卓球・張本智和は本当に大舞台に弱い? 新星・戸上隼輔が躍進、番狂わせ起こす「2つの恐怖現象」
2022年1月、卓球の全日本卓球選手権大会。男女ともに、シングルスで続々と波乱が起きた。多くの優勝候補が立て続けに敗れたのは、主に6回戦。ベスト4にも届かないところで、東京五輪でも躍動した実力者たちが次々と姿を消した。女子の石川佳純、平野美宇。男子は、宇田幸矢、そして張本智和。石川は咋年度の優勝者、宇田は一昨年の優勝者だ。そして、中でも張本の敗戦は大きな話題となった。この大会でなぜたくさんの番狂わせが起きたのか? その要因を見ていこう。
(文=本島修司、写真=Getty Images)
卓球界の一つの現象、恐怖の「年下の新星」
卓球は、軽くて小さなボールを打ち合うというスポーツの特性上、幼少期から英才教育を受けた子どもたちが大人を倒してしまうシーンが多く見られるスポーツだ。下の世代からの“突き上げ”が、トップ選手にとっては常にプレッシャーになる。
スポーツ強豪高校などでは、どの競技でもレギュラー争いは激しいもの。しかし、卓球においては特に「恐怖の新1年生」が生まれやすいというイメージがある。すでに圧倒的な実力を持った中学3年生が、新1年生となって入学。先輩たちのレギュラーポジションをおびやかす。
話が全日本卓球選手権大会ともなれば、日本中から「年下の新星」たちが毎年のように現れ、優勝候補と呼ばれる実力者たちが四苦八苦する。例えば、今大会の男子シングルス。躍進が光ったのは、高校&大学生だった。愛工大名電高校の吉山僚一は、昨年優勝の及川瑞基に競り勝ち、一昨年優勝の宇田幸矢を破って勝ち上がってきた吉田海斗も下してベスト8入りの躍進を果たした。そして最終的に今大会を制したのは、明治大学の戸上隼輔。準決勝では丹羽孝希を4-0で破り、男子ダブルスと合わせて2冠を達成。さらなる高みを目指す20歳は、試合後に「日本を背負うという気持ちが強くなった」と語っている。
卓球界のもう一つの現象、恐怖の「もともと強い選手」
石川佳純は加藤美優に、平野美宇は佐藤瞳に、それぞれベスト8を目前にした6回戦で敗れた。
加藤はもともと一学年下の伊藤美誠や平野らと共に“黄金世代”と呼ばれた一人。2019年のITTF世界選手権ベスト8の実力者だ。緩急をつけた、粘り強い攻撃卓球を展開する。佐藤は北海道の名門、札幌大谷高校出身のカットマン。2019年には世界選手権女子ダブルスで銅メダルを獲得。また、シングルスでもこの年のITTFワールドツアーグランドファイナルでリオデジャネイロ五輪・金メダリストである中国の丁寧に勝利している。世界屈指のカットマンだ。
2人とも、石川や平野に比べると一般的な知名度は低いかもしれないが、「世界に通用する実力者」として名の知れた選手。2人は、2020年のITTFチャレンジ・オマーンオープンの決勝戦で対戦もしている。この時の試合にかかった時間は、1時間38分。カットマン対カット打ちで、“卓球史上最長”となる激闘を記録したことでも有名だ。
石川も平野も、油断で負けたという感覚はないはず。気を引き締めて挑んだが、今回は相手が一枚上手だったということだろう。
一方、張本智和が6回戦で敗れた相手は、吉村真晴。2012年には当時高校生ながら全日本選手権で優勝。また、2017年の世界選手権ではミックスダブルスで優勝。近年、シングルスではやや影が薄くなっていたが、かつて頂点を極めた選手だ。その選手が復調したとなれば、張本とはいえラクに勝てる試合ではない。
加藤、佐藤、吉村は、3人とも「もともと強い選手」なのだ。今の日本の卓球界には、世界レベルの選手が「どの世代にもゴロゴロいる」ということだろう。
日本の卓球界は上も、下も、強い。
張本智和は、本当に「大舞台に弱い」のか?
張本の6回戦敗退には、「大きな試合で勝てない」という見出しも踊った。しかし、卓球王国・中国のトップ選手を何度も大舞台で撃破してきた男が、「大舞台で弱い」ということはないはずだ。むしろ「負けて当然の強敵に向かっていく時ほど強い」という見方が正しいようにも思う。
張本が負けて話題になるのは、「大舞台」ではなく、「勝って当たり前」という“雰囲気”と“周囲の視線”がある時だと感じる。さらに繰り返しになるが、相手は日本一に輝いた経験も持つ難敵・吉村。周囲がつくる「張本が勝って当たり前」という雰囲気と、現実に目の前に対峙するのは「一筋縄ではいかない強敵」。2020年の全日本選手権で宇田に負けた決勝戦を見ても、張本は“この状況”で負けていることが多いように感じる。
今回の試合は、吉村のプレーが本当に冴えに冴えていた。もともと代名詞だった多彩なサーブの切れ味。そして、バックハンド対バックハンドのラリーの速さが際立ち、優位な形からフォアを打ち込む。高い次元で打ち合う、日本屈指のラリー。スイング後の“戻りの速度”が、吉村のほうが早く、張本のほうが少し後手に回っていた。
特に中陣での攻防は、それが顕著になっていた。中でも、2セットずつを奪い合い、5セット目となったラスト2本の、中陣での吉村の、フォアハンドとバックハンドの切り返しのキレは、この試合を象徴するかのように「抜群」の一言だった。6セット目にはその身のこなしのキレがさらに増していく。吉村は、前後の動きでも、強烈なスピードのフットワークを繰り出していた。
「もともと強い選手」だった吉村が、苦しい時期を乗り越え、「さらに強い選手」になっていた。かつて高校生の頃に全日本選手権5連覇中の水谷隼との決勝戦を制した眠れる天才が、目を覚ました瞬間だった。
戦国時代に突入した日本卓球界。気の緩みも、緊張も大敵
張本のような一流の選手に、気の緩みはないはず。日本一を目指し、心身ともに極限まで突き詰めた練習をして、試合に挑んでいるはずだ。だからこそ「勝たなければ」という気持ちが先行する。そこで、今度は緊張が生まれる。改めて卓球とは強い精神力が求められる「メンタルのスポーツ」だと感じる。
これから日本の卓球は、ハイレベルな戦国時代へ突入しそうだ。
女子は、ジュニアの部を見ても、張本智和の妹の張本美和が高速卓球で、平野美宇の妹の平野亜子がバック面の粒高でプッシュやカットストップなどをうまく使った変幻自在な卓球で、躍進。男子は、前評判の高かった戸上がついに頂点を極めた。これまでのトップ選手のさらに上をいく高速チキータ。その後に繰り出す、両ハンドドライブの攻撃的なスタイルは、まさに次世代を牽引する新星といえる。どの世代にも「強者」がひしめく。
その中で、改めて痛感することがある。それは、全日本選手権を10度優勝しているレジェンド水谷の存在。まさに「異次元のレベルの安定感」があったということだ。
水谷は、どんなピンチになっても、まずは相手のスタイルに合わせて、少しずつ飲み込んでいき、いつの間にか最後には主導権を握っている、完璧な展開をつくっていた。張本には、水谷という最高のお手本がいる。世界の舞台で水谷との直接対決を制したポテンシャルは、ケガを乗り越え、偉大なレジェンドをお手本とすることで、さらに輝きを増すだろう。
<了>
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