三浦龍司、3000m障害で急成長の19歳を専門家が分析。「もしかしたらメダル」の根拠
7月30日に行われた男子3000m障害予選で順天堂大学2年生、19歳の三浦龍司が衝撃の走りを見せた。自身の持つ日本記録、8分15秒99を更新しただけでなく、予選1組の2着で決勝進出、全体でも2位の好タイムをたたき出したのだ。同種目では決勝進出自体が49年ぶり。世界との差が大きいとされてきたが、“規格外”の三浦は軽々と歴史を動かして見せた。メダルの期待も高まる三浦の走りを物理や解剖学、生化学などの観点からランニングフォームを科学的に解析しているランニングコーチ、細野史晃氏に分析してもらった。
(解説=細野史晃、構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、写真=GettyImages)
「スピードの底が見えない」恐るべき19歳
「これはちょっとすごいですよ」
三浦のレースが終わったあと、箱根駅伝を始め「走り」に関わることを全般的に解説してもらっているランニングコーチ、細野史晃氏が興奮した様子で連絡をくれた。
今年の箱根駅伝でも規格外ルーキーとして注目を集めた順天堂大学の2年生、三浦龍司の走りが「やっぱりすごい」のだという。
「結果にも驚いていますが、さらに驚くべきなのは、『スピードの底が見えない』ことです」
細野氏があげた三浦の驚愕ポイントは、日本新記録、予選2位、49年ぶりの決勝進出と、記録づくしの好走を見せたレースでも、「出しきった感」が全くないところにあるという。
「高校時代からどんどん記録を更新しているのですが、タイムの更新幅は大学に入ってから大きくなる一方です。のちに解説しますが、三浦選手は高校時代から理にかなったフォームで走れています。スピードが出せるフォームに、筋力や体力、心肺能力が加わり、走りのポテンシャルがどんどん引き出されている感じですね」
これまではフォームの持つポテンシャルに身体能力が追いついていなかったのが、大学でのトレーニングの充実もあり、“エンジンの排気量”が上がりスピードが出るようになった。しかもフォーム由来のスピードのポテンシャルにはまだまだ余裕があり、底が見えない。これが、三浦龍司が走るたびに周囲を驚かせるパフォーマンスをし、記録を出せる理由だという。
一目見てわかる「安定した上半身」がつくるリズムとバネ
では、三浦のフォームが持つポテンシャルとはどういうものなのか?
「三浦のフォームの特徴は、なんといっても安定感にあります。上半身のブレが少ないのは誰が見ても一目瞭然。走りのメカニズムでひもといていくと、まず両肩で弾むようなリズムをつくり、そこで生まれた力を背中で支える。この動きで上半身をうまく使って、陸上でよくいう“バネ”をつくっています。この時、腰が一切沈まないのも特徴的で、頭の位置、腰の位置が固定されたままスーッとスムーズに加速していくのです」
たしかに、骨格や筋肉の知識がなく、走りを「内観的」に見ることのできない一般人にも、三浦の頭の位置、両肩の位置がブレないことはパッと目に飛び込んでくるし、外国人選手のような腰の高さ、お尻の位置にも目が行く。
「さらにすごいのは、このフォームが障害物を越える時でも揺らがないこと。3000m障害では400mハードルと同じ高さの障害物(男子は91.4cm)を28回、水郷を7回飛び越える必要があるのですが、着地時の衝撃を感じさせないほどスムーズに元のフォームに戻っている。それだけ障害物によるタイムロスが少ないのです」
箱根駅伝、マラソンでも「厚底シューズ」を履いた選手が記録を連発、普段陸上競技に接しない、自分で走ることもない層からも「ナイキのピンクシューズ」として(現在は複数色がラインアップ)大きな注目を集めたが、このシューズが記録を生むメカニズムも、厚底シューズによってフォームを半ば強制的に前傾姿勢にし、同時にクッションを厚めにすることで衝撃を吸収、安定と反発力を推進力に還元する「上半身」を意識したものだった。
「三浦選手のフォームは、世界のトップ選手と共通する体の使い方です。8月2日、午前中の1500m予選で日本新記録、準決勝進出を決めた田中希実選手のフォームもそうですが、上半身で推進力をつくり、それをうまく下半身に伝える“上半身主導”の動き出し。このフォームはもはや“速く走るためのスタンダード”として認知されています」
科学的なランニングフォームの分析によりサポート役であるシューズに「最適解」が生まれ、記録更新、進化が目覚ましい世界の陸上界だが、三浦は偶然か必然か、このトレンドに適応したフォームをすでに習得しているということになる。
もう一つの強みは、冷静な分析と的確な課題抽出能力
予選では、8分09秒92、全体2位の好タイムで決勝進出を決めた三浦。メダルの可能性はあるのか?
