“プロスポーツクラブ空白県”から始まるファンの熱量を生かす経営。ヴィアティン三重の挑戦

Business
2025.04.25

プロスポーツクラブの“空白地帯”と呼ばれてきた三重県に、週末ごとにオレンジ色のユニフォームであふれる街をつくりたい――。総合型スポーツクラブ・ヴィアティン三重は、地域と世代を越えて人々がクラブの下に集う未来図を本気で描く。その挑戦には、資金も施設も潤沢ではない、いわば“持たざるクラブ”が夢を成し遂げるための新しい可能性があった。これからのスポーツクラブの資本を「テクノロジーと熱量、そして人」で再定義する潮流とは?

(インタビュー・構成=大塚一樹、写真提供=ヴィアティン三重)

中部地方でも近畿地方でもあるがゆえの“プロスポーツクラブ不在”

「お年寄りも子どもたちも老若男女問わずオレンジのユニフォームを着て集まる。そんな風景を見たい」

総合型スポーツクラブ、ヴィアティン三重ファミリークラブで常務取締役を務める椎葉誠には、生まれ育った土地でどうしても実現したい夢があった。

「高校までは結構強いんですよ。夏の甲子園でも三重高校は準優勝経験がありますし、近年では菰野高校、津田学園高校も注目されています。サッカーなら四日市中央工業高校がありますよね。海星高校バレーボール部のOBには、なんといっても全日本で活躍する西田有志選手がいます」

椎葉常務の故郷、三重県は長らく“プロスポーツクラブ空白県”とされてきた。中部地方か、近畿地方か? の議論が絶えない土地柄の通り、北部は中日ドラゴンズ、名古屋グランパスファンが多く、南部は阪神タイガース、セレッソ大阪、ガンバ大阪を応援する人も多い。文化圏同様、隣県のチームを自チームとして応援してきた歴史も三重県にプロスポーツクラブが生まれなかった理由とされる。

総合型スポーツクラブが見る夢と成し遂げる力

「待っていたら一生、三重にプロチームはできない。ヴィアティン三重は自分たちでつくることを選んだんです」

ヴィアティン三重は、JFLに所属する男子サッカー、なでしこリーグ2部に所属する女子サッカー、トップリーグであるSVリーグから数えて2番目のカテゴリであるVリーグで今季準優勝を果たした男子バレーボール、同じくVリーグに所属する女子バレーボール、B3リーグの男子バスケットボール。他にもハンドボールやフットサル、ランニングクラブなど、10を超えるクラブを持つ総合型スポーツクラブだ。

椎葉常務は、これらを統合するヴィアティン三重ファミリークラブで常務取締役を務めると同時に、バレーボール部門の運営責任者としてその手腕を発揮してきた。

「代表の後藤(大介・ヴィアティン三重ファミリークラブ代表取締役社長)を中心に、まずはサッカーで三重県にプロスポーツクラブをという夢を実現させる。これは必ずやりきるんですけど、その先に見据えているのは、50年後、100年後もクラブが残り、おじいちゃん、おばあちゃん、子どもたち、老若男女を問わず街中の人たちが、週末ごとにチームカラーであるオレンジのユニフォームを着て集まる。競技を問わず、ヴィアティンのエンブレムを背負ったクラブを思い思いに応援する。そんな光景を実現する後藤の夢に共感して集まっています」

クラブが実現したいビジョンとして掲げるのは、「3世代が笑顔で集う、活気あふれる街をつくること」。「地域に根ざした総合型スポーツクラブ」を掲げるクラブは多くあるが、ヴィアティン三重は2012年の発足以来、構想の大きさだけでなく、身の丈に合った経営志向、ユニークな運営で注目を集め、着実に総合型スポーツクラブとしての実績を築いてきた。

「ヴィアティンとしていちばん大切にしていることは、夢を見る人ではなく、成し遂げる人になることです。例えば今回メインでお話しする女子バーレーボールクラブでは、トップリーグであるSVリーグのトップクラブと比較すれば大げさではなく、数十分の一の予算規模しかありません」

予算規模で劣る地方クラブ、“持たざるもの”の戦略

資金がないから無理と言っていては、夢は夢のままで終わる。成し遂げる人になるためには、今できることにフォーカスするしかない。

「勝つために潤沢な資金で選手をスカウトし、充実した施設で十分な練習ができる環境を整え、コーチやトレーナー、アナリストを充実させるなんてことはできません。もちろんできる限りの努力はしますが、現実として選手たちは日中別の仕事を持ち、仕事と練習を両立しながらプレーを続けています」

