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なぜ猶本光は成長し続けられるのか? 「このままじゃ終われない」11年かけて掴んだ、なでしこジャパンW杯出場の舞台
7月20日より開幕するFIFA女子ワールドカップに挑む、なでしこジャパン。今季WEリーグを制した三菱重工浦和レッズレディースからは4選手が名を連ねた。なかでも注目を集めたのが、メンバー選出記者会見で「ずっと世界の舞台で戦うことを思い描いてきました」と語り涙を流した猶本光。ドイツでの武者修行で弱点を克服し、ときには自身を実験台にトライ&エラーを繰り消し、彼女がいまなお成長を続ける理由とは?
(文=佐藤亮太、写真=アフロ)
応援してくれる人たちへの感謝。「涙は枯らしたはずなのに……」
6月13日、さいたま市にあるレッズランドで行われたFIFA女子ワールドカップ・なでしこジャパン メンバー選出記者会見。
女子サッカーWEリーグ・三菱重工浦和レッズレディース(以下・浦和)から選ばれた4選手が壇上に並んだ。
大ケガを乗り越え、サプライズ選出の高橋はな。代表の常連となったドリブラー清家貴子。20歳の俊英・石川璃音。そして「会見前に涙は枯らしたはずなのに……」とこらえきれず涙を見せた猶本光。
会見の3週間前、猶本に代表メンバー発表について聞くとリーグ優勝直前とあってか「どちらかというとあんまり気にしていないです」「代表のことは、まだ考えていません」と我関せずな口ぶりだった。しかし、心のうちはまったく違ったのだろう。
「20歳のとき、初めて招集されてから約9年。世界の大きな大会には縁がありませんでした。ずっと……世界の舞台で戦うことを思い描いてきました。その思いをワールドカップの舞台でぶつけたい」
とめどなく涙を流す姿にこれほど代表への思いが強かったのかと驚かされた。
「たくさんの人が応援してくれるので、このままじゃ終われない……という気持ちがありました。前回の2019年ワールドカップのメンバーに入ることを応援していただき、(選ばれず)次は東京五輪に向けて頑張れと応援していただき、そして、またダメだったかと……それでも応援してくれる人たちが力を与えてくれました。ダメでも諦めなければ、いつか何かを残せるかもしれない。そうした姿を見せられる人たちがいます。夢を持っている人たちにも少しでも影響を与えられればと」
これまで感じられなかった執念にも似た思いを垣間見た。
ドイツで得た自信。それでも復帰初年度は先発フル出場わずか3試合
筆者が猶本を初めて取材したのが2012年。浦和加入1年目のこの年からレギュラー格に。翌年はリーグ出場わずか4試合にとどまったが、3年目の2014年には復調。その甲斐あって、佐々木則夫監督のもと、初めてなでしこジャパンにも選ばれた。その後、チームの監督が代わっても猶本は主力であり続けた。
ただ、こと代表となると何度か国内合宿や親善試合には招集されるものの、最終的に定着までには至らなかった。長く女子サッカーを取材する記者との会話で妙に納得した言葉がある。
「プレーがどこか軽く感じる。確かにうまいんだけど……なにかが足りないんですよね」
なにかが足りない。その答えを求めるかのように、2018年6月、猶本はドイツ・ブンデスリーガのSCフライブルクへの海外移籍に挑戦。日本では得られなかった経験を積み重ね、2020年1月、浦和レッズレディースへ復帰を果たした。復帰後、猶本は自身に足りなかったものを、ドイツの地で改善してきたことがすぐに伝わってきた。
まず気づいたのは体型。体つきが一回り大きくなった。特にサッカーに不可欠な90分間走り、蹴り続けるために必要な腰回りの強靭さはプレーに力強さを与えた。そしてシュートの意識。日本ではパス能力を評価されてきた猶本自身、ゴールは誰かが決めるものとそれほど意識していなかった。しかしドイツではシュート、ゴールが評価される。そのためチームメートから練習中、「ヒカル、なぜ打たない!」と何度も怒られた。このようなドイツでの日々を経て、自然とシュートへの熱量が増した。
一方、海外帰りとはいえ、猶本がすぐに復帰した浦和でレギュラーの座を獲得したわけではない。
2020年、プレナスなでしこリーグ1部の開幕は翌年のWEリーグ開幕との関係で7月と変則的だった。つまり猶本にとって加入から半年経ってはいたが、当時の森栄次監督(現レッズレディースユース監督兼育成テクニカルダイレクター)はチームのやり方、特に守備の仕方を覚えなければならなかった。
このシーズン、猶本はリーグ16試合に出場したものの、前半のみの出場は4試合。ベンチ外も2試合経験。先発フル出場はわずか2試合と決して特別扱いされなかった。
森監督が敷くサッカーはポジションがあるようでない相互補完の攻撃サッカー。これに順応するための時間だったともいえる。この準備期間が猶本に大きくプラスに働くこととなった。
猶本光が成長し続ける要因とは?
