海外のサッカーチームで働く秘訣とは? 成功者の意外な共通点。「言語ができない」は言い訳でしかない

Business
2022.11.04

世界最高峰の欧州サッカーの舞台で活躍する日本人選手の姿はもちろんだが、同時に、スタッフとして戦う日本人の姿を目にして誇らしく感じる瞬間がある。指導者、アナリスト、トレーナー、ホペイロ……さまざまな職種において、欧州の地でも日本人が活躍している。特にトレーナーという職業においては、欧州トップレベルのクラブで活躍する日本人が多いという印象さえある。では、彼らに共通する「海外のサッカーチームで働く秘訣」とはなんだろう?

(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真提供=原辺允輝)

道具の片づけにカメラマン。大事なのは「小さな行動の積み重ね」

2017年に鍼灸系の大学を卒業後、アメリカにて3カ月インターンを経験。2018年からカンボジアのアンコールタイガーFCでの3シーズンを経て、現在はオーストリアのSKNザンクト・ペルテンに所属するトレーナー・原辺允輝(はらべ・よしき)。現在はUEFA女子チャンピオンズリーグに出場する女子チームにも帯同している原辺に、欧州の第一線で働く秘訣について、そして欧州と日本の女子サッカーに感じる違いについても話を聞いた。

――プロサッカークラブに所属するトレーナーとして、一番こだわっているのはどういった点ですか?

原辺:スタッフも選手もみんなが笑顔で練習して、試合に臨める環境をつくれることに一番やりがいを感じますし、そこを大事にして仕事をしています。例えばアップが終わったあとの道具の片づけだったり、カメラマンだったり、トレーナーという役割にこだわらずにやれることはなんでもやります。僕は基本的に練習は見るだけなので、だったら僕が率先して片づければ、選手やスタッフはその時間を休憩に当てられて、みんなが少しでもリフレッシュできるかなと考えています。常に意識しているのはそのような小さな行動の積み重ねですね。

「普段と違う仕草」を観察することで大きなケガが減った?

――「練習は見るだけ」とのことですが、トレーナー目線ではどういった見方をしているのですか?

原辺:選手たちの普段と違う仕草を注意深く観察しています。仕草といっても選手によって全然違うのですが、選手それぞれにルーティンを持っているので。例えば、練習前のストレッチであっても、「今日は伸ばす系の種目がいつもより多いな」とか、細かいところでは「いつもと手の添える位置が違うな。今日は腰だな」とか。人って意識していても、無意識でも、自然と痛かったり違和感のある部分をさすったり、触ったりするんですよね。

――ちょっとした仕草の違いを見極めて、気になった場合は選手に直接声をかけるわけですか?

原辺:選手としては、われわれスタッフに事前に症状を伝えることなく、通常通り練習に参加しているわけなので、声をかけても「大丈夫だよ」で終わる場合も多いのですが。ただ、選手自身が重大なケガにつながる可能性があると認識していなくても、ちょっとした違和感が重なって大きなケガにつながることもあるので。結果として、カンボジアのアンコールタイガーFCで働いた3年間では、年々、前十字靭帯損傷のような大きなケガが減ったのも、そういう地道な取り組みの積み重ねなのかなと感じています。

あと、例えばちょっとした仕草が気になったことへの声かけから、「サッカーするのに支障はないけど、じつはここに違和感があって……」とか、「最近なかなか疲労が抜けなくてメンタル面が……」とか、いろいろ把握できるので。そうやって信頼関係を築いた上で体のケアをしていると、選手たちはプライベートの話もいろいろと話してくれますし、実はメンタル面に悪影響を及ぼしていた原因が私生活にあったことが明るみになって、改善のための相談に乗ったりすることもあります。せっかく体を触って、同じ時間を過ごすならそういう部分でも力になれたらと考えているので。

勝手が違う海外でも成功する「適応能力」

――ACミランでメディカルトレーナーを務めた遠藤友則さんを始め、アーセナルの山本孝浩さん、リバプールの渡邊元範さんなど、欧州トップクラブで活躍する日本人トレーナーさんは意外に多いという印象もあります。

原辺:実際に海外の2カ国で仕事をしてみて、東洋医学も西洋医学も学んでいる日本人にとっての「普通」が、海外で「すごい」と評価される部分はあると思います。まずそこが一つの大きなアドバンテージになります。あと、これは僕の勝手な推測なのですが、海外で活躍されている日本人には鍼灸師の方が多いのですが、そもそも海外では鍼が打てることが武器になります。さらに鍼灸師は個人で独立している場合が多いので、主体性を持っていて、勝手が違う海外でも成功する適応能力の高い方が多いのかなと。

――トレーナーという職業に限らず、海外のサッカーチームで働く一番の秘訣はなんだと思いますか?

原辺:日本人が恵まれた環境を捨ててでも海外に出たいなら、いい意味で他の人と違う人間に、言葉を選ばずに言うと“変なやつ”にならないといけないと思っています。あとはとにかく「海外に出たい」とずっと言い続けないといけない。家族、友達、先輩・後輩、誰がどこで海外の仕事につながる情報を持っているかわからないので。また、周囲に発信し続けることで、それだけ言い続けたのであれば海外に出ないといけない状況に自分を追い込むことにもなります。自分をいい意味で追い込む。僕も周囲から「何でまだ日本にいるの?」と言われる状況をつくっていました。

――実際に海外に出たあと、現地への適応能力という点で、普段から心がけていることはありますか?

