小林祐希「指摘してダメなら削ります」。大物が半年我慢できずに帰国、知られざるカタール事情

Career
2021.04.07

2013年に海外挑戦を決意し、オランダ、ベルギーと欧州クラブを渡り歩いた小林祐希は、昨年その新天地にカタールを選んだ。日本とヨーロッパを知る男の目に、カタール・スターズリーグのサッカーはどのように映っているのか。半年も我慢できずに帰国してしまう大物選手も多いというカタールの知られざるサッカー事情とは?

(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=橋本涼太)

知られざるカタールリーグのレベルと特徴

 ――昨年10月にカタールに移籍しました。実際に行く前と後でイメージのギャップはありましたか?

小林:意外とリーグ全体のレベルは低くないなという印象です。ヨーロッパから大金を積まれて引き抜かれた選手や、監督・コーチもたくさんいるので。上位のチームはすごく洗練されたヨーロッパとも変わらないサッカーをしますし、一方で下位のチームはなかなか厳しいなという……。

――レベルの差が大きいわけですね。

小林:レベルの差が本当にすごいんです。ヨーロッパでバリバリやっていた一流選手たちが、プロ選手というよりは趣味の延長線上でプレーしているようなカタールの自国の選手たちと試合をしている状況なので。

――外国籍選手と国内選手の割合は?

小林:カタール・スターズリーグの外国籍枠が5枠あるのですけど、あとの選手はローカルプレーヤーです。バーレーンとかイラン、スーダンなどの近隣の国との二重国籍の選手が多いのですが。

聞いた話によると10年前ぐらいからリーグ自体の各チームの順位がほぼ変わっていないらしいんです。強豪のアル・ドゥハイル(2017年にレフウィヤSCがアル・ジャイシュを併合して現チーム名に変更)、アル・サッド、アル・ラーヤンが1位、2位、3位内で入れ替わって、そこにアル・ガラファなどの中堅クラブが時折上位争いに加わることはあるけれども、大きく見た時にだいたいの順位がほぼ決まっていると。その背景としては、この国ではローカル選手が活発に移籍しないんです。中心選手が別チームに引き抜かれることがほとんどないんです。

――移籍制度が変わる前のJリーグみたいなものですね。

小林:そうですね。なので外国籍枠を使って取る選手のクオリティー次第で順位が上がるか下がるかが決まるわけです。だから、上のほうのチームは優勝するための大型補強をするし、下のほうのチームは2部に落ちないための堅実な補強をする。 

小林祐希がカタールに移籍して送る試行錯誤の日々

――小林選手はどのような経緯でアル・ホールへの移籍が実現したのですか?

小林:うちのチームは今までストライカーとかセンターバックしか補強してこなかったようなチームだったのですが、中盤から組み立てるサッカーを目指そうということになり、そこに俺がちょうどはまったみたいで。でも、カタールに来るのは意外と大変だと思いますね。UEFAチャンピオンズリーグやFIFAワールドカップでの実績はもちろん、知名度とか代表歴とかすごく気にするので、基本的にはなかなか声が掛からないと思います。俺は知名度がすごくあるわけではないのでラッキーなところもありましたが。

――ただ、そうなるとチームの中でもレベルの差があるわけですね。

小林:チーム全員のレベルが高いというわけではないですね。低いところに合わせていたらこっちのクオリティーも下がってしまうので、そこはトレーニングのところから葛藤しながらやっています。下位チーム同士の試合を見ていると、ボールを持っている時以外「俺、関係ないや」という顔をしている選手もいる(苦笑)。そこで「なんとかチームを勝たせられるように」とか、「自分のクオリティーを出せるようにどうしたらいいかな」という試行錯誤の日々ですね。

冬は寒い? カタールの意外なプレー環境

――カタールの暑さはどうですか?

小林:冬は全然暑くないです。むしろ寒いです(笑)。冬の最高気温はだいたい25~26度で、最低気温は15~16度ですけど、夜になると風が冷たいので、体感でいうと10度ぐらいに感じます。砂漠からの風が冷たくて。でも夏の暑さはえげつないです(笑)。

――カタールのクラブは基本的には王族の人たちの資産で運営されているのですか?

小林:収入は放映権料ぐらいだと思います。特にグッズを積極的に売ろうとはしていないですし、お客さんも頑張って入れようとはしていないですね。王族の人たちの趣味みたいな感じでやっているのですかね。サッカーが好きな人は多いので、テレビではよく見られているみたいです。

――カタールは国土が狭いのでアウェーでも移動はストレスがなさそうですね。

小林:今は新型コロナウイルスの関係もあって試合会場が固定されていて、その全部が俺の家から20分圏内ぐらいのスタジアムなんです。感染対策でチーム移動もなくて、みんな個人でスタジアムに行くので、自分のタイミングでご飯も食べられるし、変に縛られていなくて、俺はすごくやりやすい環境ですしストレスも感じないですね。カタールに来て仲良くなった日本人会の方々もみんなドーハに住んでいるので、毎試合応援に来てくれています。

――実際、そういったスタジアムの設備面だったり、プレー環境はいいですか?

