「賞金で食べられる世界ではない」。スキージャンプで異例のプロ転向、竹内択が明かす“お金のリアル”

Career
2021.04.30

ソチ五輪の団体で銅メダルを獲得したスキージャンプの竹内択は、“120万人に1人”という難病と闘いながら、北京五輪出場を目指している。2年前に実業団から独立し、team takuを結成。日本では異例となるプロジャンパーの道へと進んだ。プロに転向したからには、競技活動にかかるお金を全て自分で稼ぎ出す必要がある。新型コロナウイルスの影響で不安定な社会情勢となっている昨今、どんな業態であってもお金を稼ぐことは決して簡単なことではない。プロとして生きる“リアル”を聞いた。

(インタビュー・構成=折山淑美、撮影=高須力)

「賞金で食べられる世界ではない」。プロジャンパーの生き方

2019年5月、フィンランド留学帰国後から13年間所属した北野建設を退社した竹内択。その後はプロジャンパーとして“team taku”を立ち上げ、現在は永峯寿樹と共に活動する。

その初年度だった2019-20シーズンは、ワールドカップは開幕戦からのメンバーには入らなかったが、12月のコンチネンタルカップ(ワールドカップの下部クラス)は4戦して1位2回、2位1回、5位1回で総合1位に立ち、第7戦のエンゲルベルク(スイス)大会からワールドカップに出場。最高位は16位で他の日本選手より12試合少ない13戦出場ながら、ワールドカップ総合は日本人7番目の47位という成績を残した。

そんな竹内択にとって、プロジャンパーとは何なのか?

――サッカーや野球などチームスポーツ以外のプロ選手は、賞金を稼いで生活するというイメージもありますが、スキージャンプでプロというのはどういう形がいいと考えていますか?

竹内:僕自身はなんか、ざっくりとした感じでプロと言っていますが、正直いってジャンプは、賞金で食べられる世界ではないと思っています。ワールドカップの賞金は少ないし、本当に食べていけるのは少数だけでトップ10に入っていても厳しいのが現実です。マイナースポーツは特にスポンサーがつかないと難しいし、スポンサーありきで活動しているのがプロだと思っています。それも1つの企業だけではなく、サポートしてくれる人や応援してくれる人が多いというのがプロなのではないかなと思っています。

――1つの企業に依存するというのはリスクもありますか?

竹内:1社だと行動を制約されることもあるだろうし、僕がやりたいと思っていることをやれる環境にしたかったので、そうしたくはなかったですね。それに1社だけだとそれがなくなった場合、また次を探すとなると労力もかかる。いろいろな縁もあって、今は複数のスポンサー企業と組むことができています。

「会社を辞めた時はすごくテンションが上がってワクワクした」

――スポンサーに関しては、プロになろうと決めた時点で少しはあてもあったのですか?

竹内:それはまったくなかったですね(笑)。でも僕は「行動すれば絶対大丈夫だ」って、根拠なき自信のようなものが常にあるんです。ただ、知り合いにいきなりスポンサーになってくださいとお願いするのも違うなと思ったし、当時はやりたいことを言葉で説明することもできなかった。だから、知り合いに元JリーガーでこれまでにGMやアンバサダーなど(引退後に)いろいろやってきた方がいるので、その人に聞きながら、全日本スキー連盟の規約なども盛り込んで、まずは資料作りを始めました。それに僕はいろいろな人と会って食事をするのも好きだったし、ソチ五輪の後はそんな機会も増えていろんな知り合いができていたので。そんな方たちも僕が自力で競技を続けていくという記事を見て心配してくれていたので、向こうからサポートしようかと言ってくれました。

――何をやるための資料作りだったのですか?

竹内:何をやるにも自分がジャンプをやっていないとダメと思っていたので、まずは自分の競技活動を支援(してもらうための説明用資料)ですね。選手をやりながらジャンプに関心を持ってもらって、(今の日本のスキージャンプ界の)状況を変えていくことに価値があると思ったし、(競技を)やめた後にやるのはつまらないと思ったから、両方やりたいと欲張りました。でも、会社を辞めた時はすごくテンションが上がってワクワクしまくっていました。サラリーマンがネクタイを外したみたいな感じで、「なんでもできるんだ。何をしようか」って(笑)。スポンサーも結構ついてくれて、うまく進みだしました。

「大好きだというもの才能の一つ」。team taku結成の理由

――活動するにはどのくらいの金額が必要なんですか?

竹内:一応、最大限として考えたのは、合宿や海外遠征などの費用や、コーチ・トレーナーなどの人件費を入れて、1年に2000~3000万円という数字でした。パーソナルコーチを雇ったり、トレーナーに遠征に帯同してもらったらそのくらいにはなる。でもそこまでしなくて、ミニマムにして海外遠征もなければ1000万円くらいかなとも考えていました。

――最初はどのくらい集まったのですか?

竹内:数でいえば、小さいところも合わせて6社くらいで、2019年秋から1年半の契約で600~700万円でした。ただ、仲の良い会計士さんから紹介していただいた方が、活動費とは別に「生活費にしてくれ」と支援してくれたのもありがたいことでした。それに生活もミニマムにしようということでアパートに引っ越し、それまで住んでいたマンションが売却できたこともあって、何とか今までできている感じです。

――個人活動ではなくて他の選手も入れてteam takuという形にしたのはどうしてですか?

