
「バルセロナとは全く異なるものになる」アカデミートップが語る“セルティック流”育成哲学
古橋亨梧、旗手怜央、前田大然、小林友希、岩田智輝。現在日本人5選手がプレーしているスコットランド王者セルティックが、この春から日本で子どもたちを対象にしたサッカーキャンプを開催すると発表した。アカデミー出身で現在チームの主将を務めるカラム・マグレガーや、アーセナルのキーラン・ティアニーなど多くの優秀な選手を輩出している名門セルティックの育成とはどのようなものなのだろうか。アカデミー全体のトップであるセルティックヘッドオブサッカーアカデミーの肩書を持つクリス・スミス氏にセルティックの育成について話を聞いた。
(インタビュー・構成=柴村直弥、写真提供=セルティック)
ポステコグルー監督体制でも伝統の攻撃的なスタイルを貫く
――セルティックというクラブの特徴について教えてください。
クリス:セルティックは、もともと地元地域の人々を助けることを目的として1887年に設立されました。われわれは設立時からスコットランドとアイルランド系の人々との強いつながりを持っています。そして、クラブの成長とともにそのつながりは世界中に広がり、世界各国にファンベースがあります。これまで、海外の友人や仲間、パートナーたちとセルティックをつなげるために、さまざまなプロジェクトを行っています。
クラブには2つのパートがあり、まずサッカー面については、男子チーム、女子チームがあって国内外でタイトルを獲得することを目指していくとともに、選手の育成にも力を注いでいます。もう1つは、セルティックファンデーションです。セルティックは、1887年にグラスゴーで生活に困っている人々を助けるために設立されました。1996年に設立されたファンデーションでは、コロナ禍においてもスコットランドの人々を助けるために250万ポンドを活用しました。人々をサポートしよう、助けようという価値観がクラブの核心部分として存在します。
――日本でも世界的なビッグクラブの一つと認識されています。
クリス:私たちは国内リーグで52回タイトルを獲得するなど、強固な歴史があり、UEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)優勝経験も持つ、ヨーロッパの大きなクラブの一つだと自負しています。世界中のセルティックファンから期待されているのは常に試合で結果を示すことです。
――フットボールの分野で大事にしていることは何ですか?
クリス:攻撃的なアタッキングフットボールです。スピード感やエネルギー、インテンシティー、創造性を持ったプレーをすること、これらはファンからも望まれていることです。毎試合6万人のファンがお金を払ってスタジアムに来てくれるので、常に勝っている試合を見せたいですし、楽しませたいのです。そのための方法がアタッキングフットボールであり、これは私たちのフィロソフィーに刻み込まれています。
――Jリーグでも指揮をとってリーグ優勝を果たした経験を持ち、現在セルティックを率いるアンジェ・ポステコグルー監督は、セルティックのスタイルにマッチしていますか?
クリス:私は監督決定のプロセスには関わっていませんが、当時新しい監督を探していることは知っていました。セルティックは監督に経験豊富であること、実績があること、クラブのスタイルに合うことを求めます。アンジェは、横浜F・マリノス、オーストラリア代表、ブリスベン・ロアーでの指導キャリアを見てもアタッキングフットボールを展開していて、セルティックのスタイルに合うと思いました。相手コートでのプレーを目指して、プレースピードを大事にして、ボールを支配するスタイルです。クラブもファンも、低い位置でブロックを敷いて、カウンターアタックを狙う監督は求めていません。実際にアンジェが監督に就任し、最初の5、6試合を乗り越えると、チームが本当にはっきりとしたスタイルでプレーするようになりました。
カラム・マグレガーとキーラン・ティアニーに共通する育成哲学
――セルティックの育成フィロソフィーとは?
クリス:アカデミーとしての私たちの目標は、UEFAチャンピオンズリーグに出場する選手を育成すること。できればセルティックのためにプレーしてほしいですが、セルティックでなければ、イングランドやスペイン、イタリアなどヨーロッパの強豪クラブでプレーしてもらうことを望んでいます。私たちは「いい人間がいいサッカー選手になる」という考えを持っています。「チルドレンアカデミー(〜U-15)」から「ユースアカデミー(U-16〜U-18)」を通って、「プロ」になるまで、選手個人の成長に重点を置き、選手個々の弱点をどうやったら改善できるか、強みをどうやってさらに伸ばすか。メンタル面の成長を含めて、こういったことを一人一人に時間をかける「個人プロジェクト」で、選手の成長につなげています。
――選手の人間性を大事にしているということですか?
