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なぜ走力で劣る日本が、走力で逆転の銅メダルを獲得できたのか?“運”を引き寄せた策略[ノルディック複合団体]
北京五輪・ノルディック複合団体で、日本は28年ぶりのメダルを獲得した。息もつかせぬデッドヒートを繰り広げたレース展開は見る者を熱くさせたが、大会前は決してメダル候補に挙げられていたわけではなかった。3強のドイツ、ノルウェー、オーストリアに走力で劣ることから、前半のジャンプでいかに良い成績を残せるかがメダル獲得の条件とみられていた。だが結果は4位、メダルは絶望的とも思われたが……。逆転の銅メダルを獲得できた裏側に迫る――。
(文=折山淑美、写真=Getty Images)
“3強”に阻まれ続けた表彰台。北京五輪で28年ぶりメダルを獲得できた理由とは?
2月20日に閉幕した北京五輪。金3銀6銅9個のメダルを獲得した日本だが、その中でも周囲を最も驚かせたのは、17日に行われたノルディック複合最終種目、ラージヒル団体の銅メダル獲得だった。
かつては1992年アルベールビル五輪と1994年リレハンメル五輪を連覇し、世界選手権も1993年と1995年連覇の結果を残していたが、当時は習得に先んじたV字ジャンプで圧倒的な差をつけ、後半の距離で余裕をもって逃げ切るパターンでの勝利だった。
その後は国際スキー連盟もジャンプの得点による距離のタイム差換算を変更し、さらによりスリリングなレースにするために個人はジャンプ1本で距離10km。団体もジャンプ1本で距離は5km×4に変更。ジャンプと距離のバランスの取れた選手でなければ上位に食い込めない方式になった。2009年世界選手権では優勝したが、その時は優勝候補のアメリカが、ジャンプの1番手の選手がビブスを着けないで飛んだために失格になった上、後半の距離ではワックスがピタリと合って快走するという幸運に恵まれたもの。その後はメダルから遠のき、渡部暁斗が世界のトップに肉薄するようになった現在では、ドイツ、ノルウェー、オーストリアの3強に表彰台を阻まれ、4位が定位置のようになっていた。
そんな中で今回は、ワールドカップで表彰台に乗れないながらも総合10位につけていた暁斗に加え、新星の山本涼太が前半戦では6戦連続で10位以内に入り、第11戦では3位で総合11位につけたことで、期待も少し膨らんできていた。
ジャンプで4位と出遅れ。エース渡部暁斗をあえて第3走に配置したもくろみ
だが北京では、最初のノーマルヒルで山本がジャンプで1位になり2位に38秒差をつけて距離をスタートしながら14位まで落として、最高順位は暁斗の7位。ラージヒルもジャンプ5位からスタートした暁斗が銅メダルを獲得したが、2位スタートの山本は12位で、渡部善斗は25位、永井秀昭は31位と上昇気流には乗れていなかった。
日本のメダル獲得パターンは、ジャンプで上位につけて後半の距離で粘り切ること。その展開をつくり出すため、ジャンプで好調な山本を強豪が集まる4番手に置けるようになったことで、暁斗を1番手にして勢いをつける作戦にした。だがその暁斗が125.0mで4位と出遅れた。それを2番手の善斗の133.5mで盛り返してトップに立ったが、3強も3番手と4番手がきっちり飛び、日本は4番手の山本が135mを飛びながらも、1位のオーストリアに12秒差の4位。その間に8秒差のノルウェー、11秒差のドイツが並んだ。
後半の走力を考えれば、メダルは無理と思える状況。だが3強にもそれぞれに誤算はあった。ドイツはワールドカップ総合12位で、ワールドカップ距離ランキングのベストスキーヤートロフィーでトップに立っている、ノーマルヒル5位のヨハネス・ルゼックと、ワールドカップ総合7位のテレンス・ウェーバーもノーマルヒルで棄権したまま出場せず、ノルウェーはワールドカップ個人総合3連覇中のヤールマグヌス・リーベルが欠場。オーストリアも総合13位でチーム2番手のマリオ・ザイドルの名前がなかった。
