謝罪を機に「辞退者」に代わりJFAへ入り15年。担当者が語る「日本サッカーの課題」に対する3つの施策
2020年5月に立ち上がったオンラインサロン『蹴球ゴールデン街』では、「日本のサッカーやスポーツビジネスを盛り上げる」という目的のもと、その活動の一環として雑誌作成プロジェクトがスタートした。雑誌のコンセプトは「サッカー界で働く人たち」。サロンメンバーの多くはライター未経験者だが、自らがインタビュアーとなって、サッカー界、スポーツ界を裏側で支える人々のストーリーを発信している。
今回、多様な側面からスポーツの魅力や価値を発信するメディア『REAL SPORTS』とのコラボレーション企画として、雑誌化に先駆けてインタビュー記事を公開する。
第5弾は、日本サッカー協会で15年間、サッカー日本代表の活動を支えてきた髙埜尚人さんに協会の役割や抱えている課題、課題解決へのアプローチを語ってもらった。
(インタビュー・構成=五十嵐メイ、トップ写真=Toru Hiraiwa、写真=JFA)
日本サッカー協会に入ったきっかけは「内定辞退者の代わり」
──髙埜さんが日本サッカー協会に入職した経緯は、かなり特殊だとお伺いしました。どのような経緯で入職されたのでしょうか?
髙埜:特殊かどうか分かりませんが、始まりは私が日本サッカー協会へ謝罪をしに向かったことでした。
前職は人材紹介の会社で働いていたのですが、その時のクライアントの一つが日本サッカー協会でした。ある時、私の紹介者で日本サッカー協会に内定が決まっていた方が内定辞退を申し出たんです。それで私は担当者として、日本サッカー協会へ謝罪に向かいました。
内定辞退の責任を問われている時に出たとっさの一言が「代わりに私が御社を受けます」だったんです。今思えばなぜそんなことを口にしたのか、全然思い出せないですね。
──クライアントとして日本サッカー協会を担当していた時から「ここで働いてみたいな」という気持ちはありましたか?
髙埜:スポーツが好きだったので多少の興味はありましたが、明確にここで働きたいとまで考えたことはありませんでした。ずいぶんと前の記憶なので曖昧ですが、必死の一言が生まれたことを考えると、相当追い込まれていたと思います(苦笑)。
もしかしたら「この一言で相手が落ち着くのではないか」と考えていたかもしれません。実際にその一言で場の雰囲気は変わって、本当に日本サッカー協会の面接を受けることになりましたから。ただ、そこですんなり内定が決まるほど甘くなかったです。
最初に受けた面接の途中から英語での質疑応答になりましたが、私自身は学生時代にフランス語を履修していたので英語が全く話せませんでした。「フランス語しかできません」とうまくかわしたつもりでしたが、面接官だった当時の専務理事の方はフランス語も堪能だったので、見事にボロが出てしまい不採用となりました。
そこで「英語を勉強しに行くので、再度面接を受けさせてください」と伝えると「半年間だけ待つ」と言っていただけました。すぐに当時勤めていた会社を退職して、半年カナダへ語学留学した後に、再度面接を受けて内定をいただきました。改めて振り返ると、当時の自分の行動力に驚かされます(笑)
──日本サッカー協会は、主にどういったことをされているのでしょうか。
髙埜:日本サッカー協会という団体は公益財団法人といって、一般的な株式会社ではありません。「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」という理念を掲げ、「公益のため」つまり皆さんにとっての利益になるような活動を行うための組織です。サッカー日本代表の活躍によって、多くの人たちに勇気や希望や感動をお届けするというのも「公益」にあたります。
日本代表の活動はもちろん、キッズからシニアの大会、審判・指導者の養成、施設整備に至るまでサッカーにまつわるさまざまな活動をおこなっていますが、全てはこの理念に通ずる活動になっています。
──その中でもマーケティング部が担う役割はどういったものになりますか?
髙埜:日本サッカー協会では、活動を通じて得たお金を全て公益のために再投資しています。投資できる金額が多ければ多いほど、さまざまな活動をおこなえます。サッカーを通した公益活動の原資を獲得するのがマーケティング部の役割になります。
「たくさんの人がサッカーをエンジョイする空間やコミュニティ、サッカー日本代表を始めとするJFAの事業のブランド力」が日本サッカー協会にとっての資産になります。これらの価値が高ければ高いほど、関係する企業が投資してくださる金額も増えていきます。
日本サッカー協会が持っている資産の価値を上げること、その結果として対価をいただきそれを再投資していく。この循環を回したり、大きくしていくことがマーケティング部の使命です。
──なるほど。投資をしてくださる企業というのは、利益を求めて投資するというよりは、日本サッカー協会の理念に共感してくれる、いわば「サッカー界の未来への投資」というような意味合いが大きいのでしょうか?
