日本男子バレー、29年ぶり快挙を手繰り寄せた石川祐希の背中。因縁イランと10年の激闘、新時代の幕開け

Opinion
2021.08.03

29年間、閉ざされていた扉が開いた。2008年北京五輪以来、3大会ぶりにオリンピックに出場した男子バレーボール日本代表が、8月1日のイラン戦に勝利し、29年ぶりに、世界の中で8チームしか進むことができない決勝トーナメントに進出した。10年近くアジア最強の座に君臨してきたイランとの激闘を制した裏には、揺るぎない柱の存在と、未来につながる飛躍があった。

(文=米虫紀子)

マルーフの涙。日本男子バレー新世代の躍動

長くアジアのトップに君臨したイランの司令塔、ミルサイード・マルーフラクラニ(マルーフ)の涙が、一時代の終わりを物語っているかのようだった。

日本か、イランか。勝利したチームが準々決勝に進出する、8月1日の予選ラウンド・プールA最終戦。日本はフルセットの激戦に勝利し、バルセロナ五輪以来29年ぶりの準々決勝進出を果たした。

1992年のバルセロナ五輪以降、日本男子バレーがオリンピックに出場できたのは2008年北京大会だけ。4大会ぶりに出場したその北京では、一勝もできずに大舞台を去った。

だがその後、石川祐希や柳田将洋、西田有志といった新世代の選手たちが次々に台頭。海外のリーグでプレーする選手も増え、遠かった世界レベルが日常に近づいた。2017年から経験豊富なフィリップ・ブラン氏が日本代表コーチに加わったこともあり、有効な海外の戦術や技術がチームに浸透していった。

そこに昨年から、日本体育大2年の19歳・髙橋藍が加わった。サーブレシーブを一番の武器とする髙橋が、最後のピースであったかのようにピタリとはまり、日本は一段上の景色を見ることができた。

イランと日本の因縁。10年前に逆転した立場

海外勢は選手の大型化だけでなく、技術、戦術も進化し続けている中、身長で及ばない日本がベスト8進出を果たしただけでも大きな躍進だが、アジアの雄・イランとのガチンコ勝負を制して決めたことにも意義がある。

1日の試合を見て、「イランって強いんだ」と初めて知った人もいたかもしれない。

イランは強い。約10年前から急激に強くなった。

2011年にアルゼンチン出身の名将、ジュリオ・ベラスコ氏が監督に就任すると、ユース、ジュニア世代からの強化ともあいまって劇的に成長した。

そのベラスコ氏は、実は2008年北京五輪の後、日本バレーボール協会が代表監督を公募した際、立候補していたのだが、日本協会はその重要性に気づかず、当時の植田辰哉監督を続投させた。

その後、ベラスコ監督を招聘(しょうへい)したイランは、あっという間に日本を追い抜いていった。選手たちは世界最高峰のイタリア・セリエAなどヨーロッパのリーグで揉まれて力をつけ、イランは世界トップレベルのチームからも勝ち星を重ねるようになった。アジアの枠を超えて、世界トップレベルの仲間入りを果たしたのだ。

日本は2011年以降8連敗を喫するなど、イランに勝てなくなった。2012年ロンドン五輪最終予選も、2016年リオデジャネイロ五輪最終予選も、イランに敗れ、イランはリオ五輪で初のオリンピック出場を果たし、準々決勝に進出した。

イラン躍進をずっと中心選手として支えてきたのが、セッターのマルーフ、ミドルブロッカーのセイエドモハンマド・ムーサビエラギ、オポジットのアミル・ガフールの3人で、日本は何度も煮え湯を飲まされてきた。

特に“くせ者”なのがマルーフだ。相手の意表を突くトスでかく乱したり、サーブなどトス以外のプレーでも、とにかく相手チームの嫌がることを徹底的にやってくる。

それでも、日本に新たな戦力が加わるにつれ、イランとの力関係にも変化が生じていった。

世界最高峰リーグでの6シーズン。石川祐希が手にしたもの

2018-19シーズンには、石川が所属したセリエAのシエナで、マルーフとチームメートになった。コンビを組み始めて間もない頃は少々苦労していたようだった。

「マルーフは速いトスが好きで、ピュッピュピュッピュやってくるタイプ。特にラリー中はけっこう(トスを速く)突いてくるので、自分はまだそれに対応できていないところがある。相手を振ろうとして、いつもやらないようなことをしてくるとびっくりします(苦笑)。ハイボールはすごくきれいに上げてくれるので打ちやすいですし、パイプ(コート中央エリアからのバックアタック)もよく使ってくれるんですけど。自分もレシーブしてからだと、スパイクにちょっと遅れてしまうので、それも原因です。そういうところはしっかり対応していきたいですね」

マルーフとのコンビの中で対応力が磨かれ、シーズン途中からはしっかりと得点を量産していた。

マルーフは、試合中のくせ者ぶりやその風貌から、実際はどんな人物なのか謎だったが、石川に、「マルーフって普段はどんな人?」と聞くと、「普通に面白いですよ。みんなとワイワイしゃべりますし」と答えた。