原辺:海外では日本の常識で考えず、どんなことが起きても「仕方ないよね」と受け入れて、すぐに切り替えて次の行動に移ることですかね。例えば、カンボジアで3年半暮らして、何度も停電を経験しましたが、それにいちいち戸惑っているわけにはいきません。逆にいまオーストリアで停電がない毎日に感謝していますし、普通に水道水が飲める環境に感動しています。そういうたくましさを培ったという意味でもカンボジアが海外生活の1カ国目で本当によかったなと思います。

「言語ができないから海外に出られない」は単なる言い訳でしかない

――原辺さんはよくSNSを通して「海外で働くトレーナーを目指す人はいつでも気軽に連絡ください」と発信されています。実際にどういった相談を受けることが多いですか?

原辺:社会人の方から高校3年生まで幅広く連絡をいただきます。社会人の方からは具体的に資格のことなどに関して「どういう準備が必要ですか?」という質問が多く、学生さんは「英語はどれぐらいできましたか?」という質問が多いですね。

――それぞれどういったアドバイスを返されるのですか?

原辺:自分の経験しか話せないと考えているので、社会人の方には、質問内容に応じてそれぞれ具体的に自分の経験をお答えしています。総じてお話しするのは、トレーナーの仕事はタイミングとスピード勝負なところがあるので、いつでもいまの仕事をやめられる環境づくりが必要ですよと伝えています。

――学生さんからの言語に関する質問にはどのように返されるのですか?

原辺:「言語ができないから海外に出られない」という学生さんが多いんですけど、その理由って単なる言い訳ではないかと思ってしまうんです。実際に海外に出たら必要に迫られて、失敗を繰り返しながらでも必然的に言語能力は鍛えられるので。逆に、海外に出るまでの日本での準備の部分で言語が必要になることって少ないと思うんです。だから言語が理由で海外に出られないわけではない。結局はどれだけ強い思いを持っているかだと思うので。いま海外で活躍されているトレーナーさんたちと話をしていても、語学面が完璧で海外に出た方のほうが少ないと思います。

覚えたてのドイツ語をフル活用して…。選手たちからは毎日…

――とはいえ、海外の現場でプロとして働く上では、英語プラスアルファ、現地の言葉をある程度は話せる必要がありますよね?

原辺:世界トップレベルで働くためには必要だと思います。例えば、オーストリアの選手のなかには、両親が別の国の人でオーストリア国籍以外にもパスポートを複数持っていたりして、4〜5カ国語を話せる選手もいます。この先、欧州のどの国からオファーがあっても言語の問題が生じないというのは彼・彼女たちにとって大きな武器になりますよね。

いま所属しているSKNザンクト・ペルテンでは、チーム内ではみんな標準語のドイツ語で会話します。僕もまだ今年オーストリアに来たばかりですが、覚えたての数少ないドイツ語をフル活用して、なんとかコミュニケーションの輪に入ろうと努力しています。選手たちからは「今日は何ていうドイツ語を覚えたの?」と毎日はっぱをかけられています(笑)。

――カンボジア時代はいかがでしたか?

原辺:アンコールタイガーFCでは、スペイン人監督とは英語でコミュニケーションを取っていて、チームに英語とカンボジア語が使える通訳も1人いました。それでも選手間のやりとりはカンボジア語だったので、選手たちと直接話せるように、カンボジア語も必死に勉強しました。代表クラスの選手たちは英語も話せたので、選手によっては英語で話すこともありました。

――現地の言語の早期習得のコツってあるのですか?

原辺:僕の場合は、まず雰囲気から覚えます。「この語調の流れだったら、こういう意味だな」と表情やジェスチャーも注意深く観察しながら予測を立てて、たとえ知らない単語があろうとも話の主旨を理解しようと努力しています。

驚きの文化も。「サウナが男女混浴で、みんな素っ裸で…」

――海外に出て感じた文化の違いで一番印象的だったことはなんですか?

原辺:カンボジア時代は停電も日常茶飯事で、1カ国目の海外だったこともありカルチャーショックを挙げ始めたらきりがないですが(笑)、オーストリアでは、シャワーを浴びる回数ですかね。オーストリアの人って、何かあるたびにシャワーを浴びるんです。特にいまは女子チームをメインで担当しているので、不潔だなと思われたら仕事にも支障が出てしまいますし、僕も意識して一日に何度かシャワーを浴びています。こっちにきて、ムダ毛処理などにも気を使うようになりましたね。

――現地の文化を理解して、順応することは大事ですよね。

原辺:そうですね。ただ、なかなか慣れない文化もあって……。オーストリアではサウナが男女混浴で、しかもみんな素っ裸で入るんですよ(笑)。ロッカールームもシャワールームも共用で、サウナではタオルを身につけることがNGなんです。「なんでみんな普通に受け入れているの!?」と最初は驚きました。一度、担当している女子チームの選手ともサウナで会ってしまって、こちらはとても気まずい思いをしましたが、彼女たちからしたら、「まあサウナだし」と特に気にすることもなく受け入れている感じでした。

チャンピオンズリーグに懸ける特別な思い

――女子のUEFAチャンピオンズリーグ帯同という貴重な経験をされているなかで、一番驚いたことはなんですか?

