羽生結弦、「至高のライバル」ネイサン・チェンの存在。自分の演技貫き「奪還したい」
NHK杯で圧巻の優勝を果たした羽生結弦は、12月5日からイタリア・トリノで開幕するISUグランプリファイナルへの進出を決めた。怪我の影響で欠場していた過去2大会で連覇を果たし、世界王者にも輝いているネイサン・チェンをはっきりと意識していると公言し、3大会ぶりの王座奪還を誓っている。世界の頂点をかけた至高のライバル関係は、羽生をさらなる高みに連れていくに違いない――。
(文=沢田聡子、写真=Getty Images)
怪我への恐怖と戦っていた羽生結弦
NHK杯で2位に55点以上の大差をつけて優勝し、グランプリファイナル進出を決めた羽生結弦。しかし、羽生には内なる強敵がいた。怪我の記憶だ。
フリー当日午前の練習での羽生は、ジャンプでパンクするシーンも多く、あまり調子がいいようには見えなかった。メダリスト会見で、羽生はこの時怪我をすることへの恐怖と戦っていたことを吐露している。
「正直、朝の練習は不安しかなかったです。というのも、ジャンプが跳べるか跳べないか、練習の結果が不安だったというものではなくて、とにかく最後まで怪我をしないようにしたいという不安感がすごく強くて、試合とはまた違った緊張感がすごくありました」
「ただひたすら『怪我したくない』という気持ちでいたので、その練習が終わってある程度ほっとできた」という羽生は、過去2シーズン、グランプリシリーズ2戦目の公式練習で怪我をしている。平昌五輪があった2017-18シーズンは、前日発熱していた状態で臨んだNHK杯の公式練習で4回転ルッツを跳び転倒、右足を痛めたため次に出場する試合は五輪本番となってしまった。2018-19シーズンはロステレコム杯(ロシア)の公式練習で4回転ループの着氷に失敗し、再び右足を痛めて世界選手権まで試合に出場できなかった。メダリスト会見で真っ先に「とにかく健康でどこも痛いところなく、大きな怪我をすることなく、無事フリーまで滑り終えたことは、とても良かったなと思います」と切り出した羽生は、二回の怪我について何度も振り返ったこと、そしてファイナルにかける思いの強さをうかがわせる発言をしている。
「自分の中で去年の怪我は本当に事故的なものだと思っていますし、しょうがない。どう避けようもなかったという怪我だと思います。その前の怪我も、体調が良くない中でルッツをやってしまったという反省はもちろんあるんですけど……ただやっぱりジャンプの怪我というのはどうしてもつきものなので、しょうがないというふうに自分の中では思っていて。だからこそ、やっぱり(ファイナルに)いきたいのにいけない、というのがすごくありました。また自分が(2013-14~2016-17シーズンに)グランプリファイナル4連覇して、その後に『もっと記録を伸ばしたい、もっと強くずっと君臨していたい』と思っていたのが、どんどん遠ざかっていって、最終的に(ネイサン・チェンに)連覇されてしまっている。やっぱり『もう一回奪還したい』という思いがすごく強くあって」
最高のライバル、ネイサン・チェンの存在
平昌五輪、そして昨季の世界選手権についても、羽生の復活劇はその強さを示すものとして語られてきた。しかし、いずれのシーズンもファイナルは怪我のために出場できなかった(2017-18シーズンはグランプリ2戦目NHK杯棄権、2018-19シーズンは進出を決めたが治療のため欠場)。そしてその間王座に就き続けているのは、自他共に最高のライバルと認める現世界王者、ネイサン・チェンだ。
羽生が師事するブライアン・オーサー コーチは、羽生とチェンを較べたら、という質問に対し「まったく違うタイプのスケーターなので、なかなか比較はできない」と答えている。
「ネイサンも、ものすごくいいものを持っています。全然違うタイプのスケーターで、二人とも優秀です。お互いにいい存在だと思います。結弦にとっても、ああいう存在がいて自分が頑張れるきっかけになる。ハビエル(・フェルナンデス、平昌五輪銅メダリスト)がいなくなった今、そういう存在が必要ですよね」
二人の教え子、羽生とハビエルが切磋琢磨して強くなっていく過程を一番近くで見ていたオーサーコーチは、羽生にとってチェンの存在がどれだけ重要かをよく知っているのだろう。