髙埜:企業もボランティアではないので、投資に対するリターンは求めます。これはすごく正しい関係です。でも短期的な経済的価値だけでなく、JFAのビジョンに共感し中長期的な社会的価値も求めて、サッカー界の未来へ投資をしてくださる企業が多いですね。
私自身、マーケティング部の仕事にとてもやりがいを感じています。例えば最近でいうと、サッカー日本代表が(2018 FIFA)ワールドカップ・ロシア大会で活躍して日本中で多くの方が喜んでくださるのを見た時ですね。日本代表が遠征や合宿などの活動を行うための原資を獲得することが私たちの役割なので、その責任の大きさや意義をすごく感じることができました。
日本代表の強化だけではなく、キッズのフェスティバルといった普及、ユース年代の育成、審判や指導者の養成、JFAこころのプロジェクトをはじめとする社会貢献活動、海外への指導者派遣といった国際貢献活動、47都道府県にあるサッカー協会の支援など多岐にわたる活動は「公益」につながっています。それら全ての活動を支えるための原資を獲得する役割に、すごくやりがいを感じます。
──逆に苦労した経験はありますか?
髙埜:苦労した経験もたくさんあります。ですが、苦労を苦労と感じたことはあまりないですね。逆にやりがいとかチャンレンジだと捉えています。
直近だと新型コロナウイルスの影響で日本代表の活動が制限されてしまいました。日本代表が活動して、いい試合や戦う姿をお見せすることで、ファンやサポーターの方々の熱量が高まり、その結果パートナー企業に価値を還元できます。その活動が制限されてしまうと、ファンやサポーターの方々が盛り上がる対象がなく、価値のお返しができず、苦しさを感じることもありました。
日本におけるサッカー人気の移り変わりと、今後の課題
──髙埜さんが日本サッカー協会に来てから、サッカー日本代表の人気というのはどういうふうに移り変わっていますか?
髙埜:私は日本サッカー協会に15年在籍していますが、ずっと上昇しているとか下降しているというのはなくて、人気には波があります。
ジーコ監督が率いて戦った2006年のドイツW杯をピークに熱量は少し低下し、後を継いだイビチャ・オシム監督が急性脳梗塞で倒れられて監督続投が困難になり、厳しい時代があり、岡田武史監督が率いた2010年の南アフリカW杯はとても盛り上がり、2010年から2014年のアルベルト・ザッケローニ監督の時代はすごく人気が高まりました。
しかし、2014年のブラジルW杯での成績が振るわずに日本代表の人気も再び少しずつ低下しました。
ハビエル・アギーレ監督、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督を経て西野朗監督で挑んだ2018年のロシアW杯では、日本代表が活躍により再び大いに盛り上がりました。
──ここ数年、日本代表のメンバーには海外のリーグで活躍する選手が主なメンバーとして選出されるようになりました。Jリーグで活躍する選手の選出が少なくなるにつれて日本代表の人気の低下に影響はありますか?
髙埜:そうですね。今は海外でプレーする選手の割合のほうが高いので、少なからずそういう影響もあるのかも知れません。
あくまでこれは持論ですが、昔は日本代表というコンテンツが持つ瞬発力で皆さんに何かをお伝えすることができたのではないかと思っています。瞬発力があるので、例えば日本代表の試合が年に10試合しかなくとも応援をしてもらえていたと思います。
今はスポーツというジャンルの中でもコンテンツがたくさん増えています。余暇時間作業であるスポーツの競合もどんどん増えています。そういう環境下で、どういうものが応援されていたり、興味を示してもらえるのかというと「持久力のあるコンテンツ」だと思います。持久力とは何か? 1つ例を挙げると、裏側のストーリーをずっと追うことで生まれる愛着ですね。
そういう観点で見ると日本代表というのは、1年間で活動できる回数が限られています。さらに普段の素顔が見えやすいJリーグ選手の比率が下がっています。例えば海外で活躍していても、日本でプレーを見ることができない選手もいますよね。もしかしたらそういった要因が、以前に比べて関心が薄れてきている理由なのかもしれません。
だからこそ日本サッカー協会が、日本の皆さんに関心や興味を持っていただくために何ができるのかを考えていくことが大切だと感じています。
──髙埜さんが思う、サッカー日本代表の魅力はなんですか?
髙埜:サッカー日本代表というのは「みんなの代表」です。私たちの代表が国を背負って他の国と戦っているその姿に自らの想いや魂を重ね、一緒に戦っていると感じられることが魅力だと思っています。
私自身はサッカー日本代表には仕事として関わっていますが、そういう部分に魅せられて支えたいと想って日々仕事をしています。何百試合と現場に足を運んでいますが、毎試合「やっぱり日本代表っていいな」と心から感じています。──サッカー界全体の人気をより高めていくために、日本サッカー協会として課題に感じていることはありますか?
