
阪神・藤浪晋太郎、迷い込んだトンネル抜ける「武豊の教示」。15年ぶり優勝のキーマン「思考と哲学」③
いよいよキャンプも終わりを告げ、新シーズンに向けた形が見え始めてきた。2019シーズンの阪神タイガースは、怒涛の6連勝で大逆転のクライマックスシリーズ進出を決め、横浜に乗り込んだファーストステージでは1点を争う痺れるような展開を制するなど、見る者を魅了した。
期待される15年ぶりのリーグ優勝。そのキーマンは果たして誰になるのだろうか? その思考と哲学に迫る連載、最後の一人は、藤浪晋太郎だ。長く暗いトンネルに迷い込んでしまったエースに新たな気づきをもたらし視界を開いたのは、稀代のジョッキーの唯一無二の言葉だった――。
(文=遠藤礼、写真=Getty Images)
誰よりも自分自身が自分を信じられなくなっていた
光と影、栄光と挫折……そんな言葉も陳腐に聞こえてしまうほど上下動の激しい濃密な7年間を過ごしてきた。
0勝0敗――。昨季刻まれたキャリア初の数字に「屈辱」以外の捉え方なんてないはずだった。プロ8年目を迎えた藤浪晋太郎は、俯瞰しながら苦闘の長い道のりを静かに振り返る。
「(昨年が)悔しいシーズンなのは間違いないですけど、その前の2年(2017、18年)も0勝でもおかしくなかったので。あの状態でごまかして3勝も5勝もよくできたなと思う。そういう意味では(0勝だったのも)不思議じゃない。ただ、ショックを受けていても仕方ないので、今年やるしかない。ありきたりですけど、今はそういう気持ちですね」
結果の出ない日々を投げやりに、素通りしてきたわけでは決してない。「高卒でプロに入って、もう25歳かと。あっという間の7年間でした。本当にいろんなことを経験し過ぎたというぐらいしてきました」。
高校生から社会人へ。誰だって18歳が25歳になれば、それぞれ艱難辛苦の経験は積むだろう。小さな成功もあれば大きな失敗をすることだってある。笑うこともあれば、泣くこともある。藤浪もそうだ。順風満帆と思われたキャリアに突然“逆風”が吹いただけだ。浴びていた脚光が罵声に変わることも知った。ただ、時に顔を背けることはあっても、前だけは向いてきた。だから「勝てなかったですけど挫折とかそういう感じで思ったことはないです」と言い切る。不調の期間と比例する、自身と向き合ってきた膨大で孤独な時間は、悩める若きエースにとって、決して無駄ではなかった……いや、そうしなければいけない。
名門・大阪桐蔭のエースとして春夏連覇の偉業を成し遂げ、2012年のドラフト1位で阪神タイガースに入団すると高卒1年目から10勝。3年連続で2桁勝利をマークし瞬く間にチームに欠かせぬ存在になった。待望されてきた生え抜きの大黒柱に多くのファンが夢と希望を乗せた。そんな中、見えないところで歯車は狂い始めていたのかもしれない。2016年は7勝に終わると翌年の2017年春には制球難に陥り、初めて不振を理由に2軍降格も経験。本来の姿を取り戻せないまま、長く暗いトンネルに迷い込んでしまった。
普段から研究熱心で、知識や引き出しがあるが故、試行錯誤するうちに「自分の投げ方を忘れてしまった」と投球フォームは大きく崩れた。ただ、それ以上に心の部分での揺らぎが悩みをより深くし、見えない何かとの戦いにいざなった。
「今思えば病んでましたね……。グラウンドに行くのも憂鬱になった時期もあったので。全員が敵に見えるというか、疑心暗鬼になるというか。俺、そんな悪いことしたのかなと……」
個人成績の下降とともにチーム内からも厳しい視線が注がれた。練習姿勢や先輩へのあいさつに至るまで……自分の悪評ばかりが、どんどん耳に入ってきた。「自分が弱かったですね」。誰よりも自分が、藤浪晋太郎という人間を信じられなくなっていた。
数え切れないほどの称賛と批判を受けた「唯一無二」の2人
そんな時、思考の転換を促してくれたのは稀代のジョッキーだった。親交のある武豊からかけられた言葉は、発する者、受け取った者が「唯一無二」であるからこそ響き合い、新たな気づきになった。
「これは語弊があるかもしれないんですが。おごりとかそういう意味じゃなく、自分のことをもっと特別だと思ったほうが楽になれるよ、と。いろんな批判、バッシングを受けても自分でおれるよと。(武)豊さんは特にそういう話をしてくれました。あえてそう思えよと。自分が特別だから、それだけ批判も言われる。そう思うようにしてから気楽になれた部分はあります」
10代の頃からターフで数え切れないほどの称賛を受け、批判にもさらされてきた境遇は、高校時代に日本の頂点に立ちプロでも背負いきれないほどの期待を受けてきた右腕と重なる部分は少なくない。武豊が藤浪晋太郎に教示するからこそ意味を持った「境地」。期待や批判を受け止めるのではなく必然の「あるもの」とする心構えは、これまで備えていなかったもの。苦しんだ3年以上もの期間、何度も遠回りしながら、ようやくたどり着くことのできた“場所”だった。
しかし、藤浪が上がっているのはプロの舞台。どれだけ苦しい過程を踏んで精神的にたくましくなっても、結果がすべてを凌駕してしまうある意味、残酷な世界だ。だからこそ歩んでいく道は一つしかない。
