情報社会の現代、良い指導者の必要条件とは? 小嶺忠敏監督が悩める現代の指導者に鳴らす警鐘
今年は惜しくも全国高校サッカー選手権大会・長崎県大会の決勝で敗れ、全国大会への切符を逃した長崎総合科学大附属高校。サッカー史に残る“名将”小嶺忠敏は75歳となった今も同校の監督として現場に立ち続けている。時代の変化に応じて選手と向き合ってきた一方で、人を育ていく上では何を大切にしているのか。そして今の子どもたちをどのように見ているのだろうか。高校サッカー界を代表する名伯楽に話を伺った。
(文・写真=松尾祐希)
指導者生活53年目。子どもたち、そして指導者に伝えたいこと
島原商業高校や国見高校で高校サッカー選手権、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)、国体、高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(現・高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ)でチームを日本一に導くなど、勝ち取ったタイトルは17個を数える。
小嶺忠敏監督は75歳となった今も長崎総科大附高の監督として現場に立ち続け、寮で寝食を共にしながら子どもたちと膝を突き合わせている。今年で指導者生活53年目。人々の価値観や生活スタイルは良くも悪くも大きく変わった。とりわけ、携帯電話の普及によってたやすく知りたいことを学べるようになったのは言うまでもない。その一方で、インターネットから発信された情報を精査せずにうのみにする者も少なくない。それは生徒だけではなく、指導者も例外ではないという。そうした子どもたち、指導者たちをいかにして導くべきなのか。
蹴って走るだけのサッカーで大久保嘉人は生まれない
長崎駅から車で30分。長崎半島と島原半島に跨る橘湾が一望できる場所に長崎総科大附高があり、そこからさらに上り坂を登っていくと大学のキャンパスが見えてくる。そこが小嶺監督の根城だ。大学の教授を務めながら、本格的に高校サッカー部に関わり始めて早9年。2015年に総監督から監督となり、今も寮に住み込みながら子どもたちと向き合っている。その情熱は今も衰えていない。何か問題が起これば、すぐに子どもたちのもとへ駆けつける。練習にもすべて顔を出し、試合になればベンチから鋭い眼光を飛ばす。その姿は50年前から何も変わらない。
教員となって約半世紀。今の子どもたちをどのように見ているのだろうか。小嶺監督は言う。
「昔も今も一緒。ただ、昔からうまくいっている他人の足を引っ張る場合は多い。しかも、今はいろんな情報が入ってくる世の中。子どもたちはネットで得た情報を信じてしまい、SNSに流してしまう」
そうした行動は指導者にも当てはまり、他人の足を引っ張り合う事象も少なくない。
「現在社会ではいろんな情報が氾濫している。この人の考えは古いと思っている人もいて、小嶺さんのサッカーは蹴って走るだけだと思われるのは今も多い。進路を決める際に、中学年代の選手にそれだけを伝える指導者もいる。でも、蹴って走るだけで大久保嘉人(現・東京ヴェルディ)のような選手が育ったわけではない。三浦淳寛(現・ヴィッセル神戸監督)も徳永悠平(現・Vファーレン長崎)もそれだけで成長したわけではない。だけど、そうした情報だけを伝えて、特定のチームに行かせないようにする場合もあった。そういう駆け引きをする若い指導者は増えたなと思う」
だからこそ、指導者は情報を精査しなければならない。
「そういう情報が流れてきたら、僕は本当なのかなと疑う。だけど、ある人はそれを信じて他に流してしまう。良い指導者になるための原点は物事を客観的に捉えて、真実を抑えることが大事」
「一生懸命聞いてくる指導者がいれば、私はなんでも教える」
かつて小嶺監督が同様のことを味わった。だからこそ情報のうのみにする危険性を理解している。