クリス:いいメンタル、素晴らしい人間性を持った選手として2人の例を挙げられます。まず、セルティックの現在のキャプテン、カラム・マグレガーは、9、10歳の頃からクラブに在籍し、プロとして400試合以上出場し、UEFAチャンピオンズリーグでもプレーしました。スコットランド代表としても活躍しています。彼はおそらくセルティックのアカデミーからトップチームに至る過程でメンタルを成長させていった最もいい例でしょう。もう1人、キーラン・ティアニーはアカデミーに所属し、トップチームではブレンダン・ロジャーズ監督の下で非常にいい時間を過ごしました。2019年に2500万ポンドの移籍金でアーセナルに移籍し、現在もプレミアリーグでプレーしています。
カラムとキーランの2人は、メンタリティや人間性がとてもよく似ています。熱狂的な6万人の観衆の前でプレーするためにはそうでなければならないのですが、2人とも精神的にタフで、とてもレジリエンス(回復力)があり、素晴らしい意欲と向上心を持っています。その一方で、実際に彼らに会うと、2人ともとても謙虚で礼儀正しく「あなたのためにできることは何でもしてあげたい」と考えている人間であることがわかると思います。
重要なのは個人としてどう成長するのか。なぜなら…
――コーチたちはアカデミーの選手たちにどのようなアプローチを心がけているのですか?
クリス:私たちのアカデミーバリューは、コミットメント、人間性、リスペクト、品格、協力です。また子どもたちに対して常に正直であること並びにサポートすることを心がけています。これはアカデミースタッフの精神に深く刻み込まれ、あらゆる場面で選手たちと向き合っています。例えば、若い選手が試合中にレフリーに文句を言い、それが度を越していると判断された場合、その場で交代させ、アカデミーの価値観とそれを常に守ることが選手自身の義務であることを再認識させます。
――先ほども話されていた人間性の重視、そして「個人プロジェクト」の考え方ですね。
クリス:そうです。「個人プロジェクト」により、個人に合わせてトレーニング方法を微調整し、セルティックのスタイルとフィロソフィーを身につけてもらい、成長につなげます。もちろん、例えば10歳から16歳までの選手たちは、個人レベルだけでなく全体としてサッカーを学ばなければなりません。そのため、選手は皆さまざまなフォーメーション、ポジションをプレーします。しかし、重要なのは個人としてどう成長するのか。なぜなら、一番の選手がプロとして契約し、トップチームに昇格するからです。
また、セルティックでは、トップチームと、セカンドチーム、U-18チームのプレースタイルが非常によく似ています。しかし、完成度には違いがあります。例えばトップチームのプレーを100%としたら、セカンドチームは90%、U-18チームは75%のプレーをしています。この点は問題視しません。なぜなら彼らはまだ成長をしている段階で、トレーニングや試合を通じて学んでいる最中なのです。
――イングランドなど他のアカデミーと比較した際、育成方法にどのような違いがありますか?
クリス:「個人プロジェクト」で選手一人一人に焦点を当てて向き合うことは、まだ他クラブはそれほど突き詰めてはいないかもしれません。アカデミーから数多くのプロ選手を輩出し、セルティック以外でも多くのクラブでプレーしていることからも、われわれが本当に優れたアカデミーの歴史と選手の系譜を持っているといえると思います。
――アカデミーから最近プロになった選手はどのような選手がいますか?
クリス:最近ではMFロッコ・ヴァータとDFボースン・ラワルがデビューしました。ともにU-19アイルランド代表の選手です。また、近年イングランドのクラブの多くが、スコットランドのアカデミーの選手に注目しています。少し残念なことですが、実際、私たちのアカデミーに所属する優秀な選手たちも何人かイングランドへ移籍しています。昨年16歳でリバプールに移籍したFWベン・ドークは世界的に注目されている若手選手の一人です。
「FCバルセロナなどのプログラムとは全く異なるものになる」
――日本では、バルサアカデミーキャンプをはじめ、さまざまな海外クラブのサッカーキャンプがすでに人気と知名度を得ています。
クリス:おそらくわれわれのアカデミーのプログラムはFCバルセロナなどのプログラムとは全く異なるものになるでしょう。キャンプの大部分はアタッキングプレーに焦点を当てます。アタッキングプレーとは、ゴールに向かったプレーです。もちろんそこにはシュートも含まれ、とても重要視しています。シュートを打たなければ、点は入りません。シュート技術の習得はセルティックのスタイルである攻撃的なサッカーにつながっていきます。そして、キャンプの大部分は対人形式の練習になります。なぜなら、個人のアクションやフィニッシングといった練習は、その練習にキーパーやディフェンダーを入れることでもっと難しくなります。そうすることで練習に違ったシナリオをもたらします。
――セルティックキャンプでは具体的にどういった独自のプログラムを提供するのですか?
