ユンカー、小泉、明本、モーベルグ…なぜ浦和の選手補強は成功するのか? 知られざる舞台裏
小泉佳穂、明本考浩、キャスパー・ユンカー、岩尾憲、ダヴィド・モーベルグ……。昨シーズン以降、浦和レッズはなぜ効果的な選手補強に成功しているのか。その背景をひも解いていくと、的確なデータ活用と揺るぎないクラブの指針にたどり着く。サッカー界に限らず広くスポーツ界にとって飛躍の一つのきっかけとなり得るデータの蓄積と活用法について、40を超えるJクラブにソフトを提供するHudl社でカントリーマネージャーを務める高林諒一さんに話を聞いた。
(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)
チームにフィットする良い選手の“価値”とは?
サッカーシーンで常にサポーターの耳目を集めるのが移籍にまつわる話だ。チームを去る選手に対して哀愁を抱く一方、新加入選手に期待を寄せ、胸をときめかせる。
選手獲得にはさまざまな条件がある。資金面でのチーム事情や、指揮を執る監督の戦術など多岐にわたる。新たな選手を獲得するうえで欠かせないのがコネクション。クラブ独自のつながりや、監督の個人的な人脈などもあるが、なかでも仲介人の存在は大きい。クラブのリクエストを受けた仲介人は、その条件にフィットするであろう選手をリストアップする。
このような一連の流れを経て、縁あって、ようやく新たな選手を迎え入れることで戦力が劇的に上がることがある一方、まったく合わないこともある。つまり、選手獲得は多分にギャンブル的な要素をはらんでいる。
そもそもクラブにとって、フィットする良い選手とはどういった選手なのか?
その定義づけは難しい。ただ、その判断はクラブ担当者(強化部・GM職)のこれまでの経験値、あるいは仲介人との信頼関係によるところが大きいとされている。クラブとしてはフィットする選手を適正価格で獲得できれば申し分ないが、ときに身の丈を顧みず、超のつく有名選手を大枚はたいて獲得しても必ずしも順応するとは限らない。
監督・選手選びに、映像&データ分析活用という新たな選択肢
クラブが仲介人に頼りすぎず、かつ、できるだけ感覚的なものにも頼らない、近年注目を集めている補完的な一つの手法がある。Hudl(ハドル)社が開発・提供する映像ソフト「Wyscout(ワイスカウト)」だ。
「Wyscout」には世界中の各リーグの公式戦の映像と、その映像に基づき数値化されたデータが収められている。例えば、ある選手のある公式戦でのスルーパスをピックアップすると、プレー映像とともにその試合でスルーパスを何本出して、何本成功したかなど具体的なデータで可視化される優れもの。
ずいぶん前に聞いた話だが、特に外国籍選手を扱う仲介人は選手の良いシーンしか見せず、実際にプレーを目にするとまったく想像と違った選手だったという話も多かったと聞く。「Wyscout」は可視化によってクラブと仲介人との信頼関係を担保させるためのツールといえる。
このソフトを開発・提供したHudl社はもともとアメリカンフットボールの映像分析ソフトを手掛けたのを皮切りに各競技に進出した。日本ではサッカーをはじめ、バスケットボール、ラグビー、アメリカンフットボールの4つのスポーツを中心に活用されている。Hudl社では「Wyscout」だけでなく、チーム、選手個々のプレーを見返せる映像ソフト「Sportscode(スポーツコード)」なども提供しており、現在Hudl社のソフトは40超のJクラブで採用され、ここ数年は中学・高校年代のカテゴリーでも利用されている。
「これまで選手獲得は仲介人の方の人脈に頼り切りにならざるを得ないところがありました。それも一つの重要なプロセスです。たしかに限られたパイのなかでも選べますが、成功するにはそれだけで十分なのかどうか。仲介人の方のコネクションも使いながら、もっと大きいパイから選んだほうがより良い選手を獲得できる確率が上がるのではないでしょうか」
そう話すのはHudl社で日本のカントリーマネージャーを務める高林諒一さん。この「Wyscout」は監督選びにも活用され、対象となる監督がこれまで推し進めた戦術、ゲームモデルなどもデータ化されている。
高林さんの話を聞いて痛感したことは、主体性のない選手獲得は非効率であるということ。つまり、クラブ側には行き当たりばったりではない、哲学をもったうえでのチームづくりが求められる。「Wyscout」「Sportscode」の映像ソフトはあくまでも指標であり、判断基準の一つ。使いこなせなくては宝の持ち腐れとなりかねない。
巧みなデータ活用の先駆けとなっているクラブとは?
いかにデータを活用するか?
