日本で「世界一のGK」は育成できない? 10代でJデビューして欧州移籍。世代を超えて築く“目標設定”
1998年に始動した日本サッカー協会(JFA)の「ゴールキーパープロジェクト」。GKというポジションに特化した代表強化・ユース育成・指導者養成の3つの観点で、優れた日本人GK養成の活動を続けてきた。JFAが2005年に行った「2050年FIFAワールドカップ優勝」宣言を受け、現在は「世界一のGKを育成する」ことを目標に掲げている。本活動のプロジェクトリーダーである川俣則幸氏は、そのための道のりをどのように見据えているのか? プロジェクト始動翌年から精力的に行っている「ナショナルGKキャンプ」の目的や選考基準を含めて話を聞いた。
(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真=Getty Images)
18、19歳の選手でも、Jリーグで活躍できる時代
――現在「ゴールキーパープロジェクト」では、「『世界一のGKを育成する』ために『世界5大リーグで活躍するGKの育成』をする」という目標を掲げています。具体的にイングランド、スペイン、ドイツ、イタリア、フランスのような欧州トップリーグの強豪クラブで活躍するGKを日本から輩出するためには、どのような取り組みが必要だと考えていますか?
川俣:これまで世界トップレベルの事例の視察・分析も繰り返しながら、JFAのGKプロジェクトメンバーだけでなく、47都道府県サッカー協会に設置されたGKプロジェクトも含む、国内総勢1000人を超えるプロジェクトメンバーで知見を高め合い、日本から世界で活躍するGKを育成するための環境づくりに取り組んできました。UEFA GK-Aライセンス創設において中心的な役割を担い、ビクトル・バルデスやダビド・デ・ヘアを指導してきた実績を持つプロジェクトのテクニカルアドバイザーを務めるフランス・フックさんとも忌憚のないディスカッションを積み重ねてきました。
その結果、選手の発掘から育成、各年代でどのようなアプローチをするべきかについてはある程度は明確になりつつあります。例えばこれまでJリーグにおいて、GKというポジションは何よりプロとしての場数が必要で、数年かけて少しずつ試合出場を重ねてから、初めて正守護神として試合に出せるようになるといわれてきました。ですが、現在はユース年代でも、Jクラブのアカデミーや高体連の強豪校であれば(高円宮杯 JFA U-18サッカー)プレミアリーグなどで毎週レベルの高い試合経験が積める環境が整ってきています。そのため、実はプロとしての試合経験のない18、19歳の選手でも、Jリーグの舞台ですぐに活躍できるレベルまで育成できるということはだんだんわかってきています。
――昨季、浦和レッズの鈴木彩艶選手が18歳でJ1デビューしたことが話題になりました。今季も柏レイソルU-18から昇格2年目の佐々木雅士選手が、正GKとしてJ1の舞台で印象的な活躍を見せています。
川俣:そのような育成年代からJリーグへのステップアップと同様に、ではJリーグで活躍する日本人GKが、欧州5大リーグで活躍するために何が必要なのか。GKとしての技術面、戦術面、フィジカル面、メンタル面……、さまざまな角度から逆算して分析してきました。その結果、最終的に現地に行って経験しなければ身につかないもの以外は、日本国内でも十分に身につけられるという結論に達しています。
――実際に若くして海外移籍に挑戦する選手が増えてきている印象です。
川俣:以前、川島永嗣選手に海外でプレーし続ける理由について聞いたことがあります。すると「海外でプレーして結果を残すことでしか、日本のGKを世界に認めさせる方法がない。そのために自分は欧州で戦い続ける」と話してくれました。そんな川島選手の背中を見て、若い選手たちが世界を目指し、チャレンジする。川島選手にもそう伝えたところ、「いやいや、自分も川口(能活)さんがイギリスに行かなければ、行ってなかったかもしれない。彼が道を切り開いてくれたので、自分もできるかもしれないと思ったし、やらなきゃいけないと感じた」と。まさにそうやって脈々と川口能活さんの時代から、次の世代へと受け継がれてきたわけです。
最後は欧州を目指すしかない。日本にない環境とは?
――国内において世界で活躍できる選手を育てる上で、特に重要なことはなんですか?
