日本野球の指導は本当に遅れている? ダルビッシュも愛好する最新鋭コーチング集団の目線

Training
2021.04.09

日本の指導は遅れている。そう言われて久しい野球界だが、果たしてその見方は正しいのだろうか? 選手の酷使やいき過ぎた指導など、旧態依然とした体質、風習から多くの問題があるのは確かだ。だが、男は言う。「一概に、遅れているとはいえない」と。
最新の技術論、データを活用し、ダルビッシュ有や千賀滉大など日本野球界のトップ選手も学びを得ていることで注目の野球パフォーマンスオンラインサロン「NEOREBASE」の運営者であり、自身も最速152kmを投げる内田聖人さんに話を聞いた。

(インタビュー・文=花田雪、撮影=高須力)

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「確かにアメリカと比べると遅れている部分はある。ただ…」

日本の野球指導は、「遅れている」のだろうか?

旧態依然とした指導法。選手の将来を棒に振りかねない過度な酷使。勝利至上主義――。

批判を招くことも多い日本野球界における指導の在り方だが、国内最大級・会員数450人超を誇る野球オンラインサロン「NEOREBASE」の責任者でもある内田聖人さんは「一概に、遅れているとはいえない」と語る。

早稲田実業、早稲田大学、JX-ENEOSというアマ球界のエリートコースを歩み、アメリカ・独立リーグでもプレー。日米での現役生活を通じて、現在は最新の技術論、データを活用し、プロアマともに指導を行っている。

だからこそ、日本野球の強み、そして課題の両方を肌で感じてもいる。

「科学的な部分、特にデータの活用については、確かにアメリカと比べると遅れている部分はあると思います。ただ、特にこの1年間ほどで日本球界も“データ活用”の重要性に目覚めてきたという実感はあります。プロはもちろん、アマチュアにも、『新しいものを取り入れていこう』という雰囲気がある。日本には昔から“代々受け継がれてきた秘伝の味”のように伝統を重んじる文化があって、それが新しいものを吸収しにくくしている部分はあると思います。

ただ、その一方で『輸入してきたものを加工して、日本独自のものにする』というように、外のものを取り込んで日本式にアレンジできる文化も備わっている。そうすれば、少なくともデータ活用など、科学的な分野での遅れなんて、すぐに取り返せるんじゃないかなと思っています」

内田さんの指導に欠かせない“データ活用”

内田さんは現在、MLB全球団に加えてNPBでも複数球団が取り入れているポータブルトラッキングシステム「ラプソード」(※)を活用して選手のデータを計測し、指導に役立てている。(※トラッキングデータを取得できるシステム。球速などの基本的なものから、ボールの回転数、回転軸、変化量などの詳細なデータまで幅広く取得できる)

「僕自身は2019年に、アメリカで初めてラプソードの存在を知りました。『これはいい!』と思って日本にも持ち帰ったのですが、今ではプロはもちろん、高校の野球部でもラプソードを導入しているところが増えてきています。

もちろん、導入したからといってすぐに使いこなせるわけではないけど、今の子どもたちは日頃からスマホなどの最新機器に触れているので、受け入れやすい土壌はできているのかなと。“形から入る”ってあまりいい印象を持たれないことが多かったですけど、今の時代は(ラプソードなどの最新機器を)導入してみて、そこから使い方や活用法を探っていくのも、悪くないんじゃないかなと思います」

子どもの頃から勝利にこだわるのは悪いことではないが…

プロアマ問わず、日本球界にも新しい波が確実に押し寄せている。そう実感できる一方で、日本球界、アメリカ球界の両方を経験したからこそ感じる違和感もある。

「中学の時、日本代表として初めてアメリカに行ったんですけど、とにかく向こうでやる野球が楽しかったんです。もちろん日本で野球をやるのも楽しかったんですけど、あらためて『何が違うのか?』と考えたときに、日本は小学校の段階から“勝利”にこだわっているなと。アメリカに行ったのも大会出場のためだったので、もちろん勝ちたかったんですけど、それよりも『楽しい』という気持ちが勝っていた。『勝ちたい』『楽しい』、この2つの気持ちがうまく両立できれば素晴らしいと思うんです。

もちろん、勝ちにこだわることは悪いことではありません。成功体験は自信を生みますし、それで成長できるのも事実です。ただ、こだわり過ぎてしまうと、選手の成長が制約されてしまう気はします。“確実なプレー”“勝利に直結するプレー”だけを追い求めてしまうのは、子どもたちにとって果たして良いことなのかな……という葛藤はありますね」

