なぜ渡部暁斗は「メダルすら厳しい」状態から、銅メダルを獲得できたのか? 過去銀メダル以上に価値ある理由[ノルディック複合]
北京五輪・ノルディック複合ラージヒルで、渡部暁斗は銅メダルを獲得した。ソチ、平昌と2大会連続でノーマルヒルの銀メダルに輝き、次は金メダルと公言して4年間を過ごした。しかし迎えた今季、得意のジャンプが不調に陥り、ワールドカップは表彰台に一度も上ることなく総合10位となっていた。「メダルすら厳しいかもしれない」と考えていた状態から、なぜ3大会連続のメダルにたどり着くことができたのだろうか――。
(文=折山淑美、写真=Getty Images)
五輪直前の2戦で得意のジャンプが25位と30位。調子が上がらず迎えた北京の舞台
2014年ソチ五輪と2018年平昌五輪のノーマルヒルで、ともに銀メダルを獲得している渡部暁斗(北野建設)。5回目のオリンピックとなる北京では金メダルを狙うと公言していたが、大会直前には、そこまでは遠いと考えていた。今季のワールドカップは15戦して1桁順位は9回で総合10位につけていたが最高位は5位。得意にしているジャンプの調子が開幕戦から上がらず、ジャンプでは7位になった2回が最高で、ワールドカップのジャンプランキングは15位。オリンピック前最後の2戦はジャンプで25位、30位に落ち込み、距離で挽回はしたが17位と25位までしか上げられていなかった。
北京でも最初のノーマルヒル個人は、山本涼太(長野日野自動車)が108.0mを飛んでトップに立ったのに対し、暁斗は98.0mの9位でトップとは1分16秒差。後半の距離は同タイムでスタートした距離の強いヨルゲン・グローバク(ノルウェー)についていって最終周回では3位集団になったが、そこから遅れて7位にとどまり勝負に絡む姿は見せられなかった。
だから、ジャンプが少し上向いて臨んだ2月15日のラージヒル個人でも、ジャンプは5位につけて後半の距離に臨みながら、「正直、もう自分のことを信じられないというか……。金メダルを取ると言ってプレッシャーをかけてきたけど、ワールドカップの表彰台もないままここにきて。いいジャンプはしたけど、今回に関しては全然自分のことを信じられず、『本当に大丈夫かな?』と思いながらスタートしました」という気持ちだった。
ジャンプで5位につけるもポジションには恵まれず…開き直りで挑んだ距離
それには理由もあった。ジャンプの後に「いいジャンプはしたんですけど、ポジションとしてはちょっと複雑な部分があるというか。前の54秒を追わなければいけないが、周りには速い選手はいないし、後ろは1分半前後の選手が固まってきそうな感じなので、ちょっと取り残されちゃった感はありますね」と話していた。
2位に44秒、暁斗には54秒差をつけているヤールマグヌス・リーベル(ノルウェー)は、ワールドカップ総合3連覇中の選手で通常なら逃げ切ってしまうタイム差。今回はPCR検査陽性でノーマルヒルには出場せず、4回あったラージヒルの公式練習も全て欠場とコンディションは万全でなかったが、余裕を持って走られれば、追いついたとしてもラスト勝負は不利になる。
また暁斗の10秒以内前にいる3人や、18秒後ろにいる選手は距離を得意とはしていない選手ばかり。33秒後ろのヨハネス・ランパルター(オーストリア)もワールドカップ総合1位で距離も強く、1分24秒差までの中にはノーマルヒルで優勝したビンツェンツ・ガイガー(ドイツ)や2位のグローバク、3位のルーカス・グライデラー(オーストリア)、5位のヨハネス・ルゼック(ドイツ)など走力のある選手がいて、彼らが集団で追いついてくるのは必至の状況だったからだ。
「一人くらい一緒に走ってくれる選手がいればよかったけど、自分でいいペースをつくればいいかなと思うので。ペース配分に気を付けなければいけないけど、いいリズムをつかめばいいかなと思います」
今季はジャンプが悪かった分、第9戦で1位になった他に5位や6位もあって距離ランキングは8位の力を持っている暁斗は、自分で行くしかないと開き直った。
