「勤勉=しんどい思いをする」は違う。CLの舞台を目指す日本人ホペイロが明かす日本とドイツの仕事観
若くして海外に活躍の場を求める日本人アスリートの数は増え続けている。それと同じく、若くして海外のスポーツビジネスの現場に飛び込み、活躍する日本人も多数いることをご存知だろうか。彼らが海外挑戦を通じて得た気付きやそのプロセスを伝え、後進を育てることは、日本のスポーツが海外から学び、より良いモデルを模索していくためにも欠かせない。ドイツに移住し、ホペイロとしてチャンピオンズリーグ出場を目指す神原健太氏に話を聞いた。
(インタビュー・構成=五勝出拳一)
「奥さんの誕生日ディナーを作らなきゃ…」日本とドイツの仕事観の違い
筑波大学蹴球部を卒業後、Jリーグのクラブスタッフを経て、単身でドイツに飛び出した神原健太氏。現在はブンデスリーガ2部のFCザンクト・パウリでホペイロとして活躍しており、文字通り欧州サッカーの最前線で日々汗を流す若手ビジネスパーソンの一人だ。
2017年3月にドイツに渡った神原氏だが、社会人歴はいつしか日本よりもドイツでの時間のほうが長くなった。ドイツで信頼を勝ち取り、ステップアップを続ける神原氏に日本とドイツの仕事観の違いを聞いた。
「ホペイロを務める同僚のドイツ人スタッフから『今日は15時に上がっていいか?』と問われ、理由を聞くと『今日は奥さんの誕生日で、自分がディナーを作らなきゃいけないんだ』と、何のためらいもなく言えるドイツ人のスタンスが、僕は好きです」
ドイツで仕事を始めて、はや5年が経つ神原氏だが、プライベートな時間を大切にしながら、仕事にもきちんと向き合うドイツ人の仕事ぶりから学ぶことも多いと言う。
「日本のスポーツの現場でプライベートを優先して15時に仕事を切り上げたら、その多くの場合は肩身の狭い思いをするだろうし、たぶん怒られる(笑)。実際に、僕もJクラブで働いていた時は良くも悪くも身を粉にして働いていたし、プライベートな予定を言い出しづらい雰囲気はありました。プライベートを尊重して、お互い助け合いながら仕事にも真摯に向き合うドイツ人の感じが好きですね」
「勤勉であるがゆえに、しんどい思いをするのは違う」
この5年、ドイツ人と仕事をする中でガラッと仕事観が変わった。
「ドイツに来て周りの人が働いている様子を見ていると、自分が日本で正しいと思ってやってきたことも、言い方が悪いけど、実は自己満だったと痛感するシーンに数多く直面する。一生懸命やればやるだけ良い方向に向かうって信じていたけど、ドイツに来て自分の仕事の全てが選手やチームのためになっているのか、質の部分をちゃんと考えるようになった。需要に対して供給過多になっていないか、本当にここまでしてあげる必要があるのかを考えるようになった」
ドイツ人はよく「勤勉」だといわれる。そんな性質が、ブンデスリーガに日本人がフィットしやすい要素だと分析されることもある。しかし、実際にドイツで働いてみて神原氏はそうは感じなかったようだ。「日本人は勤勉すぎる。標準的な勤勉をはるかに超えている。たぶん、いろんな国からするとドイツ人は勤勉に見えるのかもしれないけど、日本人からするとドイツ人はゆったりしているなと感じるはず」
ドイツに来て、仕事観は大きく揺さぶられた。かといって、日本人の勤勉さを否定するつもりはない。「真面目でよく働くのは、日本人の良いところであり長所」だという。しかし、「勤勉であるがゆえにしんどい思いをするのは、それは違う」と考えるようになった。
「ドイツで働き始めて、いかに効率よく仕事を終えるかをすごく考えるようになった。ただ量をこなすだけじゃなくて、頭を使って仕事の優先順位を考えて、早く帰れるように。ここ数年は、毎日いかに早く帰るか考えて仕事をしています(笑)。もちろん、やらなきゃいけないことは全部やるんだけど、いかに効率よくやって早く帰るか。やること、できること、できないこと、やらなくていいことを取捨選択する。ただやるのではなくて、頭を使って仕事をするようにはなりましたね」
