
男子バレー・清水邦広「あとは託そうと…」 東京五輪で感じた日本の可能性と課題
男子バレーボール日本代表が、北京五輪以来13年ぶりに出場した東京五輪で、唯一のオリンピック経験者としてチームを支えた清水邦広。その1本1本のスパイクに、これまでのバレー人生が凝縮されていた。東京五輪を最後に代表を去る清水が感じた日本の可能性と、石川祐希、西田有志、そして新星・髙橋藍のすごさの秘密とは。
(文=米虫紀子、写真=GettyImages)
21歳・西田有志の成長と、34歳・清水邦広の経験と技術
東京五輪閉幕後の8月11日に、35歳の誕生日を迎えたばかりの清水邦広は、晴れやかな表情だった。
東京五輪で、2008年北京五輪以来、2度目のオリンピック出場を果たし、北京では挙げられなかった勝利と、29年ぶりの予選ラウンド突破を勝ち取った。その結果だけでなく、躍動する後輩たちの頼もしい姿が、清水に充足感をもたらしていた。
「みんな、オリンピックの期間中もどんどん成長しているのが目に見えてわかりました。1試合やるごとにたくましく、強くなっていた。本当に素晴らしかったですね。準々決勝で負けてしまいましたけど、本当に胸を張って終われる大会だったと思います。僕自身は最後、悔し涙というより、『ありがとう』という気持ちのほうが強かった。僕はこのオリンピックで代表を引退すると決めていたので、そういう意味で、本当に頼もしい後輩がたくさんいるな、あとは後輩に託そうという思いでした」
未練を残さず代表を去ることができるのは、同じオポジットの21歳・西田有志の存在も大きい。「今回のオリンピックで一番目に見えて成長していたのが西田だった」と清水は言う。
「西田はトスが速い上に、スイングスピードがものすごく速い。だからブロックが完成する前に打ち抜けるんですけど、相手ブロックの完成が早いと、ブロックされることが以前はありました。でも今回の東京五輪では、見ていて『あ、ブロックされそうやな』と思った時にも、軟打をコートに落としたり、8割の力でコントロールしてブロックアウトを奪ったりして得点につなげていた。今までは100%で打っていたけど、強打だけじゃなく緩急をつけて、もうベテランみたいな打ち方をしていた。僕はそれを十何年もかけてやっと培ったのに(苦笑)。僕の若い頃はただガムシャラに思い切り打つだけでしたが、西田はもうそういうことが必要だと考えてやっている。彼はもっと成長すると思います」
そう語る清水自身のプレーも味わい深かった。出場機会は決して多くはなく、東京五輪で清水が打ったスパイクは6本だったが、リバウンドを取った1本以外、5本すべてのスパイクを決めた。その1本1本に、34歳(当時)の経験と、特に2018年2月に右膝に大ケガを負って以来、磨いてきた技術が詰まっていた。オリンピック前に右膝の状態が悪化し万全ではない中、途中出場した際はきっちりと役割を果たした。
「たぶん若い頃だったら思いっきり打って、思いっきりブロックされてたと思うんですけど、そこは長年培った技術を使って、今のこの足の状態、このジャンプ力だったら、こういう決め方しかないというのを瞬時に考えながらやっていました。泥臭い、フェイントでの1点でも、1点は1点。今の僕にとっては、ドドーンと決めるスパイクも、チョンって決めるフェイントでの1点も、同じ1点なんです。泥臭く点数を取っていきたいと思っているので、それが出たんじゃないかなと思います。でもこれからはちょっとジャンプ力を上げるトレーニングをします(笑)」
まるで“決定力のあるリベロ”。新星・髙橋藍の存在
東京五輪で特に、清水の脳裏に強く残ったのは、北京五輪から13年越しの勝利を挙げた初戦のベネズエラ戦ともう一つ、予選ラウンド突破を決めたイラン戦だった。
「予選ラウンド突破がかかる最後のイラン戦で、フルセットで勝てたというのはすごく大きかったと思います。今まで何度も何度もイランの壁にぶつかって、負けてきた。最後のオリンピックで、そのイランを倒して決勝トーナメントに行けたというのは、特別な思いがあったし、日本にとっても大きな結果だったんじゃないかと思います。
