東大出身・パデル日本代表の冨中隆史が語る文武両道とデュアルキャリア。「やり切った自信が生きてくる」
パデル日本代表の冨中隆史は、東京大学を卒業後にテックファームのシンプレクス株式会社に入社。その後、シンプレクスグループで戦略/DXコンサルティングを行うXspear Consulting(クロスピア コンサルティング)株式会社に入社。25歳の時にパデルを始めて4年目で日本代表に選出され、アスリートとコンサルタントの2つの顔を持つ。文武両道で培った思考力やセルフマネジメントは、現在のデュアルキャリアにも生かされているという。「物理学のスポーツ」と言われるパデルに魅せられたきっかけや、そのキャリアについても話を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、撮影=福村香奈恵[セイカダイ])
「どっぷりハマった」パデルの魅力とは?
――冨中選手はアスリートとコンサルタントの2足のわらじという稀有な肩書をお持ちですが、改めて現在の活動内容を伺っていいですか?
冨中:パデル日本代表として活動しながら、シンプレクスグループのXspear Consulting(クロスピア コンサルティング)株式会社でコンサルタントとして働いています。
――競技歴はどのぐらいですか?
冨中:2017年に初めて、今年で6年目になります。
――競技を始めたのは社会人になってからなのですね。パデルのどんなところに魅力を感じたのですか?
冨中:パデルは壁に囲われているので、360度、いろんな方向から飛んでくるボールを返すんです。私はもともとテニスをやっていたのですが、パデルはテニスよりもショットの種類が多く、一つ一つのショットやスキルが上達すると、できることが増えていくのが楽しくて、どっぷりハマってしまいました。
テニスはプロの試合を見ていても基本的に速い球が多いですよね。でも、パデルは壁でボールが跳ね返ってくるので、あえてゆっくりとしたボールを相手が嫌なところに打ち込むとか、相手のポジションを見て取りづらい軌道を心がけるなど、そういうところで頭を使います。一見難しそうに見えるんですが、ラケットは手と一体となっているので打つのは簡単ですし、戦略が多彩で奥の深いスポーツです。
――全国のパデルコートも少しずつ増えていますよね。冨中選手は「パデル日本代表の頭脳」とも言われていますが、競技面での強みはどんなところですか?
冨中:一番の強みは苦手なショットが特になく、相手をしっかり分析して、相手に合わせたショットや戦術の選択ができるところだと思います。国内の選手は対戦を重ねてきた知り合いが多く、強みや弱みを分かっている選手が多いので、相手のスタイルもしっかり分析して、その上で戦術や戦略を変えていくようにしています。
――昨年のアジア・アフリカ予選では日本代表のキャプテンとしてメンバーを束ねていました。チームを引っ張る立場で心がけていたことはありますか? 冨中:対戦国の選手が出場している試合の動画を共有するなどし、メンバーのモチベーション維持を意識していました。また、パデルは基本的にはダブルスなので、練習を企画して様々なペアリングを試したりしていました。
文武両道を貫いた学生時代。「物理学のスポーツ」に通じる取り組み
――東京大学時代に学んだことや、合理的な考え方など学業で身につけたことがスポーツに役立っていると感じることはありますか?
冨中:パデルはスペインだと「物理学のスポーツ」と呼ばれているんです。そんなに難しい計算や物理学を使うわけではないんですが、ボールがどこに跳ねるかを考えるときに、それが感覚的に生きている部分はあります。それと、取り組み方という点では勉強も仕事もスポーツも似ている部分が多いと思っていて、特に「目標に向かって逆算して今取り組むべきことに落とし込んでいく」という部分では共通していますね。
――東大では、主にどのようなことを学んでいたのですか?
冨中:工学部でいろいろな分野を扱っていたのですが、主にやっていたのは化学系の研究で、試薬を調合するなど、毎日研究に没頭していました。
――それは、パデルの戦術分析などと共通するところもありそうですね。新しい戦術はどのように取り入れているのですか?
