日本野球に染み付いた“時代遅れの指導”。元MLBトレーナー、独自の育成理論で変革の挑戦~高校野球の未来を創る変革者~

Training
2021.03.06

MLBワシントン・ナショナルズで選手たちから“ゴッドハンド”と呼ばれ、厚い信頼を寄せられた日本人トレーナーがいる。現在は広島の地に自ら立ち上げた「Mac’s Trainer Room」で多くの選手のトレーニングをサポートしている、高島誠だ。最先端の理論を身に付け、独自のシステムを構築し続ける男の目に、日本野球界の指導はどのように映っているのだろうか。
平日はわずかに50分の練習ながらプロ野球選手を輩出したことで注目を集める広島の武田高校と共に、日本野球界の常識を打ち破り、旧態依然とした体質を変革する。その挑戦の信念を聞いた――。

(取材・文・撮影=氏原英明)

日本野球界の育成の問題とは? メジャーで実績を残した名トレーナーの目線

平日の練習時間わずか50分でプロ野球選手の輩出をもくろむ育成型“クラブ”が東広島にある。勉学を重視する進学校、武田高校だ。これまでに全国大会の出場実績を持たないが、2019年ドラフトでは育成ながらプロの世界に選手を送り込み、昨夏の独自大会ではベスト4へと進出した。フィジカルに特化したトレーニングを実践し、高校野球界に革命を起こそうとしていることは「高校野球の未来を創る変革者」シリーズの第5回で紹介した。

そんな武田を支えているのが「Mac’s Trainer Room」を運営する高島誠だ。

野球選手のパフォーマンスアップを担うトレーナーの高島は、山岡泰輔(オリックス)や高橋礼(ソフトバンク)らプロ野球選手のほか、武田など中国地区の高校・大学などでトレーニング指導を行っている。

メディアで取り上げられるのは、どうしてもプロで活躍する選手のトレーニング方法ばかりになるが、高島がトレーナーを始めた頃から気に掛けていたのは育成年代にある選手たちだった。それは自身が高校時代にけがによりトレーナーを志したという経験を持つからだ。

「今、トレーニングを受けにきている小学生をどうやったらプロ野球選手に育てられるかって考えて指導をしているんですけど、そう考えて昔のことを振り返ってみると、高校の時にちゃんとやっていたら、もうちょっと長く野球をやれていたなとか、プロに行けていたよな、つぶれていないよなと感じるんです。育成をちゃんとできる環境をつくらなければいけない」

選手のためにいいと思ったことをやり続けてきた結果が今につながる

高島のキャリアは野球界の同業種の中でも極めて特殊だ。

一言で「トレーナー」といってもさまざまな担当がある。試合時のゲガ対応からリハビリまでを担当するアスレチックトレーナー、ストレングスやコンディショニングを担当するS&Cコーチもいれば、治療を専門とするマッサージセラピストなどがいる。

さらに、ここ数年メジャーリーグがそうであるように、データを解析した上でトレーニングにつなげ、選手のパフォーマンスを向上させていく専門職もある。しかし、高島の場合、その多くを網羅して選手のパフォーマンスアップにつなげているのだ。

「肩書がどうこうじゃなくて、選手のためにいいと思ってやってきた結果なんですよね。専門的な部門をやっている人から見たら、『なんやあいつ』と思われているかもしれないですけど、必要な情報は手に入れるようにしています。僕は知らないことが分かるようになっていくのが好きなので、どんどん知ることが増えていった。ラプソード(※)は画期的なものでしたので、アメリカで販売されてすぐに買いました。こういうことがずっと同じ流れできていて、一つずつできることが増えてきた」
(※ラプソード:トラッキングデータを取得できるシステム。球速などの基本的なものから、ボールの回転数、回転軸、変化量などの詳細なデータまで幅広く取得できる)

筋肉を大きくすることが、野球のパフォーマンスを上げるわけではない

Mac’s Trainer Roomのジム内を歩いていると、たくさんのトレーニング器具が目に入ってくるが、あまり見慣れない形状のものが置いてある。例えば、世によくあるウエイトトレーニングの器具は従来のものと同じような重りが両端についているが、持つ手の部分が特殊な形をしているものがいくつもあった。

それらは重たいものを持ち上げる際、体が硬くなってしまわないよう、体が連動して持ち上げないといけないような仕組みにしているらしい。投手の中には、ウエイトトレーニングのやりすぎで肩の痛みや引っ掛かりを感じるインピンジメント症候群を起こす投手がいるが、高島によれば「胸郭が硬くなってしまっているからそうなってしまうことが多い」とのことだ。

「筋肉を肥大させようとするなら、固定させて、単一の筋肉に刺激を入れるのは、やり方としては正しいです。大きくなりやすいですから。ただ、それが野球のパフォーマンスを上げるわけではない。うちでは連動してあげるので、重たいものをいかに軽く扱うかをテーマにしていますね」

特殊な形状の持ち手のバーなどはイギリスから取り寄せたもので、このルームにある機器は、高島が勉強をしていく中で選手にとって必要なものと感じたものばかりなのである。

メジャーで常識となっているデータ活用に、独自の育成法を構築

高島が先ほど口にしたラプソードもその一つだ。ラプソードは投手が投げるボールの回転数や回転軸をデータ化するもので、これまで明らかにされなかった投手の能力を可視化するのに一役買っている。

メジャーリーグは今、データを駆使した育成が当たり前のように行われている。集積したトラッキングデータを用い、プレーヤーの特徴をさまざまな角度から分析して成長につなげていくのだ。

