横浜高校に何が起きている? 甲子園5度優勝を誇る強豪校のかつての姿と“今”

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2019.08.03

波乱の夏――。春の選抜優勝の東邦、秋の神宮大会優勝の札幌大谷、そして連覇を狙っていた大阪桐蔭をはじめ、出場すれば優勝争いをしたであろう強豪校が、この夏の地方大会で続々と敗れ去っていった。その波乱を象徴する一つに、横浜が挙げられるだろう。これまで春夏合わせて5度の甲子園優勝を誇る強豪校は、神奈川大会準決勝で県内有数の進学校、県立相模原に敗れ去った。公立高校に敗れたのは実に22年ぶりのことだった。
今、横浜に何が起きているのだろうか。かつての強さを誇った時代と比較して見てみたい。

(文=西尾典文、写真=Getty Images)

かつての姿とは異なる、近年の横浜

7月25日、横浜スタジアム。神奈川の高校野球界で大きなトピックとなる出来事が起こった。春夏合わせて5回の甲子園優勝を誇り、夏の神奈川大会でも3連覇中(2018年は100回記念大会のため南神奈川大会)の横浜が、県内でも有数の進学校である県立相模原に6対8で敗れたのだ。
横浜が夏の神奈川大会で公立高校に敗れるのは1997年に横浜商に敗れて以来22年ぶりのことである。
県立相模原は2015年春に関東大会に出場するなど近年力をつけているチームではあるが、この夏はノーシードということもあって、大半の高校野球ファンが横浜の勝利を予想していたことだろう。
さらにいうと、横浜は先発こそ背番号10の木下幹也だったが、7回途中からはプロ注目のエース及川雅貴を投入しており、その及川が打たれて敗れたということも大きな衝撃の一因だった。

1998年夏には松坂大輔(現・中日ドラゴンズ)を擁して春夏連覇を達成し、その後も毎年のようにプロ野球へ選手を輩出しながら甲子園でも成績を残し続けている横浜は大げさではなく神奈川の高校野球界において象徴的な存在である。しかしここ数年の戦いぶりを見ていると、かつての横浜とは変化が生じてきていることは間違いない。あらためて過去3年間の夏の甲子園の成績を見るとこのようになっている。

2016年
1回戦:横浜7-1東北
2回戦:横浜1-5履正社

2017年
1回戦:横浜4-6秀岳館

2018年
1回戦:横浜7-0愛産大三河
2回戦:横浜8-6花咲徳栄
3回戦:横浜4-5金足農

2016年は東北に快勝。2回戦では寺島成輝(現・東京ヤクルトスワローズ)を擁する履正社と藤平尚真(現・東北楽天ゴールデンイーグルス)の投げ合いに注目が集まったが、藤平はライトで先発。初回に1点を先制しながら、雨での中断後の継投のタイミングを見誤って2回に一挙5点を奪われ、打線もそのまま寺島に封じ込められた。

2017年も4季連続甲子園出場の秀岳館を相手にエースの板川佳矢(現・国際武道大)を温存。初回に先発の塩原陸(現・国際武道大)がいきなり5安打を浴びて3点を失うと、終始ペースは秀岳館のものとなり、反撃も及ばず初戦敗退。

そして昨年は愛産大三河、花咲徳栄を下し、3回戦でも吉田輝星(現・北海道日本ハムファイターズ)から4点を奪って2点をリードしていたものの、8回裏に板川が劇的な逆転スリーランを浴びてまさかの敗戦。
逆に金足農はこの試合で完全に勢いがつき、近江、日大三も撃破して決勝進出することとなった。全国レベルの強豪校には力負けし、ダークホース的な存在のチームにはワンチャンスをものにされて足元をすくわれているというのがここ数年の戦いぶりなのである。

スーパー1年生が伸び悩む傾向

かつての横浜の強さの一つは圧倒的な“個”の強さにあった。現在NPBに所属している横浜高校出身の選手を並べてみると下記のような顔ぶれとなる。

・松坂大輔(中日)
・成瀬善久(オリックス)
・涌井秀章(ロッテ)
・石川雄洋(DeNA)
・福田永将(中日)
・下水流昂(広島)
・髙濱卓也(ロッテ)
・倉本寿彦(DeNA)
・筒香嘉智(DeNA)
・乙坂智(DeNA)
・近藤健介(日本ハム)
・浅間大基(日本ハム)
・高濱祐仁(日本ハム)
・渡邊佳明(楽天)
・藤平尚真(楽天)
・増田珠(ソフトバンク)
・万波中正(日本ハム)