髙埜:一つとても危機感を抱いていることがあります。今まで地上波で放送されてきたサッカー専門番組である『やべっちFC』(テレビ朝日系列)と『スーパーサッカー』(TBS系列)が終了してしまったことです。私の小学生の息子も毎週楽しみに見ていましたが、これまで長く地上波でサッカーファンに親しまれてきた両番組が終了してしまう影響は、サッカーの普及においてボディーブローのように効いてくると思っています。 近年ではアルゴリズムの発達により、ウェブのニュースなども興味、関心があるニュースばかりが表示されるようになっていますよね。そうすると、偶発的にサッカーの魅力に触れるチャンスがどんどん減っていってしまう。そういう中で、2つの番組はとても重要な役割を果たしていたと思います。
それらが終わってしまうことで、サッカーに関心がない人たちとサッカーとの接点が遮断されてしまうことをなんとか防いでいかなければなりません。サッカーを見る環境はどんどん整ってきていますが、サッカーを広めるという意味では、機会がどんどん狭まっているという感覚があります。
サッカーが持つ力を「社会課題」の解決ツールへ
──サッカー日本代表に愛着を持ってもらうために実際にどんな施策を行っているのですか?
髙埜:昨年の秋に日本代表が海外遠征を行った際にYouTubeチャンネル『JFATV』で『Team Cam』というチームの裏側を撮影した動画を公開し始めました。これはかなり反響がありました。こういった試みを続けていくことで、少しずつ親近感や愛着を持ってもらい、一人でも多くの人に応援してもらえるようにと思っています。
日本代表の結果が振るわなかった時にはバッシングなどももちろんありますが、それだけ多くの人に関心を持ってもらえていると捉えています。無関心が一番辛いことです。
接点が少なくなってしまうと当然皆さんの興味は薄れてしまうと思うので、海外でプレーする選手が増えていく中でどう接点を作っていくかをしっかり考えていかなければいけません。
──サッカーにそこまで興味がない人にもサッカーに興味を持ってもらうためのアプローチとしては、どんなことを考えていますか?
高埜:大きく分けて3つあると思っています。 まず1つ目ですが、近年ローカルコミュニティと個人とがつながるプラットフォームはどんどん増えてきています。ここでいうローカルは地理的な意味合いだけでなく、特定の共通項でつながった限られた区域をさします。
サッカーの統括団体として競技に関わる人、例えば選手・指導者・審判の方々とは登録制度を通じて何らかの形でつながっています。ですが、サッカー日本代表のファンクラブはありません。また、ファン・サポーター、あるいは競技に関わる人の周りにいる人たちお一人おひとりとつながる術が残念ながら現時点ではありませんので、ここを今整えようとしています。
この体制が整えば、サッカーにより興味、関心を持っていただくための施策をこのプラットフォーム上にいろいろ打っていけると思います。皆さんとつながることで、今どういうことを感じているのか、どういうことに課題を持っているのか、どういうことを期待してくださっているのか、そういうお一人おひとりの思いを深く理解することで、それに対して日本サッカー協会が打ち出せる施策も、より精度が増してくると思います。
──なるほど。
髙埜:2つ目は、4種(小学生)年代の登録者数を増やすことを大きなテーマとしています。将来の日本サッカー界を支える存在である小学生年代の登録人口がちょっとずつ減っています。これは日本の少子高齢化ももちろん影響していますが、「少子高齢化だからしょうがないよね」と手をこまねいているわけにはいきません。
日本サッカー協会は、JFA2005年宣言の中にある「JFAの約束2050」という長期目標において、「サッカーを愛する仲間=サッカーファミリーが1,000万人になる」と「FIFAワールドカップを日本で開催し、日本代表チームはその大会で優勝チームになる」という2つの目標を掲げています。
どちらの目標においても重要な小学生年代の登録人口が減っている問題に対して、指導者など現場にいる人たちだけではなく、プロモーションを担当する部署など、みんなが横断的にどうしたら増やせるかを考えて取り組んでいます。
──3つ目は?
髙埜:最後の3つ目は、スポーツが持つ力の大きさを社会課題の解決ツールとして活用する、今まで以上にその可能性を広げていくということです。
「サッカーを見て、プレーして、楽しい」という普遍的な価値に加えて、スポーツが持つ力は人々や社会が抱えている課題を解決する可能性を大いに持っていると感じています。
──具体的にはどういうことですか?
髙埜:例えばITテクノロジーを持っている企業、あるいは自治体やNPO法人、学校など、もっと外部の団体とお互いの強みを持ち寄って、健康増進、医療費圧縮、地域活性といったスポーツの強みを生かせるテーマに積極的にアプローチしていかなければいけないと思っています。スポーツの魅力の一つはその間口の広さにあります。社会のハブとして、さまざまな団体や企業を繋ぐこともスポーツの使命になっていくと思います。
今までは行ってきた活動も結果として社会問題の解決につながっていました。それは、皆さんの公益のために活動している公益財団法人として当然のことです。
これからは社会が抱える課題から逆算して、プロダクトアウトでなくマーケットインの発想で、サッカーを通じて何ができるかということをもっと考えていかなければいけません。皆さんが今まで以上にサッカーという競技をプレーして、見て楽しめる環境を整えながら、社会課題の解決ツールとしての進化にも日本サッカー協会として力を入れていきたいです。
<了>
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PROFILE
髙埜尚人(たかの・なおと)
1977年生まれ、東京都出身。日本サッカー協会 マーケティング本部 本部長。2002年株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)に入社し、退職後2006年より日本サッカー協会に入職。事業部、マーケティング部、広報部を経て、現在はマーケティング本部 本部長を務めている。
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