なぜJリーグで「若手GK」が輝き始めたのか? 育成システムの礎を築いた“4つの柱”と今後の課題

Opinion
2022.10.14

近年、Jリーグにおいて若手GKの活躍が目立ってきている。昨年行われた東京五輪のU-24日本代表においても、それぞれJ1の所属クラブで十分な出場機会を得ていた湘南ベルマーレの谷晃生と、サンフレッチェ広島の大迫敬介による正GK争いは非常に頼もしく感じられた。このような近年の日本のGK育成強化の成功の背景の一つに、1998年の発足以来、常に5年後、10年後を見据えて努力を積み上げてきた日本サッカー協会(JFA)の「ゴールキーパープロジェクト」がある。この活動が立ち上がったきっかけ、現在抱えている課題、そして転機となった世界屈指の人材獲得の裏話まで、プロジェクトリーダーを務める川俣則幸氏に話を伺った。

(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真=Getty Images) 

日本のGK育成強化のための“4つの柱”とは?

――まずは「ゴールキーパープロジェクト」が立ち上がった経緯について教えてください。

川俣: 1998年のフランス大会で日本代表が初めてFIFAワールドカップに出場しました。このときに世界に出て初めてレベルアップが必要な要素の数々が明確になり、そのなかの一つとして、改めてGKというポジションの重要性がJFAの技術委員会でも話し合われました。そこで日本におけるGKのさらなる育成強化のため、重点的に取り組んでいくセクションとして「ゴールキーパープロジェクト」が立ち上がりました。

――技術委員会主導の話とは別に、GKの指導現場に携わる方々からも、こういったプロジェクトの必要性の声は挙がっていたのですか?

川俣:そうですね。当時はまだGKコーチのライセンスもありませんでしたし、それぞれ個人の経験値の蓄積でしかないという部分はありました。GKを指導している皆さんからも日本のGK育成の指針や方向性を示すことへのニーズは高まっていたと思います。

――現在は主にどういった活動内容なのでしょうか?

川俣:プロジェクトを立ち上げた当初から4本柱でやってきました。一つは、各年代の代表チームのGKの育成強化。次に、そこにもつながってくる地区トレセンからナショナルトレセンまでの各トレセンの育成システムの構築。そして、GK専門の指導者の育成。最後に、TSG活動です。TSGとは「テクニカルスタディグループ」のことで、世界トップレベルのサッカーの動向を分析してテクニカルレポートを作成し、それに基づいて強化を進めていきます。国際大会だけに限らず国内の大会も網羅してJFAとしてTSGのグループを組むなかで、必ずそこにGK専門の担当者を入れ、GK目線での分析を入れるようにしています。

その上で、4本柱とは別にGKの普及の部分ですね。ここをどうしていこうかというのはわれわれの活動のなかで常に課題として認識しています。

――この活動が行われるなかでGKに特化した指導者ライセンスも整備されました。これは海外のGKライセンスなども参考にされたのですか?

川俣:プロジェクトの礎を築いた一人である加藤好男さんがイングランドのコーチングコースに通われていてよく理解されていたこともあり、欧州のなかでも特にイングランドのコーチングライセンスを参考にしながら、日本のGKに合わせた形に落とし込んでいます。実はAFC(アジアサッカー連盟)でもGK専門のライセンスコースが始まるのですが、そこでもイングランドのコーチングライセンスが参考にされています。

「世界一のGKを育成する」ため、世界トップレベルの人物を招聘

――川俣さんや加藤さん、元日本代表の川口能活さんや楢崎正剛さんも名を連ねるプロジェクトメンバーのなかでも特に気になる存在が、テクニカルアドバイザーに名を連ねるフランス・フックさんです。オランダでプロ選手として活躍後、アヤックス、バルセロナ、オランダ代表、バイエルン、マンチェスター・ユナイテッドなどでの輝かしい指導歴を持つ方ですが、彼はどういった関わり方をされているのですか?

