
ヘンリー ブラッキン、“元悪ガキ”の悪戯な素顔。日本国籍取得も外国人枠→紆余曲折で掴んだラグビー日本代表の夢
近年、急激な飛躍を遂げている日本ラグビー界。記憶に新しい2019年ラグビーワールドカップでは悲願の決勝トーナメント初進出を決め、5年前のリオデジャネイロ五輪ではニュージーランド代表を破って4位入賞という結果を残した。次なる東京五輪の舞台でもきっと世界に驚きを届けてくれるだろう。そのキーパーソンとなるのは、チームの中で懸け橋となるこの“元・悪ガキ” かもしれない――。
(文=向風見也)
強豪オーストラリア代表の経験もある頼れる男、ヘンリー ブラッキンの決意
2021年の東京五輪に挑む7人制ラグビー男子日本代表では、個々のキャラクターが際立つ。
主将の松井千士は目鼻立ちのきれいな長身のスピードスター。リオデジャネイロ五輪4強入りを果たした副島亀里ララボウラティアナラはフィジー出身の38歳で、元シライシ舗道従業員という異色の経歴を持つ。
ゲームメーカーの加納遼大は、明治安田生命の所属で「サラリーマン戦士」として話題を集めてきた。明治大3年で高校時代からこの代表に絡んできた石田吉平は、身長167cmと小柄も強気で小刻みなフットワークを繰り出す。
単色でない赤と白のグループにあって、松井と共にリーダーを務めるのがヘンリー ブラッキンだ。来日10年目の32歳。強さとうまさを兼備したチャンスメーカーだ。
「自分が日本代表チームに入ってから感じるチームの強みは、バランスだと思います。副島など身体の大きな選手がいる一方、(石田)吉平らプレーメーカー、スピードのあるのは千士たちがいる。この、バランスが強みです」
ニュージーランドに生まれてオーストラリアで7人制代表となるなどのキャリアを重ね、2012年にNTTコミュニケーションズシャイニングアークスに加入。2021年まで稼働した15人制のトップリーグで長らく活躍してきた。
7人制日本代表での役割を、かように相対化する。
「チームでコネクションをつくる上で、自分は――日本人と外国人、選手とコーチなど――いろいろなところでのブリッジになれると思っています」
チームメートに紹介された“悪ガキ”の側面
今年の直前合宿中、「ファミリータイム」という催しを行った。選手がそれぞれチーム全員の前に立ち、自らの生い立ちや哲学を述べる。
いわば格闘技兼球技のラグビーには、選手間の相互理解が求められる。感染症予防の観点から十分な親睦会が行えない中でも、「ファミリータイム」を通して勝利に必要な選手間のつながりを築きたかった。
ここでメンバーの話題をさらったのが、ほかならぬ「ブラッキン」だった。複数の選手が「ブラッキンが昔、やんちゃだったようだ」と証言。同じNTTコミュニケーションズ所属の羽野一志はこうだ。
「悪ガキがしそうなこと……ですね。よく、お父さんに叱られていたという話は聞きますけど……。あまり言っちゃうとブラッキンに怒られそうなので、やめときます」
いったいブラッキンは、どんなプレゼンテーションをしたというのか。そもそもどんな生き方をしてきたのだろう。水を向けられた当の本人は、苦笑しつつも述べる。
「オフ・ザ・フィールドでのファミリータイムは、ラグビー以外の部分でお互いをよりよく理解するベストな時間でした。お互いに笑い合える時間にしたかったのです。(自分の話で)周りも楽しんでくれているといいな、とは思いますが」
日本国籍を取得しながら外国人枠でのプレーが求められるも…
グラウンド内外で同僚の支持を集めるヘンリーは、2019年に日本国籍を取得。公式会見には英語で応じながら、いたずらっぽく笑う。
「実は、ご質問の意味は大体わかっています。皆さまへのお答えをする中では不十分なところもあると思い、(通訳を介する)この形となっています。フィールドでの話題はラグビーに限られるので、日本語での会話には問題ありません。仲間とも意思疎通できると、自信を持って言えます」
オリンピックに臨む7人制ラグビーの代表に海外出身者が加わるには、その国のパスポートを持っていなければいけない。
15人制では一定の条件を満たせば他国代表入りがかないやすくなり、トップリーグでも日本国籍を持つ海外選手は既定の外国人枠と無関係にプレーできる。
しかしブラッキンは日本国籍取得後も、トップリーグでは「外国人」と見なされた。海外代表、およびそれに準ずるチームでプレーした場合、日本国籍保持者でもかような扱いを受けるのだ。この国のパスポートを有しながら外国人枠でのプレーが求められたのは、元7人制ニュージーランド代表で現同日本代表のボーク コリン雷神も同じだった。
来日10年、複雑な背景と複層的な思い、そして代表に選ばれた純粋な喜び
両者は2020年、ルーリングが不服だと唱えている。元ニュージーランド代表で2017年に日本国籍取得(本人によれば2015年から本格的に準備開始)のロス アイザック(元NTTコム)とともに、日本ラグビー協会へ意見したのだ。
独自に入手した資料によると、先方からはかように返答された。
「(筆者注・当該ルール制定の)対外的な発表は2016年5月ですが、2014年3月から2015年8月までにはJRTL(ジャパンラグビートップリーグ)の16チームはこの内容を共有しております。ですので、十分な移行期間、猶予期間はあったと認識しております」