1位にわずか0.6秒差。これまでの五輪で最も僅差の勝負となったが…
レースでは思わぬ運も巡ってきた。トップを独走していたリーベルが、2周目に入る時にコースを間違えるアクシデントがあり、2周目に入って追いついて3人の集団になった。
「1位に立ったなと思ったけど、そこで自分のペースを崩してはいけないので『冷静になって』と思いながら走っていました。結構、前に出てくれというサインを出したけど、協力して引っ張ってくれる選手がいなかったので、自分でいいペースをつくって走らなければいけないと思って走りつつ。後ろとの差を見つつという感じで、すごくハードなレースでした」
6.0km通過で追走集団は33秒差まで詰めていた。それを見て暁斗は「自分で行くのは嫌だな」と思ったが、その少し前に集団に追いついていたランパルターが前に出てくれた。「彼も疲れている感じだったが、そこは心意気にすごく感謝したいと思います」と言う。それもずっとトップで戦い続けてきたからこそある、“共に逃げ切ろう”という仲間意識の表れでもあった。だがラスト1周に入る7.5kmでは、追走集団に13秒差まで詰められる状況になった。
「最初の上りでリーベルとマヌエル・ファイスト(ドイツ)がちょっと遅れたので、『これはランパルターとの勝負になるかな』と思ったけど、彼も上りで疲れていたから『もしかしたら金メダルが巡ってくるかな』と思いました。でも、最後の最後で追いついてきた2人にサクッとやられたので、ゴールしてから『そう思うようにはいかないな』とあらためて反省しました(笑)。振り返れば『なんで最後のストレートでもうちょっと頑張れなかったんだろうな』と思うこともあるけど、最後は力も残っていなかったし、レースの最中はそんなことも考えられないような頭だったかなと思います」
最初からずっと一緒に走ってきたファイストは突き放したが、最後になって後ろから襲い掛かってきたグローバクとイエンスルーラス・オフテブロ(ノルウェー)にかわされ、0.6秒差の3位。最後まで金メダルを諦めることなく走り、これまでのオリンピックの中では最も僅差の勝負だった。
望んだ色とは違うけど…過去2つの銀メダル以上に価値ある「銅」の理由
だが暁斗は金メダルに近づいた実感はないという。ワールドカップでもしっかり結果を出して臨んでいたソチ五輪や平昌五輪の方が金メダルには近かった。だが今回は、「本当に遠い所からの挑戦で何とか銅メダルに届いただけ。メダルが取れただけで上出来だと思います」と笑みを浮かべる。
メダル獲得の要因を問われると、暁斗は「執念だったんじゃないですか」と言う。
「色はともかくメダルを持って帰りたいという気持ちはあったし、あとは最後の最後という……。子どもも生まれて『もう自分のためだけに100パーセントの時間を使うのは最後だ』というふうに宣言していましたし。そういう意味では出し尽くして終わりたいなと思っていたし。最後の最後まで、自分が空っぽの気持ちになるまでやり尽くそうと。そういう執念でもあったのかなと思います」
そんな暁斗は自分が金メダルを逃した悔しさより、レースが最後の最後まで決着が分からないスリリングなものだったことも喜んだ。
「僕のパフォーマンス自体は別としても、今回のコンバインド(ノルディック複合)自体、レースとして面白かったんじゃないかなと思うので。ノーマルヒルもそうでしたけど、そういう面白いレースをこのオリンピックという注目されている中で見ていただけたというのは、本当にコンバインドの面白さが伝わったんじゃないかなと思うので、そこに満足しています」
その勝負に参加できたという満足感だけではなく、競技としての面白さを見せられたという満足感。自分がやり続けてきたノルディック複合という競技を多くの人に認知してもらいたいという思いの強さが、彼に銅メダルをもたらせてくれたのかもしれない。その意味では彼にとって、これまでの銀以上に価値のある銅メダルだった。
<了>
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