日本の技術の方が良いというわけではありませんし、かといって日本が遅れているというわけでもない。例えば昨年のサイ・ヤング投手でもあるトレバー・バウアー(現ロサンゼルス・ドジャース)は2019年のオフに来日しました。これは日本から学ぶものがあるということ。MLBのトップが日本の技術に興味を示している一方で、日本も世界の技術を取り入れていく必要がある。日本と世界、両方の技術をミックスさせていくことでもっともっと日本の野球が良くなるはずです。そういう意味で、NEOREBASEでは常に最新の情報、トレンドを厳選して、有益なものを会員の皆さんに提供できるよう、心掛けています」

本当の意味で野球界に貢献するために…

開設から1年――。
最後に、内田さんに今後のNEOREBASEの展望を聞かせてもらった。

「オンラインの強みを生かして、できれば国内だけでなくアジアにもマーケットを広げていきたいという思いはあります。それと、今は『プロを目指すレベルの選手』がサロンのメイン層になっているんですけど、本当の意味で野球界に貢献するためには、さらに下の育成年代にもフォーカスすべきなのかな、という気もしているんです。まだ具体的には何も進んでいないので申し訳ないんですけど……(苦笑)。まだ開設から1年間ですけど、NEOREBASEをそれなりに認知してもらって、権威あるサロンになれたという自負はあります。だからこそ、もっといろいろな形を試していきたいと思っています」

アジアから、サイ・ヤング賞を――。
早ければ今季中にクリアできるかもしれないそのミッションの先には、さらなる野望が待っている。

[中編]ダルビッシュも愛好する最新鋭コーチング集団の目線。「世界的な投手になれる」プロ3年目の逸材とは?

[後編]日本野球の指導は本当に遅れている? ダルビッシュも愛好する最新鋭コーチング集団の目線

<了>

ダルビッシュ有が明かす「キャッチャーに求める2箇条」とは?「一番組みたい日本人捕手は…」

ダルビッシュ有が否定する日本の根性論。「根性論のないアメリカで、なぜ優秀な人材が生まれるのか」

ソフトバンク千賀滉大「一流の成長術」 底辺から駆け上がった「ネガティブ思考の本当の意味」

日本野球に染み付いた“時代遅れの指導”。元MLBトレーナー、独自の育成理論で変革の挑戦

高校野球に巣食う時代遅れの「食トレ」。「とにかく食べろ」間違いだらけの現実と変化

PROFILE
内田聖人(うちだ・きよひと)
1994年生まれ、静岡県出身。早稲田実業、早稲田大学、JX-ENEOSを経て、米独立リーグのトライアウトの末、キャナムリーグのニュージャージー・ジャッカルズに入団。退団後もアメリカに滞在し、最先端のトレーニングメニューに触れ、TwitterのDMをきっかけにダルビッシュ有選手と現地で交流。日本帰国後の2019年11月「NEOLAB」を立ち上げ、12月にアマチュア野球資格回復研修を受講。自己最速152kmの球速を持つ、ピッチング/スローイングストラテジストとして活動を始める。翌2020年1月に野球パフォーマンスオンラインサロン「NEOREBASE」(https://neolabuchida.wixsite.com/neolab)を開設。ダルビッシュ、千賀滉大、石川柊太をはじめ数十人のプロ野球選手を含め約450人の会員が加入している。

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事