中村憲剛、代表監督は「将来的な選択肢の一つ」 日本が誇るレジェンドが語る“欧州と日本の差”
2016年にJ1史上最年長でのMVP獲得。現役ラスト4年で3度のリーグ優勝。世界を知るイビチャ・オシムから「世界で最も高価な選手」と称された中村憲剛は、惜しまれながら昨シーズン限りで引退した。同じく昨年現役を退いた内田篤人が引退会見の場で「日本と世界のサッカーの差は広がっている」「違う競技だなと思うくらい違いがある」と発言したことは日本国内で大きな議論を生んだ。この問題提起を、Jリーグを代表するレジェンドの中村は果たしてどのように受け止めたのか。
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、写真=Getty Images)
Jリーグ代表として「ヨーロッパと日本は別物」との発言を受けて
――昨今、内田篤人さんや酒井高徳選手が立て続けに「ヨーロッパのサッカーと日本のサッカーは別物」だという発言をして話題になりました。
中村:実際、僕は海外でプレーしていないので、日本とヨーロッパを知る彼らが言っていることがたぶん本当のことなのだと思います。そういう意味では別物なのだろうなと。言われるほうとしてはいろいろ思うところはあるのですが、それは事実だと思うので。
――確かにこれまでもヨーロッパでのプレーを経験して、そのすごみや激しさをJリーグに戻ってきてからも見せつけてくれる選手の存在が、日本サッカーの発展に貢献してきているのは事実だと思います。
中村:(小笠原)満男さんがイタリアから帰ってきた時は対戦してインパクトがありました。イタリアの強度をそのままJリーグに持ってきてくれたという印象です。
――一方で内田さんも酒井選手も「別物であることが悪い」とは語られていない点も大事なポイントです。
中村:そうですね。
――日本の武器をどう打ち出し、正すべき部分を正し、いかに世界に挑むかが大事なのだと思います。他チームのサポーターからは「もうスペインリーグに所属してほしい」ともささやかれる昨年王者・川崎フロンターレのサッカーにそのヒントはありますか?
中村:それはあるのではないかなとは思います。ただ、やっぱりそれはフロンターレがACL(AFCチャンピオンズリーグ)を取って、FIFAクラブワールドカップで世界としっかり戦えた時に初めて胸を張っていえるのかなと。日本とアジアと世界と、三者三様ですから。アジアでどう勝ち抜くかという強さはまた別のタフさが求められるところがあるので。 僕も代表でさまざまな国と戦ってきましたけど、やっぱり日本人の良さは勤勉性と連続性にあると思います。全員がハードワークできて、それを連続してできるところは、間違いなく世界に通じる武器です。他のどの国の代表もそこまで緻密な攻守の連動性はそんなにないですし。これまでも日本は、短期間のチーム構築でもある程度の組織力を作り上げて結果を残せるというのは、2010年の(FIFAワールドカップ)南アフリカでも、2018年のロシアでも証明してきました。特にロシアの時は開幕2カ月前に西野(朗)さんが監督に就任して、本大会まで時間がない中で、最終的にベスト16入りを果たしました。そういう部分の集中力、団結力がある国だと思うので、そういった連動性、集中力、団結力を武器にして戦っていくべきだと思います。
もちろんフィジカルだったり、強度のところは、Jリーグもそうですし、日本人各選手が追い求めなければいけないポイントであることは、間違いありません。僕もそこは否定しないですし、まったくその通りだと思っています。一方で、世界の強豪国のフィジカル面や、激しさをベースにした土俵に立ってしまうと、どうしたって彼らのほうが先をいっているので、なかなか勝つ確率は高くないのも間違いないとも思っています。フィジカルや強度も追求しつつ、同時に、日本独自の武器や色を出していくべきだと思います。日本が世界に勝てるように持っていくヒントはそこにあるのかなと僕は思っています。
「そういった戦い方で、現役時代に代表でやってみたかった」
――中学生の時になかなか身長が伸びず、「体格や身体能力が劣っていても、ポジショニングやボールコントロールで差をつければいい」という結論に達したという中村さんの考えは、そのまま日本と欧州のサッカーにおける戦いにも置き換えられるように感じます。
中村:そう言っていただけると、イメージはしやすいかなと。もちろん、それだけではないともここではちゃんと伝えなければならないですが、僕自身もそれはそう思いますし、日本が世界と戦う上で、「なるべくコンタクトしない」というのは一つのポイントであると思うんです。そういう戦い方をしていても、瞬間的にぶつからなきゃいけない局面は多々出てくるんですけど、ボールポゼッションする上で、相手を見ながら、立ち位置を変えながら、前進していくということは必要になってくると思います。守って、守って、カウンターという戦い方にも限界があると思いますし。自分たちから主体的に相手のプレスを見極めながら、例えば後ろの枚数を変えたり、サイドの選手が可変で動くというところを、試合の状況を見ながら臨機応変にプレーできる点も、日本人の強みとなるポイントの一つだと思うので。そういう意味では、そういった戦い方で、現役時代に代表でやってみたかったなという思いはありますけどね。
――一方で代表というのは、日本も含めてどこの国もメンバーが一緒にトレーニングする時間が限られます。当然フロンターレのサッカーを代表でやるのは、なかなか難しいですよね。
中村:そうですね。イメージの共有が、フロンターレの中ではすごく大事にされているところでもあります。ボールをしっかり止めることで、相手の出方を見ながら、どうベストな判断をしていくかがフロンターレのベースなので。ただそこは戦い方を徹底して、意識させながらトレーニングをしていけば、代表の選手たちは能力が高いので習得自体は難しくはないと思います。ただそれと同時に代表チームは親善試合も含めて常に勝利が求められるので、マネジメント面も含めて、そこのバランスの難しさはあると思います。
――フロンターレでも毎年新しい選手が入ってくる中で、レベルの高い選手はアジャストまでの時間が総じて短いのですか?
