
苦悩と試行錯誤の末にカップ戦優勝。浦和レッズレディースのWEリーグ初優勝に期待するこれだけの理由
いよいよ10月22日に開幕する2022-23 Yogibo WEリーグ。その優勝候補の一角として、大きな期待を背負うのが三菱重工浦和レッズレディースだ。今年2月に皇后杯で優勝。リーグに先駆けて行われた今季のWEリーグカップでも、10月1日に劇的な試合展開の末に優勝を決め、チームは勢いを増して順風満帆に見える。しかし、世代交代を目指す楠瀬直木監督がもたらした数々の刺激を受け、チームは一時、不安や戸惑いの日々を送っていたという。試行錯誤を繰り返しながらも手にした優勝。挑戦と結果、その双方を両立させられた理由とは?
(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)
不安や戸惑いの日々。「新しい布陣を試したり…試行錯誤でした」
「全員が粘り強い戦いを積み重ねた結果、優勝できた。残り少ない時間で追いついたり、勝負強さが出て、そのことが成功体験になっている。もちろん昨年まで積み重ねた土台はありますが、そこに新しい選手が入ってきたり、新しい布陣を試したり……試行錯誤でした」
10月17日、WEリーグ開幕戦前に行われたWEリーグキックオフカンファレンスで三菱重工浦和レッズレディース(以下、浦和)MF猶本光がこう振り返った。
10月1日、2022-23 WEリーグカップ決勝で浦和は日テレ・東京ヴェルディベレーザと対戦。0-3の劣勢から終盤、わずか9分間で3得点を挙げて同点に追いつく。試合はPK戦を制した浦和が優勝を果たした。
今季一つ目のタイトルを手にした浦和。今年2月には皇后杯も制しており、周囲からみれば不思議ではない、下馬評通りの結果かもしれない。
しかし、今季始動からカップ戦優勝までの約2カ月を振り返れば、チームは乗り越えなければならない課題に対し、試行錯誤の連続であり、不安や戸惑いの日々だったといえる。
新指揮官の強い思い。「競争原理が足りなかったので…」
浦和に突きつけられた宿題は、世代交代。
2019年1月に就任した森栄次監督は各選手の特長を生かしたポジションにこだわらない、相互補完サッカーを浸透させ、リーグ戦、皇后杯でともに優勝を果たした。
テクニシャンぞろいのうまいチームを力強いチームに変えた一方、課題はあった。お互いに何をすればいいかわかり合っている、いわば、あうんの呼吸を前提としたサッカーなだけに、固定したメンバーを起用せざるを得ない。同じメンバーで同じサッカーを続けることはプレーする側も指導する側も安心であり楽ではある。しかし、それでは永続的に強くあり続けることはできない。チームは年々なだらかな下降線をたどることになる。
この課題を解決する新たなミッションに取り組むのが、昨季の森栄次総監督との二頭体制を経て、今季から本格的に単独で指揮を執る楠瀬直木監督。
これまで楠瀬監督は「チャレンジしないと次のステージにはいけない」「競争をしなければ成長につながらない」と強い危機感を何度も口にしている。
今季、まず楠瀬監督がリーグカップで試みたのは、出場選手の少ない選手や若手の積極起用。そこにはより必要に迫られた理由がある。まずは守備の要だったDF南萌華がイタリア・セリエAのローマへ完全移籍したこと。さらに今年5月にGK鈴木佐和子が左膝前十字靭帯損傷。続く6月には、なでしこジャパンの合宿中、長年ゴールマウスを守り続けたGK池田咲紀子が右膝前十字靭帯損傷といずれも長期離脱を強いられた。
「競争原理が足りなかったのであおっていきたい」
指揮官の思いは強かった。
楠瀬監督の期待に応えた若手選手。チームの底上げを実感する猶本光
2021年8月21日、リーグカップ初戦の大宮アルディージャVENTUS戦(2-2)では昨季リーグ3試合出場(出場時間8分)のFW植村祥子、途中出場が多かったDF長嶋玲奈、さらに特別指定選手のGK伊能真弥を先発で起用。続く第2節・アルビレックス新潟レディース戦(4-1)ではDF髙橋美紀が先発。その髙橋を前半で下げ、後半からDF河合野乃子を投入するなど昨季まで先発だった選手をベンチに置き、出場機会に恵まれてこなかった選手を積極的に起用した。
8月、コスタリカで開催されたFIFA U-20女子ワールドカップに招集され、活躍したFW島田芽依、DF石川璃音、GK福田史織も先発起用。3人そろい踏みしたリーグカップ第6節・ちふれASエルフェン埼玉戦では7分に島田が、27分にはセットプレーから石川が得点を決め、さらに福田が無失点に抑えて、2-0の完封勝利。監督の期待に応えた。
楠瀬監督は若手にこう伝えて、強い覚悟を求めた。