「人間は必ずひがみがある。自分もかなり非難された。何も悪いことをしていないけど、何かにつけて言われてしまう。以前、新任の先生を採用しようとしたら、ある人がその方のよくない評判を言い始めたことがあった。なので、自分は『具体的にどこが悪いか調べてこい』と伝えたんです。有名になった人の足を引っ張って、悪いところを聞いてうのみにしてしまう。そうやって自己満足に浸るのは二流の指導者。良い部分を真似しようと思える人は良い指導者になる。簡単に評判が悪いとか言うのであれば、まずは具体的に何が問題かを調べないといけない。それをしないで発言したのであれば、指導者の資格がない。一流の指導者はいろんな人から批判をされるけど、揚げ足を取って悪口を言うばかりになってはいけない。何が事実かを把握するべき。人の悪口を聞いても、9割以上が事実無根。自己満足して間違った情報を伝えていくから、雪だるま式に噂が大きくなっていく。何があっても、一生懸命やっているから人を真似したいと思える人が立派な指導者。最近はそんな指導者が少なくなった。それが良い先生、良い指導者、良い監督になる最低限の必要条件なのかもしれない」
そうした傾向は指導者だけではない。父兄にも見られていると言う。
「親御さんも屁理屈を言う人が増えた。何か問題あった際、確固たる証拠を出さなければ息子をかばう。なので、必ず証拠に基づいて事実を伝える。それでも言うのであれば、『本当にそれでもかばいますか?どうですか』と言います。『学校を退学になるぐらいの問題です』というのもきちんと伝えると、親御さんは静まり返ります。そういう事象はたくさんあるけど、学校も含めて指導者は親に何か言われるのが怖いのでしっかり言えないのかなと思います」
そのスタンスは学びの場を減らす機会にもなっており、小嶺監督も警鐘を鳴らす。
「一生懸命聞いてくる指導者がいれば、私はなんでも教える。経験を踏まえて言うけど、今はそうやって聞いてくる指導者が少ない。僕らは恥を忍んで聞いていた。浦和南の松本暁司先生にはよく話を聞きにいきましたよ」
今でも何かあれば外に出向き、新たな知恵を入れる。そうした積み重ねがあるからこそ、小嶺監督は今も現場に立ち続けられている。
しかし、指導者の中にはプライドが邪魔をし、他人のアドバイスを素直に受け入れられない場合も少なくない。
大切にしている考え方。いつだって子どもありき
また、指導に当たる上で昔から起こり得ているのが、指導者が自分を棚に上げて生徒と向き合うことだという。
「指導者の振る舞いは生徒たちから見られている。例えば、生徒が練習に遅れてくると、指導者が頭に血を上らせて怒る。だけど、普段から指導者が遅れているようだと、選手たちにばかにされてしまう。生徒たちは『自分が遅れてくるのに、何を言っているんだろう』って思いますよね。もちろん、遅刻は生徒が悪いし、親は親で恩師は恩師。年は追い越せないから受け止めないといけない。だけど、そうした部分ができていないので、指導者の指導もしないといけない」
人を育てていく上で悩みは尽きない。その中で小嶺監督が昔から大切にしている考え方がある。いつだって子どもありきということだ。
「子どもたちに合わせてやるのは今も昔も一緒。昔は悪態をつけば、厳しく指導をしていたけど、反省しているのを見ればあめを与える。例えば、選手にもプライドもあるから、キャプテンに『監督がもう許すって言っているから、練習に黙って戻ればいい』と言ったりすることもある。なので、要領よくやらないといけないし、周りを見ないといけない」
人を育てる作業は根気がいる。情報に流され、時には間違った方向に行く場合もあるだろう。しかし、小嶺監督は自らが態度で示し、間違った道に進もうとしていればはっきりとモノを言って答えを玉虫色にしない。そして、子どもたちの心を揺さぶるために、培ってきた引き出しをタイミングよく開けていく。だからこそ、多くの人が信頼を寄せるのだろう。
これからもスタンスは変わらない。小嶺監督は子どもたちと向き合いながら、次世代の指導者にバトンを渡すためにグラウンドに立ち続ける。
<了>
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PROFILE
小嶺忠敏(こみね・ただとし)
1945年6月24日生まれ、長崎県出身。長崎総合科学大附属高サッカー部監督。高校入学と同時にサッカーを始め、スカウトを受けて大阪商業大学に進学。その後教員免許を取得し、1968年より島原商業高校でサッカーの指導をスタート。1977年インターハイで長崎県勢として初優勝。1984年に国見高校へ赴任し、全国高校サッカー選手権大会6度優勝を含む数々のタイトルを獲得。高木琢也、三浦淳宏、大久保嘉人、徳永悠平、平山相太らを日本代表に輩出。2011年から長崎総科大附高で指導。
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