一時期の日本はフルセットで勝ちきれない試合が多かった。北京五輪でも、中国にフルセットで負けました。その後も、フルセットには持ち込むけど勝ちきれない、というのが日本だった。でも2年前のワールドカップぐらいから、フルセットで勝ちきれるようになった。フルセットまで行けばどちらが勝ってもおかしくないので、何ともいえないところもあるんですけど、長い時間を戦って普通なら集中力が切れてくるところで、日本は最後まで集中して、戦術を機能させることができたことが一つの勝因かもしれません。
あのイラン戦に関しては、第5セットの出だしに石川(祐希)が2本のサービスエースを奪って流れを持ってきたように、日本の武器のサーブが機能していたことも挙げられると思います。それとやはり今大会はディフェンスがすごく武器になっていました。相手の癖などを細かくデータで出し、そこにディフェンスを配置する。高さがない分、ブロックポイントは少ないんですが、得意のディフェンス力の部分で、みんなでカバーし合ってつないでいくというのが、オリンピックでもすごく機能していました。相手にとっては、打っても打っても決まらない。何回も打たなきゃいけないから、我慢しきれずにミスになったり、ブロックにぶつけてしまうというのが多かったんじゃないかと思います」
清水が言うように、東京五輪ではリベロの山本智大と、今年国際大会にデビューしたばかりの19歳のアウトサイドヒッター・髙橋藍を中心に、ディグがよく上がり、チャンスにつながった。清水はチーム内のA-B戦でBチームに入ることが多かったため、そのディグがいかにスパイカーを苦しめるかがよくわかっている。
「相手コートのスパイカーとしては本当に嫌ですね。山本はディグが一番いい。だから日本としてはブロックを空けて、山本のところに打たせようとします。スパイカーとしては、そこに打つと上げられてしまうので、そこに打ちたくない。でも無理して逆の方向に打つと、球が弱くなるので他の選手に取られる。そうやって僕もA-B戦ではじわじわと苦しめられました」
「しかも」と清水は声を大にして続ける。
「やっぱり髙橋藍が入ったことによって一層ディフェンス力が高まりました。藍はディグの読みがよくてめちゃくちゃ拾いますし、サーブレシーブもすごくうまくて安定しています。本当に“リベロが2人いる”という状態。しかも打てる。“決定力のあるリベロがいる”みたいな感覚ですね。相手にとってはすごく嫌だと思います」
髙橋の存在は相手のサーブにジレンマを与えていたという。
「藍はサーブレシーブがうまいので、やっぱり相手は狙わないんですよ。石川をサーブで狙って、攻撃力の高い石川に気持ちよくスパイクを打たせないようプレッシャーをかけようとする。でも、特に藍が後衛の時は、相手が前衛の石川を狙うことによって、藍がフリーになるので、そうすると彼の持ち味であるパイプ攻撃が生きる。それは日本の一つの武器として成り立っていました。相手にしたら、狙っても崩れないし、狙わなかったらパイプが飛んでくるので、厄介だったと思います。日本は、藍が入ったことによって、より一層レベルが上がりましたね」
清水は本当にうれしそうに、「今の日本の特にサイドには、すごい選手がそろっているので、楽しみで仕方がないですね」と言う。
世界トップレベルのチームに勝つための課題
日本の得点源となった主将の石川と、西田。この二人のすごさを清水は改めて選手目線で熱く語ってくれた。
「石川は、僕が思うには、そこまでめちゃくちゃ高くジャンプするわけじゃないんですけど、肘をしっかり伸ばしてたたけるので、ブロックの上から打てる高さが出せる。何より、体幹がすごく強くて、空中でのバランス能力が日本の中ではずば抜けているように見えます。だから体をひねっていろんなところに打てますし、無理な体勢でも対応できるんです」
絶妙な位置にフェイントを落としたり、打つタイミングをずらして相手ブロックに吸い込ませるといった石川の選択肢の多さは、空中バランスに起因していると見ている。一方で、西田の特長はスピードとジャンプ力だ。
「西田は瞬発力がずば抜けていると思います。助走のスピードがめちゃくちゃ速くて、そのスピードをしっかりジャンプに生かせるから、めちゃくちゃ高く、1mも跳べるんです」
個々のレベルが上がって、戦術も機能し、日本は五輪で29年ぶりのベスト8入りを果たした。
ただそれでも、ブラジル、ポーランド、イタリアという世界トップを争うチームからは勝利を挙げられなかった。今後日本がそうしたチームに対抗し、メダル争いに絡むためには何が必要だと感じたのだろうか。