ルール解釈をめぐる一連の動きは、当時のトップリーグ側の極端なコミュニケーション不良と、一部選手とおよびその周辺の権利意識の向上とが招いたハレーションだった。いずれにせよ当事者にとって、己のアイデンティティを見つめ直す機会ではあったろう。
列島の国民が半ば無条件に熱狂しやすいオリンピックという舞台装置にあって、単純でない背景のもと日本代表となったヘンリーは、「スコッドに選ばれて、うれしい気持ちです。最初は、ここまで来られるとは思っていなかったので」。簡潔な決意は、複層的な思いの重ね塗りで成り立っているような。
仲間に「やんちゃ」な横顔を紹介した生粋のアスリートは、成熟した姿でメダルを見据える。
<了>
[五輪ラグビー]ラグビー男子代表、急躍進の裏側に“陰の立役者”の緻密な「準備力」。岩渕HC、初メダルへの慧眼
[五輪ラグビー]藤田慶和、挫折を知るラグビー人生で真摯な眼差し。エディーの叱責、リオ直前の落選…ついに掴み取った夢の舞台
なぜラグビー日本代表に外国出身が多いのか? その議論自体がナンセンス
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
ガンバ×セレッソ社長対談に見る、大阪ダービーの未来図。「世界に通用するクラブへ」両雄が描く育成、クラブ経営、グローバル戦略
2025.07.04Business -
大阪ダービーは「街を動かす」イベントになれるか? ガンバ・水谷尚人、セレッソ・日置貴之、新社長の本音対談
2025.07.03Business -
異端の“よそ者”社長の哲学。ガンバ大阪・水谷尚人×セレッソ大阪・日置貴之、新社長2人のJクラブ経営観
2025.07.02Business -
「放映権10倍」「高いブランド価値」スペイン女子代表が示す、欧州女子サッカーの熱と成長の本質。日本の現在地は?
2025.07.02Opinion -
世界王者スペインに突きつけられた現実。熱狂のアウェーで浮き彫りになったなでしこジャパンの現在地
2025.07.01Opinion -
なぜ札幌大学は“卓球エリートが目指す場所”になったのか? 名門復活に導いた文武両道の「大学卓球の理想形」
2025.07.01Education -
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
“高齢県ワースト5”から未来をつくる。「O-60 モンテディオやまびこ」が仕掛ける高齢者活躍の最前線
2025.06.27Business -
「シャレン!アウォーズ」3年連続受賞。モンテディオ山形が展開する、高齢化社会への新提案
2025.06.25Business -
プロ野球「育成選手制度」課題と可能性。ラグビー協会が「強化方針」示す必要性。理想的な選手育成とは?
2025.06.20Opinion -
スポーツが「課外活動」の日本、「教育の一環」のアメリカ。NCAA名門大学でヘッドマネージャーを務めた日本人の特別な体験
2025.06.19Education -
なぜアメリカでは「稼げるスポーツ人材」が輩出され続けるのか? UCLA発・スポーツで人生を拓く“文武融合”の極意
2025.06.17Education
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
「ピークを30歳に」三浦成美が“なでしこ激戦区”で示した強み。アメリカで磨いた武器と現在地
2025.06.16Career -
町野修斗「起用されない時期」経験も、ブンデスリーガ二桁得点。キール分析官が語る“忍者”躍動の裏側
2025.06.16Career -
ラグビーにおけるキャプテンの重要な役割。廣瀬俊朗が語る日本代表回顧、2人の名主将が振り返る苦悩と後悔
2025.06.13Career -
「欧州行き=正解」じゃない。慶應・中町公祐監督が語る“育てる覚悟”。大学サッカーが担う価値
2025.06.06Career -
「夢はRIZIN出場」総合格闘技界で最小最軽量のプロファイター・ちびさいKYOKAが描く未来
2025.06.04Career -
146センチ・45キロの最小プロファイター“ちびさいKYOKA”。運動経験ゼロの少女が切り拓いた総合格闘家の道
2025.06.02Career -
「敗者から勝者に言えることは何もない」ラグビー稲垣啓太が“何もなかった”10日間経て挑んだ頂点を懸けた戦い
2025.05.30Career -
「リーダー不在だった」との厳しい言葉も。廣瀬俊朗と宮本慎也が語るキャプテンの重圧と苦悩“自分色でいい”
2025.05.30Career -
「プロでも赤字は100万単位」ウインドサーフィン“稼げない”現実を変える、22歳の若きプロの挑戦
2025.05.29Career -
田中碧は来季プレミアリーグで輝ける? 現地記者が語る、英2部王者リーズ「最後のピース」への絶大な信頼と僅かな課題
2025.05.28Career -
風を読み、海を制す。プロウインドサーファー・金上颯大が語る競技の魅力「70代を超えても楽しめる」
2025.05.26Career