「いつか“あの苦しんだ時期があったから”と言えるようにしたいですよね。そのためには、結果を出さないといけない。プロなんで、いつ切られてもおかしくないと思ってます。まだいける、とかそんな感じではないですね」
道半ばでも復活へ向けて着実に前進はしている。昨年の秋季キャンプと今春キャンプで臨時コーチを務めた元中日ドラゴンズの山本昌氏の指導も受け、課題とされてきたリリースポイントは安定しつつある。何より、宜野座のブルペンで投じるボールの威力を見れば、やはり背番号19が「特別な存在」だと感じざるを得ない。その輝きを取り戻すことが、リーグ優勝を目指す矢野阪神最大の“補強”となることは間違いない。
すべてを覆すようなことを言えば、1軍での躍動も、過去4年間のもがきも、今はまだ「意味」を持っていないのかもしれない。その“答え合わせ”はもっと先にあると信じて、25歳はマウンドに上がり続ける。
<了>
【連載第1弾】阪神・矢野燿大「育成と勝利の両立」2つの信念。15年ぶり優勝のキーマン「思考と哲学」
【連載第2弾】阪神・能見篤史、自らリスクに進む「41歳の覚悟」。15年ぶり優勝のキーマン「思考と哲学」
阪神・及川雅貴の素顔とは? 脆さも内包する「未完の大器」の進化の過程
[プロ野球12球団格付けランキング]最も成功しているのはどの球団?
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
大阪ダービーは「街を動かす」イベントになれるか? ガンバ・水谷尚人、セレッソ・日置貴之、新社長の本音対談
2025.07.03Business -
異端の“よそ者”社長の哲学。ガンバ大阪・水谷尚人×セレッソ大阪・日置貴之、新社長2人のJクラブ経営観
2025.07.02Business -
「放映権10倍」「高いブランド価値」スペイン女子代表が示す、欧州女子サッカーの熱と成長の本質。日本の現在地は?
2025.07.02Opinion -
世界王者スペインに突きつけられた現実。熱狂のアウェーで浮き彫りになったなでしこジャパンの現在地
2025.07.01Opinion -
なぜ札幌大学は“卓球エリートが目指す場所”になったのか? 名門復活に導いた文武両道の「大学卓球の理想形」
2025.07.01Education -
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
“高齢県ワースト5”から未来をつくる。「O-60 モンテディオやまびこ」が仕掛ける高齢者活躍の最前線
2025.06.27Business -
「シャレン!アウォーズ」3年連続受賞。モンテディオ山形が展開する、高齢化社会への新提案
2025.06.25Business -
プロ野球「育成選手制度」課題と可能性。ラグビー協会が「強化方針」示す必要性。理想的な選手育成とは?
2025.06.20Opinion -
スポーツが「課外活動」の日本、「教育の一環」のアメリカ。NCAA名門大学でヘッドマネージャーを務めた日本人の特別な体験
2025.06.19Education -
なぜアメリカでは「稼げるスポーツ人材」が輩出され続けるのか? UCLA発・スポーツで人生を拓く“文武融合”の極意
2025.06.17Education -
「ピークを30歳に」三浦成美が“なでしこ激戦区”で示した強み。アメリカで磨いた武器と現在地
2025.06.16Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
「ピークを30歳に」三浦成美が“なでしこ激戦区”で示した強み。アメリカで磨いた武器と現在地
2025.06.16Career -
町野修斗「起用されない時期」経験も、ブンデスリーガ二桁得点。キール分析官が語る“忍者”躍動の裏側
2025.06.16Career -
ラグビーにおけるキャプテンの重要な役割。廣瀬俊朗が語る日本代表回顧、2人の名主将が振り返る苦悩と後悔
2025.06.13Career -
「欧州行き=正解」じゃない。慶應・中町公祐監督が語る“育てる覚悟”。大学サッカーが担う価値
2025.06.06Career -
「夢はRIZIN出場」総合格闘技界で最小最軽量のプロファイター・ちびさいKYOKAが描く未来
2025.06.04Career -
146センチ・45キロの最小プロファイター“ちびさいKYOKA”。運動経験ゼロの少女が切り拓いた総合格闘家の道
2025.06.02Career -
「敗者から勝者に言えることは何もない」ラグビー稲垣啓太が“何もなかった”10日間経て挑んだ頂点を懸けた戦い
2025.05.30Career -
「リーダー不在だった」との厳しい言葉も。廣瀬俊朗と宮本慎也が語るキャプテンの重圧と苦悩“自分色でいい”
2025.05.30Career -
「プロでも赤字は100万単位」ウインドサーフィン“稼げない”現実を変える、22歳の若きプロの挑戦
2025.05.29Career -
田中碧は来季プレミアリーグで輝ける? 現地記者が語る、英2部王者リーズ「最後のピース」への絶大な信頼と僅かな課題
2025.05.28Career -
風を読み、海を制す。プロウインドサーファー・金上颯大が語る競技の魅力「70代を超えても楽しめる」
2025.05.26Career