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ファジアーノ岡山がJ1に刻んだ歴史的な初勝利。かつての「J1空白県」に巻き起ったフィーバーと新たな機運
J1初陣で京都サンガF.C.から歴史的な初勝利をあげたファジアーノ岡山。ヴィッセル神戸、サンフレッチェ広島、ガンバ大阪と、東西をJ1優勝経験のあるチームに囲まれたかつての“J1空白県”は、1万4575人の大観衆とともに歴史を刻んだ初戦をどのように迎えたのか。昨季のJ1昇格プレーオフの劇的勝利からチケットが前売り開始5分で完売した開幕戦までの過程、そして京都戦での勝利を通じて岡山に生じた変化を、選手・関係者の声とともにひも解いていく。
(文=藤江直人、写真=スポニチ/アフロ)
開幕戦フィーバーの伏線。岡山県民を動かした期待
年明け早々にクラブ史上で初めて、6500席分のシーズンパスが完売した。ファジアーノ岡山の選手たちが試合で着用するオーセンティックユニフォームも、先行予約開始からわずか3日で販売予定枚数の5000枚に到達。ちなみに、昨年の売り上げは年間を通して約4000枚だった。
ホームのJFE晴れの国スタジアムに京都サンガF.C.を迎えるJ1リーグ開幕節のチケットも、ファンクラブへの先行販売が始まった2月1日で大半が完売。残りも翌2日の一般販売開始から約5分で売り切れた。クラブに関わる誰もが初めて経験する状況で、岡山は注目の初陣を迎えた。
昨シーズンのJ2リーグで5位に入って臨んだJ1昇格プレーオフを、2016、2022シーズンに続く3度目の挑戦で初めて制覇。運営法人が株式会社化された2006年からちょうど20年目で、悲願のJ1の舞台に挑む岡山をめぐるフィーバーぶりは、実は突発的に起こったものではなかった。
京都から前半だけで2ゴールを奪い、体を張った守備で零封して歴史的な勝利をあげた試合後。清水エスパルスで通算14年間にわたってプレーし、昨シーズンから完全移籍で加入した岡山でキャプテンを託されている33歳のベテラン、MF竹内涼が感謝の思いを込めながら目を細めた。
「応援してくださる方々のモチベーションや熱量は、J2時代やその前からおそらく変わっていない。だからこそホームというものを本当に感じさせてくれる、開幕戦の雰囲気になったと思う」
J2リーグに昇格した2009シーズンから昨シーズンまでの平均観客数は、コロナ禍で入場制限が課された2年間を除いて、約1万5000人のキャパシティーに対して約8300人に達している。J1経験のないクラブでは上位にランクされる数字が、2016シーズンには1万人を上回った。
このシーズンの岡山はJ2リーグの6位から下剋上を成就させ、J1昇格プレーオフの決勝へ進んでいる。最後はセレッソ大阪に惜敗し、夢が潰えてしまったものの、いよいよ日本サッカー界のトップカテゴリーに手が届くかもしれない、という期待が岡山県民を動かしていた。
J1王者に囲まれた“空白県”。スタンド埋めた大観衆の思い
岡山が誕生したきっかけは、2005年に岡山県で開催された国体だった。成人の部に臨むサッカーチームを強化する方針が、長く“プロスポーツ不毛の地”と呼ばれた同県にJクラブを作る動きにつながり、川崎製鉄水島サッカー部OBが創設したリバー・フリー・キッカーズが中核を担った。
しかし、J2参入までは順調だったものの、J1へのハードルは高く険しかった。その間に西でサンフレッチェ広島がJ1を3度制覇。東でもヴィッセル神戸が昨シーズンに史上6チーム目のJ1連覇を達成し、さらに東のガンバ大阪も2014シーズンに国内三冠を独占している。
J1クラブが一度も存在していない、いわゆる“空白県”は少なくない。今シーズンにおいては、北の青森から南は沖縄まで「24」を数えている。しかし、そのなかでJ1の頂点に立ったクラブが存在する県に、東西をはさまれている岡山は稀有な立ち位置だったといっていい。
岡山のJ1初昇格が、まさに一日千秋の思いで待たれていたというべきか。J2リーグの上位をキープし続けた昨シーズンの軌跡が歴代4位の平均観客数9188人につながり、ベガルタ仙台に2-0で快勝した昨年12月のJ1昇格プレーオフ決勝では、ホームに1万4673人の大観衆が集結した。
「プレーオフのときもそうでしたけど、この雰囲気のなかで負けるわけにいかないと思えたというか、選手全員を負けるわけがないという気持ちにさせてくれるファン・サポーターがこのクラブにいるのは、僕たちにとってものすごく大きなアドバンテージだと思っています」
開幕戦のスタンドを埋めた1万4575人の大観衆に竹内があらためて感謝した。J1昇格決定から71日目。その間に古参のファン・サポーターに加えて、サッカーに興味をもった新規層、プロ選手に憧れる子どもたちを含めて、県全体を巻き込んだ証がチケットやユニフォームを巡る騒動となる。
迎えたクラブ史上で一度しかないJ1での初陣。京都に快勝した価値を竹内が強調する。
「ファン・サポーターのみなさんがずっと忘れないゲームになったと思うし、5年後や10年後に岡山がどのようなクラブになっているのかはわからないけど、今日という日があったからこそ、そこにつながっていったと思えるような日になるんじゃないか。そう思っています」
市民クラブの歴史とともに。運営面では葛藤も
岡山は特定の企業に依存せず、一人ひとりのファン・サポーターや県内の地元企業などが広く薄く支える市民クラブの歴史を歩んできた。ゆえに開幕戦までも勝手がわからず、手探りの日々を送ってきた。森井悠社長は京都戦後に「心苦しい思いとともに、今日を迎えました」と頭を下げている。