冨中:そうですね、パデルの戦術はプロの試合の映像を見て研究したりしています。「この場面ではこういうショットを打つのが有効なんだな」と、自分が知らないスキルや上達のヒントがたくさんありますから。最近はコロナ禍も明けてきて海外からもトップ選手が日本に来てくれるようになったので、試合後に「なんでそこに打ったんですか?」と質問をしたりして戦術をアップデートしています。パデルが盛んな国は日本とはプレー環境や文化も大きく違うので、そういう貴重な経験ができていることも大きいですね。
――2020年に日本代表に選ばれて以降は世界大会にも出場していますが、パデル日本代表チームをサポートしている企業に勤めていることで、競技にどのような相乗効果があると感じますか?
冨中:会社の方から応援してもらえることや、大会の時に仕事のスケジュール面を配慮していただけることなど、環境的にはすごく恵まれています。昔は野球をやっていたので、野球と学業を両立していました。今はパデルと仕事をやっていて、そういうふうにいろいろなことを同時にやることが多いので、業務でもパデルでも限られたリソースの中でアウトプットを最大化して成果を出すことを考えて、時間の使い方を考えられるようになったと思います。
スポーツと仕事で、体と頭を切り替える
――寝ている時以外は常に全力で仕事やパデルをしている感じですよね。オフはあるのですか?
冨中:意図的に作ろうとしてはいるのですが、何もしない日は1カ月に1回くらいしかないです。でも、ストレスにはなっていないですね。歩きながら仕事のことを考えたり、お風呂の中で「こういうパデルの練習をしようかな」と考えたり、基本的にはいつも何かしら考えています(笑)。2つのことをしている分、仕事の同僚に比べてリソースは限られますし、パデルを専門でやっているメンバーに比べると、練習に割ける時間が限られているので。その差を埋めるために、移動時間とか空いている時間で考えるようにしています。
――頭と体の切り替えはどうしているんですか?
冨中:仕事では頭が疲れますけど、体は疲れないですし、逆にパデルは体が疲れますが。自分のやりたいことをやっているので精神的には楽しめています。そういうふうに、うまく切り替えながらやれています。
――2つのキャリアを両立することで精神面ではいろいろと好影響がありそうですね。
冨中:精神面ではすごく大きいと思います。たとえば試合をしていて苦しい場面が来た時でも、これまでの経験から自分が努力してやり切った自信があるので、そういう成功体験を思い出して、生かせる部分があります。
――忍耐強さなどは、冨中さんご自身の元々の性格的な強みもあるのでしょうか?
冨中:性格的な強みだと意識したことはあまりなかったのですが、パデルの仲間や周りの人から「つらいことも全部やりきるよね」と言ってもらうことがあります。パデルの選手は社会人として働きながらスポーツをやっている人が多いですし、やっぱりどちらかが忙しくなるとバランスを取るのに苦労することもある思うのですが、僕はどちらのアウトプットも絶対に妥協しないようにしています。
スタッフからマネージャーへ。アジアカップも迫る重要な時期
――新卒でシンプレクス株式会社への就職を選択された決め手は何だったのですか?
冨中:就活をしている時に一番重要だと考えていたのは、「20代の間に、ある程度忙しくてもいいからビジネス面で成長できる環境に身を置きたい」ということでした。なので、コンサルティング業界で仕事をしたいというこだわりがあったわけではないんです。特に業界を絞らずいろいろな業界を見させてもらった中で、一番裁量を持って働くことができて、成長できる環境だと思ったのがシンプレクスだったので、入社を決めました。
――その後、グループ会社のXspear Consulting(クロスピア コンサルティング)に籍を移されたきっかけはなんだったのですか?
冨中:私が新卒で入ったのが2017年で、そのタイミングで2、3年規模の大きいプロジェクトに配属されたのですが、それが結局2、3年で終わらず、4年くらい同じプロジェクトをやっていたんです。それで、次は違うことをやりたいと考えて上司とも相談していた時に、ちょうどXspear Consulting(クロスピア・コンサルティング)が立ち上がるタイミングが重なり、今の早田政孝社長から「チャレンジしてみないか?」と声をかけていただいたので決断しました。
――今どのような業務がメインなのですか?
