宇野昌磨が悔やむ、北京で唯一の心残り。恩師ランビエールに捧げる、更なる成長の渇望

Career
2022.03.17

演技を終えた男は、満足のいかない表情を浮かべ恩師の元へと向かった。1年前、恩師に問われた。「君が世界一になるには何が必要だと思う?」。世界屈指の難度を誇る今季フリーの『ボレロ』には、恩師の期待と愛情が込められている。だからこそ、応えたい想いが強い。2大会連続のメダルを獲得しても悔いるその欲求は、未来へのさらなる成長へとつながっている――。

(文=沢田聡子、写真=Getty Images)

「僕はゆづくんのようには多分なれない」。宇野昌磨が敬意を表する3人

「僕がうまくなりたいというモチベーションの一つに、ゆづくん(羽生結弦)だったり、ネイサン(・チェン)だったり、(鍵山)優真くん、トップの選手がどんどんレベルアップして、フィギュアスケート界を引っ張ってくれているからこそ、僕ももっとうまくなりたいという気持ちにさせてくれる」

北京五輪・男子シングルの銅メダリストとして臨んだ記者会見で、宇野昌磨は金メダリストのチェン、銀メダリストの鍵山、4位の羽生結弦に対して敬意を表している。

宇野は羽生に向上心を刺激されてきたことを過去にもたびたび語っているが、鍵山と共に臨んだ北京五輪の一夜明け会見でもその存在の大きさについて触れている。

「『羽生選手のような圧倒的な存在になるには』という質問なんですけれども、もちろん本当にゆづくんにしかできないことを、ここ数年間ずっと成し遂げてきたと思います。そして、僕はゆづくんのようには多分なれない、というのは感じています。みんなの思いを背負ってそのプレッシャーに打ち勝って演技をし続ける、そういう存在には僕は多分なれないと思っていますけれども、ただ今僕の隣にいる鍵山優真くんが、多分僕がスケートを続けている間は、きっとずっと現役で一緒に戦い続けてくれると思います」

宇野と鍵山は今季を前にして開催されたアイスショーで共演することが多く、練習で切磋琢磨(せっさたくま)しつつ、オフシーズンを有意義に過ごしてきた。

「もう優真くんは、本当に完全にトップの選手だと思います。アイスショーの練習から、よく一緒になることはありました。今年が始まってプリンスアイスワールドが開催されたぐらいの時から一緒に切磋琢磨してやってきたのですが、その2人がこうやってオリンピックで同じ表彰台に立てている。すごくうれしいですし、『よく頑張ってきたな』って単純に思います。僕のスケート人生は、優真くんがいる限りまだまだモチベーションを持って続けていける。それぐらい彼の成長が著しいので、置いていかれないように、いつまでも『尊敬している存在です』って言われるように、そんな選手でいたいと思います」

北京五輪ショート後に明かしたモチベーションの源

3位につけて臨んだ北京五輪ショート後の記者会見では、同席している1位のチェンと2位の鍵山がモチベーションの源だったことも明かしている。

「ずっとこの4年間、ネイサンという存在がいたからこそ、僕もいつか同じ立場で戦える存在になりたい。そして、このままでは優真くんに置いていかれてしまう。そういった焦りもあったので、今こうして僕がここに立っていられるのは、この2人が一番大きな存在だと思います」

2018年平昌五輪で銀メダリストとして記者会見に臨んだ宇野昌磨は、印象に残った演技を問われ、迷わずショートで17位と出遅れたが総合5位まで挽回したチェンのフリー(フリーのみでは1位)を挙げていた。

「僕が一番やはり印象的で感動したのは、ネイサン選手のフリーの演技でした。ショートで思うような演技ができなかったけれども、フリーであれだけの点数、あれだけの演技をしたという結果を聞いた時に、今回のオリンピックで一番僕は感動しましたね」

北京五輪ショート後の記者会見で「ネイサン・チェンに勝てるか」と問われた際、宇野は「おそらく全選手が、完璧に演技したネイサン・チェン選手に点数で及ぶことはかなり難しいことかなとは思っているんですけれども」と言い、言葉を継いだ。