小林:スタジアムはどこもすごくいいですね。例えばアル・ホールだったら、正式名の「アル・ホールスポーツクラブ」というクラブ名からもわかるように、陸上のトラックがあって、プールがついていて、パデルやフットサルができて、いろいろなスポーツに取り組める複合施設になっています。バレーボールなど他の競技のチームも使っていますし、近隣の一般の人たちも使っています。2022年のワールドカップのために新しくつくっているスタジアムはサッカー専用ですけど、昔からあるスタジアムは複合施設が多く、どのクラブも似たようなつくりになっていますね。

――ワールドカップに向けた盛り上がりは感じますか?

小林:今のところあまり肌では感じないですね。やはり現在は新型コロナウイルスを気にしながら、みんな生活しているので。

――カタールの新型コロナウイルス事情は?

小林:人口が約280万人ぐらいと日本より全然少ない分、しっかり一人ひとりが管理されているなという印象です。皆それぞれアプリで管理されていて、このアプリがないとどこの建物にも入れないんです。

――いわゆる接触アプリですね。

小林:アプリ内のバーコードを毎回読み取られるんです。緑の人は大丈夫。黄色の人はクアランティン(隔離)中。グレーの人は陽性の恐れがある。レッドになっている人はもうかかっているという。これをどこに行っても見せないといけないんです。選手は3日に1回、試合3日前に必ずコロナ検査をやるので、その時にその都度これが更新されます。検査は唾液と鼻、両方やるんです。2週〜3週に1回は血液検査もやっています。意外と日本より厳しいのかな。その人が検査を受けているかどうかというところまで、アプリでチェックできるので。

指摘してダメなら「練習の中で削ります」

――今のカタールのサッカーと日本のサッカーを比較してみていかがですか?

小林:日本に来る外国籍選手よりカタールにいる外国籍選手のレベルのほうが全然高いというのは感じます。年俸の額が違うので。日本でもヴィッセル神戸に(ルーカス・)ポドルスキ、(アンドレス・)イニエスタ、(ダビド・)ビジャが来ましたけど、そういうビッグネームを連れてこられるチームがいくつもある。昨季柏レイソルでJリーグの得点王になったオルンガもアル・ドゥハイルに引き抜かれちゃいましたし。

――違約金さえ払えば契約年数も気にせず選手を獲得できるわけですしね。

小林:ただ、選手の視点で見るとこの国に順応できるかというのがけっこう大変で……。(マリオ・)マンジュキッチも半年で帰りました。他にも1年経たずに契約解除して帰っちゃったビッグネームがたくさんいます。そういうことを考えると、宗教的なところであったり、国民性のところだったり、それからリーグのレベルですかね。「このレベルなのに、そのアティチュード(姿勢)かよ」と受け入れられない選手は多いみたいです。

チームや選手によっては、練習5分前に来て着替えて、グラウンドに出てきて横でちょっとお祈りして、「5分ぐらい遅れてもしょうがねえや」ぐらいの感じの選手も中にはいるので。ヨーロッパや日本では当たり前の、練習時間前に筋トレして、ストレッチやってという準備を全員がやっているわけではない。それが当たり前じゃないというのは、それが当たり前の世界でやってきた選手からするとけっこうしんどいところもありますけどね。

――小林選手は「それぞれの国の文化がある」と理解できているんですか?

小林:もともと他人のことに興味がないので(笑)。別におまえらはおまえらでやることはやればいいし、やらないんだったらやらなきゃいいし、という基本スタンスです。でも、もちろん練習中にダラダラやっている選手がいたらそれは指摘しますよ。「ヘラヘラやってんじゃねえよ」って。それでもダメだったら練習の中で削ります。プロサッカーの世界はそんな甘くないから。最低限そこさえしっかりできていれば、練習前に何をしているとか、練習後に何をしているとかは別に関係ないです。

――カタールはアジアチャンピオンでもあります。2019年のAFCアジアカップ決勝で日本は惜しくも敗れました。その時のカタール代表選手も基本的には同じリーグでやっているわけですよね?

小林:カタール代表にはアル・サッドから10人ぐらい選ばれていて、アル・サッドのスタメンはほぼカタール代表みたいな感じなんです。彼らのレベルはめちゃくちゃ高いですね。普段から同じチームで一緒に練習して、リーグ戦を戦っているというのも代表の強化につながっているのかもしれません。

<了>

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PROFILE
小林祐希(こばやし・ゆうき)
1992年4月24日生まれ、東京都出身。カタールのアル・ホール所属。ポジションはミッドフィルダー。東京ヴェルディ下部組織を経て、2011年にトップチーム昇格。1年目から中心選手として存在感を発揮し、2012年にジュビロ磐田に移籍。2016年にオランダ1部のヘーレンフェーンに移籍。2019年9月にベルギー1部のワースラント=ベフェレンに移籍して背番号10を背負い、2020年9月にカタール・スターズリーグのアル・ホールへ新天地を求めた。

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