その「普通」は大切だ。ともすると実像以上に大きく見えてしまう海外の選手の素顔を知ることで、相手を過剰に恐れることがなくなる。プレーの成長はもちろんだが、そうした心理的な効果も、海外でプレーするメリットだ。

学生時代も含めセリエAで6シーズン過ごし、海外の名プレーヤーたちのことも等身大で見ることができる石川が、オリンピックの準々決勝進出をかけた大一番でも存在感を発揮した。

イランはセリエAでプレーした経験のある選手が多いこともあり、石川のスパイクは徹底的に研究されスパイク決定率は抑えられたが、動じなかった。むしろ楽しんでいるような笑みを浮かべ、勝負どころで得点を決めた際には鬼気迫る表情で雄たけびをあげ、主将として、エースとして、チームを奮い立たせた。

「祐希さんがあそこまでできているなら…」

イランも死に物狂いだった。チャレンジ(ビデオ判定)は1セットにつき各チーム2回しか認められていない(成功した場合は回数が減らない)が、第3セット、イランはチャレンジを2回使い切っていたにもかかわらず、判定が微妙な場面では目を血走らせてアピールし、その圧力に押されたかのように審判が「レフリーチャレンジ」を使い、イランの得点になる場面があった。

それに対し熱くなったブランコーチがベンチを飛び出したが、石川がなだめるように押し返す。冷静だった。

両チームの駆け引きの応酬の中、著しい成長を見せたのが、今年国際大会にデビューしたばかりの19歳・髙橋だった。この日は守備だけでなく攻撃でも存在感を放つ。試合開始から次々にスパイクを決めていく。相手ブロックがそろっても、巧みに指先に当てて飛ばしブロックアウトを奪う。その後、イランのレシーバーがコートの後方に構え、ブロックの指先を弾いたボールを拾ったり、利用されないようにブロッカーが手を引っ込めるなどの対応を見せると、今度はブロックの横を鋭く抜いて決め、試合巧者のイランにも対応した。

今年7月、東京五輪を前にメンバーから外れ、現役引退を発表した福澤達哉が言っていた。髙橋や20歳の大塚達宣が若くしてオリンピックメンバーに選出されたのは、石川の背中を見てきたことが大きいのではないか、と。

「目指すべきものがあると、人は自然とそこに引っ張られる。祐希さんがあそこまでできているなら、じゃあ自分も、となるんじゃないでしょうか」

イラン戦の髙橋のスパイクはまさにそんなふうに見えた。オリンピックの舞台で世界の強豪を相手に堂々と渡り合う石川の姿が、若手の急成長も促している。

髙橋は勝負どころで打ち込んでくるイランの強力なサーブにもほとんど崩されることなくサーブレシーブを返し続け、リベロの山本智大とともに好守備も連発。それをセッターの関田誠大が懸命につないでチャンスをつくった。

そして最終第5セットの立ち上がり。勝利への執念が乗り移ったかのような石川の強烈なサーブで2連続エースを奪い、一気に流れをつかむ。追い上げられながらも、石川が3枚ブロックをぶち破ってマッチポイントを握ると、最後はオポジットの西田がチーム最多の30点目となるスパイクを決め、試合を締めくくった。長らく苦しめられてきたイランに、ようやく大一番で勝利した。

未来につながる“王者”ブラジル戦への期待

西田は試合後、「自分たちがバレーをしていて、自分自身が鳥肌が立つような試合は初めてだった」と興奮冷めやらぬ様子で語った。

ついさっきまで、勝つためには何でもするといった様相だったイランの選手たちが、敗戦後、ネット越しに日本選手たちへ拍手を送っている姿には胸が熱くなった。マルーフは両手の親指を立て、石川に「ナイスゲーム」と伝えているようだった。

しかしコートを後にするマルーフは泣いていた。現在35歳。オリンピックは東京が最後になるかもしれない。試合途中、身長204cmのセッター、ジャバード・カリミスチェルマーイーが入ってセットを奪うなど、イランも若手は育っているが、のちに振り返った時この試合が、アジア最強だったイランと日本の力関係の転換点であり、日本が世界に近づく大きな一歩となる気がした。

若く、この大会を通しても着実に成長している日本にとっては、大舞台で死闘をものにした経験は、さらなる飛躍のきっかけとなるだろう。

ここからは世界最高峰の戦い。準々決勝の相手は、予選ラウンド・プールB、2位のブラジル。リオ五輪王者で、10年以上世界ランキング1位をキープし続けているキングだ。日本は32連敗中で、27年間勝っていない。

しかし今の日本には、そのキングの壁をこじ開けるための武器はそろいつつある。主将・石川のほとばしるキャプテンシー。その背中に刺激を受けた髙橋たち若手の急成長。山本、関田を中心に全員で拾ってつなぐ泥臭さ。さらに、上積みとして期待したいのが西田のサーブだ。西田の最大の武器はサウスポーから繰り出す強烈なサーブで、2019年のワールドカップではベストサーバーに輝いた。しかし今大会、サーブはまだ本調子にない。逆にいえば、それでも予選ラウンドを突破できたわけだが、そのサーブが復調すれば、日本の可能性はさらに大きく膨らむ。

準決勝だけでなく、未来にもつながるブラジル戦。また日本チームの新たな顔を見せてほしい。

<了>

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