中村:一概にレベルが高いから早いというわけではなかったですね。家長(昭博)は入ってからケガもありましたが少し時間がかかりましたし。今シーズンでいえば(ジョアン・)シミッチも苦労している印象でした。そういう意味では、正直入ってみないとわからない。この選手はすぐにハマるだろうという選手が意外とハマらなかったり、その逆ももちろんあります。一ついえるのは、吸収力が高くて、向上心がある選手、そして、自分の武器、芯となるものはあるのだけれど、それ以外のところは柔軟に変えられる、受け入れられる選手は早いかなと振り返って思います。
2020年のバイエルンが一つの完成形
――ヨーロッパと一括りにするのも難しいかもしれませんが、中村さんの考える欧州サッカーの魅力や面白さは?
中村:やっぱり「スピード感」ですね。個の攻守でのスピード感は大きな魅力です。あと昔から個人的に好きなのはテクニックの部分。昔は「そんなアイディアあるの?」とか「そんなところ見えてたの?」、「そんな動きできるの?」と見て思う化け物のような選手がいっぱいいましたよね。そういうファンタジスタ的な選手は今はほぼ淘汰(とうた)される時代になってしまいましたが。今は相手の時間とスペースをいかに消すかに主軸を置いたサッカーになっている分、コンパクトになっているので、そのコンパクトさを壊せるようなスピードのある選手が重宝されるようになってきました。
あとはコンパクトな中でも、(マンチェスター・)シティのペップ(・グアルディオラ監督)のような、相手にボールを触らせないでゲームを制する、ボール支配率を高めることで、相手を閉じ込めて押し込んでしまうチームもある。そういう意味では本当に、個でも組織でも、戦術的・システム的なところでも、トップオブトップが詰まっているのがヨーロッパなのかなと見ていてすごく感じます。ペップが現れる前は、もうちょっとアバウトなイメージがあったんですけど……。彼が現れて、整理されてきた気がします。
――代表戦では日本もまだ付け入る隙を感じますが、確かにクラブになると頂が高すぎる印象です。
中村:それは本当に感じますね。代表とクラブでは練度も全然違いますし。ヨーロッパの瞬間的な個ではがせる力を持っていて、フィジカル能力や技術も高い選手たちが、そこに加えて連続して3人目、4人目が連動する立ち位置をベースにした戦い方も最高レベルになっているので。太刀打ちするのは簡単じゃないなとは、最近のヨーロッパのサッカーを見ていて感じます。
――ヨーロッパの中でもトップレベルとその他のチームの差が開いてきている印象です。
中村:よりコレクティブなチームが上位にきていますよね。個が確立していて、かつ組織的でコレクティブ。去年の(UEFAチャンピオンズリーグで全勝優勝した)バイエルン(・ミュンヘン)がまさに個も組織も超一流で、そういうチームでした。さらにヨーロッパはその流れが年々洗練されている印象もあります。どこまでこの流れで突き詰めていくんですかね。
――そこに日本が付け入る隙はありますか?
中村:去年のバイエルンを見た時には、正直難しいなと思いました。UEFAチャンピオンズリーグに出場するトップオブトップのクラブが次々とバイエルンにコテンパンにやられていたので。あれは一つの完成形だったのかなと思います。日本としてはそこを追いつつも、別の路線も考えていかなきゃいけないと今は感じています。それは別に白旗をあげるというわけではなくて、冷静に考えた上での日本が進むべき道として。
日本代表監督は将来的な「選択肢の一つ」
――引退後、2010年ごろにオランダのPSVから獲得の打診があったとのお話をオープンにされました。ヨーロッパの舞台を選手として体感しておきたかったという気持ちは?
