GK育成の大きな疑問「専門的な練習は何歳から行うべき?」。名GKコーチが語る“キーパーの適性”
現代サッカーにおいてGKは非常に重要な役割を担っている。そのため、ゴールを守る技術に加えて、人並み以上のサイズとフィジカル能力、そしてフィールドプレーヤー同様に足元の技術も求められる。その上で重要になるのがGK育成だ。日本サッカー協会(JFA)では都道府県サッカー協会とも密接に連動しながらGKの育成強化に精力的に取り組んでおり、近年は小学生から専門的なGKトレーニングを受けられる環境も少しずつ整ってきつつある。では、実際に育成年代でGKの専門的なトレーニングを始めるのは何歳からが最適なのか? JFAが取り組む「ゴールキーパープロジェクト」のリーダーを務め、これまで数多くのGKの育成に携わってきた川俣則幸氏に話を聞いた。
(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真提供=JFA)
「ちょっと外れてもらえる…」と言われた時代もいまは昔
――川俣さんはこれまで数多くの育成年代のGKたちを見てきたなかで、過去と現在の子どもたちを比べて感じる違いはありますか?
川俣:本格的にサッカーを始める年齢も、GKを始める年齢も早くなってきていますし、できることは確実に多くなってきていると思います。また現在はGKにも足元の技術が求められているので、ベースとなるフットボーラーとしてのテクニックもとても高い。一昔前ですと、GKがフィールドプレーヤーと一緒にポゼッション練習に入ると毎回GKのところで止まってしまい、「ごめん。ちょっと外れてもらえる……」と言われるような時代もありました(笑)。その意味では、過去に比べていまのGKをする子どもたちは“サッカーの理解”“フットボーラーとしてのテクニック”という部分では格段にレベルが高いと思います。
――足元の技術だけでなく、GKとしてゴールを守るという部分の技術もレベルが上がっている印象でしょうか?
川俣:そうですね。長く日本代表として活躍している川島永嗣選手はこう話していました。「自分は子どもの頃、ずっとGKコーチの専門的な指導を受けてこなかった。自分で考えてトレーニングするという点ではよかったかもしれないけれど、できればもっと早く専門的なテクニックを学びたかった」と。そういった環境面で、現在はJクラブのアカデミーを中心にジュニア(小学生)からGKコーチの指導を受けられる環境が少しずつ整ってきています。
同じ動作を繰り返すことは、子どものケガのリスクを高める
――GKが所属クラブで専門的なトレーニングを始めるのはどの年代くらいからが理想だと考えていますか?
川俣:大前提として、基礎的な運動能力がないとなかなかGKの専門的な動きに入っていけませんので、まずは一般的な運動ができる体づくりが必要です。その上でサッカー選手として必要な足元のテクニックも身につけながら、少しずつGKとしてのトレーニングも始めるのが理想的です。この前提の部分を何歳から始めて、何歳で基礎を習得できているかにもよるのですが、だいたい11、12歳あたりからが基準になるのではないでしょうか。
――小学5、6年生あたりから徐々にということですね。
川俣:あまり早く始めてしまうと、GKに特化しすぎて、それ以外のことに取り組まなくなってしまうケースがあります。将来的にGKを務めることになるとしても、小さな頃にはフィールドプレーヤーを経験し、サッカーそのものを幅広く理解しておくことはとても大事なので。また、GKはどうしても年代が上がるにつれてサイズが求められるポジションでもあるため、サッカーを長く続けていく上ではGKだけでなく、いろいろなポジションができるほうがよいと思います。
――まさにそうですね。小学生のサッカーを見ていると、低学年ではどうしてもコートが広いため、サイズが小さくても俊敏さがあって広い守備範囲を動き回れる選手がGKとしてよく起用され、そういった選手たちが高学年以降に少しずつ求められるものが違ってきて苦戦するケースを目にすることがあります。
川俣:あとはGKトレーニングを早く始めすぎることで、ケガのリスクもあります。同じ動作を繰り返すことは、子どもにとっては大きなケガやスポーツ障害につながる可能性が高まります。ジュニアの試合を見にいくと、時折トップ選手同様の負荷の高いウォーミングアップをしているチームを見かけます。そうではなく、小学生には正しいポジショニングだったり、正面のボールをしっかりとキャッチすることだったり、そういう基礎の部分をしっかりと教えるべきです。
GK技術を習得したくなるような雰囲気づくり
――ジュニア年代はスキルアップを急ぎすぎず、年齢に合ったトレーニングをするべきということですね。
川俣:もちろん、その子の気持ちも大事です。例えば10歳でも「もっと学びたい。もっと教えてほしい」という強い熱意を持った子どもであれば、できるプレーの幅を広げていってもいいと思います。逆に、求めてもいない子どもに過度なスキルアップをやらせてしまうことは避けるべきです。育成年代でのGK指導は、とにかく子どもたちがもっとGK技術を習得したくなるような雰囲気づくりをチームの中で構築していってほしいですね。
――育成年代では、GKを希望する選手だけでなく、適性を感じるフィールドの選手にも積極的にGKも経験させるべきだと思いますか?
