
三浦璃来&木原龍一、日本人ペア史上初の快挙も、涙を流した理由。世界が魅了された確信の急進化
彼女はキスアンドクライで涙を見せた。「なんで泣いてるの? メダルだよ」。誰より信頼するパートナーからそう問い掛けられても、泣き続けた。
フィギュアスケートグランプリシリーズで2大会連続の表彰台。日本人同士のペアとして初めてグランプリファイナル進出を決めた。今、世界から熱い視線を注がれる2人が歩み続ける進化の過程。三浦璃来&木原龍一ペアの強さの根源は、あの“涙”の理由にあった――。
(文=沢田聡子、写真=Getty Images)
快進撃を見せる三浦&木原ペアが大切にしている、2つの合言葉
「一つ一つ楽しもう」
これが、快進撃を続ける日本のペア・三浦璃来&木原龍一のテーマだという。3位になり表彰台に上がったNHK杯(11月12~14日、東京)でも、それは同じだった。
「『まず楽しもう』ということを、いつも試合前に必ず話していました」(木原)
そしてもう一つの合言葉は「自信を持て」だ。
「コーチからも『自信を持て』ということを常に日々言われているので、呪文じゃないですけど『自信持っていこう、自信持っていこう』ということをずっと話していました」(木原)
自国開催のグランプリシリーズとなるNHK杯に臨んだ三浦は、「私自身が、誰から見ても緊張しているように見えていた」と語る。
「コーチと、龍一くんも『自信を持っていいんだよ』って。『とにかく、チームで楽しもう』という話をしていました」(三浦)
「本当に滑ることができてよかった」。NHK杯の観客からの拍手と歓声
三浦&木原は、今世界一競技を楽しんでいるペアかもしれない。コロナ禍のシーズンとなった昨季、試合に出られない期間を経て、シーズン初の試合となる世界選手権(3月、ストックホルム/スウェーデン)で10位に入った。見違えるようにレベルアップした滑りで世界を驚かせてから現在に至るまで、彼らの快進撃は止まらずに続いている。
三浦&木原は、今季グランプリシリーズ初戦・スケートアメリカで2位となり、五輪シーズンを最高の形でスタートしている。2戦目となるNHK杯、ショートプログラムの第1グループで登場した2人は、観客の期待がこもった大きな拍手を受けてスタート位置についた。
高く上がるトリプルツイストリフトで始まった2人の演技は、サイドバイサイドのトリプルトウループ、リフトと流れるように続く。大技のスロートリプルルッツでは三浦がやや前傾したように見えたものの、流れのある着氷となった。『ハレルヤ』のゆったりとした旋律は同じ軌道を描いて大きく伸びていく2人のスケーティングにぴったりで、演技を終えた2人に観客は立ち上がって拍手を送っている。
「演技が終わって顔を上げた後の歓声は聞こえたので、こうして拍手を頂けるようになったのはうれしいです」(木原)
「お辞儀をしている時に皆さんが立ち上がってくださって、本当に滑ることができてよかったなって」(三浦)
スケートアメリカから順位を下げるも……2人にとってもっと大切だったこと
ショートの得点は73.98で、スケートアメリカのスコアを1.35上回っている。順位はペア王国ロシアの2組に続く3位だったが、三浦と木原にとっては順位よりもスコアを上げたことが重要だった。前日、公式練習後に取材に応じた2人は、グランプリファイナルが視界に入る位置にいることについて問われている。
「グランプリファイナルは今狙える位置にいるので、もちろん狙いたい場所ではありますけれども、まずは前回の自分たちに勝つことを第一に考えていて。前回の自分たちをしっかり1点でも上回ることができたら、その場所は確実に近づいてくると思うので、まずは考え過ぎずに、自分たちのやることをしっかりやりたいと思っています」(木原)
「あまり先々のことを考え過ぎると足元が見えなくなってしまうので、本当に今大会、今自分たちにできることを最優先に頑張っていきたいと思います」(三浦)
2人のベクトルは、自分たちの実力を高めることに向いているようだった。
ショート後のミックスゾーンで、三浦は「自国でのグランプリで、『皆さまの前できっちりパーフェクトの演技がしたい』というのもすごくありましたし、『前回の試合での点数を上回らなきゃだめだな』と思っていた」と振り返った。
「滑り終わってお辞儀をしている時に『もうちょっと伸び伸びと滑れたらな』とは思いました。明日は、失敗は気にせずに自分たちらしく、伸び伸びと滑りたいと思います」(三浦)
そう語る三浦に、木原は「頑張りましょう!」と声を掛け、三浦も「頑張りましょう!」と応じている。
また、ショート後の記者会見でプレッシャーへの対処について問われた木原は、スケートを楽しんでいる現状がうかがえる答えを返している。