そんな中で河野孝典ヘッドコーチは、最も距離の強い暁斗を3番手に起用した。これまでの大会では、強豪選手と互角に渡り合える暁斗を最後の4番手に置き、メダルを争える位置で粘って最後を託すという作戦だった。だが今回はジャンプでリードを奪えなかったため、最後を託すのではなく3番手に置いてメダル争いができる位置を確実にキープし、ワールドカップ前半戦でいい走りをしていた山本の一発に賭ける作戦だったのだろう。だが山本の北京でのここまでの走りを見れば、苦肉の策にも見えた。
他チームの思惑も絡み合ったレース展開。日本にとって“幸運”が続く…
だが、12秒差で4チームがスタートする展開にも恵まれた。さらに3強の第1走も、今季の距離ランキングではドイツのマヌエル・ファイストの17位が最高で、ノルウェーは22位、オーストリアは33位だったのも幸いした。同27位ながら、前半戦では10位台が3回あった善斗は、1秒前のファイストにうまくつき、2.5kmを過ぎてからノルウェーを抜き、ドイツに0秒3差の2位でつないだ。
第2走で力を持っていたのはワールドカップ総合1位のヨハネス・ランパルター(オーストリア)だったが、ノルウェーのエスペン・アンデシェンとドイツのユリアン・シュミットもそれほど力の変わらない選手でけん制しあう展開になったことも、2走の永井にとっては幸いした。さらにこれまではラストスパートで大きく突き放される展開が多かったが、今回は標高も高くてきついコースだったせいか、4位には落ちたがトップに立ったオーストリアに4秒6差と粘り切った。
第3走の中で調子がいいのはラージヒル2位のイエンスルラース・オフテブロ(ノルウェー)だったが、ソチ五輪と平昌五輪ノーマルヒル連覇でワールドカップ総合5位のエリック・フレンツェル(ドイツ)が個人戦を欠場しながら満を持して出場してきたのを警戒したのだろう。前半は様子見の走りをし、2周目に入ってからフレンチェルが遅れだしたのを見て優勝を確信。終盤にスパートをしてトップに立つと、2位以下に10秒4以上の差をつけて第4走につないだが、暁斗も終盤は粘り、ノーマルヒル3位のルーカス・グライデラー(オーストリア)に先着する2位に上げていた。
ワンチャンを最大限に生かした銅メダル。その裏にあった4年間の強化
その時点で優勝は、ノーマルヒル2位でラージヒル優勝のヨルゲン・グローバクが走るノルウェーにほぼ決まった。オーストリアのマルティン・フリッツは距離ランキング10位だが、今大会のノーマルヒルは12位。レースの焦点を26秒後ろから来る、距離ランキング2位でノーマルヒル優勝のビンツェンツ・ガイガー(ドイツ)との勝負に絞ったのだろう。
その目算通りにガイガーは最初から飛ばして1周目で追いついてきた。そして2周目の最初の1kmは最後のスパート合戦の力をためるためのけん制合戦になり、前にいたフリッツでさえ1周目より30秒以上遅いラップになったことで山本にもチャンスが生まれた。
これまでの実績のある暁斗なら、けん制をし合う中では他の選手に「前に出ろ」と合図されれば出なければいけないこともある。だが山本はまだ若く、そこまでしなければいけない実績もない選手。そこでしっかり後ろをキープして力を温存できたことが、最後の上りでのガイガーのスパートに必死に食らいつき、フリッツを突き放して3位になれた大きな要因になったのだ。
1走の善斗もリードを守る状況ではなく、追いつかれることに神経を使わないで追いかけることだけに集中でき、永井も同じ走りをできた。そして暁斗がしっかりメダル圏内をキープしたことで、山本も明確な目標をもってラスト勝負だけを意識できた。
日本チームの平昌五輪後はスピード向上を目指した練習に取り組み、少しずつ成果も出始めてきていた。それが各選手とも、これまで突き放されていたラストスパートでの粘りになって表れていた。そんな強化と、巡ってきた運で、かすかにしか見えていなかったワンチャンスを最大限まで生かした銅メダル獲得だった。
<了>
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