
岩渕真奈「女子サッカーの発展に、目を背けず真剣に考えていきたい」五輪8強敗退で明かす覚悟
2021-22シーズンからイングランド・FA女子スーパーリーグの強豪アーセナル・ウィメンFCでプレーする岩渕真奈。「これまでで一番楽しいくらいサッカーを楽しめている」と語るほど充実した日々を過ごしている。悔しい結果に終わった東京五輪を経て、ヨーロッパの地で成長を続ける岩渕は、どのような思いで新たなシーズンを過ごし、WEリーグが開幕した日本女子サッカーについてはどのような展望を抱いているのか?
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=大木雄介)
「そりゃ強いよなって思えるチーム」アーセナルに移籍して感じる理由
――アーセナル・ウィメンFCに移籍してロンドンで過ごす日々はどうですか?
岩渕:楽しいですね。感覚的にも似ている選手が多いですし、「なんとかして!」って頼るパスをたまに出しちゃったりもするんですけど、それを本当になんとかしてくれる選手たちが周りにいるので。レベルの高い選手に助けられながら、その中で自分の良さも出せているなと感じます。
――チームの雰囲気も良さそうですね。
岩渕:サッカーもそうですけど、いい選手って、やっぱり人間としてもいい人が多いっていうか。みんな面白くてにぎやかで。それでいて当たり前ですけど、サッカーに対する熱もすごく感じるので。うまい選手たちがこれだけ勝つことに執着していたらそりゃ強いよなって思えるチームだなと思います。
――アーセナルはボールを大事にするサッカーをする印象です。
岩渕:そうですね。イングランドで3強とされているチェルシー、マンチェスター・シティ、アーセナルでも戦い方はそれぞれ違って、その中でも自分はアーセナルのサッカーが合っているなと(アストン・)ヴィラ時代に対戦した時から思っていました。
――すでにチームの中心選手として活躍しています。手応えはどうですか?
岩渕:やれないことはないなとは思ってます。でも加入してすぐ試合に出られているのは、中盤でケガ人がいたりタイミング的にもラッキーな部分があるので。まだまだこれからだと気は引き締めています。
――周りからも岩渕選手のプレースタイルはもう理解してもらっている感じですか?
岩渕:理解してもらっていると思います。すごくやりやすいです。
――今その環境を楽しめているのは、アストン・ヴィラでの半年間も大きかったですか?
岩渕:大きかったですね。ヴィラでは1月に加入してすぐに監督の交代があって、サッカーの内容も戦術も極端に守備的なものに変わってしまいました。自分のやりたいサッカーではなくて、一言で表現するなら「苦しい半年間」でしたが、イングランドのサッカーに慣れて、苦手だった守備力も増して、さまざまな面で成長できました。
日本のことが大好きなエイデヴァル監督との出会い
――アーセナルには今年新たにヨナス・エイデヴァル監督が就任しました。
岩渕:スウェーデン人の監督なのですが、日本のサッカーのプレースタイルがすごく好きみたいなんです。2011年に日本が(FIFA女子)ワールドカップで優勝した後、「日本で勉強させてください」って日本サッカー協会に連絡して2週間ぐらい日本にも滞在していたそうです。日本のサッカーや、日本人の考え方がすごく好きなんだと話してくれました。
日本に行ってノリさん(佐々木則夫・当時のなでしこジャパン監督)と話をした中で一番記憶に残っているエピソードも聞かせてくれたんですけど、「優勝するPK戦の前に選手みんながすごく笑っていて、一番大事なシーンでなんであんなに笑っていられたのか」って質問したらしくて……。そしたらノリさんが「『おまえ蹴れよ』って選手に言ったら全力で否定されて、それをみんなで笑ってました」って答えたみたいで。じつはそれ全力否定したの澤(穂希)さんと私なんですよ(苦笑)。
――今、そうなのかなと思いました(笑)
岩渕:「あ、それ自分だよ」と話して、それをケラケラ笑いながら聞いてくれるぐらい、日本のサッカーや、日本人の考え方にすごく興味を示して、理解してくれる。そういう監督が来てくれたので本当にラッキーだなって。
アーセナルに加入するタイミングでは監督が誰になるかわからなかったので、けっこう不安だったんですよ。アーセナルのサッカーには共感していましたし、アーセナルのやりたいサッカーを体現できる監督を連れてくると聞いてはいたのですが、それでもやっぱり不安はあったので本当にラッキーでした。もちろん今は試合に出られていますけど、これを継続しないと意味がないので。そこは頑張らなきゃなと思っています。
――監督が誰で、どんなサッカーをするのかというのは、かなり意識して慎重に考えているんですね。
岩渕:いい選手って、どんな監督でも試合に出られるっていう自信を持ってはいると思うんですけど、でもやっぱり自分のプレースタイルってこっちでは特殊ですし。合う合わないというのも、人間それぞれ絶対あるので。「この人と一緒にサッカーやりたい」って思える人とやることが、私にとっては大きなパワーになるんです。
驚くべきアーセナルの環境と、WEリーグ展望
――アーセナルは女子サッカー界のトップクラスのクラブということもあり、やっぱり環境も違うものですか?