川俣:プレーの分析です。フランスさんからも何度も言われています。「欧州のGKのサイズやスピードにとらわれていないか? 大事なのは局面、局面のプレー、特にテクニックであり、そこを高めるためにプレーの分析が重要なんだ。(日本から世界一のGKを輩出することが)ものすごく遠くの話だと君たちは思っているかもしれないが、そんなに遠くないぞ」と。世界最高峰の舞台であるUEFAチャンピオンズリーグにおいても、細かく分析してみると判断のミスもありますが、基本的なテクニックのミスで失点しているシーンがたくさんあるわけです。
――育成年代においても同じくプレー分析が重要なのですか?
川俣:育成年代では、タレントの発掘はもちろんですが、そういった選手たちに正しいテクニックを身につけることを求めます。中学生年代でしっかりとしたテクニックと個人戦術を身につけて、高校生年代でそれを強度の高い試合のなかでも実践できるように導いていく。マッチ→トレーニング→マッチのサイクルとプレー分析を繰り返すことで選手たちは成長していきます。
もちろん、育成年代で実際に海外でのプレーを経験することも非常に重要です。現在は新型コロナウイルス感染拡大の影響で滞っていますが、国際大会や遠征など、海外での試合経験が積める機会も大事だと考えています。
――世界トップのGKと日本のGKを比較して、どういう部分がまだ足りておらず、どういう部分が武器になると分析されていますか?
川俣:世界と日本のトップトップの選手を両方見てきたフランスさんの言葉を借りれば「それはパスウェイ(道筋)だ」と。「欧州トップレベルの選手たちは毎週世界トップ選手たちが集うリーグ戦で試合をして、チャンピオンズリーグもある。日本にその環境はないだろう?」と。それは確かにそうですよね。
――さらに、そのような欧州のトップクラブに入るためには、実際に欧州の舞台で結果を残して選手自らそこに至るパスウェイをつかむしかありません。
川俣:結局、世界一を目指すのであれば、最後は海外移籍に挑戦して、欧州トップリーグを目指すしかない。そこに至るまでの国内での育成環境は整ってきていると考えています。これまで日本人はサイズが小さいという点もたびたび指摘されてきましたが、今は日本でもサイズの大きな選手も出てきていますし、俊敏さや判断スピードの速さなど、サイズを補う武器もあります。日本の絶対的なウィークはなくなってきています。
「いまこの状態のままで本当に目標を達成できる?」
――「ゴールキーパープロジェクト」では、1999年より「ナショナルGKキャンプ」も実施されています。
川俣:スタート当初は、アンダーカテゴリーの代表チームの始まりの年代であるU-15/U-18でそれぞれラージグループの選手たちを集めてGKトレーニングに特化したキャンプを実施していました。その後、世界一のGK育成のためには、中学生年代の早い段階でのタレント発掘と正しいテクニックの習得が重要だということで、現在はU-13/U-14を対象として年に3回キャンプを行っています。
――「ナショナルGKキャンプ」を行う目的は?
川俣:まず、その世代にどのような選手がいるのかを把握する目的があります。これは選手を選ぶ側のわれわれもそうですが、選手たち自身が全国にはどんな選手がいるのか、自分はいまどの立ち位置なのかを身をもって体感する場でもあります。
あとは目標設定ですね。君たちの最初の目標は何年のU-17、U-20ワールドカップ、その先にオリンピック、そしてワールドカップがあることを、改めてそれぞれ何年後であるのかを示しながら説明します。その上で、そこから逆算した目標設定をしていきます。「何年以内にどのレベルに到達するのか?」「そのために今日のキャンプでは何をするのか?」。さらにそれを所属チームに戻ってからも高い意識を持って取り組み続けることが大切であることを伝えていきます。
――実際に「ナショナルGKキャンプ」を経験した川島選手が海外で長年プレーし、3大会連続でワールドカップ出場を果たしていることも大きな意味を持ちます。
川俣:そうですね。そういった選手たちが歩んできた道のりについても話しながら、「君たちもあの世界に行きたい? じゃあ、いまこの状態のままで本当に目標を達成できる?」と問いかけます。そうするとみんな「このままじゃダメだ」と認識しますよね。じゃあここから一緒に取り組んでいこうと。結局、選ばれて満足するためのキャンプではないんです。来てもらった上で、さまざまな刺激と宿題を持ち帰ってもらう。そして次の機会に、「コーチ、僕これだけできるようになりましたよ」と言えるかどうか。これが大きな要素になってくると思うんです。
「自分が行きます!」一際小柄な選手だった中村航輔
――「ナショナルGKキャンプ」の選手選考の基準についてもお聞かせください。現在は年代別代表が始まるU-15よりも下のU-13/U-14年代での選考になることもあり、まだまだ荒削りだけれど将来性を感じる選手なども積極的に選んでいるのですか?