クリス:技術面においては、例えば「Celtic turns(セルティックターン)」というプログラムがあります。相手と対峙したときのボールコントロールスキルです。有名なセルティックの選手のプレーにちなんで名づけられました。セルティックのアカデミープレーヤーは皆この技術を学びます。セルティックターンを学ぶと、ピッチで優位に立つことができます。
さらに、キャンプでは戦術面の練習も行い、ディフェンダーに対峙したときのアタッカーの動きにも力を入れます。ゴールに向かっていくスタイルの中で、試合での戦術やフィニッシュの練習をします。3日間のキャンプを通じて、子どもたちの個人技術や戦術面での判断能力の形成に大きなインパクトを残せると思います。
――日本で行うセルティックキャンプの今後の展開はどういった構想なのですか?
クリス:今回は1回目のキャンプです。夏に2回目を開催する予定で、来年の春、夏も実施できればと考えています。キャンプに参加するコーチングスタッフは素晴らしいメンバーですが、時間は限られています。この春のキャンプに参加した選手が夏に戻ってきたら、成長具合を確認し、レベルに合った適切な環境を整え、間違いなく彼らにさらに有意義な影響を与えることができると思います。キャンプに参加する子どもたちにはセルティックで実際に行われているものと同じ指導を行い、クラブのスタイルやプレーに焦点を当て、何かをつかんでもらうことを願っています。
――最後に日本の子どもたちへのメッセージをお願いします。
クリス:現在6人の日本人選手がセルティックのトップチームに所属しており(編注:井手口陽介選手がJリーグのアビスパ福岡にレンタル移籍中)、彼らはセルティックに信じられないほどのインパクトを与えています。ですから今回、日本の3都市で日本の若い選手たちと一緒にトレーニングができることは、本当にエキサイティングなことであり、心から楽しみにしています。3日間、私たちと一緒にトレーニングし、セルティック流のサッカーのプレーの仕方を学び、われわれの哲学やスタイルを理解し、さらに英語を練習し、成長を体感しながらゲームを楽しむ機会も提供したいと思っています。
【後編はこちら】古橋亨梧、旗手怜央、前田大然らが躍動するセルティック。クラブ関係者が語る日本人選手の評価とは?
<了>
世界屈指の「選手発掘・育成の専門家」は日本に何をもたらす? リチャード・アレンが明かす日本人のポテンシャル
なぜトッテナムは“太っていた”ハリー・ケイン少年を獲得したのか? 育成年代で重要視すべき資質とは
育成年代の“優れた選手”を見分ける正解は? 育成大国ドイツの評価基準とスカウティング事情
リフティングできないと試合に出さないは愚策? 元ドイツ代表指導者が明言する「出場機会の平等」の重要性
なぜサッカー選手になるため「学校の勉強」が必要? 才能無かった少年が39歳で現役を続けられる理由
全国3会場でセルティックキャンプを開催!