子どもの頃から常に“目の前の勝利”を目指さなければならない現状

日本の野球界はNPBを頂点としたピラミッド構造といわれているが、各カテゴリがそれぞれ独立しており、プロアマ間の分断もたびたび議論を呼んできた。

「例えば、プロ野球選手になることを目標にしている小学生がいるとします。本来であればそういう子どもには、10年後、15年後までを見据えた指導をしてあげる必要がある。でも、現状では難しいですよね。小学生、中学生ではその時その時の大会で勝つこと、高校に上がったら甲子園と、常に“目の前の勝利”を目指さなければいけなくなってしまっている」

各カテゴリで“勝利”を目指すあまり、長期的な育成ができない。全ての子どもがプロ野球選手を目指しているわけではないが、この勝利至上主義は現在野球界が直面している競技人口の減少にもつながる部分がある。

「レギュラーが固定されて試合に出られる選手が限られてしまうとか、小学生の時点で相手のデータをとって弱点を探るとか、いろいろな話を聞きます。そうすると、『楽しい』と感じられる機会って、減ってしまうと思うんです」

「本気でやるつもりなら、一つの競技に絞ってやれ」という風潮

競技人口の減少については、「海外のやり方を参考にしてもいいのでは」と内田さんは語る。

「僕は野球で育った人間なので、やはり子どもたちには野球をやってほしいとは思います。ただ、他のスポーツを選んで、結果的に他競技が盛り上がることになっても、それはそれでいいのかなという気持ちもあるんです。その意味でも、子どもたちにはとにかくいろいろなスポーツに触れてみてほしい。アメリカではそれが比較的スタンダードなんですよね。多くのアスリートが高校くらいまでは複数の競技をかけもちしています。メジャーリーガーの中にも『バスケでもプロに行けた』『アメフトでも州の代表だった』という選手が大勢いる。

日本ではあり得ないですよね。スポーツをやるとなぜか『本気でやるつもりなら、一つの競技に絞ってやれ』という雰囲気がある。でも、その風潮がなくなれば、野球だけじゃなくて全てのスポーツの競技人口が増えると思います。野球とサッカーをやってもいいし、バスケでもいいですよね。両方やってみれば、野球は厳しいけど、サッカーで才能が開花する選手もいるかもしれない。その逆もあると思います」

多様化が叫ばれる現代にもかかわらず、こと日本のマチュアスポーツ界では「一つの競技だけに集中して、それを極めるべき」という考え方が普遍的だ。

内田さんが言うように、日本のスポーツ界にもよりフレキシブルで、多様性が求められる時代になっているのかもしれない。

「スポーツをやる子どものほとんどはプロになれない。ただ…」

「もちろん、スポーツをやるほとんどの人がプロにはなれません。ただ、プロになれなくても、その経験は絶対に自分の人生に生きてきます。僕自身、現役を引退した今も選手としての経験を生かして、こういう事業をやらせてもらっている。野球以外知らないので、はっきりいって事業家としての才能なんて無いと思っています。それでも野球があったから、今こうしてやれている。プロになれなくても、プロを目指さなくても、スポーツをすることで、自分で考えること、自分に何が必要なのかを知ることを学ぶことができる。僕はそれを、野球に教えてもらいました」

日本の野球界は今、過渡期を迎えている。データ化の波が押し寄せる一方で、古い伝統も色濃く残る。どちらが良い、悪いではない。単純に「アメリカを見習えばいい」わけでもない。

長所は残しながら、新しい文化を取り入れ、子どもたちが「野球は楽しい」と思える――。

それが実現できれば、日本球界の未来にも明るい光が差すはずだ。

[前編]自分を実験台に最速152km。ダルビッシュ・千賀も愛好する最新鋭サロン、内田聖人の野望

[中編]最新鋭トレーナー・内田聖人の目線。「世界的な投手になれる」プロ3年目の逸材とは?

<了>

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PROFILE
内田聖人(うちだ・きよひと)
1994年生まれ、静岡県出身。早稲田実業高校、早稲田大学、JX-ENEOSを経て、米独立リーグのトライアウトの末、キャナムリーグのニュージャージー・ジャッカルズに入団。退団後もアメリカに滞在し、最先端のトレーニングメニューに触れ、TwitterのDMをきっかけにダルビッシュ有選手と現地で交流。日本帰国後の2019年11月「NEOLAB」を立ち上げ、12月にアマチュア野球資格回復研修を受講。自己最速152kmの球速を持つ、ピッチング/スローイングストラテジストとして活動を始める。翌2020年1月に野球パフォーマンスオンラインサロン「NEOREBASE」を開設。ダルビッシュ、千賀滉大、石川柊太をはじめ数十人のプロ野球選手を含め約450人の会員が加入している。

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