
なぜ日本のダート馬はこれほどまで強くなったのか? ドバイ決戦に挑む日本馬、世界戦連勝への勝算
4月5日、日本時間深夜。競馬の祭典とも称されるドバイワールドカップデーが行われる。華やかにライトアップされた雰囲気の中、近年は日本の馬たちが目覚ましい躍進を遂げてきた舞台だ。ドバイカハイラクラシック(アラブ)、ドバイゴールドカップ、ゴドルフィンマイル、アルクオーツスプリント(G1)、UAEダービー、ドバイゴールデンシャヒーン(G1)、ドバイターフ(G1)、ドバイシーマクラシック(G1)、ドバイワールドカップ(G1)と国際レースが1日に9つ組まれているこの舞台。登録段階で、日本馬は25頭が出走の意志を表明している。果たしてどのような戦いが予想されるのだろうか?
(文=本島修司、写真=ロイター/アフロ)
前評判からすでに「主役級」の扱いを受ける2頭
過去のドバイワールドカップデーの歴史を振り返ると、日本馬たちが簡単に勝たせてもらえない歴史があった。しかし今は違う。芝馬は世界の中心を担い、多くの馬が主役候補として遠征する。
そして「最難関」と思われたドバイワールドカップ。ダートの2000mが舞台で砂の本場アメリカの馬たちの前に完敗が続いてきたこのレースを、2023年にウシュバテソーロが遂に勝利した(2011年ヴィクトワールピサの勝利時には芝ともダートとも異なるオールウェザーを使用)。
2024年にはそのウシュバテソーロが再度2着と健闘し、日本馬は「ダートも本当に強くなった」ことを印象づけた。 そして今年は希代のダート名馬、フォーエバーヤングがサウジカップ(G1)を制覇してこのレースに挑む。僚馬のシンエンペラーと共に前評判からすでに「主役級」の扱いを受けるこの2頭。レースでの勝算とポイント探る。
成長した芝の主役クラス、シンエンペラーに勝機あり
凱旋門賞馬ソットサスの全弟としてデビュー前から注目を集めた存在。それがシンエンペラーだった。2024年には兄が勝利した凱旋門賞にも挑戦。タフな馬場に苦戦してイギリスのブルーストッキングに敗れたが、ステップレースとして挑んだアイリッシュチャンピオンステークスでは馬群に挟まりながらも3着と健闘していた。
2025年も海外遠征から始動。サウジCと同日のネオムターフ(G2)に登場。自らレースの主導権を握るような形でレースを完全に支配して圧勝を披露した。
そこには、海外遠征を経験して明らかに逞しくなったシンエンペラーの姿があった。遠征に慣れている強み、そして何より競走馬として充実期を迎えての地力強化が目覚ましい。
もともと「日本は世界一芝馬がいる国」と言われてきた。その強い日本の芝馬の象徴として、今度はドバイシーマクラシックでも実力を見せそうだ。メイダンの芝2400mという舞台適性にも問題はなく、サウジ→ドバイという“世界戦連勝”への期待が膨らむ。 海外の競りで落札されたソットサスの全弟で、父はシユーニ。欧州の芝でも走れる下地が十分にあるだけではなく、世界中の芝で戦える適性を持つ。期待は膨らむ。
ダービー馬、菊花賞馬も出走する、最強ニッポン芝馬の布陣
ドバイワールドカップデーでは、ドバイワールドCの他に8つのレースが行われる。中でもやはりシンエンペラーが出走するドバイシーマCは大きな注目を集める。
シンエンペラーは海外慣れしている強みがあるが、日本国内ではG1未勝利。
今回は同じ舞台に、日本国内でシンエンペラーのライバルになっているG1馬たちも参戦する。
まずは、昨年2024年、シンエンペラーが3着に敗れた日本ダービーを勝っているダノンデサイル。エピファネイア産駒で好位から底力を発揮するタイプだ。実際にシンエンペラーより格上の存在とも言える馬。2025年初戦も、新たな鞍上に戸崎圭太騎手を迎えて快勝。ここも大きな期待を背負っての出陣となる。
もう1頭。実績があるのは、菊花賞馬のドゥレッツァ。5歳になるが、大きな活躍をし始めたのが3歳秋の菊花賞から。3歳の春には大レースには出走しておらず、いわゆる「夏の上がり馬」だった。成長曲線としては晩成型に近い可能性もあり5歳シーズンの春となるここも上位進出は十分にありそうだ。
シンエンペラーとドゥレッツァは、昨年のジャパンカップで激突している。結果は勝ったドウデュースからやや離されたが、ハナ面を合わせてゴール。同着の2着。
今シーズンもライバル関係が続くことになり、その第1ラウンドが異国の地のドバイとなる。これは、日本競馬がワールドワイドに成熟している証でもある。
突破した最難関ドバイワールドC、フォーエバーヤングの勝算
ドバイワールドカップデーの締めくくりを飾るのは、ドバイワールドCに出走するフォーエバーヤング。サウジCでは、香港の英雄と称される最強馬ロマンチックウォリアーが初めてダートを走ることも話題となったレース。
この初めてのダート参戦は適性を疑問視もされが、蓋を開けてみればスピードに乗り、外目から手綱を持ったまま先頭へ並びかける競馬を披露してきた。4コーナーでこの姿を見た時は、誰もが敗戦を意識するほどの光景だった。
サウジのダートは、日本のパンサラッサという芝の逃げ馬が鮮やかにサウジCを勝ち切ったこともあり「芝馬でもアジャストしやすいダート」という説もある。ただ、そういったことを含めても、ロマンチックウォリアーからはもはや歴史的名馬の“凄味”しか感じない。
好位を確保していたフォーエバーヤングは、一度、ロマンチックウォリアーにマクられて突き放される。しかし、そこから鬼気迫るものがあった。
粘り込みを図り、後続を大きく引き離していくロマンチックウォリアーを、ただ1頭、1歩ずつ追い詰めて差し替えしてゴールへ飛び込んだ。
2頭のマッチレース。まさに「2頭だけの世界」だった。昔、日本の阪神大賞典でマヤノトップガンとナリタブライアンが死闘を演じたことがあったが、あれを世界のダートの頂点でやったようなイメージだ。
サウジC・ドバイワールドCを連勝という偉業も、この希代の天才ダートホース、フォーエバーヤングならやってのけそうな雰囲気がある。
なぜ日本のダート馬は強くなったのか?