中村:当時、残留を決めた時から、そのことはもう考えないようにしていましたし、結果的にその後のサッカー人生を考えれば、特にラスト5年は本当に幸せな時間だったので。だからヨーロッパに行っておけばよかったと後悔したことは一度もないです。
――確かにこれで後悔があると言ったらバチがあたるぐらい素晴らしいサッカー人生だったのではないかと思います。
中村:間違いないですね。特にケガ(編集部注:2019年に負った全治7カ月の左膝前十字じん帯損傷)から復帰してからは神がかっていたというか……。ちょっと自分でもびっくりするような日々でした。ただ、そこは周りのみんなのおかげでもあります。やっぱりみんながフロンターレを育ててくれて、選手たちが強いフロンターレを見せ続けてくれたことが大きいです。
――一方で海外に挑戦する若手選手もすごく増えています。内田さんは引退会見で「海外に行きたいのはわかりますが、チームで何かやってから行けばいいのになと思います」とも発言しましたが、中村さんはこれまで海外移籍を意識する若手選手に対してはどのような視点でアドバイスを行ってきたのですか?
中村:篤人が言っていることはすごく理解できます。Jリーグである程度試合に出てベースを積み上げることは、向こうのサッカーにいち早く対応する上では必要なポイントの一つだと思います。Jリーグで試合に出始めてすぐの段階で海外から声がかかって行くと、結局ベースのところがまだそこまで積み上げってはいないので、向こうへ行っても困る。ましてや言葉が違うので。ある程度サッカーの理解が深まっていないと難しいのかなと、もちろん生活や文化も国によって全然違うわけですし、長くプレーできる要因や戻ってくる理由はさまざまだと思うんですけど。
もちろん、いつどのような環境で伸びるかは人それぞれだし、若い選手が海外に行けるタイミングがあったら行ったほうがいいとは僕も思うんですけど。仮に失敗してもやり直しはききますし。ただ、若くて一番大事な時期に試合に出られないというのは、大きな損失だという考えはずっと変わらないですね。海外リーグのクラブで練習していたとしても、試合感の欠如は後々大きく出てくるので。試合に出られるところに行くのがベストだと思います。
――「試合に出られる」という部分を何より優先すべきだと。
中村:やっぱり試合に出て得られるものって多々あるので。練習だけだとどうしたって強度も全然違いますし、そこは間違いないと思います。だからどれだけ出られるかが大事。しかも自分を取ってくれたGMや監督がすぐにいなくなる世界でもありますから、自分の足でのし上がっていかなきゃいけない。海外では日本人は「助っ人」ですから、期待値も高いですし、よりシビアに見られる。そういう環境下でヨーロッパに長くいる選手たちは自身の価値を発揮して、向こうの首脳陣、監督、選手たちに信頼されている状態なので。そこまでいくっていうのは本当にすごいなって思います。
――こうやって中村さんのサッカー観を聞いていると、やっぱり監督になった姿も想像したくなります。中村さんの引退セレモニーの場で、かつてチームメートだった岡山一成さんは「中村憲剛は、日本代表監督になります」と宣言されました。
中村:あれは困りました(苦笑)。今は必ず日本代表監督にとも思っていないですし、なるためにはJリーグの監督でしっかりと結果を残さないといけないものだとも思っています。日本代表監督としての説得力を持つためには、やっぱりそれだけの段階を踏んでいかなきゃいけない場所だと思います。もちろん、将来的な選択肢の一つとして、自分の中では持っておきたい目標ではあります。
<了>
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PROFILE
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都出身。川崎フロンターレ・Frontale Relations Organizer(FRO)。久留米高校、中央大学を経て、2003年に川崎フロンターレに入団。2006年から5年連続、2018年から3年連続でJリーグベストイレブン8回受賞。2006年に日本代表にも選出され、2010年FIFAワールドカップに出場。2016年にJ1史上最年長の36歳でMVPを獲得。2017年のJ1リーグ初優勝、2018年のリーグ2連覇に中心選手として貢献。2019年11月に左膝前十字じん帯損傷という大ケガを負うも、約10カ月間の長いリハビリを経て、翌年8月の復帰戦でゴールを挙げるなど2020年の3度目のリーグ優勝に貢献。2020年11月に現役引退を発表。2021年4月、日本サッカー協会のロールモデルコーチ、グロース・ストラテジストに就任。
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