「僕の中で感じたのはミドルブロッカーの決定力です。やっぱり世界の強豪は、ミドルの決定力がものすごく高い。体格、身長が大きい上に、よくジャンプして、ブロックでもスパイクでもすごく存在感がある。例えばアルゼンチンは、日本とそれほど身長が変わらないけど、今回銅メダルを獲得した。アルゼンチンはなぜ強いかといったら、ミドルの存在感が大きいからだと思うんです。日本も、メダルに食い込み、世界で1位2位を争うようなチームになるには、ミドルがすごく大事になってくると思います。ブロック、スパイク両面で。
(東京五輪代表の)山内(晶大)も李(博)さんも小野寺(太志)も、日本国内ではすごくいい選手ですし、結果を残していますが、じゃあ世界のミドルの中で何本の指に入るんだろうと考えると、まだまだ難しいと思う。日本のサイド陣は、世界でもトップ10に入るぐらい素晴らしい選手がそろってきていますので、そこに加えてミドルが存在感を出していければ、日本はもっと強くなれる。今回の3人ももちろんですが、僕としては、今回はオリンピックメンバーから外れましたが髙橋健太郎も推したいですね。彼の高さ、ポテンシャルは全然外国人選手に負けていない。めちゃくちゃジャンプして高いところでスパイクを打ちますし、ブロックの高さも引けを取らないと思います」
「この時代ならまだまだ、もっとすごい選手が出てくる」
清水の話はミドルブロッカーの育成方法にも発展した。
「日本では、身長が2mくらいあって、1m以上ジャンプする選手って、なかなか出てこないんです。だから今後は、学生の段階から、特に身長がある選手に対して、ジャンプ力を伸ばすトレーニングをやっていったら面白いんじゃないかなと思います。中学生や高校の最初など、早い時期にやりすぎると、身長が伸びづらくなるかもしれないので気をつけないといけませんが、もう身長が伸びきったなという選手は、早く筋肉をつけていくのも大事なんじゃないかと。今の時代はいろいろなトレーニング方法がありますから、トレーニング次第でいくらでも変わると思います」
清水自身も、2012年に右足首の手術を行ったが、その後のトレーニングで手術前よりもジャンプ力が上がり、「トレーニングによってこんなにジャンプ力が伸びるのか」と実感したことがある。
「今の子どもたちや学生がうらやましいなって、つくづく思うんですよ。僕が若い時に、今の時代でやれていたらな……」と清水は苦笑する。
「時代が流れて、トレーニングはどんどん進歩していますし、今はスマホ一つで自分の映像や、世界のすごい選手の技も見られる。僕らが若い頃は、自分の映像ですらビデオで見なきゃいけない時代だったのに。今は世界のテクニシャンの映像を見てマネをしたり、材料がたくさん散りばめられているから、うまくなろうと思えばいくらでもなれる。特に学生の人たちは一番伸びる時期。大塚(達宣)や藍もこの1年で爆発的に伸びました。だから若い選手たちには、(世界の名選手のプレーを見て)『すごいなー』で終わってほしくない。『自分も絶対にできるようになろう』と思ってやれば、やるだけ返ってくるよというのを伝えたいですね」
東京五輪で世界に衝撃を与えた新星・髙橋藍も、決して特別な存在ではないと清水は言う。
「藍や大塚がパッと出てきたように、この時代ならまだまだ、もっとすごい選手が出てくるんじゃないかなと。僕はそれが楽しみで仕方がないんですよね」
2007年に代表デビューしてから14年。幾度もケガを乗り越えながら日の丸を背負い続けてきた35歳は、日本代表の前向きな未来を頭の中で膨らませている。
<了>
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PROFILE
清水邦広(しみず・くにひろ)
1986年8月11日生まれ、福井県出身。パナソニックパンサーズ所属。ポジションはオポジット。2007年、東海大学在学中に日本代表に選出。2008年、北京五輪に福澤達哉とともに最年少の21歳で出場。2009年にパナソニックに入団後、数々のタイトル獲得に貢献。2009-10、2013-14シーズンのVリーグでは最高殊勲選手賞、スパイク賞、ベスト6を獲得。2019-20シーズンにはVリーグ通算得点数の日本記録を更新した。2021年、東京五輪での日本代表のベスト8進出に貢献。代表は引退するが、現役生活はまだまだ続く。
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