だがこれが難しい。高林さんは「データはあっても、うまく使っているクラブは実は少なく、現場に数字に強いスペシャリティーをもった人材がそれほどいない」と実情を語った。そんななか、高林さんがデータをうまく使いこなせる、その先駆けとなっているクラブとして名を挙げたのが、J1・浦和レッズだ。映像ソフトのデータをもとにデータアナリストによって浦和独自の指標に組み合わせることで、より精度を高めているのだという。
その過程の一端と効果が紹介された「浦和レッズの3年計画の現在地とテクノロジー活用のリアル」というトークイベントがあった。オンラインで登壇した浦和・西野努テクニカルダイレクター(以下・西野TD)は約45分間、講演を行い、高林さんはMCとして参加している。
浦和の掲げるチームのコンセプトは3つ。
「個の能力を最大限に発揮する」(個々のコンセプト)
「前向き、積極的、情熱的なプレーをする」(姿勢)
「攻守に切れ目のない、相手を休ませないプレーをする」(チームのコンセプト)
そして、この3つを含めたキーコンセプトが「浦和を背負う責任」だ。
こうした言葉をただのお題目とせず具現化するうえで、重要なのがデータに基づいた分析。その活用は「試行錯誤の連続。ただ方向性は間違っていなかった」と西野TDは語る。
講演でとくに印象に残ったのは、浦和が「監督に頼らないクラブ主導のチームづくりに取り組んでいる」という点。この言葉はここ数年のクラブの動きを振り返ると合点がいく。
浦和は2020シーズン後に、リカルド・ロドリゲス監督を招聘(しょうへい)。ポジショナルプレーをベースに「常に主導権を握り、見る人を魅了するサッカー」を体現すべくMF小泉佳穂、MF明本考浩らを獲得。昨季途中からMF江坂任らが加入。外国籍選手ではFWキャスパー・ユンカー、DFアレクサンダー・ショルツらがチームの中心となった。さらに今季はMF松尾佑介、MF岩尾憲、MFダヴィド・モーベルグ、FWアレックス・シャルクらが次々と加入。全選手が大事な戦力としてすでにチームに貢献している。選手のプロファイリングをもとにデータによる客観的な判断を行い、主観も含めた総合的な判断で選手獲得を進めた。
「トップチームが一貫していれば、下部組織も基準ができる」
浦和は獲得したい選手の「移籍金」や「パフォーマンス査定」をベースに独自指標から適正価格を算出している。つまり、パフォーマンスの評価が同じ選手ならば、できるだけ移籍金が低い選手に狙いを定めることができる。
クラブの財政を痛めず、かつ仲介人にお財布をまるごと預けるかのようなお手盛りの獲得ではなく、クラブの意志と意図、主体性をもって選手の獲得が実現できる。
2021シーズン以降の浦和の新加入選手に共通しているのは、戦術にフィットするだけでなく、フィットにそれほど時間がかかっていないこと。クラブが目指すサッカー、あるいは「浦和を背負う責任」といった哲学を具現化すべく、それを実現できる監督を招聘し、託した監督が志向する戦術(ゲームプラン)に合った選手を獲得する。その目利きぶりといい、この一連の流れはうまくいっているといえる。
選手補強だけではない。
高林さんは「(講演で)西野さんも触れていましたが、監督はどれだけ長くても4、5年のスパン。監督頼みになると監督が代わった場合、クラブの獲得戦略自体も変わってしまう。だからゲームプランから獲得する必要な選手を逆算できれば、たとえ監督が代わっても獲得する選手は変わらないので継続性が生まれます。またトップチームが一貫していれば、下部組織も育てる選手の基準ができるようになります」と話す。
浦和はうまくデータを活用し、数年後を見据えた永続的なチームづくりに生かそうとしている。
日本のサッカーが世界で勝つためには…
データの蓄積によって、さまざまなものが浮き彫りになる。
例えば、試合を負けているとき・引き分け・勝っているときと3つのパターンに分けた際、ある選手はリードされているときの貢献度が極めて高いというデータなど、選手の性格でさえもデータによって垣間見られる。
また、チームがボール奪取するラインやディフェンスラインの位置が、Jリーグ全体の平均に対して高いのか低いのか。あるいは守備の際、相手に何本のボールを回されているか細かいデータがはじき出され、スタッフと共有することで今後の戦い方の指針となる。
これらは選手獲得のみならず、クラブづくりにも生かされており、西野TDは「データを使って客観的に見られることで、誰が入れ替わっても蓄積できる」とブレのないクラブ運営を目指している。
浦和レッズ、そして西野TDは、国内タイトル制覇、アジア制覇、さらにその先の世界を見据えている。
「アジアでナンバーワンとなって、FIFAクラブワールドカップで世界の強豪を倒したい。ただ勝つんじゃなくて、対戦相手をデータや分析で丸裸にして戦術的、戦略的にも勝つ。フィジカル、テクニックもそうだが、日本のサッカーが世界で勝つには知能や知恵、チームとして組織として一丸となって戦える気概など日本人の強みをフルパワーで出せるようになって初めて戦えると思う」
データの蓄積と的確な活用で浦和はさらなる進化の道を歩みつつある。
コネクション頼みになりがちな選手獲得にデータを加えることで精度を上げていく。さらに活用と蓄積によって、クラブ、チームの未来を切り開く。
たかが数字。されど数字。うまく使いこなすことで、永続的なチーム強化、クラブ強化につながる。
<了>
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