なぜ、日本のダート馬はこれほどまでに強くなったのか。
まずは育成施設の充実と、調教技術の進歩が挙げられるだろう。「外厩」と呼ばれる大手牧場が作った調教施設が当たり前のように使われるようになった。
調教師も世界レベルに達している。海外で修業を積んでからJRAで調教師になる者が増えた。その上で、世界戦へ“向かって出ていく”ことが大きな挑戦ではなく「当たり前のこと」になっている。その筆頭と言えるのが「世界のYAHAGI」こと、フォーエバーヤング、シンエンペラーの2頭を管理する矢作芳人調教師でもある。
血統の面の功績も大きい。
2010年~2020年頃にわたり、ノーザンファーム等の日本競馬の大手牧場はアメリカを中心とした海外の繁殖牝馬を購入し日本へ連れてきた。
そして、その繁殖牝馬に、近代日本競馬の結晶ディープインパクトを種付けした。この配合からたくさんの活躍馬が生まれていった。
時が流れ、2020年代に入ると、今度はそのディープインパクトの子どもたちが種牡馬となった。フォーエバーヤングの父、リアルスティールもそんな背景を持つ1頭だ。
リアルスティールの現役時代は生粋の芝路線の馬だった。主な勝ち鞍は芝のドバイターフだ。菊花賞2着という成績も持っている。芝での瞬発力に秀でた競走馬だった。
しかし、リアリルティールの母方に着目すると、そのブラックタイプはコングラッツ、エーピーインディ、デピュティミニスターなど「アメリカのダートの名血と言える種牡馬たち」がズラリと名を連ねている。
リアルスティール産駒は父に似た芝での活躍馬も多いが、母方に詰め込まれたザ・アメリカンなダート血統が爆発的な強さとして“表現”されたのが、フォーエバーヤングという存在なのかもしれない。こうした血統的な後押しも、日本のダート馬を底上げしている要因だろう。 近年では、新種牡馬もダートに向くアメリカ名馬たちが日本に集結。ドレフォン、ナダル、マインドユアビスケッツ、ニューイヤーズデイなどが揃った。中でもナダルはこれからの日本のダート界を背負いそうな勢いで産駒がブレイク中。日本のダート馬はさらに強くなる。
ドバイの夜、希代のダートの天才の前に立ちはだかる壁
日本の馬が苦戦してきたのが、ドバイワールドCだ。
やはり本馬といえば芝馬のほうが強く、このレースだけではなくアメリカのケンタッキーダービーやブリーダーズカップでも苦戦傾向は同じだった。
しかし、近年はそれすらも打ち破りつつある。アメリカでマルシュロレーヌのブリーダーズカップディスタフ制覇の快挙は世界に衝撃が走った。
この流れの中で登場したフォーエバーヤングもまた、3歳時にはアメリカ遠征を敢行。ダートの祭典ケンタッキーダービーで激闘を演じて3着。続くブリーダーズCでも3着と「世界のダートのトップクラス」の姿を見せた。
何より「勝てるレースを選んで行く」のではなく、「強い相手とやりに行く」と言わんばかりに世界の最高峰に“バチバチ”にぶつかっていくローテーションは、真の世界一のダート馬に近い存在だと感じさせる。
今回はライバルも多彩な顔ぶれだ。ただ、世紀の一戦を演じたロマンチックウォリアーは芝路線に戻してドバイターフに出走するため不在。地元の強豪インペリアルエンペラーが出走してくるが、ダートの本場アメリカからは目立つ馬の参戦はなさそう。
ドバイの天気はこの時期に崩れることがあり、雨が気になるが、今のフォーエバーヤングならそれも跳ねのける期待が大きい。
相棒、坂井騎手と共に「世界のYAHAGI」の2頭が、日本時間の土曜深夜、メイダンの地を熱く盛り上げる。
<了>
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