藤田倭、金メダルの命運握る“もう一人のエース”。ソフトボール界の大谷翔平「甘えていた自分」を変えた忘れ難き敗戦
いよいよ東京五輪が開幕する。全競技の先陣を切って21日に登場するソフトボール女子日本代表のエースといえば、北京五輪で金メダルを手繰り寄せた413球の熱投、上野由岐子を思い浮かべる人も多いだろう。だが今のSOFT JAPANにはもう一人のエースがいることを忘れてはならない。「ソフトボール界の大谷翔平」と呼ばれる“二刀流”で、五輪連覇のキーパーソン。金メダルの命運を握る藤田倭、勝負の時が始まる――。
(文=中島大輔、写真=Getty Images)
金メダル獲得に向けて、第5戦・アメリカ戦前の黒星は致命傷
東京五輪の開会式が行われる2日前の7月21日午前9時、福島あづま球場。今大会全体の“オープニングゲーム”としてプレーボールを迎えるのが、女子ソフトボールの日本対オーストラリアだ。
「日本は北京(五輪/2008年)で勝っていますからね。目指すのは金しかありません」
数年前から日本ソフトボール協会の三宅豊会長はそう見据え、3大会ぶりに復帰する今回のオリンピックで金メダルを獲得すべく、強化に力を注いできた。コロナ禍で無観客開催という状況で本番を迎える中、日本代表にとってポイントと見られているのが初戦のオーストラリア戦だ。
東京五輪では、これまでと大会方式が変わる。出場チームが8から6に減り、ページシステムといわれる敗者復活の制度はなく、リーグ戦方式で開催されることになった。すなわちリーグ戦で3位になると決勝に上がることができず、5試合目のアメリカ戦を前に星を落とすと致命傷になりかねない。
「ソフトボールはトーナメントの日程が後ろにいけばいくほど、200%の力を出さないといけない」
宇津木麗華監督はそう考え、とりわけ期待をかけてきた一人が「ソフトボール界の大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)」といわれる藤田倭だ。大谷と同じく投手と打者の“二刀流”でプレーする藤田は、2016年の日本リーグで最多勝、本塁打王、打点王の三冠に輝いた。投打で傑出した力を誇ることに加え、宇津木監督は体力面も評価している。
エース上野由岐子に北京と同じ戦い方を期待するのは非現実的
悲願の金メダルを獲得した2008年北京大会では、上野由岐子が決勝トーナメントの3試合とも先発し、2日間で413球を投げて頂点に導いた。野球なら肩肘への負担が心配されるところだが、ソフトボールの投手は投げ方が異なり、これだけの球数を放ること自体は問題ない。ただし、体力的にこなすことができれば、という条件つきだ。
今回が3大会目のオリンピック出場となる上野は、第2戦メキシコ戦が行われる7月22日に39歳の誕生日を迎える。真夏の猛暑が続くと予想される中、北京のようにチームを一人で背負わせる戦い方は現実的ではない。そこで上野と並ぶキーパーソンと見られるのが、右腕投手の藤田だ。
3月24日に15人の代表候補が発表された直後、シドニー五輪銀メダリストで現在は淑徳大学女子ソフトボール部を率いる増淵まり子氏は、金メダルへのシナリオをこう描いた。
「藤田が2、3試合くらい先発完投、もしくは後藤希友につなぐくらいの仕事をしてくれると、決勝を迎えたときに上野の状態を良くしておくことができます。決勝で誰が投げるか決まったわけではないですが、誰が投げてもいいという意味で、チームとしてバランスよくいけるのかなと思います」
今回、投手陣は上野、藤田、後藤の3人が選ばれた。20歳の後藤はまだ国際経験が少なく、勢いを買っての選出と見られる。
一方、30歳の藤田はここまで順調にキャリアを重ねてきた。初めて日本代表に選ばれたのは2012年世界選手権。当時は21歳で、将来への期待を寄せられての選出という意味合いが強かった。そんな中で42年ぶりの世界選手権優勝に貢献すると、以降、主力への階段を上っていく。