資金ギャップを埋める一つの方策として椎葉が白羽の矢を立てたのが、ファンとのつながりを新たな資本とすることだった。 ヴィアティン三重では、当初は男子のみだったバレーボールチームが発足した当初からSNS活用を推奨し、スポーツ界の新しい取り組みの先駆けとしてメディアに取り上げられた。チーム強化やスポンサー獲得はスポーツクラブを運営する上では誰もが避けて通れないこと。そこでの努力は当然として、「それ以外」のところでいかに違いが出せるか、新しい発想を生み出せるかが、“持たざるもの”のすべきことというわけだ。

ファンの熱量を新しい資本に

「クラブを応援してもらうためにどうしたらいいか? 選手個人に注目してもらって、ファンになってもらうためにはどうしたらいいか? 勝ち負けや結果だけではないファンの熱量を集める方法があると思ったんです」

「それ以外」のプラスαを積み上げるために奔走しているのは、椎葉だけではない。2022年から女子バレーボールチームの指揮を執る西田誠監督は、昨年末、ファンとのつながりをさらに加速させるための新たな施策を始めた。

「従来からXやInstagramでの発信は推奨してきたんですが、もう少し踏み込んでファンの熱量が形になるような方法はないかと模索していたところでした」

昨年12月から取り組んでいるのが、選手自身が言葉と画像で発信し、ファンは「エール(都度課金)」や「パーソナルスポンサー(定額ギフティング)」という形で直接選手を支援できるコミュニティプラットフォーム『GOATUS(ゴータス)』だ。

SNSを使ったメディア戦略は、予算やサポート体制にかかわらず、スマホ一つで始められる。その点では、ヴィアティンでも真っ先に取り入れるべき戦略だが、「いいね」やフォロワー数も知名度に勝るSVリーグの選手、全日本に選出されている人気選手には敵わない。ただし、ファン一人ひとりの“熱量”は負けていないはずだ。

テクノロジーとコミュニケーションが実現する熱量を循環させるシステム

「これは選手の背中を現実的に押してくれるツールになる可能性がある」

開発元のNTTデータ関西から『GOATUS』の仕組みや機能の説明を受けた西田監督は、ファンに向けた投稿を行い、ファンから支援をもらえる仕組みは、ヴィアティン三重のようなクラブにこそ必要だと感じたという。

西田から相談を受けた椎葉の意見も同様だった。

「ヴィアティンができてから、サッカーでもバレーボールでも他の競技でもそうなんですけど、それぞれのクラブはファンにとってかけがえのないもの、なくてはならないものになっています。選手への応援もどんどん熱を帯びています。ギフティングサービスでその熱を形にできるのではないかと思いました」

熱はすでにある。そこに集まった熱量をいかにクラブや選手に還元し、循環させていくかの答えの一つが、『GOATUS』が提供するコミュニティにあると感じた。

「ファンに向けてしっかりメッセージを発信したほうがいい」

西田の判断で、『GOATUS』への参加はクラブ横並びの強制ではなく希望者に限定された。椎葉も「強制されてやっても意味がない。伝えたいことがある選手が伝えたいことをファンに向けて発信するのがいい」と、あくまでも個人の自主性に任せる形でサービスの活用が始まった。

ローンチはシーズン中だったが、アリーナに足を運んでくれる熱心なファンの支援を含め、選手に個人スポンサーがつくなどの成果がすぐに現れた。もちろん、この収入はまだまだ補助的なものだが、選手を応援したいファンと、競技を続けたい選手の思いが一致するエンゲージメントの仕組みは、そんな選手たちの新しい応援の形になる可能性を秘めている。

もちろん、『GOATUS』導入で資金繰りの問題が一気に解決するわけではない。

「資金が天から降ってくるわけではない以上、地道なことを確実にやっていくしかないんです」

椎葉常務が言うように、現実的にはまだまだ小さな可能性の芽が出た程度の変化だが、ファンの熱量を選手に還元するというこれまでなかった方向性の収益の上げ方は、スポーツクラブの新しいあり方への示唆に富んでいる。

ファンがどんな瞬間に共感し、どの投稿に心を動かされ、どんな支援のアクションを起こしたのか? こうした行動データはクラブにとって貴重な経営資源になる。たとえ数百円でも、そのアクションに込められた思いは、クラブを持続的に発展させていく材料になり得る。

応援の可視化で変わる選手とチーム

ファンの熱量が生む循環は、もちろん選手のプレーにも影響を与える。

『GOATUS』に参加したヴィアティン三重の選手からは、コメントやリアクション、ファンとのコミュニケーションを経て、「応援されること」を具体的に実感でき、励まされたという声があがっている。また、ギフティングや個人スポンサードを受けることによって、プレーヤーとしての自覚が芽生えたという声、その自覚が練習への取り組みやプレーに好影響を与えているというフロントの評価も出てきているという。