WEリーグ初年度となった2021-22シーズンをリーグ戦20試合出場4得点で終え、迎えた2022-23シーズン。いよいよ猶本が無双状態になる。
4-2-3-1のトップ下を任された猶本。90分間、前後左右に顔を出し、ボールをさばいたかと思えば、すぐ前線に駆け上がる。さらには、中盤の底まで下がって、前線にロングボールを供給するなどあらゆるエリアでプレーに関与。一見、運動量、走力の底上げの賜物ではあるが、それだけではない。効率のいい疲れない走り方。そしてなにより試合の流れ、プレー選択などの的確な判断で必要以上に体力を消耗しない、いわば無駄走りの少なさにある。
また、こだわりのゴールはキャリアハイの7得点。フリーキックあり、ミドルシュートあり、サイドからのクロスに走り込んで押し込む得点ありとバリエーションも格段に増えた。目標の2桁には届かなかったものの、ゴール、アシスト、ゴールに直結する起点を作るなど決定機を多く演出できる選手になった。
豊富な運動量、予測・判断の正しさ、力強さ、チャンスメイク。そしてゴール。うまい選手から脱却し、チームを支える軸となった。
「怖いのはケガだけ」
その言葉通り、猶本はリーグ20試合出場1769分出場。石川璃音に続くチーム2位の出場を果たした。ベストイレブンにも名を連ねた。その活躍が評価され、自身初となるワールドカップ出場メンバーとしてのなでしこジャパン選出となった。
成長の要因はなにか。母校である筑波大学大学院での6年間、サッカー以外の競技の要素をトレーニングで取り入れた。上半身と体幹を鍛えるべくやり投げを取り入れ、走り方を学ぶべくハードルの選手に教えを請うた。自身をある種、研究対象として客観視しながらハイブリッドし続け、その作業をたゆまず進めた。
「次に獲得したいなにかのためにやっていたことが成長につながりました。獲得したいなにか、それはその週の課題ですね」。つまり試合で出た課題と向き合い続けることだ。
「シュートやドリブルでは、例えばこのスペースでの1対1、この角度での1対1とか、試合でできなかったプレー、外してしまったシュートを深く掘り下げています」
そうやって、常に自身をカスタマイズしてきた。
塩越柚歩にイロハのイから細かくアドバイス
こうした猶本の姿勢はチーム全体に伝播しており、猶本がほかの選手の成長をうながしている。その一人が、サイドからボランチにコンバートを果たした塩越柚歩だ。
塩越いわく、猶本から「ボランチのプレーとは?」とイロハのイから細かくアドバイスを受けた。試合中の指示のほか、練習中や試合の映像を切り取っては「ここが良かった」「この場面ではこうしたほうがよかった」とレクチャーを受けた。
猶本は「(塩越)柚歩の良さは攻撃に絡むこと。反面、プレーを発動させるタイミングや、ボランチでの守備、また、サイドチェンジしたいのにできないという時には、立ち位置など、映像をまじえて伝えました。柚歩はすぐに吸収して、どんどん良くなってきて、途中から若手選手たちに守備についてアドバイスできるようになってきました」と成長を喜んだ。
この熱の伝播は若手選手にも浸透している。
全体練習後に行われるシュート教練、安藤梢の名を冠した通称「安藤塾」。塾長・安藤が撮影するなか、試合で起こるだろうさまざまな状況を想定し、シュートまでの動きを確認する。
清家貴子らも参加するなか、来季で3年目を迎える西尾葉音に猶本は「もっと感覚的にできなきゃ」「もっと本気出して。そこで笑わない」「タッチ数が多い」「トラップがね……」と矢継ぎ早の指示を送る。
その西尾は「お二人(安藤・猶本)は女子サッカー界ではトップの存在。その2人がチームにいる。吸収できるものは吸収したい」と貪欲だ。
「自分も29歳になるので…」自身の経験を伝える理由
なぜ猶本は伝えるのか。意識的なのか、それとも無意識なのか。