原辺:クラブとして、チャンピオンズリーグには国内リーグ以上に特別な思いを感じます。待遇面でも、移動の飛行機がチャーター便だったり、ホーム戦の前日がホテルで前泊だったり、普段とは違う部分が多いですね。8月に行われた一次予選では北マケドニアのホテルに1週間滞在したのですが、選手・スタッフのルームサービス代がすべてクラブ精算になりました。それならもっといろいろ食べておけばよかったと後悔しましたね(笑)。聞いた話では、チャンピオンズリーグに関しては、オーストリアサッカー協会から資金面での協力が得られるみたいです。

――なるほど。国の代表として万全の体制で臨もうということですね。例えば食事面に関しても、欧州一を目指す女子選手たちは意識の高さを感じますか?

原辺:とにかく食べる回数が多いですね。あと、良いのか悪いのかみんなチョコレートが大好きです(笑)。ただ、自らの意思でちゃんと野菜も食べますし、プロテインも飲みます。食事や栄養補給に対する知識と、意識の高さは感じますね。

あとSKNザンクト・ペルテンの女子チームは現在、17歳から35歳までの選手がトップチームにいるのですが、35歳の最年長の選手が10番を背負っていて、34歳の選手はいまでもスロベニアの代表選手で、そういったベテラン選手は当然食事や体のケアへの意識が高いですし、若い選手がそれを見て学んでいるという関係性があります。

――若手を導く経験値の高いベテラン選手の存在は大きいですね。

原辺:ベテラン選手たちは、いつも練習の1時間半前にはグラウンドに来て補強トレーニングをしたり、何事も自分で考えて行動しています。僕のところに来るときも、「ヨシ、ここってマッサージがいい? テープがいい?」と自分で考えて聞いてくるんです。そうすると僕も説得力のある言い方で答えないといけないですし、成長させてもらえますよね。

日本の女子サッカーはなぜか“遅く見える”?

――欧州トップレベルの女子選手たちと、日本の女子選手を比べて感じる違いはありますか?

原辺:まだ欧州で今年から女子チームに携わったばかりで、日本の女子サッカーはWEリーグを映像で見ている範囲ですが、日本のサッカーはすごくうまいなと感じるのですが、なぜか“遅く見える”という気はしました。

――「遅く見える」というのは、実際に遅いのとはまた違うのですか?

原辺:正直わからなくて。やろうとしているサッカーも違いますし、WEリーグの試合の選手たちの正確なスプリント回数などがわからないので、あくまで印象でしかないのですが。ただ、実際に欧州でテストを受けた日本人女子選手が、サッカーの技術はコーチ陣から高い評価を受けたのだけれど、GPS計測の各数値がチーム最下位で、契約には至らなかったという話も聞いたことがあります。

――欧州の女子サッカーでは、スペインのバルセロナ・フェメニが9万人超えの動員も実現しています。日本の女子サッカーが同じような成功を収めるためには何が必要だと考えますか?

原辺:僕がシンプルに見たいと感じるのは、WEリーグのトップのチームと、欧州のトップのチームの試合ですね。日本と欧州の一番強いクラブ同士が戦ったらどうなるのか純粋に見てみたいです。今年、男子のパリ・サンジェルマンが日本で試合をしたような形で。なでしこジャパンには入っていない日本の若手選手が世界標準を経験できたり、欧州で注目されるきっかけづくりになるかもしれないですし。

<了>

【連載前編】知られざる「欧州を目指す日本人トレーナーの指標」の存在。海外一択の決意の末、カンボジアで手にした経験値と順応性

「同じことを繰り返してる。堂安律とか田中碧とか」岡崎慎司が封印解いて語る“欧州で培った経験”の金言

海外経験ゼロでドイツへ移住。ブンデスリーガの舞台で日本人ホペイロが求められる理由

「勤勉=しんどい思いをする」は違う。CLの舞台を目指す日本人ホペイロが明かす日本とドイツの仕事観

なぜ日本人が英国でスカウトとしてプロ契約できたのか? 欧州でサッカーを見る“夢の仕事”に就く方法

[PROFILE]
原辺允輝(はらべ・よしき)
1995年7月17日生まれ。オーストリアのSKNザンクト・ペルテン所属の鍼灸師・トレーナー。森ノ宮医療大学卒業後、トレーナーとしてアメリカで3カ月間インターンを経験。2018年よりカンボジアのアンコールタイガーFCでプロのトレーナーとして働き始める。2021-22シーズンよりオーストリアのFCヴァッカー・インスブルック、2022−23シーズンよりオーストリアのSKNザンクト・ペルテンに所属。UEFA女子チャンピオンズリーグにも帯同している。

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事