冨中:銀行のシステム開発を担当している企業に常駐し、PMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス:企業や組織におけるプロジェクトを成功に導くため、部署の枠を越えて行う組織)として開発プロジェクトの支援をしています。これまでは一スタッフという立場でしたが、今は部下をつけてプロジェクトを動かしていくマネージャーのポジションに移行しつつあるタイミングで、後輩の育成もしながらクライアントに対してしっかりとしたアウトプットを出せるように日々向き合っています。パデルでもアジアカップに向けて積み上げている時なので、仕事もパデルもとても重要な時期なんです。
――まさにステップアップの過渡期なんですね。ご家族の支えも励みになっているのでしょうか。
冨中:そうですね。1年半くらい前に結婚したのですが、基本的に仕事やパデルで家にいる時間が少ないので、妻には迷惑をかけています。しばらくはこの生活は変わらないと思うのですが、引退する時が来たら、ちゃんと家族サービスをしようと考えています。
<了>
意外に超アナログな現状。スポーツ×IT技術の理想的な活用方法とは? パデルとIT企業の素敵な関係
イニエスタが自宅にコートを造るほど沼にハマる。次なる五輪種目候補「パデル」って何?
高学歴サッカー選手&経営者・橋本英郎が考える、自分を信じる力を生む“文武両道”
東大出身者で初のJリーガー・久木田紳吾 究極の「文武両道」の中で養った“聞く力”とは?
東海オンエア・りょうが考えるこれからの“働き方” デュアルキャリアは「率直に言うと…」
[PROFILE]
冨中隆史(とみなか・たかふみ)
1991年11月18日生まれ、奈良県出身。シンプレクスグループのXspear Consulting(クロスピア コンサルティング)株式会社所属、パデル日本代表。東京大学工学部を卒業し、新卒でシンプレクス株式会社に就職。2017年にパデルを始め、2020年にパデル日本代表に選出される。2021年には世界大会アジア予選に出場、同年のダンロップ全日本パデル選手権で優勝。2022年には、シンプレクス・ホールディングスが一般社団法人日本パデル協会とパートナーシップを締結。相手を緻密に分析力し、柔軟に戦術を組み立てるプレースタイルが魅力。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
アスリートを襲う破産の危機。横領問題で再燃した資金管理問題。「お金の勉強」で未来が変わる?
2024.10.18Business -
最大の不安は「引退後の仕事」。大学生になった金メダリスト髙木菜那がリスキリングで描く「まだ見えない」夢の先
2024.10.16Business -
浦和サポが呆気に取られてブーイングを忘れた伝説の企画「メーカブー誕生祭」。担当者が「間違っていた」と語った意外過ぎる理由
2024.09.04Business -
スポーツ界の課題と向き合い、世界一を目指すヴォレアス北海道。「試合会場でジャンクフードを食べるのは不健全」
2024.08.23Business -
バレーボール最速昇格成し遂げた“SVリーグの異端児”。旭川初のプロスポーツチーム・ヴォレアス北海道の挑戦
2024.08.22Business -
なぜ南米選手権、クラブW杯、北中米W杯がアメリカ開催となったのか? 現地専門家が語る米国の底力
2024.07.03Business -
ハワイがサッカー界の「ラストマーケット」? プロスポーツがない超人気観光地が秘める無限の可能性
2024.07.01Business -
「学校教育にとどまらない、無限の可能性を」スポーツ庁・室伏長官がオープンイノベーションを推進する理由
2024.03.25Business -
なぜDAZNは当時、次なる市場に日本を選んだのか? 当事者が語るJリーグの「DAZN元年」
2024.03.15Business -
Jリーグ開幕から20年を経て泥沼に陥った混迷時代。ビジネスマン村井満が必要とされた理由
2024.03.01Business -
歴代Jチェアマンを振り返ると浮かび上がる村井満の異端。「伏線めいた」川淵三郎との出会い
2024.03.01Business