メジャーリーグのスプリングトレーニングに行くと、メジャーからマイナーの施設にまでそれらの機器を目にするし、ニュースでよく映される日本人メジャーリーガーのブルペン投球は、実はすぐそばに投球を解析するアナリストがチェックしているのだ。

高島はすでに、そうした育成法を取り入れている。それも全てがアメリカの模倣でなく、パフォーマンスアップを目指していくにつれて、必要に駆られてできあがったシステムだけに、独自の選手育成システムを構築しているともいえる。

ラプソードのほか、投球時の肘のストレス具合を測ることが可能になるモータス、投球フォームやリリースなどを細かく映像化できるハイスピードカメラなど最新テクノロジーを使いこなしている。

“技術を発揮するために、体がどのような状態であるべきか”

取材日にはプロ野球選手が数人、トレーニングに訪れていて、ピッチング練習をしていた。高島はハイスピードカメラで、投手が投げるフォームを撮影。どうやらリリース部分に課題が見つかった選手がいて、どういうふうになっているかを説明していた。

「先ほど投げていた選手はストレートを投げているのに、カットボールの成分が出ていたんですね。カットボールとしてはいい球ですけど、ストレートのつもりで投げているんだとしたら、それはボールが垂れているということになります。それを確認していました。本人はストレートの意識だったので、それじゃ弱いよね、と。どういう体の使い方をすれば、カットしないか。手先で外に投げようとしていたので、もうちょっと前にいかないといけないよねと。お腹を使って、などという話をしています」

野球は技術力の戦いだ。

それぞれが持っている技術を出し合って、そこで勝負する。しかし、その技術を発揮するためには、体がどのような状態であるべきか。ゴールをイメージしながらスタート地点までの指導を高島はやっているというわけである。

現在の日本野球は、運動センスや才能に頼った強者しか育てられていない

とはいえ、高島が指導に力を入れなければいけないと感じているのは、高校生などの学生たちだ。体がまだできあがっていないからというのが理由の一つだが、その背景に潜むのは育成年代の指導があまりにも古く、いまだに体質が改善されないからだ。

今の高校野球界の指導における一番の問題点を、高島はいかにもトレーナー視点からこう指摘する。

「日本人は右利きって先入観がありすぎて、右利きをもとに指導をするケースが多い。隠れた左利きは結構多いんですよ。高校時代から指導していた山岡は左足が使いやすいタイプでした。右利きだと思って普通の指導をされるとそれは使いにくい方の足なんです。どちらが使いやすいかを見ていかないといけないですけど、そういう指導者はいない。結局、強豪で目立っている選手たちというのは、利き足は右、軸足は後ろ足だという従来の指導がうまくハマった選手なんです。これが弱小チームの場合、同じようにしてもうまくいかない。つまり、どっちのパターンも教えられないといけないんです」

人間の体には個人差があるのもさることながら、左右差、利き腕、利き足の違いがある。しかし、おしなべて日本の野球界はこれらの差に目を向けることはない。

日本には長く、この「強者の指導」が染み付いているからといえる。ほとんどの選手の利き腕や体の使い方は同じだと限定してしまい、一律の指導を行う。

練習量と試合経験を交互に繰り返し、そこで生き残ったものだけが活躍の場を得ていく。その生き残りがプロ野球選手になる。運動センスや才能に頼った強者しか育てられない指導であり、ともすれば、多くの離脱者を生んでいるともいえる。

高島は、自身が経験したことも踏まえて、育成に関するじれったさを、これまでに感じてきて、今、その環境を変えようとしているのである。

高島は続ける。

「軸足という考え方だけではダメなんですよ。どちらが使いやすいかという観点にならないとうまくいかないんです。でも、それによって育っていない選手がいる。武田の岡嵜(雄介)監督にはそういううまくいっていない選手を育てる方向にいくべきだという話をしていますね」

掲げる目標は、高卒でメジャーに行く選手を輩出すること

もっとも、高島は武田を強くすることだけが役割ではない。「武田に150キロ投手を毎年3人つくる」という野心はあるが、野球界をいかに旧態依然とした体質から引き離して発展させていくかが彼の目指すところである。

高島は中学生硬式野球チーム「東広島ポニー」を立ち上げた。中学生から先を見据えた選手を育成することが目標だが、大きな夢を描いている。

「高卒でメジャーリーグに行くような選手を出すことです。そのためには155キロ以上を投げられないといけません。現状、高卒からメジャーというルートをたどったケースは多くないですけど、ただ経験する人が出てきて、それをまた日本に向けて発信してくれたら、日本の育成システムも変わってくると思います。アメリカが全ていいとは言わないですが、さまざまな議論ができてくると、より日本の野球のレベルも上がってくるんじゃないかと思います」

東広島から始まる新たなサクセスストーリー。それは武田の取り組みと並ぶ野球界の挑戦だが、彼らが夢を果たすことで日本の野球界が高いレベルにいくこともまた事実なのである。

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<了>

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PROFILE
高島誠(たかしま・まこと)
広島商業高校時代のけがをきっかけにトレーナーを志す。2001年オリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バッファローズ)にトレーナーとして加入。2005年に渡米、MLBワシントン・ナショナルズで2年間のインターンシップトレーナーを経て、2007年に正式採用。そのオフシーズン、日本の子どもの肩と肘を救いたいと考え、「Mac’s Trainer Room」を立ち上げ、プロ選手のほか小中高生や大学生、社会人まで幅広くアスリートをサポートしている。独自のトレーニングやコンディショニング、パフォーマンストレーニングなどをバイオメカニクス研究所や病院などと共同研究や学会発表や論文発表のサポートなどの活動も行う。

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