
「選手のSNSは必ずチェックする」プレミアリーグの“日本人”育成スカウトが語る、プロでも通用する素質の見分け方
近年、イングランドサッカーは目覚ましい成長を遂げている。2017年にFIFA U-20ワールドカップ、U-19欧州選手権で優勝、2021年の欧州選手権でも準優勝。2010年代前半から育成年代の改革をはじめ、近年その成果が花開きつつある。そんなイングランドの各クラブには、選手を育てる力だけでなく、そもそも大成する選手を見抜きスカウトしてくる力も持っている。「Talent ID」という名の、スカウトライセンス講習会もサッカー協会が開催しており、スカウトの能力の底上げを目指しているからだ。そこで今回はイングランドの地で、スカウトのライセンスを取得し、実際に現地のプロクラブでスカウトとして働いている日本人のユウキさんに、「プロでも通用する素質の見分け方」を聞いた。
(インタビュー・構成=内藤秀明、写真=Getty Images)
イングランドにおけるスカウトの仕事とは?
――まずは簡単に自己紹介をお願いできますか?
ユウキ:はい。イングランド2部ストーク・シティのスカウトをしていますユウキと申します。主にロンドンエリアの23歳以下の若手有望株を調査して、クラブにレポートを提出する仕事をしています。
今年の春にイギリスのセント・メリーズ大学を卒業したところなのですが、在学中にはチェルシーアカデミーへの入団を目指す小学生年代や、10代後半の選手のスカウトなども担当させていただきました。スカウト以外にも女子のチームにおける対戦相手の分析官も務めた経験もあります。
――さまざまな経験をされているのでうかがいたい話題は多いのですが、今回は育成年代について、主に小、中学生年代に携わった際のお話をお聞かせください。
ユウキ:小、中学生年代に関する仕事でいうと、「IRP」と呼ばれるチェルシーの8歳から14歳までの選手のトライアウト関連の仕事もしていました。
――IRPとは?
ユウキ:簡単にいうとプレ・トライアルのようなものです。というのもクラブはスカウトがリストアップした選手にトライアルを受けさせたいのですが、さまざまなエリアのさまざまなレベル感のチームから選手を引っ張ってくるため、その選手が普段所属しているチームのレベルでの活躍を見たところで、レベル感を測りかねることもあります。そのため本格的なトライアルの前にチェルシーアカデミーのコーチたちが実際に指導することで、レベル感を確かめるワンクッションをクラブは挟んでいます。これはチェルシーにかぎらずマンチェスター・ユナイテッドなど、他のビッグクラブも行っているようです。その中で私は次のトライアルに進んでいいかを見分けるスカウトをしていました。
チェルシーアカデミーが重要視している“性格”
――IRPでのスカウトを担当している中で、チェルシーアカデミーとして大切にしているポイントはどこですか?
ユウキ:重要視している点はたくさんあるのですが、例えば性格の面でいうと、「サッカーが好きかどうか」は必ず見るようにしています。これは当たり前のことかもしれませんが、何気に大切なポイントです。というのも、6、7歳の子どもはお父さんに連れられてサッカーをしているケースもあるので、実はみんながみんなサッカーが好きというわけではありません。プレーしている様子や普段のコミュニケーションから「サッカーが好きでたまらない」と感じる子どももいれば、そうでない子どももいます。やはりサッカーが好きな子どものほうが大きな成長が望めます。
――逆にいうと、親が無理やりサッカーをさせていると成長に限度がありますし、見ているチームはそういうところもきちんと見ているので、その場しのぎにもならないんですね。
ユウキ:そうだと思います。この好きという気持ちの重要性はもう少し上の世代でも変わりません。例えば、中高生年代の選手のSNSは必ずチェックするのですが、そこでサッカー関連のことを多く呟いているような子は、熱中度という意味では高評価になります。
――他にも性格面で重要視しているポイントはありますか?
ユウキ:もう一つ重要視している点は「エネルギッシュかどうか」です。特に小学生年代に関しては、ポジショニングのうまさより、「ピッチ内での運動量」「セカンドボールへの反応のスピード」「直接ボールに関わらなくても常にチームに影響を与えようとしているか」などを大事にしています。
例えばDFでいうと、最終ラインが整っていない状態である選手の目の前に五分のボールが転がったとします。大人の場合「後ろが整っていないのにスペースを空けて出ていくなよ」となりますが、低年齢層であれば積極性がより評価されます。
――常に関わろうとする意識は、捉え方によっては「自己中心的な選手」にも見えると思いますが、そういう面もその年代であれば「エネルギッシュだから問題ない」という捉え方になるのですか?