川俣:1998年よりプロジェクト活動を続けてきたなかで、2005年に「JFA2005年宣言」が発表され、「2050年までに日本代表がワールドカップの優勝チームとなる」という目標が掲げられました。この宣言に沿って考えると、世界一の代表チームになるためには、世界一のGKが必要になります。そこでわれわれの目標も「世界一のGKを育成する」と明確に定めました。ただ、残念ながら世界一の選手を育成した経験はわれわれにはありません。そこでやはりその経験のある方にプロジェクトに関わっていただく必要があると考えました。

では、それは誰が適任かという話になったときに、鍵になるのは指導者の育成でした。そこで、UEFA GK-Aライセンス創設において中心的な役割を担っていたフランス・フックさんの名前が挙がり、断られるだろうという前提で思い切ってすぐにコンタクトを取ったんです。そこでフランスさんに直接「僕らは世界一のGKを育てたい」という思いを伝え、どのように育てていくべきかわかっているのかとの問いに、「現時点ではわからないからあなたに会いにきた」と正直に話したところ、それだけオープンに話してもらえるのはありがたいといって前向きに検討してくれることになりました。

フランスさんは当時サウジアラビア代表で指導されていたのですが、彼もちょうど一つのチームのGKコーチという活動を一区切りして、何か新しいアクションを起こしたいと考えていたタイミングだったようです。ちょうどそこにわれわれの構想がうまくはまり、プロジェクトのアクションプランを推進するテクニカルアドバイザーに就任いただきました。

――では、フランスさんがメインで関わられているのは、指導者ライセンスの見直しも含めた指導者育成の部分ですか?

川俣:フランスさんはこれまでアヤックス時代にエドウィン・ファン・デル・サール、バルセロナ時代にビクトル・バルデスやぺぺ・レイナ、マンチェスター・ユナイテッド時代にダビド・デ・ヘアなどを指導した世界トップレベルの現場での指導歴も持っています。また、それだけではなく、オランダサッカー連盟やUEFA(ヨーロッパサッカー連盟)でGKコーチライセンスを創設し、その指導にもあたられてきました。そういった多様な経験をお持ちなので、指導者の育成のみならず、若年層の選手育成、タレント発掘など幅広く関わってもらっています。また、彼とディスカッションを重ねて、彼とともにつくり上げた新しいアクションプランを2021年に打ち出しました。そのなかには、UEFA GK-Aライセンスと同等の内容であるGK A級のライセンス新設も含まれています。

総勢1000名を超えるメンバーが原石を発掘・強化してきた実績

――これまでプロジェクトを継続的に進めてきたなかで、具体的に変化を実感した瞬間はありますか?

川俣:育成に関しては、成果が出るまでに本当に長く時間がかかるものだと痛感しています。やっとここにきて、若いGKたちがJリーグでも活躍し始めています。昨年行われた東京五輪においても、GKのポジションにオーバーエイジを使わずに、各所属クラブで試合にコンスタントに出場しているGKが3人(谷晃生、大迫敬介、鈴木彩艶)そろったというのは初めてではないでしょうか。これは一つの成果であると考えています。もちろん、それがプロジェクトの功績というわけではなく、さまざまな方の努力が積み重なって実現した成果です。

――草の根のグラスルーツの部分ではいかがでしょう?

川俣:いま現在、47都道府県すべてのサッカー協会の技術委員会のなかに「ゴールキーパープロジェクト」が存在します。各都道府県のJクラブのアカデミーのコーチの方などにも参加いただきながら、各地域からGKを発掘して育成強化していこうという流れができ上がってきています。各地で原石を発掘し、いい選手はJのアカデミーを始めとするレベルの高いチームに入って、専門的な指導を受ける。こういう一つの流れができつつあり、全国で総勢1000名を超えるプロジェクトメンバーがGKの育成強化や普及活動を行ってくれています。

そのような積み重ねのなかで、都道府県ごとに年代別の選手リストも作成しています。9地域ごとにプロジェクトの担当者がおり、彼らが中心になってまとめています。例えば、関東でプレーする13歳~18歳のなかで、評価の高い上位10名の選手リストをすぐにでも出せるわけです。もちろんそのデータベースは常に更新・共有されていて、ナショナルトレセンのメンバー選考にも生かされています。

――GKという枠のなかで、正確なピラミッドができつつあるわけですね。

川俣:そうですね。それでもまだ「こんな選手がいたんだ」と、これまでリストアップはされなかったものの今後に向けて可能性を感じさせる選手や、大学に入ってから急成長した選手などももちろんいます。データベースの精度を上げていくことは今後も引き続き努力が必要です。その上で、全国で、男子のみならず女子も含め、選手の発掘や育成を地道に続けてきたことが、いま若手GKたちが活躍している背景にはつながっていると思います。

「必ず1を入れてくださいね」と伝え続ける地道な努力

――「ゴールキーパープロジェクト」として、今後取り組むべき一番の課題はなんでしょう?