「自分も29歳になるので、これまでの経験で感じてきた難しさや課題にトライして、解決してきたからこそいまがあります。この先も続きますが、かつてぶち当たった壁を自分はこうやって解決した、というのを伝えたいだけで……一つのキッカケや参考にしてくれればと思って伝えています」
またこんな思いも抱えていた。
「私が浦和に加入したとき(2012年)、ヤナさん(柳田美幸)、ガンさん(荒川恵理子)、山郷さん(山郷のぞみ)、キョンさん(矢野喬子)、アコさん(庭田亜樹子)、ツッチーさん(土橋優貴)がいましたが、翌年、皆さんチームを去って、いきなりチームが若くなって……、(その経験が)本当に大きかったですね。もともと年齢的に若い選手に話しかけたり、伝えたりすることは嫌いではないです。今まで、いろいろな選手を見た中で、『こうしたほうが伝わるな』とか、伝えるタイミングなど、経験で学んできました。それこそ、柚歩の成長は自分にとってもうれしいです。チームのためにもなりますから」
お手本になるような選手が退団あるいは引退したことで、頼れる選手がいなくなった。そのとき、頼るべき選手の存在の大切さと、ある種の寂しさを抱いたからこそ、いま猶本は自身の経験を後輩に伝えようとしている。
そうした伝える姿に目を細める人がいる。浦和を指揮する楠瀬直木監督だ。
「(猶本は)これまで本当にストイックに、そして真摯にサッカーと向き合ってきた。また海外での基準を知っているからこそ、(猶本)光の声にみんな耳を傾ける」と語った。
安藤梢との師弟関係。「先輩たちのように自分もなりたいという夢」
「たくましくなりましたね」と現在の猶本を評するのは安藤梢。長く師弟関係にある二人。安藤は猶本をこう見ている。
「彼女自身も成長していて、プレーもメンタルも幅広くなりました。自分の成長だけでなく、みんなを引っ張る、リーダーシップを持って、みんなを巻き込んで成長できる。横で見ていてもたくましく思えます。高い意識で上を目指しているので、自然と引っ張られていく。一緒にいて助かっています。
またチーム全体を考えて、どう進むべきか考えてくれています。試合中も『こうしよう』と意見をぶつけるなか、どうしても言いづらいこと、厳しい言葉は出ます。やはり仲の良いだけの仲良しグループではチームは強くなれませんし、勝てません。光は厳しいことをはっきりと伝え……、イヤな役回りですが、リーダーシップを持って高い要求を出してくれて、とても助かっています」
一方、その安藤を猶本はこう捉えている。
「私にとってというより、女子サッカー界にとって新たな道を切り開いた、パイオニアです。安藤さんがドイツに移籍したことで海外に多くの選手が挑戦できるようになりました。40歳で、しかもトップリーグでプレーすることはすごいこと。そして(筑波大学)助教との二刀流はいままで誰もやったことのないことをやっています。新しい道を開拓してきた人ですね」
ここまで諦めずたどり着けたのは、応援してくれる人たちのためにも「このままじゃ終われない」という気持ちと、もう一つ、師事する安藤梢を含んだ先人への強い憧れがある。
「2011年、なでしこジャパンの優勝を見て、輝いている、カッコいい先輩たちのように自分もなりたいという夢があった」
迎えた7月5日、なでしこジャパンは国内合宿の総仕上げとして、なでしこリーグ1部オルカ鴨川と40分3本のトレーニングマッチを行い、7-0の大勝。1本目、トップ下で出場した猶本は先制点をアシスト。ミックスゾーンで猶本は「いま、充実しています」と満面の笑みを浮かべた。
浦和に加入して11年間、恋焦がれた夢舞台に猶本光はいよいよ立つ。
<了>
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