「例えばシーズンパスやオーセンティックユニフォームの発送が、ギリギリのタイミングになってしまいました。さらに発送した中身が正しかったかどうかを、確認する時間もなかなか取れなかった、という点もあります。おそらく何かが起きていると思っていると考えると、本当にご迷惑をおかけしているはずですけど、そういった状況をファン・サポーターの方々が理解して大目に見てくださり、私どもがそれに甘えている状況をすごく心苦しく思ってきました。今日という日を終えられてホッとするのと同時に、今後はしっかり対応していかなければいけないと思っています」
最寄りのJR岡山駅にチームを応援する巨大なボードが登場し、西口からスタジアムに連なる国道53号線にはのぼり旗が立ち並ぶ。町中にあふれるチームのエンブレムやロゴとともに、副社長から昇格する形で昨年3月に就任した森井社長を喜ばせる光景がピッチ上にもあった。
それは4年目の指揮を執る木山隆之監督のもとで、J2時代からまったく変わらぬ戦いを見せる選手たちの姿。その象徴と化していたのが兵庫県の甲南大学から加入して5年目を迎えている、チームの数少ない生え抜きとなる木村太哉(たかや)の一挙手一投足だった。
“岡山イズム”を体現。生え抜き・木村太哉のJ1初ゴール
「僕は過去に年代別の代表歴もないし、大学のときは関西選抜にも入れなかったし、高校のときは北海道でしたけど、国体のメンバーから落ちるとか、そういったサッカー人生を歩んできました。それでも、僕自身はプロサッカー選手になる夢を一度もあきらめませんでした」
自身のキャリアをこう振り返る木村は、オファーを出した岡山への感謝の思いをプレーで表現。シーズンを重ねるごとに、ファン・サポーターからもっとも愛される存在となった。
念願のJ1デビューを果たした京都戦ではダブルシャドーの一角で先発。1点リードで迎えた36分には、右サイドからの折り返しを泥臭く押し込んで初ゴールもマーク。ファン・サポーターの大きな喝采を浴びた木村の自己分析は、岡山全体に脈打つイズムでもある。
「パスをきれいにつなぐとか、技術が求められる場面では他にうまい選手たちがいる。僕に求められるのはハードワークであり、それを誰よりもうまく表現できる自信もある。その意味で守備でも攻撃でも相手を混乱させるプレーをしたいし、それこそが岡山のよさだと思っている」
さらに過去からいまを経て未来へ、岡山の歴史が詰まったバトンを紡ぐ存在でもあると自任する。オフが訪れるたびに、岡山は多くの選手が入れ替わってきた。岡山をJ1昇格へ導けず、夢半ばで他のチームへ移っていった選手たちと交わした約束を思い出しながら、木村はこんな決意を語る。
「移籍していった先輩選手の方々に『お前は岡山で、J1に上がってほしい』と何度も言われてきた。そうした思いを自分に乗せていつも戦っているし、これからも何も驕らずに、しっかり地に足をつけて、岡山らしくチャレンジャー精神をもって、目の前の試合を全力で戦っていきたい」
「真面目なチーム」が市民と紡ぐ独自の文化と可能性
京都戦で登録された20人のうち、J1のピッチに一度も立っていない選手が9人を占めた。そのうち木村を含めた4人が先発し、2人が後半途中から投入されている。初々しくて、それでいて泥臭い戦いを厭わず、なおかつ全員が歯を食いしばって走り抜くチームを先述の竹内はこう表現する。
「プロで長くやっていますけど、間違いなく一番真面目なチームだと思います」
日本有数のサッカーの町として知られる清水時代を、竹内は「買い物など、どこへ行っても声をかけられました」と振り返る。同じ状況が昨シーズンの途中から、例えば小学生の子どもを迎えにいったときなどに「頑張ってください」と激励されるなど、岡山の地でも起こっているという。
「どこに行っても注目されていると感じるし、サッカーだけでなく新しいスタジアムの話題といったものをみんなが話すようになっている。そのなかで僕たちがもっと熱に火をつけるというか、さらにサッカーで結果を残して、盛り上げていきたいという気持ちはすごくあります」
チケット争奪戦が起こっている状況にチームの快進撃が続けば、県や市を動かす形で、すでに構想がもちあがっている新スタジアム建設への機運がさらに具現化する相乗効果も生まれるだろう。
町の中心に誕生したトップカテゴリーのプロクラブが人々に夢や希望を与え、熱い期待や声援に応えようと、選手たちのプレーも熱を帯びる。お互いの人生に大きな意味をもたらす理想的な関係が、岡山の場合に限っては、清水時代とはちょっと違うと竹内は続ける。
「ある意味でサッカーに対して素直といえばいいのか。サッカー文化がものすごくあったわけじゃないなかで、みんながサッカーに興味をもち、子どもたちも僕たち岡山の選手の真似をしていく。そうした独自の文化というものを、これから根づかせられるんじゃないかとすごく感じている」
J1クラブが存在しない、空白の歴史が長かったからこそ、さまざまな色に染まっていく可能性が無限に広がる。J1元年のキャッチフレーズを「この街と挑む。」にすえた岡山は、敵地に乗り込む22日の横浜FCとの第2節を経て、26日には再びホームで、今度はガンバ大阪と対戦する。平日のナイトゲームにもかかわらず、第3節のチケットもすでに前売り段階で完売している。
<了>
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