竹内:企業チームの場合、新人が入るとそれまでいた選手が抜けて、ジャンプ選手の分母が増えないんです。僕がジャンプのエンタメ化などといって盛り上げたいと思っても、ジャンプ選手があまりいなくて戦う人が少ない状況では全然面白くないし。僕自身、ジャンプをすごく好きでやっているけど、周りを見れば高校、大学と続けてもその後のオファーがないからやりたくても続けられない、大好きなのに競技を続けていく方法が分からないという選手も多いから、めちゃくちゃもったいないと思うんです。大好きだというもの才能の一つだと僕は思うので、そういう人たちが入れるようなチームにしたいと思いました。

競技の結果だけではない、“魅力的な何か”を創る

――クラウドファンディングもやりましたが、チームとしての活動費も必要だからですか?

竹内:そうですね。去年は新型コロナ感染拡大でスポンサーをお願いする活動もできなかったので、それならクラウドファンディングをやってみようということで、6月と11月にやりました。ただあれも難しいもので、予想していたよりは集まりませんでした(笑)。でもそういう中でもいろいろ考えました。例えば高梨沙羅ちゃんや小林陵侑のスポンサーなら費用対効果もあるし魅力だと思います。でも僕たちのチームのスポンサーの場合、そういうことより僕のことが好きで「おまえだったら」という感じの人が多いんです。それも一種の魅力だなと思い、そういう魅力をつくることも大事だと思ってYouTubeやSNSを始めました。それで少し練習がおろそかになった面はあるけど、練習の様子をYouTubeにアップしたりして。クラウドファンディングもそうなんですが、去年の夏は試合がなかったので、とにかくみんなに知ってもらおうという活動をかなりやりました。

――支援してくれている人たちに何かを還元するためにも、自分たちがもっと魅力的にならなくてはいけないと考えたのですね。

竹内:本当は試合の結果で返すのが一番いいと思うんですけど、ジャンプの結果だけではなくて他にもあると思うんです。何か魅力的な活動をしていって、それがニュースになったら喜んでくれるかもしれないし、何に喜びを感じてくれるか分からない。そんなことを去年の夏からいろいろ考えてやっていたら、ジャンプの調子がめちゃくちゃ悪くなってしまって(苦笑)。イメージを湧かせるトレーニングもしないで、ジャンプ以外のことをやり過ぎたんです。だからシンプルに、ジャンプではイメージすることが大事だなと分かった1年でした。イメージって、なんかフワッとしてるじゃないですか。ソチ五輪の後はそれがダメだと思って、ロジカルにロジカルにとやってきたけど、来年はもっとフワッとしたものを求めてもいいなという確認にもなったので。ある意味、それまでの感覚を振り切ったような1年でした。

――クラウドファンディングはこれまでジャンプにあまり興味が無かった人にも知ってもらうという意味も大きいですね。JOC(日本オリンピック委員会)による就職支援制度の“アスナビ”もそうですが、ショートトラックなどのマイナー競技でも同じ職場の人たちが団体で応援に来ているのを毎回見るので、競技に興味を持ってもらうという面で意味があることだと思います。

竹内:それはいいことですね。僕もクラウドファンディングをやってその難しさも知ったけど、ジャンプで結果を出した方が早いとも思います。僕は何よりカッコつけるのが好きなので、成績が出ないと「カッコ悪いな」と思って悔しくなる。まだ北京五輪へのチャンスもあるから、いい成績を出せればもっと恩返しもできるかなと思っています。

――次のシーズンへ向けてはどういう計画を立てていますか?

竹内:去年はSNSやYouTubeなどの他にもアパレルブランドを立ち上げて物品販売などをしたけど、ジャンプが少しおろそかになる部分もありました。だからまずは競技に集中したいと思います。今年は自分たちがトレーニングをする拠点をつくりたいと思い、すでにテナントを抑えていて、6月くらいにオープンする予定です。一般の人も使用できるトレーニングジムに治療院も併設したような形態で、自分たちもそこでトレーニングをしながらトレーナーにケアもしてもらえるようにしたいなと思っています。あとはチームにコーチが入ることも決まっています。去年引退した2006年トリノ五輪代表の伊藤謙司郎です。海外遠征にも一緒に行っていて人間性や考え方も分かっているし、5月から来てくれるのでジャンプに集中できるかなと思っています。北京五輪に向けてまずは頭の整理をして、カッコよく飛べるようにしたいと思います。

“120万人に1人の難病”竹内択は、なぜリスク覚悟でプロ転向を決めたのか?

日本スキージャンプに必要な改革。竹内択の決意

<了>

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PROFILE
竹内択(たけうち・たく)
1987年5月20日生まれ、長野県飯山市出身。10歳の冬に長野五輪での日の丸飛行隊の活躍に魅了されスキージャンプを始める。飯山第一中学卒業後、フィンランドに留学。2006年帰国後、北野建設に所属。2010年バンクーバー大会で自身初のオリンピック出場を果たし団体5位、2014年ソチ大会で団体銅メダルを獲得、2018年平昌大会で団体6位。世界選手権は2013年混合団体で金メダル、2015年・2017年混合団体で銅メダル。ワールドカップ表彰台(個人)は4度。ソチ五輪本大会の直前にチャーグ・ストラウス症候群を発症。現在も病気と闘いながら2022年北京五輪出場を目指す。2019年5月、北野建設を退社し、team takuを結成。プロのスキージャンパーとして、スキージャンプ界の発展に尽力するなど、アスリートの枠にとらわれない活動を続ける。

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