「純粋なタイムだけで見れば、三浦選手の予選の記録はリオ大会の銅メダルより速い。ただ、オリンピックでは記録ではなく勝負が求められる。その点、三浦選手は冷静に自分の課題を理解している。分析力と冷静さも彼のモンスターぶりを表しています」
細野氏は、予選レース終了後の三浦のあまりに落ち着いた、そして的確な自己分析と課題抽出が集約されたコメントにレースと同じくらいの衝撃を受けたという。
三浦のコメントは下記の通り
「最初1000mが2分40秒と早かったのでどうなるかなと思ったんですけど、後半の外国人選手の力を借りながら積極的にそのまま行くことができたと思うので、ラストの切れ味は外国人選手に比べればもうちょっとかなと思うんですけど。記録もこうやってついてきてましたし、目標の決勝進出っていうのも達成できたので2日後思い切って、これ以上全力を出し切れるように調整していきたいと思います」
「三浦選手は外国人の力を借りてといっていますが、中盤で国内では経験できない自分より絶対的スピードの速い選手に引っ張られたというのはあるでしょうね。そして、そもそも余力のあったスピードが引き出された格好です」
三浦本人の冷静な自己分析も正しければ、次にあげた課題も的確で、メダルを占う上でのポイントになると細野氏は指摘する。
「ラストの切れ味を課題にあげていますが、ここですよね。このラストスパートの感覚さえ習得してしまえば世界トップと十分に渡り合えます」
レース展開によってはメダルの可能性も?
「決勝では、記録的にももう一段ギアが上がるのは間違いありませんが、それ以上に選手同士のけん制、ペースの上げ下げの駆け引きが行われ、選手の体に負担がかかります。この種目のメダル獲得の常連であるケニア勢や、エチオピアの選手が三浦選手を脅威と感じて、こうした戦略的な走りをしてくるようだと、メダルは厳しいかもしれません」
体力を消耗し、心拍数が上がりきった中で頭脳戦にも対応しなければいけない3000m障害では、たとえペースが速くても、上位陣がオリンピック新記録、世界記録のようなハイペースで抜け出た方が走りやすいということがあるそうだ。
「勝負より記録みたいな展開になれば、メダルの可能性が見えてくるかもしれません。今季8分7秒台の記録を出しているエチオピアのラメチャ・ギルマ選手、ケニアのエーブラハム・キビウォット選手がいるわけですから、持ちタイムからすればメダルはあり得ないことなのですが、三浦選手には『もしかしたら』を感じるんですよね」
オリンピックや世界陸上の過去の決勝を見ると、スローペースから勝負重視の展開が多いという事実はあるが、アフリカ勢が抜け出す高速レースの展開になれば、それに引っ張られた三浦が、さらに記録を伸ばし、望外のメダルに手が届くということもあり得る。
さすがにメダルは期待過剰かもしれないが、三浦はまだ19歳。来年のお正月、2度目となる箱根駅伝での走りも待ち遠しいが、その先に世界が見えているのは間違いない。「箱根から世界へ」は、マラソンが唯一無二の道とされていたが、三浦には私たちが想定しなかった未知の可能性が詰まっている。“規格外ランナー“の成長はまだまだ止まりそうにない。
<了>
三浦龍司、19歳で2度の日本記録も“未完の大器”。箱根と両立目指し…3000m障害で世界と戦う2つの武器
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