岩渕:ヴィラでも環境は恵まれていたんですけど、コロナでロックダウンの時期だったのでシャワーが浴びられなかったり、ビュッフェが使えなかったりというのはありました。でも今アーセナルではもうランチも普通に食べられますし、おいしいし、とても満足しています。クラブハウスで作りたてのランチが食べられるチームって日本ではあんまりないと思うので。
――アーセナルの男子とほとんど同じ環境なのですか?
岩渕:敷地は一緒で、女子は女子の、男子は男子のクラブハウスがそれぞれあります。ただジムは一緒ですし、リカバリーの日にプールとかアイスバスを使う時は男子の建物に行ったり。なので、ほぼ一緒の環境ですね。天然芝のグラウンドも「何面あるんだ?」と驚くくらいたくさんあります。素晴らしい環境で毎日やれています。
――日本ではなかなか想像できない環境ですね。
岩渕:日本もWEリーグが開幕して、選手がサッカー以外の仕事をしなくてもプロサッカー選手としてお金をもらえるようになることは本当に大事な一歩だと思うんです。参加している全チームに一緒にやったことのある選手がいるので個人的にも全力で応援したいですし、選手たちのWEリーグに懸ける思いや覚悟もすごく伝わってきます。高いレベルの競争が生まれるリーグになると思います。一方で、まだまだ環境の部分とかはもっともっと良くしていくべきだし、これからより良くなっていってほしいなと思います。
――WEリーグが魅力的なリーグになることは、日本女子サッカーの強化にも直結します。
岩渕:「日本ってどんな練習するの?」とか、海外の選手たちもめちゃめちゃ興味は持ってくれているんですよ。WEリーグが強くて面白いリーグになれば、自然と海外のいい選手が所属するリーグになるはずです。将来的にそうなっていけばいいなと思いますね。
日本で感じるマックスと、海外で体感するマックスの差
――男子サッカーでは内田篤人さんや酒井高徳選手が「Jリーグとヨーロッパのサッカーは別物」という発言をして話題になりました。女子サッカーも日本のサッカーは独特という印象を受けます。ドイツ、イングランドで海外サッカーを経験し、日本でも長くプレーしている岩渕選手は実際のところどのように感じていますか?
岩渕:別物だと思います。よく日本のサッカーと海外のサッカーを比べてどうですかって質問されるんですけど、正直比べられないというか。日本には日本の良さがあるのは間違いないですけど、でも海外とは全然違います。単純にどちらが良い悪いということではないと思うのですが、日本代表として海外のチームと毎週試合ができるわけではないので、世界を知り、世界に勝つためには本当に個々の成長、日々取り組む環境がすごく大事になってくると思いますし、そういう部分は若い選手たちにも積極的に伝えていきたいです。
――現役の一選手が女子サッカー界全体のことを背負い込みすぎる必要はないと思いますが、とても示唆に富む話だと思います。
岩渕:でもそこは現役で日本代表でプレーさせてもらっている立場の自分が誰かに丸投げするわけには絶対いかないですし、私自身も日本の女子サッカーの発展のためにという視点で、じゃあ自分自身がどこでプレーするのかという部分も含めて、目を背けず真剣に考えていきたいと思っています。
――女子サッカーにおいても、世界トップクラスのサッカーの潮流において、個のスピード・パワーがすごく大事にされています。その個の力が大前提としてあったうえでチームワーク・コンビネーションが上乗せされているイメージです。その点で日本は後者に偏っている印象も受けます。
岩渕:11人、18人、23人。みんなでやるサッカーはもちろん当たり前ですけど、結局ボールは一つで、個人個人の戦いが11個集まっているとも思うんですよ。なので本当に個の力は大事だし、その意味では日本で感じるスピードやパワーのマックスと、海外で体感するマックスの差はすごくあるなと思います。
――一方で岩渕選手自身、筋力トレーニングを最重要視しているタイプの選手ではないと思います。フィジカルで互角に張り合うというだけではなく、いかにそこに長けた選手と常日頃からやり合っているかが重要です。
岩渕:そうですね。日頃からフィジカルの強い相手選手との間合いだったり、足の出方だったり、その選手の特徴を知る意味でも、そういった環境に身を置いて切磋琢磨(せっさたくま)することは大事だと思います。
負けた日の夜、寝ないで語り合った熊谷紗希の存在
――岩渕さんも19歳という若さでドイツに移籍しました。早くに海外に出たことは正解だったと感じていますか?