今季の世界最高得点(合計点)は、羽生がスケートカナダで出した322.59。昨季世界選手権でチェンが記録した世界最高得点323.42との差は1点に満たない。しかし、羽生は昨季の得点との比較には意味を見出ださないという立場だ。またチェンの今季グランプリシリーズでの得点(合計点)は、スケートアメリカ299.09、フランス杯297.16。非常に高いレベルを保ちながらも300点には達していないが、羽生はチェンが本領を発揮すればスコアはもっと上になると考えている。
NHK杯の一夜明け会見で羽生は、ファイナルにはチェンを意識して臨むことをはっきりと語った。
「自分にとってファイナルは、本当にネイサン選手との戦いみたいな感じ。やっぱり勝ちたい。勝つことに意味があると思っている。今季は2戦とも、とりあえず点数では勝っています(NHK杯、羽生の得点は総合305.05)。今回は満足し切れるとはいえない内容ではあるんですけど、でもそれでも勝てている、という自信は持ちつつ。ただ、彼もこんなものではない、ということは分かっている。(ファイナルには)スケートカナダ、今回以上にいいコンディションで臨めるようにしたいというのが、一番の対策、すべきことかなと思います」
自らのスケートを貫いて王座奪還を
チェンに勝ちたい思いを明言する羽生だが、同時に自らのスケートを極める歩みはぶれていない。スケートアメリカのチェンの演技を見て自身との違いをあらためて感じたという羽生は、スケートカナダには自分自身のスケートをする姿勢で臨んだ。その結果が、今季世界最高の322.59というスコアだったのだ。NHK杯のミックスゾーンで、オーサーコーチが二人の“タイプの違い”に繰り返し言及したことには、羽生に引き続き自らのスケートに集中してほしいという思いが込められていたのかもしれない。
「スケートカナダのあの演技があったからこそ、ガチガチに緊張した」というNHK杯ショートの演技中、羽生は「曲を感じようと思っていました」という。
「どんなに緊張しても、どんなに会場が変わっても、曲だけは変わらない、というふうに思っていたので、曲自体にすごく感情を任せて、いいイメージを持ちながら演技をしていました。曲に感情をすごく入れ切ると、僕の場合はジャンプを跳ぶのがすごく難しいんですね。それはなぜかっていうと、曲にジャンプのテンポを合わせ過ぎちゃうから。そうすると僕のジャンプというんじゃなくて曲のテンポになってしまうので、すごくそこは難しいところなんですけど……ただやはり僕のフィギュアスケートは、そういうところが一番大事なところだと思っていますし、それができてこそ『僕は羽生結弦』と言えると思っているので、それもあらためて感じながら。緊張したからこそ、より曲を感じたということはあるんですけど、あらためて(曲を)感じながらジャンプをするということの気持ち良さを感じました」
プログラムの中に溶け込んだジャンプを、曲に合ったタイミングで跳ぶのが羽生の持ち味だ。完成度の高い演技を日本で再現しようとすることに伴う重圧を、羽生は自分の演技を貫くことで制した。
追う立場か、追われる立場かと問われた羽生は「常に追っています」と言った。
「今は多分、これから世界がスケートカナダの羽生結弦の演技を追ってくると思うんですよ。あの322点を超えるためにいろんなことを考えて、いろんな練習をしてくると思います。ただそれは僕自身も一緒で、僕もあの演技を超えたいし、あの点数を超えたいってすごく思って、常に追っているんだなというふうには思います。あとはネイサン選手がこんなものじゃないというのは自分自身すごく分かっているので、またその彼のベストとも戦いたいという気持ちで、常にいます」
「(ファイナルでは)ノーミスしたい、という気持ちが一番強いです。どういう構成にするかまだ決め切ってはいないですけれども、やはりショート・フリーともにある程度しっかりまとめて、自分自身がどんな相手にどんな演技をされても勝てるという自信を持った状態での演技をしたいなというふうに思います」
怪我の恐怖に耐えてグランプリ2戦を勝ち抜き、念願の舞台であるファイナルで好敵手・チェンと相対する羽生は、自らのスケートを貫くことで王座奪還を果たそうとしている。
<了>
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