ドイツのやり方を真似したとしても、日本に当てはまるとは限らない
大学卒業後に新卒で入ったFC岐阜時代は、今振り返ると、ただ上司から振られる仕事をこなしていたという。当時と比べると、仕事の進め方はまさに真逆だ。海外サッカークラブに単身飛び込み、得がたい経験を積んでいる神原氏だが、ドイツと日本のサッカークラブの違いをこう語る。
「J2、J3クラブの多くは、クラブのキャパシティを超えた活動をしているように感じます。そのしわ寄せが最終的には現場に来るし、悪い循環から抜け出せなくなっているクラブを目にしてきました。規模の大きいクラブであれば、それだけ人を採用できる資金があるし、人がいれば仕事も分担できる。だけど、J2やJ3となると資金力は乏しいのに、仕事量が多すぎて、結果的にクラブ全体が疲弊してしまっているように感じます」
神原氏は、ドイツの社会的な特徴もサッカークラブの経営に影響していると考えている。
「バイエルン・ミュンヘンやドルトムントなどのメガクラブは別だけど、基本的にドイツのサッカークラブはその街の中だけで活動していて、強いコミュニティに支えられている。だから自然と地域に密着していて、地元の人みんなに応援してもらおうというスタンスになる。日本だと、それが難しいのかもしれない」
ドイツでは、週末の娯楽がそこまで多くないという。「正直、日曜日にやることがない(笑)。週末はほとんどのお店が閉まるし、飲みに行くか、サッカーを見るか、ハイキングするかくらいしか選択肢がないんです。ショッピングモールも開いていない」
日本ではサッカー以外にも、プロ野球を筆頭にさまざまなスポーツイベントや映画、音楽ライブ、ショッピングなど、休日の過ごし方を奪い合う競合が多い。「ただドイツのやり方を真似をしたとしても、それが日本に当てはまるとは限らない」とも神原氏は補足する。それぞれの環境や文化に合ったやり方がある。
その上で、神原氏はドイツで得た仕事観についてこう話してくれた。「モチベーションが高くてやる気満々なことは良いことだけど、盲目的にあれもこれもやろうとするのは違う。僕は、長く続けられないと意味がないと思っていて。せっかく自分が好きなスポーツの仕事をやっているんだから、それを長く続けるためにも、自分のキャパシティをわかっていないと。心と身体が壊れちゃったら意味がない」
高い目標を達成するには、時間がかかる。日本では、自らが望んでつかんだスポーツの仕事からさまざまな事情でリタイアしていく人も多い。働き方にも、持続可能性の視点が必要になってくるのかもしれない。
<了>
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PROFILE
神原健太(かんばら・けんた)
香川県出身、1991年生まれ。筑波大学蹴球部時代は、選手としてプレーするかたわら関東学生連盟でも活躍。大学卒業後はFC岐阜に副務として入社。カマタマーレ讃岐を経て、2017年に単身ドイツに渡り、FCカール・ツァイス・イェーナでホペイロとして活動。2020年4月にSGデュナーム・ドレスデンへ移籍し、2022年8月からFCザンクトパウリに活躍の場を移す。
筆者PROFILE
五勝出 拳一(ごかつで・けんいち)
広義のスポーツ領域でクリエイティブとプロモーション事業を展開する株式会社SEIKADAIの代表。複数のスポーツチームや競技団体および、スポーツ近接領域の企業の情報発信・ブランディングを支援している。『アスリートと社会を紡ぐ』をミッションとしたNPO法人izm 代表理事も務める。2019年末に『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』を出版。
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