ユウキ:全部が全部ではないですが、基本的には「エネルギッシュだからOK」となることが多いです。
――ある種の勇気であったり、怖がらずにボールに突っ込んでいけるっていうエネルギーの部分を評価する傾向にあるんですね。
ユウキ:勇敢さや大胆さはかなり重要視されています。他にも例えばドリブラータイプの選手でボールを受ける動きやつないだりするのがうまい選手がいたとしても、自分からあまり仕掛けなければトライアウトではマイナスに捉えられます。ドリブラーであれば、自分から前に行く縦への推進力を持ってるかどうかを見ていますね。
プレミアリーグ流フィジカル&テクニック評価
――ここまではパーソナルな面を中心に聞いてきましたが、フィジカル面はどのような点を注視しているのですか?
ユウキ:まずは言わずもがなスピードです。もちろんトップスピードだけでなく、「方向転換しながらの動きの速さ」「トップスピードを維持できる距離」なども見ています。あとは「初速のスピード」「トップスピードに達するまでの時間」なども見ています。
――プレミアリーグといえばフィジカルのぶつかり合いが有名なリーグですが、小学生年代でもパワーの面などもチェックしているのですか?
ユウキ:一番大切な要素ではないですが、小学生年代でもチェックはしています。具体的には、競り合いの強さやタックルに行くときの強さなどもチェックしています。
――「10段階中○点」みたいな定量で評価されているのですか? 定性で評価するんですか?
ユウキ:基本的には定性評価ですね。例えば16歳以上になれば実際にアカデミーの施設を使ってパワーの測定を行いますが、下の年代だと主観評価になっています。
――最後にテクニックの部分をお聞きします。日本だと育成年代でドリブルやタッチの柔らかさが重視されている印象ですが、イングランドではキックの部分が重視されているのですか?
ユウキ:そうですね。イングランドでは「ボールストライク」と呼ばれているのですが、要するに球にきちんとミートできているかどうかについてはチェックしています。自分がシュートを打ちやすい体勢のときのキックだけではなく、「振り向きざまにシュートを打つときにふかしたりしないか」「体勢が崩れている状態でどのくらいストライクできるか」など、さまざまな状況でのキック力、キック精度を見ています。
――筋力が出来上がっていない低い年代でも、キック力をチェックするのですか?
ユウキ:10歳未満であればキック力はそこまでは重視されていません。ただスカウト同士で「パススピード遅いね」と話し合ったりはするので、結局、なんだかんだチェックはしています。
――伝統的にロングキックを好むイングランド的な評価指標ですね。
ユウキ:はい、イングランド的だなと思います。試合を見ていてもシュートみたいなパスを蹴っているケースがよくあります。イングランドではそんなボールをトラップできなかった場合、「出し手ではなく、トラップできなかった受け手が悪い」って言われる文化があるくらいですからね。
――旧来のイングランドといえばそういうパワフルな印象が強いのですが、近年はテクニシャンも多く台頭してきていますし、もちろんボールタッチの繊細さなども見てはいますよね?
ユウキ:もちろんです。今ではどこのポジションの選手でも見られています。ボールをうまくコントロールできない選手はどのポジションでも居場所が少ないですからね。
チェルシーの印象的な評価基準
――最後にチェルシーでのスカウトを通じて印象的だったことはありますか?
ユウキ:15歳以上の年代の話になるのですが、試合の中でどれくらい相手に適応できるのかどうかを見ているスカウトが多いところは印象的でした。
一つ例を挙げると、例えばウイングとサイドバックのマッチアップの場面で、ウイングがものすごいテクニシャンでドリブルを仕掛けるとほとんどカットインしていたとします。
こういう相手に対面したサイドバックが、最初の3~4回のマッチアップは苦しんでいたとしても、5回目以降は中へのドリブルコースをうまく遮断して止めるようになっていたとしたらこれは高評価としているようです。
――対応力ですか。たしかに重要ですね。ここまでの話を聞くと、チェルシーアカデミー出身であり、現在はチェルシーのエースとして活躍しているメイソン・マウントはまさにここまで重視している能力をすべて持っており、ここまで上がってくるべくして、上がってきた選手ですね。
ユウキ:おっしゃる通りだと思います。彼は本当に能力の高い選手だったようなので、今トップで活躍しているのは納得ですね。
<了>
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PROFILE
ユウキ
1994年、福岡県生まれ。高校卒業後、2度イギリスに短期留学した後、Jクラブやエージェント会社での勤務を経験。その後、イギリス、サウサンプトンにあるセントメリーズ大学に進学。在学中にチェルシーアカデミーでスカウトのインターンを経験し、現在は英2部ストーク・シティに就職。ロンドンエリアのスカウトを担当している。
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