松坂は言うまでもないが、涌井、筒香などは高校入学直後から大物として騒がれ、多少苦しむ時期はあったものの、3年時にはその年の目玉に近いレベルにまで達してドラフト1位でプロ入りし、その後もリーグを代表する選手になっている。

しかし過去数年を見てみるとその流れに陰りが見られ、いわゆるスーパー1年生が伸び悩んでいるケースが目立つのだ。藤平はドラフト1位でプロ入りしているが、入学してきた時の評判を考えるとその完成度は物足りないものがあり、実際にプロ入り後の成績も涌井と比べても大きく劣っている。

そして典型的な例が万波ではないだろうか。中学時代から投打ともに超有望株として評判で、1年夏には早くも横浜スタジアムのバックスクリーンへ特大アーチも放っている。しかしその後は打撃がなかなか安定せず、3年春の関東大会ではベンチ入りのメンバーからも外されることとなった。
この頃の万波のプレーを実際に見たが、構えた時点から全く打てそうな雰囲気がなく、ボールとバットが大きく離れるような空振りを繰り返していた。3年夏には何とかメンバーに復帰し、南神奈川大会では特大のホームランも放ったが、タイミングのとり方はとてもドラフト候補選手のものではなく、甲子園でも3試合で14打数2安打、5三振という結果に終わっている。
ポテンシャルの高さが評価されてドラフト4位でプロ入りは果たしたものの、入学前から同様に騒がれていた根尾昂(中日)と比べるとタイプは違うとはいえ、高校での成長ぶりには大きな差があったといわざるを得ないだろう。

かつての緻密で隙のない野球を象徴するプレー

かつての横浜の強さは個人の能力だけではない。先述したプロに進むような選手以外も高いレベルの野球が徹底されており、隙のない野球を見せていた。象徴的なプレーが優勝を果たした2006年の選抜、対八重山商工戦での挟殺プレーだ。
この試合、横浜は序盤から7点のリードを奪うが8回の裏に八重山商工の猛反撃にあい1点差まで詰め寄られる。沖縄の離島から出場したチームが横浜を追い詰める展開に球場は完全に八重山商工ペースとなり、さらにワンアウト二塁。しかしここでビッグプレーが飛び出す。

ピッチャーゴロで飛び出したセカンドランナーを二・三塁間に挟む形となるのだが、横浜守備陣はわざと挟殺プレーに時間をかけ、打者走者が二塁を狙うのを見ると絶妙なタイミングで二塁に送球してタッチアウトとし、さらにまだ二・三塁館にとどまっていた二塁走者もアウトにして併殺を完成させたのだ。
このプレーによって八重山商工の勢いは止まり、横浜が1点差で逃げ切ることとなる。試合後に渡辺元智監督(当時)は「100試合に1度あるかないかのプレーですが、うちは日常的に練習している」とコメントしているが、まさに当時の横浜の緻密さが出たプレーといえるだろう。

筆者も筒香が在籍していた時、取材の合間に練習を見学させてもらったことがあるが、走者をつけて実戦を想定したシートノックで小倉清一郎部長(当時)が、外野の打球を捕る位置、そして捕球する時の体勢について事細かく指導しているのが印象的だった。ただ能力が高い選手が多いのではなく、本当に細かいところまで徹底させていたことが、大舞台での勝負強さに繋がっていたのだろう。

現在の平田徹監督になってからは残念ながら練習の取材に訪れたことはないが、取材したある親しい編集者は監督、コーチによる細かい指導は見られなかったと話していた。渡辺、小倉体制の時のように選手を鍛え上げて、細かいプレーにまでこだわるという姿勢が現在の横浜の試合からも伝わってこないのはそういう背景があるからだろう。

しかしかつての横浜も決して常勝軍団だったわけではない。愛甲猛(元ロッテなど)を擁して1980年夏に優勝してから、1998年に春夏連覇するまでの甲子園の成績は4勝9敗と大きく負け越している。
そんな苦しい時期を乗り越えて手に入れた強さだったのだ。また、先日横浜出身で今年のドラフト候補である北山比呂投手(日本体育大)に話を聞いた時も「自分たちの頃は選手が監督に何か意見を言うということはありませんでした。
今の平田さんのやり方の方が選手は考えるようになって良い面もあると思います」と語っていた。甲子園では苦しんでいるものの、県内では一定の結果は残しているのもまた確かである。

元号も令和になり、高校野球もさまざまな転換期を迎えている。そんな中で新しいスタイルの横浜がまた天下をとれる日が来るのか。今後の戦いぶりに引き続き注目したい。

<了>

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