宇野昌磨が「その全てを受け入れる」と決意した覚悟。恩師のために…2度目の五輪で渇望するもの
演技を終えたその男は、前のめりになりながら息を切らして胸に手を当てた。自らの内にある全てを出し尽くして挑んだ、全日本選手権。信頼する師に抱き締められ、ようやく笑顔を見せた。つかみ取った北京への切符。宇野昌磨が2度目のオリンピックで目指すものは、“世界一”になれると信じてくれる人たちとの絆と共に歩むその先にある――。
(文=沢田聡子)
宇野昌磨が全日本選手権で決意を固めた、ランビエールコーチの一言
「サルコウでもいいし、フリップでもいいし、多分どちらでも君はできるよ」
宇野昌磨は、ステファン・ランビエール コーチに掛けられたこの言葉で、4回転フリップを跳ぶ決意を固めた。
昨年12月に行われた全日本選手権のショートプログラムを前にして、宇野は本来の構成通りに4回転フリップを跳ぶか、痛めている右足への負担が少ない4回転サルコウを跳ぶか迷っていた。6日前の練習でフリップを着氷した際、右足首をひねってしまったのだという。「フリップの方が絶対に跳べたら確率は高いのは分かっていましたし、正直悩んではいた」という宇野の背中を押したのは、冒頭のランビエールコーチによる一言だった。
「僕も自分の中で迷っていた部分があったので、『できるんだったらやっぱりフリップがいいな』と自分の中で結論がついて。そこでようやく自分の中で吹っ切れたというか、迷いがなくなったんじゃないかな」
そう語る言葉が、コロナ禍により一緒に練習する時間が限られていても、やはりランビエールコーチが宇野にとって大切な存在であることを感じさせた。
平昌五輪でつかんだ銀メダルが、宇野から“らしさ”を失わせていた
2018年平昌五輪に出場した宇野は、大舞台であることを必要以上に意識せず自分の力を発揮し、銀メダリストとなった。しかし無欲が幸いして得た好成績により、宇野はアスリートのあるべき姿に近づこうという意識にとらわれることになる。
2019年3月、さいたまスーパーアリーナで行われた世界選手権に、初めて優勝という結果を求めると公言して臨んだ宇野は、力を出し切れず4位に終わる。はた目からも何かがかみ合わなくなっているように見えていた宇野は、幼いころから師事してきた山田満知子コーチ・樋口美穂子コーチの下を離れ、メインコーチを置かない状態で2019-20シーズンに臨むことになった。
しかしコーチ不在の影響は大きく、グランプリシリーズ初戦・フランス国際ではジャンプのミスが重なり8位に沈んだ。宇野は、1人で座ったキス&クライでファンの声援を聞き、涙している。だが宇野は、その後にスイスに赴きランビエールコーチの下で練習したことで、競技人生のどん底から抜け出すきっかけをつかむ。
そして宇野は、2019年末の全日本選手権にランビエールを臨時コーチとして臨んだ。前日練習で、宇野はややフライング気味にランビエールをメインコーチとして迎えることを口にしている。うれしくて黙っていられないという風情の宇野には、やっと共に歩める存在を得た喜びが満ちていた。
「『アスリートとしての自覚がない』と言われるかもしれないけど…」
そしてその全日本で優勝した宇野は、メダリスト会見で紆余曲折の末にたどり着いた境地について語っている。この大会のショートで、予定していた4回転トウループ―3回転トウループのセカンドジャンプが2回転になってしまった際、宇野はほほ笑みながら演技をすることができたと振り返った。平昌五輪の際にも、宇野はフリー冒頭に跳んだ4回転ループで転倒した時に「笑えましたね」と語っている。記者会見で出た「平昌五輪の時のような気持ちの持ち方が戻ってきており、その戦い方が合っているのではないか」という質問に、宇野は「本当にそう思っていて」と答え、言葉を継いだ。
「僕は、いろいろなアスリートの考えを見た上で『自分らしくあればいい』と思いながらも、『アスリートというのはもっと強くなければいけない』と強く思っている時期もあった。去年なんかは本当にそうで、『自分はもっと強くなりたい』と思っていた。そう思った原因は、オリンピックで自分が思った以上の結果を出したことによって、自分へのプレッシャーを自分で大きくしてしまったこと。いろいろ長くなりましたけれども、毎回それがいい方向にいくかどうかは別として、僕はやはりこういった気持ちで試合に臨んだ方が『スケートをやっていて楽しいな』と思える時間が多い。『アスリートとしての自覚がない』と言われるかもしれませんけれども、僕は今後もこんな感じでいきたいなと思っています」