川俣:指導者の「この子にGKをやらせたい」という思いが強すぎると、「無理やりGKをやらせようとしているの?」と子ども自身や保護者にネガティブな感情を抱かせてしまうかもしれません。そうではなく、ゲーム形式のトレーニングのなかでフィールドの選手たちに積極的にGKを経験する機会を与えて、「GKって面白い!」と感じる選手を増やす環境づくりが大事だと思います。例えば、対外試合で、この日はみんなで順番に交代しながらGKを回すとか、この日はやりたい子だけ集中的にGKをやってみようとか、そういった工夫が必要ではないかと思います。
「足元の技術はずば抜けていました。ただし手を使った技術が…」
――以前Jクラブのジュニアユース(中学生)のセレクションで、事前に提出する申請フォームのなかでフィールドプレーヤーに対して「もしGKへのコンバートを勧められたら前向きに考えますか?」というチェック欄があるのを目にしたことがあります。育成年代のフィールドからGKへのコンバートについてはどのように考えていますか?
川俣:実際に私も過去に同じような経緯でジュニアユースからGKをやり始めた選手をエリートプログラムで指導したことがあります。確かにそれまでフィールドをやっていただけに足元の技術はずば抜けていました。ただし手を使った技術が、シュートに対して手を前にピンと伸ばして構えているような状態で……。その子の所属するJクラブのアカデミーのコーチには、「1、2年で手を使った技術を習得できなければ難しいのではないか」と正直に思いを伝えました。結局、その選手は所属するJクラブのユースには上がれませんでした。もちろん、その一方で、中学生以降にGKをやってみたら、十分な適性があって急成長したというケースもたくさんあります。
――中学3年生からGKを始め、日本代表まで上り詰めたシュミット・ダニエル選手のような例もあります。
川俣:例えばサッカーと並行して、バスケットボールやバレーボールをやっていた。あるいはそういった競技経験はなくても、体育の授業や遊びの場などでやってみると球技全般で活躍できる。こういったタイプの子はGKの適性があると思いますし、ジュニアユース以降でのコンバートも可能だと思います。結局は、基礎的な運動能力の高さ、そして手と目のコーディネーションが必要になってくるので。
一方で、ボールの勢いを吸収しながらキャッチする動作などが自然に行えない場合は、高いレベルでGKを続けるという意味では、なかなか難しいかもしれません。とはいえ、上のレベルを目指すことだけがGKをプレーする目的ではありません。自らの意思で「GKをやってみたい」と思えたのなら、年齢に関わらず積極的にチャレンジしてみてほしいですね。
――確かにトップトップを目指すことだけがGKをする目的ではないですよね。大人になってからでも、プレーするレベルに関係なく、サッカーやフットサルの場でGK経験者や希望者はとても重宝されます。
川俣:最終的にプロになる子たちって、本当にほんの一握りですからね。そこから、さらに代表選手になる、世界を目指すとなるとより狭き門になるわけです。やっぱり好きで始めたサッカーだと思うので、いつまでも長く楽しんでプレーを続けてもらうことが一番大切ですよね。
<了>
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[PROFILE]
川俣則幸(かわまた・のりゆき)
1967年5月9日生まれ、埼玉県出身。JFA GKプロジェクトリーダー。サッカー指導者。筑波大学大学院に進学し、JSL・日立制作所サッカー部に1シーズン所属して現役を引退。引退後は指導者の道に進み、日産自動車および横浜マリノス(ともに現横浜F・マリノス)で日本人初のフィジカルコーチを務め、1997年より名古屋グランパスエイト(現名古屋グランパス)、2000年より湘南ベルマーレでGKコーチを務める。その後、各年代日本代表スタッフとして、2002年FIFAワールドカップ日韓大会の日本代表、2004年アテネ五輪、2008年北京五輪のU-23日本代表などでGKコーチを歴任。現在は日本サッカー協会所属。
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