「僕自身は、まだそんなにプレッシャーを感じていなくて。僕はなかなか結果を残せない期間が長かったので、とにかく今は全てにおいて新鮮で。本当にとにかく2人とも、トップレベルのチームと一緒に試合できることを楽しんでいるので、毎試合毎試合、プレッシャーというよりは、とにかく今は楽しさしかないかな。プレッシャーと戦うのはきっと来年になってくるので、また聞いていただければお答えします」(木原)
トラウマになりそうなミスをも乗り越え……2人を支える“自信”
翌日のフリー、三浦と木原は女性の強さを表現する『Woman』を滑る。冒頭のトリプルツイストリフトはフリーでも見事に決まり、続く3連続ジャンプでは、最後のジャンプで三浦がやや着氷を乱すもこらえる。スケートアメリカでは三浦が転倒して膝を打撲したスロートリプルルッツも成功。トラウマにもなりそうなミスをしたパートで三浦を支えたのは、「自信」だった。
「スケートアメリカから帰ってきた次の日の練習では、本当にすごく怖かった。スロールッツ自体もちょっとタイミングが合わなくて、コーチから『あなたはこうなっている、こうしないといけない』と徹底的に教えてもらって。今回は練習でも失敗はなかったので、自信を持って挑めました」(三浦)
しかし、中盤のソロジャンプでミスが出る。3回転を予定していたサルコウだが、三浦のジャンプが2回転になってしまったのだ。だがミスの印象はあまり残らず、深いエッジで同調して伸びていく2人のスケーティングと、雄大なリフトが印象に残る好演技だった。滑り終えて力を出し尽くしたのか立ち上がれない木原に、三浦が労わるように触れている。
キスアンドクライで木原が歓喜する傍ら、三浦が流した涙のわけ
キスアンドクライで、三浦は涙を見せている。原因は、2回転になってしまったソロジャンプのサルコウだった。
「このスケートアメリカからの2週間、短期間での練習なのですが、自分のサルコウはちょっと調子がつかめていなかったので、すごく不安だった。コーチから言われた注意点をより気を付けてやっていたのですが、(3回転に)トライすることもなくパンクで終わってしまったので、そこが本当に一番悔しいところです」(三浦)
合計209.42、総合3位という結果が表示される。目標だった209点(スケートアメリカのスコアは208.20)を超えたこととメダル獲得を喜ぶ木原に「なんで泣いてるの? メダルだよ」と問い掛けられながら、三浦はさらに泣き続けた。
「私自身はすごく悔しいのに、横の2人(木原とブルーノ・マルコット コーチ)がすごくうれしがっていたので……。自分がもし(トリプルサルコウを)跳んでいたら、もっと(点が)上がっていたわけじゃないですか。だから『自分があの時跳んでいれば』という思いで、余計そうなってしまいました」(三浦)
フリー後のミックスゾーンでも、2人にはプレッシャーについての質問がされている。「スケートアメリカの時にはカナダに住んでいるのでプレッシャーはあまり感じないと言っていたが、日本に来て滑ってみてどうか」と問われ、2人が口にしたのは期待してもらえることへの喜びだった。
「選手紹介でリンクに上がった時に今日初めて観客席を見たのですが、日本の国旗を持って応援してくださるスケートファンの皆さまがたくさんいらしていたので、すごく心強かったですし、『うれしいな』って。ペアの試合にここまで(観客が)入っていただくということは今までなかったので、少しずつですけど、たくさんの方が興味を持ってくださって本当にうれしいです」(木原)
「お客さまがたくさんいて、『こんなに支えてもらっているんだな』って本当に心から感じました」(三浦)
お互いを信頼し、自分たちの可能性を確信している。
三浦は、木原を「何もかも先頭に立って引っ張ってくれている」と心から信頼している。
「本当に、それに任せ切りになっている私もいるので。自分自身もちゃんと自信を持って、ちゃんと楽しむというのが、今後の私の課題だと思います」(三浦)
しかし、メダル獲得を知っても自分のミスを泣いて悔しがり続けた三浦の中には、真の自信が芽生えているのではないだろうか。
「3位、メダルというのはすごくうれしいのですが、まだまだ自分たちはやれると思っている」(三浦)
自分たちの可能性を確信しているこの言葉こそ、本当の意味での自信の表れだともいえる。
楽しみながら、自信を持って。進出が決まったグランプリファイナルでも、そして北京五輪でも、2人のテーマは変わらないだろう。“りくりゅう”の快進撃は、始まったばかりだ。
<了>
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