藤田倭のソフトボール人生のターニングポイントは、5年前の米国戦の敗戦
藤田がソフトボール人生のターニングポイントとして振り返ったのが、2016年の世界選手権だった。上野がケガで欠場する中、決勝でアメリカに敗れて準優勝に終わる。その一戦を経て、藤田は意識が変わっていったとYouTube「SOFTJAPANチャンネル」の「[CAMERA ROLL STUDIO] #3」で話している。
「今までは2番手でもいいから代表入りできればいいとどこかで思っていたし、上野さんがエースであることに変わりはないんですけど、どこかで甘えていた自分がいて。それが成長しなかった原因と気付いて、自分が自チームでもエースとしてっていう自覚を持つようになった試合でした」
成長した姿を見せたのが、2年後に行われた2018年世界選手権の準決勝、アメリカ戦だった。先発した藤田は7回まで3失点と好投したものの、延長8回に打たれてサヨナラ負けを喫した。だが、アメリカ相手に最後まで投げ切った自信、そして敗戦の悔しさを力に変え、上野と並ぶ「二枚看板」といわれるまでになっていった。
藤田は身長165cmで、174cmの上野とは異なるタイプといえる。上野は最速121km/hと、世界トップクラスのスピードボールが武器だ。ちなみにソフトボールの120km/hは、野球の体感速度に直すと160km/hほどとされる。
対して、藤田の直球は100km/h超。ボールを高低、内外と巧みに投げ分け、ツーシームでボールを動かし打ち取っていくのが持ち味だ。左バッターのインコースにツーシームを投げ込めるほど、制球力には自信を持っている。
オリンピックイヤーの今年、藤田は悲願達成への“決意”を行動で示した。12年間在籍した太陽誘電からビックカメラ高崎に移籍したのだ。新天地で尊敬する先輩右腕と多くの時間を共にしてきただけではなく、日本代表の正捕手格・我妻悠香と日常的にコンビを組んできたのもプラスに働くだろう。
「日本を背負う人」という思いが込められた「倭」の名前
そうして迎える東京五輪。ポイントになる初戦のオーストラリア戦で、先発と予想されているのが藤田だ。7月9日のメキシコ代表との練習試合では7回を完投した一方、3回までに2本塁打を含む8失点と不安をのぞかせた。本番までにどれだけコンディションを上げていけるかが、過去4大会全てでメダルを獲得しているオーストラリア戦のカギになる。
ソフトボールは2008年北京大会を最後にオリンピック競技から外れ、藤田にとって今回が初めての挑戦だ。金メダルが至上命題とされ、自国開催ならではのプレッシャーもかかる。
そうした重みを感じて登るマウンドへ、藤田は特別な気持ちを抱いている。先述したYouTube「SOFTJAPANチャンネル」で、先輩右腕への思いをこう明かした。
「今まで与えてきてもらったばかりだったので、何か形にして返したいなと思います。2人で力を合わせて、チームの中心としてできるように。上野さんと長く一緒にソフトボールができることにも感謝してやりたいと思っています」
自国開催のオリンピックは、新型コロナウイルスの感染拡大によって誰も予想できなかった形で開幕を迎える。開幕直前となった今でも開催の賛否両論が渦巻く中、先陣を切って臨む女子ソフトボール日本代表がどれほどの重圧を感じて臨むのか、まるで想像できない。
加えて東京大会の後、ソフトボールは再びオリンピック競技から外れる。自国開催の今回、藤田にとって最初で最後の晴れ舞台になるかもしれないのだ。
両親から「日本を背負う人に」という思いを込められ、「倭」という名を授けられた。果たしてキャリアの集大成ともいえる舞台で、どんな投球を見せるのか。そして、偉大な大先輩に少しでもいい形でバトンをつなぐことはできるか。
女子ソフトボール日本代表、その命運を握る藤田にとって、勝負の時がまもなく始まる。
<了>
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