セルティックサッカーアカデミーが、東京キャンプ(3月26日〜3月28日)、福岡キャンプ(3月29日〜3月31日)、広島キャンプ(4月2日〜4月4日)の3会場でキャンプを開催。男女を問わず7歳~13歳の子どもたちを対象にセルティック流のトレーニングを行う。各会場先着50名。
→詳しくはこちら
[PROFILE]
クリス・スミス
1983年2月9日生まれ、スコットランド・エディンバラ出身。スコットランドサッカー協会で12年間、選手育成とコーチエデュケーションの仕事に携わった後、2020年よりセルティックFCのサッカーアカデミーに加わり、北アメリカにあるすべてのパートナークラブを担当。2021年7月、セルティックサッカーアカデミーのヘッドコーチに昇進し、スコットランド国内及び全世界のパートナークラブを管轄するトップとなり、セルティックFC女性チームのコーチも務める。スポーツコーチング分野で優秀な成績を修め、UEFA Aライセンス、UEFAエリートユースAライセンスを取得。自らヘッドコーチとして指導も行いつつ、セルティックトップオブサッカーアカデミーとしてアカデミー全般のトップも担っている。
この記事をシェア
KEYWORD
#INTERVIEWRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜ卓球王国・中国は「最後の1点」で強いのか? 「緩急」と「次の引き出し」が日本女子に歓喜の瞬間を呼び込む
2023.10.02Opinion -
森保ジャパンの新レギュラー、右サイドバック菅原由勢がシーズン51試合を戦い抜いて深化させた「考える力」
2023.10.02Career -
フロンターレで受けた“洗礼”。瀬古樹が苦悩の末に手にした「止める蹴る」と「先を読む力」
2023.09.29Career -
「日本は引き分けなど一切考えていない」ラグビー南アフリカ主将シヤ・コリシが語る、ラグビー史上最大の番狂わせ
2023.09.28Opinion -
エディー・ジョーンズが語る「良好な人間関係」と「ストレスとの闘い」。ラグビー日本代表支えた女性心理療法士に指摘された気づき
2023.09.28Business -
「イメージが浮かばなくなった」小野伸二が語った「あの大ケガ」からサッカーの楽しさを取り戻すまで
2023.09.27Opinion -
「悪いコーチは子供を壊す」試行錯誤を続けるドイツサッカー“育成環境”への期待と問題点。U-10に最適なサイズと人数とは?
2023.09.26Opinion -
ラグビー南アフリカ初の黒人主将シヤ・コリシが振り返る、忘れ難いスプリングボクスのデビュー戦
2023.09.22Career -
ラグビー史上最高の名将エディー・ジョーンズが指摘する「逆境に対して見られる3種類の人間」
2023.09.22Opinion -
バロンドール候補に選出! なでしこジャパンのスピードスター、宮澤ひなたの原点とは?「ちょっと角度を変えるだけでもう一つの選択肢が見える」
2023.09.22Career -
ワールドカップ得点王・宮澤ひなたが語る、マンチェスター・ユナイテッドを選んだ理由。怒涛の2カ月を振り返る
2023.09.21Career -
瀬古樹が併せ持つ、謙虚さと実直さ 明治大学で手にした自信。衝撃を受けた選手とは?
2023.09.19Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
長身Jリーガーに聞く身長を伸ばす方法 188センチ中島大嘉の矜持「中学3年間で24センチ伸びました」
2023.09.01Training -
「全54のJクラブの中でもトップクラスの設備」J2水戸の廃校を活用した複合施設アツマーレが生み出す相乗効果
2023.08.10Training -
79歳・八田忠朗が続けるレスリング指導と社会貢献「レスリングの基礎があれば、他の格闘技に転向しても強い」
2023.08.01Training -
早田ひなが織りなす、究極の女子卓球。生み出された「リーチの長さと角度」という完璧な形
2023.07.27Training -
本物に触れ、本物を超える。日本代表守護神を輩出した名GKコーチ澤村公康が描く、GK大国日本への道
2023.06.07Training -
板倉、三笘、田中碧…なぜフロンターレ下部組織から優秀な選手が育つのか?「転機は2012年」「セレクション加入は半数以下」
2023.05.11Training -
ラグビー・リーグワン4強に共通する“強さの理由”。堀江翔太らが敬意抱く「メディアに出ない人達」の存在
2023.04.27Training -
メンタルのスペシャリストが見た「勝つチーム」が備える共通項。イチロー、大谷翔平は“陰”にも入れる選手
2023.04.06Training -
実力を100%発揮するには「諦め」が肝心? 結果を出しているアスリートに共通するメンタリティとは
2023.04.03Training -
「世界一美しい空手の形」宇佐美里香 万人を魅了する“究極の美”の原動力となった負けじ魂
2023.04.01Training -
なぜ新谷仁美はマラソン日本記録に12秒差と迫れたのか。レース直前までケンカ、最悪の雰囲気だった3人の選択
2023.02.01Training -
[卓球]サウスポー篠塚大登が秘める可能性。ベールを脱いだ台上の試合巧者が、張本の新たな最強パートナーへ
2023.01.12Training