「勝ち星なしに終わった咋シーズンを踏まえ、今季はすべてを変える覚悟でやって来ました。その成果もあって、2024-25シーズンは9勝(19敗)で11チーム中9位という成績でした。まだまだですが、着実に成長を感じられましたし、ファンの方々との距離も縮まった実感があります」

今シーズン当初、これまで大学事務職と兼任だった西田監督は、コーチ業に専念すべく、新たな契約を結んだ。資金や人員、環境が整ったクラブのように、戦術や練習、相手チームの分析だけに集中する監督業に邁進とはいかないが、選手の職場に連絡をしたり、練習試合の調整をしたり、遠征の手配をこなしたりする毎日も、むしろヴィアティン三重というクラブを知り、マネジメントするためにはプラスに働いている。

エンゲージメントの実体化が示唆する新しい「いい選手の基準」

「選手とチームをもう一段成長させるためには、選手全員がヴィアティン三重に所属して良かったと思える環境をつくることから始まると思うんです」

オーナー企業や大口スポンサーに頼れないスポーツクラブにとって、所属する選手は貴重な人的資源でもある。もちろん勝利に資する人材こそが優秀な人材というのは間違いないが、勝利や成績はいくらメンバーを揃えて強化しても確約できない結果でもある。

SNSやコミュニティを通じて新しいファンを獲得し、既存のファンのエンゲージメントを高める、「応援したくなる選手」であることも、クラブにとっては得難い人材と言えるはずだ。応援してもらうことで、ファンをクラブが紡ぐ物語に巻き込むことができれば、選手とファンの双方が相乗効果でクラブになくてはならない、“当事者”としてコミットしてくれることになる。

「チームの勝利やクラブの昇格ももちろん大切なんですけど、自分の夢はバレーボールのコーチングを始めた頃からずっと変わってなくて、自分が関わったクラブ、チームのすべての人が幸せになることなんです」

Vリーグの中でも一際若い指揮官、34歳の西田監督が見る夢は、バレーボールを通じて誰かの「幸せ」をつくること。西田の夢は奇しくもヴィアティン三重の掲げるビジョン、椎葉が冒頭で語った「夢の光景」にも通じる。

この話を聞いていた椎葉常務が「クラブとして補足を」と、言葉を継いだ。

「西田監督も選手もファンも、その夢を成し遂げる人になってほしい。夢を語るだけではなく、それを成し遂げることがヴィアティン三重のやっていくことなんです」

新しいスポーツクラブのあり方を模索するヴィアティン三重にとって、フロントや監督コーチらのスタッフも選手も、ヴィアティンをつくりあげる当事者。そしてファンは単なる“お客さん”ではなく、ともに夢を歩む物語の共作者でもある。

クラブと選手、そしてファンが一体となってつくり出す熱が、“プロスポーツ空白県”三重をオレンジ色に染める日は遠くないのかもしれない。

【連載前編】ファンが選手を直接支援して“育てる”時代へ。スポーツの民主化を支える新たなツール『GOATUS』とは?

【連載後編】7時から16時までは介護職…プロスポーツ多様化時代に生きる森谷友香“等身大アスリート”の物語

<了>

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[PROFILE]
椎葉誠(しいば・まこと)
1981年12月16日生まれ、三重県出身。実業家。株式会社ヴィアティン三重ファミリークラブ常務取締役。名古屋経済大学を卒業後、専門商社勤務を経て、コンサルティング業務を行う株式会社アローズを創業。2017年にヴィアティン三重バレーボールチームの広報としてスポーツ界にも参入を果たすと、翌年、運営部長に就任。同年、運営母体のヴィアティン三重ファミリークラブの取締役、チームディレクター、2021年には同社常務取締役アリーナ事業部長に就任した。一般社団法人ジャパンバレーボールリーグ理事、一般社団法人ケアeスポーツ協会理事も務める。

[PROFILE]
西田誠(にしだ・まこと)
1991年2月12日生まれ、東京都出身。ヴィアティン三重女子バレーボールチーム監督。筑波大学を卒業後、東レアローズ男子バレーボール部マネージャー、筑波大学男子バレーボール部コーチ、全日本男子バレーボールチームのマネージャーを経て、2017年に東洋大学附属牛久高等学校女子バレーボール部の監督に就任。その後、三重国体成年女子チームのコーチ、ユマニテク・フィリアーズ監督を歴任し、2021年よりヴィアティン三重の監督に就任。2024年よりチームと専属監督契約を締結。

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