「チャンスは与える。でもチャンスをモノにしなければならない。そのためにはチームメートから戦う仲間だ。チームの一員だと思われなければならない。もしできなければ、ただの登録メンバーになってしまう」
猶本はその効果が確実に現れていると語る。
「クスさん(楠瀬監督)はユース監督の経験があるので若い選手には厳しい部分はあります。でも(若手たちは)ハングリー精神を持ってどんどんくらいついて頑張っています。底上げになっています」
主力選手に刺激を与えた「新布陣」と「コンバート」
若手だけではない。これまで主力で戦ってきた選手への刺激も忘れていない。
前述のリーグカップでは、昨季までの4-2-3-1から、より攻撃的にするべく4-3-3に変更。途中、従来の布陣に戻したり、相手の特長を踏まえ4-4-2でスタートした試合もあった。布陣はあくまで数字の並び。しかし役割は変わる。オプションや引き出しを増やして、柔軟性のある戦い方をチームは目指している。
試したのは、新布陣だけではない。積極的にコンバートも実現させた。
昨季、試合の流れを変える切り札だったMF遠藤優を右サイドバックでスタメン起用。左サイドバックMF佐々木繭はサイドバック、センターバック、ボランチと3つのポジションをこなした。攻守の要であるMF柴田華絵がケガで不在の際は、MF塩越柚歩が安定感あるプレーでボランチの穴を埋めた。当の塩越は「ボランチは記憶がないくらい久しぶり」と振り返りつつ、「なんとか声をかけ合ってできた」とひと安心の様子だった。
若手の積極起用。試合ごとに違うメンバーでの戦い。新布陣へのチャレンジ。挑戦的なコンバート。その上で、結果を出さなければならない。にもかかわらず、選手は見事に監督の期待に応え、リーグカップ優勝を果たせたのはなぜだろうか。
猶本光「みんなで話し合って、積み重ねてきた」
リーグカップ優勝までの道のりを振り返って、猶本は「みんなで話し合って、積み重ねてきました」と語った。
こんなシーンがあった。
ある夏の日の公開練習後、7、8人の選手が小さいホワイトボードを囲んでマグネットを動かしながら話し合っていた。ずいぶん長い時間だったと記憶している。聞けば今シーズン、選手同士で話す回数が多くなったという。それは今も変わらず、リーグ開幕直前、10月19日の公開練習ではスタッフを含めてDF陣全員が集まり、基本的な守備の動きを皆で共有し、さらにポジションの近い選手同士で細かく確認し合うシーンが見られた。
「監督の新しい指示について選手内で話し合え、互いに高められています。方向性を示すなか、ピッチ内で感じたことを監督は大事にしてくれますし、そのなかで自由を与えてくれます。とにかく今、みんなで高め合えています」(安藤梢)
「不安や不満を乗り越え、消化できたのはこのチームはみな仲が良いから。監督の僕がズレたことをやってもみんなで修正してくれ、明るく、文句なくやってくれる」(楠瀬監督)
猶本の言う「話し合いの積み重ね」が破綻することなく、チームに勝負強さ、粘り強さをもたらせたといえる。
「補強ができなかった」のではなく、あえて「しなかった」理由
監督の宿題に結果で応えた選手たち。ここでふと浮かんだ事象がある。
本来、世代交代を促進し、競争意識を高めるのに一番手っ取り早い方法がある。補強だ。その点を考えれば、南の穴を埋めるべく代表レベルの即戦力を獲得する方法がある。あるいは出場機会を得たい選手がチームを去ったあと、そのポジションを補強して新たなチームをつくることもできる。
しかし、シーズン前の浦和に目立った補強はなかった。クラブが、「補強ができなかった」というより、あえて「補強をしなかった」といえる。理由はチームにゆるぎないベースがあるから。
でき上がったベースに代表クラスが加入しても、フィットするかどうかは不確定要素が多い。それよりも、現有戦力を起用し見極めつつ、有望なアカデミーの選手をトップに昇格させるほうが確実で効率的。育成に定評のある森栄次氏が今季アカデミーダイレクター専任になったことは、その循環をつくる布石ともいえる。
世代交代はそう簡単ではない。単純かつ大胆な切り替えだけでは性急すぎて不協和音が起きかねない。その悪例は枚挙にいとまがない。なるべく戦績を落とさず、ある程度、時間をかけたスムーズな世代交代へ。その準備を進めようとするクラブの姿勢が感じられる。
本格的な世代交代の始まりとなる2022-23シーズン。10月23日、AC長野パルセイロレディースとのリーグ開幕戦。リーグ優勝への道は埼玉スタジアム2002から始まる――。
<了>
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