苦しい時期を経てたどり着いた、自分らしくスケートを楽しむという境地だった。
屈指の高難度プログラム『ボレロ』。恩師の期待に応えたい熱意の表れ
しかし、スケートをやめようとすら思っていたという宇野を救ったランビエールコーチの存在が、再び宇野に勝利への意欲をもたらすことになった。宇野は北京五輪シーズンである今季、フリーで平昌五輪シーズンを最後に封印していた4回転ループを含む4種類5本の4回転を組み込む挑戦をしている。11月に行われたNHK杯(東京)では、冒頭で4回転ループと4回転サルコウを成功させ、後半のジャンプには課題を残したものの進化している姿を見せた。NHK杯で優勝した宇野は、スケートへの思いが深くなっている理由を尋ねられている。
「僕は、『スケートを頑張らなきゃ』と思ったシーズンもありました。ただ『頑張らなきゃ』って思うと、それは自分の首を絞めるというか、つらいスケートを送る日々につながりました。なので『スケートを楽しむ』『頑張り過ぎない』、それをモットーにやるようにしていました。やはり僕もスポーツ選手なので、それでも『成績を残したい』『成長したい』、そういう気持ちも心のどこかにありながら、それから逃げるというか、あまり自覚しないようにやっていた。でも周りの環境を見ると、どんどん成長していく若い世代だったり、自分を支えてくれている皆さんの期待だったり、僕が世界一になれる実力を持つことができると信じてくれているステファン(・ランビエールコーチ)、いろいろな人の期待に応えたいと思って『僕はもっとできるんじゃないか』と。それに伴い偶然調子も上がっていたので、いろいろなことが重なり『今はやった分だけ成長できる、こんなに楽しいことはない。これを逃さないように、やれることをやりたい』と思って、今は生活全てをスケートに向けてやっています」
2006年トリノ五輪銀メダリストであるランビエールコーチに「君が世界一になるには何が必要だと思う?」と問われた宇野は、「ジャンプ」と答えたのだという。ランビエールコーチが振り付けたフリー『ボレロ』の高難度構成は、恩師の期待に応えたいという宇野の熱意の表れなのだ。
全日本選手権フリーで腹をくくり、さらなる前進を見せた
ショート2位発進となった昨年末の全日本、宇野はフリーの6分間練習でループを跳んだ際、痛めていた右足首を再びひねってしまう。演技前にリンクに入った宇野は、少し痛みを感じた。「どうなるかな」と言う宇野に、ランビエールコーチは答える。
「大丈夫」
その言葉を受け、「痛いからといってそこで何かが変わるわけでもなく、やめていい理由、失敗していい理由にもなるわけではない」と腹をくくった宇野は、前半でループ、サルコウ、フリップと3本の4回転を成功させる。後半の4回転トウループで転倒したものの、また前に進んだことを示す演技だった。
「その全てを受け入れる」。覚悟を持って臨む2度目のオリンピック
全日本で2位となり、北京五輪代表として臨んだ会見で、宇野は「オリンピックという舞台を『いい演技をする舞台』ではなく『成長できる舞台』にできたら」と口にしている。
「やはり僕は、ずっとどの試合も2番手が多いです。そこにすごく悲観しているわけではないですけれども、今年はもっとトップを目指せる選手を目指して練習しています。オリンピックという舞台までそんなに月日があるわけではないですが、トップを目指せる練習をして、トップを争う時に名前が挙がるような状態で挑めたらいいなと思います」
平昌五輪では「終始緊張することはまったくなかった」と宇野は振り返る。
「だからこそ、2回目のオリンピックということでまた新たな感情が生まれるかもしれません。でも生まれた感情をどうこうするのではなく、その全てを受け入れる。どんな状況でも、どんな心境になっても、それが自分の実力だと受け入れる覚悟を僕は持っている。自分が成長できるようなオリンピックにできたらと思っています」
オリンピックの銀メダリストとしてあるべき理想像に自分を当てはめるのではなく、再びスケートを楽しめるようにしてくれた恩師のために成長を目指す。宇野は、内から湧き上がる向上心を武器に、2回目のオリンピックに挑もうとしている。
<了>
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