川俣:はい。年代は下げれば下げるほど将来を見越すことが非常に難しくなります。実際にこの選手はプロでやっていけるかどうかと判断するにしても、早くても16、17歳にならないとわからないんです。ですので、U-13/U-14年代となると選ぶ側も常にチャレンジです。現時点だとこのくらいのレベルであるけれど、将来はこうなると思うという議論を重ねて、なるべく多くの選手を選出して、自身の可能性を広げてもらえるようにと考えています。
――過去のキャンプ参加者のなかで特に印象的だった選手はいますか?
川俣:中学2年生のときにU-15/U-18の枠で参加した中村航輔選手ですね。U-18だと190センチ近い選手もいたなかで、彼は当時160センチちょっとくらいの一際小柄な選手でした。われわれもサイズという点で心配はあったのですが、推薦したメンバーは「大丈夫です。身長もこれからまだ伸びますし、彼の武器は他にある」と。
中村選手を実際に指導してみると、とにかくメンタリティーが強い選手で驚きました。どのような場面でも「自分が行きます!」と一番に前へ出てくる。こういった場で誰かの後ろに引っ込んでいるような選手だとやっぱりダメで、積極的に学ぶ姿勢を持っていることが大事だと改めて気づかせてくれた選手でした。その意味では、必ずしもここがなければダメだという基準はありません。誰にも負けないストロングな部分があることが大切です。
クルトワもノイアーも子どもの頃は決して大きな選手ではなかった
――GKにとって重要なのは、必ずしもサイズやフィジカルだけではないのでしょうか?
川俣:U-13/U-14年代の「ナショナルGKキャンプ」ですと、大きい子もいれば、まだまだ小さな子も選出されています。海外に目を向けても、例えばレアル・マドリードのティボ・クルトワ選手も「子どもの頃は決して大きなサイズの選手ではなかった」とフランスさんが話していました。もともと少年時代はフィールドプレーヤーとしても評価されていて、GKを始めたタイミングも遅かったそうです。
――バイエルンのマヌエル・ノイアー選手も同様に子どもの頃は大柄ではなく、将来を約束されるような選手でもなかったと聞いたことがあります。
川俣:もちろん、高いレベルに行けば行くほどサイズが求められる部分はあります。また、身長の伸びは育成年代から毎年計測することである程度予測はできるようになってきていますが、何も13、14歳で正確にわかるわけではないですし、GKにとってサイズがすべてというわけでもありません。
さらに日本の場合は本当に多岐にわたるパスウェイがあるわけです。Jのジュニアユースからユースに上がれなかったGKが高体連で活躍することも多いですし、高校まで無名だった選手が大学リーグで活躍してプロ入りすることだってあります。われわれもさまざまな形で成長できる場所、機会をつくっていきながら、幅広い視野で選手たちを見守り、共に成長していくことが大切だと考えています。
<了>
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[PROFILE]
川俣則幸(かわまた・のりゆき)
1967年5月9日生まれ、埼玉県出身。JFA GKプロジェクトリーダー。サッカー指導者。筑波大学大学院に進学し、JSL・日立制作所サッカー部に1シーズン所属して現役を引退。引退後は指導者の道に進み、日産自動車および横浜マリノス(ともに現横浜F・マリノス)で日本人初のフィジカルコーチを務め、1997年より名古屋グランパスエイト(現名古屋グランパス)、2000年より湘南ベルマーレでGKコーチを務める。その後、各年代日本代表スタッフとして、2002年FIFAワールドカップ日韓大会の日本代表、2004年アテネ五輪、2008年北京五輪のU-23日本代表などでGKコーチを歴任。現在は日本サッカー協会所属。
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