川俣:やはり、ピラミッドのなかにいる選手からセレクトするという部分に関しては整ってきたとは思うんです。ただ、体格や身体能力などGKとしての優れた素質も持っていながら、GKをやっていない、それ以前にサッカーをやっていないという、そもそもピラミッドに入っていない人たちに対してどうやってGKに興味を持ってもらえるか。この部分を一番の課題と捉えています。

例えば日本バスケットボール協会は、全国各地からジュニア世代の長身者・長身者候補を選抜し、年に数回のキャンプを行うビッグマン(ジュニアエリートアカデミー)という事業を、日本ラグビーフットボール協会は、体格や身体能力に優れた高校生世代の選手に焦点を当てたキャンプを行うBigman&Fastman Camp(TIDユースキャンプ)を行っています。そういった高身長の子どもたちに対するアプローチをさまざまなスポーツ団体が行っているなかで、一緒にスポーツ全体を盛り上げるという視点を持ちながら、われわれも何か効果的な取り組みを行っていけたらと考えています。

――近年はGKにも足元の技術が求められ、サイズが大きくて身体能力が高ければすぐに活躍できるという話ではなくなってきています。まずはサッカーを選んでもらって、その上でのGKなので、なかなか難しい部分もありますね。

川俣:その意味では、まずはやっぱりGKのイメージやブランド力の向上ですよね。さまざまな観点でGKについてポジティブに伝えていく必要があると思います。例えばサッカーのシステムについて、日本ではまだまだ「4-3-3」「4-4-2」と言われますよね? これがスペインであれば「1-4-3-3」「1-4-4-2」と必ず「1」が入るんです。この点は、GK専門ではない一般の指導者ライセンスでの講習の際にもずっと伝えてきています。「必ず1を入れてくださいね」と。その後に続けて、「皆さんは、10人しか指導できないサッカー指導者か、11人指導できるサッカー指導者か、どっちになりたいですか?」と問いかけます。そのように問いかければ答えは明快ですよね。

――まだまだ試合放送やメディアの報道においても「1」が入らないことが多いです。

川俣:その解決のためには、例えば小島伸幸さんや本並健治さんに続く、GK出身の解説者を生み出すことから始めないといけないのかもしれません。試合における実況や解説でも、GKが的確なポジショニングやビッグセーブでシュートを防いだにもかかわらず、「◯◯選手がシュート失敗!」と言われますよね。例えばドイツであったりGK人気が高い国だと、この場面でGKについての詳しい解説がされたりするわけです。こういった部分から少しずつ意識を変えていく必要があると思います。

――地道にGKの魅力を伝えていくことは重要なミッションですね。

川俣:GK経験のある方は「GKをやっていて何が楽しいの?」という質問を必ず一度は受けたことがあるのではないでしょうか。でも、やってみるとすごく奥深くて絶対に楽しいわけです。GKは“たった一つのプレー”で試合の流れを変えられるポジションです。相手チームに流れがきている展開で、一本のスーパーセーブで流れを断ち切り、味方に勇気を与えられる存在です。こういったGKの醍醐味を伝えていく必要があるというのは、プロジェクトメンバーである川口さんや楢崎さんとも何度も話し合い、進むべき道を一緒に模索しています。

<了>

【第1回連載】日本で「世界一のGK」は育成できない? 10代でJデビューして欧州移籍。世代を超えて築く“目標設定”

【第3回連載】GK育成の大きな疑問「専門的な練習は何歳から行うべき?」。名GKコーチが語る“キーパーの適性”

【第4回連載】「失点はすべてキーパーの責任?」日本のGK育成が目指す“世界一幸せな”未来、求める理解と環境づくり

代表輩出GKコーチが語る、指導者・保護者が知るべき“GK育成7つの流儀”「サッカーって何ゲーム?」

ドイツ五輪代表ブローダーセンが語る「一流GKの育て方」 キーパー大国の“育成指針”とは

日本人はGKの見る目なし? ブンデス育成コーチが教える「正しいキーパーの見方」

なぜドイツは「GK人気」高く日本では貧乏くじ? GK後進国の日本でノイアーを育てる方法

[PROFILE]
川俣則幸(かわまた・のりゆき)
1967年5月9日生まれ、埼玉県出身。JFA GKプロジェクトリーダー。サッカー指導者。筑波大学大学院に進学し、JSL・日立制作所サッカー部に1シーズン所属して現役を引退。引退後は指導者の道に進み、日産自動車および横浜マリノス(ともに現横浜F・マリノス)で日本人初のフィジカルコーチを務め、1997年より名古屋グランパスエイト(現名古屋グランパス)、2000年より湘南ベルマーレでGKコーチを務める。その後、各年代日本代表スタッフとして、2002年FIFAワールドカップ日韓大会の日本代表、2004年アテネ五輪、2008年北京五輪のU-23日本代表などでGKコーチを歴任。現在は日本サッカー協会所属。

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事