「その中でも、僕はまだまだ実力が届いていない。ネイサン・チェン選手に勝つには、もっと何年も前から今年のようなモチベーション、そして調子で練習を積み重ねていなければ、ネイサン・チェン選手のような場所で戦えていないんじゃないかなと思います」

「もっと上にいけると信じてくれる」。宇野の原動力となった恩師の言葉

北京五輪でフリーの最終滑走だったチェンの演技をグリーンルームで見ていた宇野は、チェンが大きなミスなく4回転4種類5本を組み込む高難度のプログラムを滑り切ると、心からうれしそうに祝福していた。

一夜明け会見でも、宇野はチェンとの距離感を冷静に捉えていたことをうかがわせる発言をしている。

「今大会で金メダルを取るというのは、目標にすること自体が、自分の成功ではなくネイサンの失敗を願うことと一緒だと僕は思っていたので、そういったことはまったく考えてなく、本当に『自分のやってきたことをそのままやろう。そして、僕の目標はここが最後ではない。もっと先を見据えて成長できる舞台にしたい』と考えていました」

宇野は「今大会で『僕もネイサンのような存在になりたい』と思いました」とも語っている。今季の宇野は、トップを目指すと公言してスケートに取り組んできた。そのきっかけが、昨季の世界選手権で優勝したチェンの演技を見た後、ステファン・ランビエール コーチから聞いた言葉にあったことも明らかにしている。

「昨年の世界選手権でネイサン選手が演技を終えた後に、(ランビエールコーチから)『君が彼のように世界一になるには、自分にとって何が必要だと思う?』と声を掛けていただいた。その時は『ジャンプかな』とお答えしたんですけれども、僕の答えの内容よりも、そう言葉を掛けていただいた時に『僕がまだまだもっと上にいけると信じてくださっているんだな』と。『もっとうまくなりたいな』という原動力になりました」

「見直したくない表現ばかり」。厳しいフリーへの自己評価

平昌五輪後、宇野は幼いころから師事していた山田満知子コーチ・樋口美穂子コーチの下を離れており、メインコーチ不在となった時期があった。その影響でどん底まで調子を落としていた宇野は、ランビエールコーチの指導を受けるようになってから本来の実力を取り戻している。

今季のフリー『ボレロ』には、振り付けたランビエールコーチの宇野への期待と愛情が詰まっている。4回転4種類5本、トリプルアクセル2本を跳ぶプログラムの最後に激しく体を動かすステップが組み込まれており、「ショーマ、君ならできるよね?」というランビエールコーチの声が聞こえてくるようだ。振付師としてのランビエールコーチの立場から考えた時、『ボレロ』は宇野というスケーターがいたからこそ創り出すことができたプログラムなのではないだろうか。

北京五輪のフリー、ジャンプを終えてハードなステップを踏んでいく宇野のスケーティングは、彼にしかできないものだった。『ボレロ』のクライマックスと一体となる重厚感と高揚感にあふれたステップを終え、天を仰ぐフィニッシュポーズを解いた宇野は、ランビエールコーチが待つリンクサイドへ戻っていった。

フリー後の記者会見で、宇野は「今大会での唯一の心残りは、この『ボレロ』でステファンコーチが満足する、よかったと言っていただけるような演技ができなかったことです」と悔いている。一夜明け会見でも、「見直したくないと思えるぐらいよくない表現ばかり」「フリーでは本当に、ジャンプばかりに気がいっている」と述べており、その自己評価は厳しい。

「『ボレロ』はやり残したことばかり」。恩師の期待に応える想い

そんな宇野にとり、世界選手権はランビエールコーチを満足させられるような『ボレロ』を滑るチャンスでもある。

「これからの限りある時間の中で、なるべくこの『ボレロ』を(練習して)、しっかりステファンコーチが納得してくれるようなものを滑り切りたい」
「『ボレロ』に関してはまだまだやり残したことばかりなので、本当に残りの1試合、ステファンコーチにこの『ボレロ』をささげられるような世界選手権にしたいなと思っています」

尊敬するスケーターたちに刺激を受けて挑む4回転4種類5本と、ランビエールコーチにささげる表現。世界選手権の『ボレロ』は、宇野昌磨の“今”が全て詰まったプログラムになるはずだ。

<了>

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