岩渕:感じています。あとプレースタイルは全然違いますけど、(同じく若くして海外移籍した)熊谷紗希とはやっぱり話や感覚が合うなと感じます。オリンピックでスウェーデンに負けた日の夜かな、寝ないで2人でずっと話していたんです。あっけなく終わってしまった大会の中でも本当に紗希のような選手がいてくれてよかったな、心強かったなとも思えました。だから、そういういい意味で共感して高め合える仲間をもっともっと増やしていくことは大事だなと。
――そういった岩渕選手、熊谷選手のさまざまな考えや経験を若い選手たちに伝えていくことはすごく重要だと感じます。
岩渕:そうですね。海外移籍にチャレンジして、別にうまくいかなかったり、成長を感じられなかったり、合わないなと感じれば帰ればいいので。もちろんチーム選びは慎重にするべきですけど、海外に出られるチャンスがあるなら出たほうがいいよとはアドバイスしたいですね。
もちろん、間違いなく今の私のベースはメニーナ(日テレ・東京ヴェルディベレーザの下部組織)、ベレーザ、そしてINAC神戸レオネッサで培ってきたものです。もともと日本の育成環境には素晴らしいものがあると思っていますし、WEリーグが開幕してそういった環境も今後もっともっと良くなっていくはずです。日本の環境が良くないという話ではないんです。Jリーグと同様に、WEリーグで若い選手たちが活躍して、リーグが盛り上がって、そのうえで結果を出した選手たちが海外に挑戦するという流れが理想的なのかなと。
――岩渕選手が著書『明るく 自分らしく』の中で明かしていた、14歳でトップチームデビューを果たした当時、周りのレベルが高すぎて最初は「チームメートからボールを受けるのが嫌すぎて、相手選手の背後に隠れていた」というエピソードがすごく印象的でした。ただその時の経験が当然今の自分につながっているわけですよね。
岩渕:はい。絶対につながっていると思います。より厳しい環境に身を置くことって、成長するために欠かせないことだと思うので。
――それはやっぱり育成とトップがうまくつながっているベレーザの強さだと思います。WEリーグが生まれたことによって、そういう環境を持てるクラブがさらに増えて、より多くの素晴らしい選手が育ってくる可能性はありますよね。
岩渕:日本らしくみんなで戦うチームというよりは、やっぱり個で戦える選手をどんどん育ててほしいです。当時の私みたいに何か一つしか武器を持っていない選手、少しわがままな選手でも積極的にチャンスを与えるリーグになってほしいです。年齢関係なく目立つ選手がどんどん下から出てきたら絶対上の選手もムカつくだろうし(笑)。そうやってピッチ上でもバチバチやり合えるリーグになったらいいなと思います。
2023年ワールドカップと、その先に見据える五輪への思い
――最後に今後の岩渕選手の目標について聞かせてください。
岩渕:直近の大きな目標は持っていなくて。とりあえず今はアーセナルで1年間しっかりコンスタントに試合に出てリーグで優勝して、(UEFA女子)チャンピオンズリーグというヨーロッパのトップレベルの舞台でも活躍したいなという思いはあります。
――なでしこジャパンとしての目標は?
岩渕:2023年のワールドカップを目指して、そこでいい結果を残す。それが今の最大の目標です。その時の自分の状況にもよるので2024年(パリ五輪)のことは正直あまりいいたくないですけど、2023年の後にそのまま見据える先ではあります。もちろんワールドカップで終わってもいいという覚悟を持ってやりたいですけど、もう一つ高みを目指すというか、オリンピックの金メダルは自分が求め続けてきたものなので。
――アーセナルでの活躍を継続させて、代表の中心選手としてプレーし続ければ、そこの延長線上にある目標ということですね。
岩渕:そうですね。しっかり自分自身がやるだけなので。そこを目指してやっていきたいなと思います。
<了>
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PROFILE
岩渕真奈(いわぶち・まな)
1993年3月18日生まれ、東京都出身。アーセナル・ウィメンFC所属。ポジションはフォワード。小学2年生の時に関前SCでサッカーを始め、クラブ初の女子選手となる。中学進学時に日テレ・メニーナ入団、14歳でトップチームの日テレ・ベレーザに2種登録され、2008年に昇格。2012年よりドイツ・女子ブンデスリーガのホッフェンハイムへ移籍し、2014年にバイエルン・ミュンヘンへ移籍、リーグ2連覇を達成。2017年に帰国しINAC神戸レオネッサへ入団。2021年1月よりイングランド ・FA女子スーパーリーグのアストン・ヴィラLFCへ移籍。2021-22シーズンからアーセナル・ウィメンFCでプレー。日本代表では、2008年FIFA U-17女子ワールドカップでゴールデンボール(大会MVP)を受賞、世間からの注目を集めるようになる。以降、2011年女子ワールドカップ優勝、2012年ロンドン五輪準優勝を経験。今年6月に初著書『明るく 自分らしく』(KADOKAWA)を刊行。
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