
北米4大スポーツのエンタメ最前線。MLBの日本人スタッフに聞く、五感を刺激するスタジアム演出
北米4大プロスポーツリーグで活躍する日本人は、大谷翔平、八村塁ら、アスリートだけではない。MLBのアリゾナ・ダイヤモンドバックスで、大型LEDビジョンやスコアボードをコントロールする安藤喜明氏は、20年以上にわたり、国内外のプロスポーツ市場を演出面で支えてきた。アメリカスポーツエンターテインメントの最前線を支える演出は、高倍率を誇る人気職業でもある。そのキャリアとともに、知られざる業務内容や求められるスキル、分刻みのスケジュールについて聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=安藤喜明)
スタジアム・アリーナ演出のスペシャリスト
――安藤さんはアメリカを拠点に、4大スポーツのライブイベントやスポーツエンターテインメント全般の演出を手掛けてこられたそうですが、現在はどのような仕事がメインなのですか?
安藤:現在はMLB(メジャーリーグベースボール)のアリゾナ・ダイヤモンドバックスで、スタジアム内に10機ある大型LEDビジョンのデザインや設定、操作、データ保守管理などをしています。スコアボードプロダクションマネージャーというポジションで、勤務はフルタイムです。MLBは基本的に各チームにゲームプロダクション部門があり、スタジアムに装備されているシステムの管理が主な仕事です。
――具体的には、どのような仕事がメインになるのでしょうか。
安藤:試合やイベントで使用されるビジョンのデザイン、設定、管理が主な仕事です。コントロールルームに設置されている様々な機器等の設定なども担当します。今年初めからチームが今まで積み重ねてきたものを一度リセットして、使っているシステムを最新のものにアップデートして、今まであったデータベースを整理してからコンテンツを入れて新しくしていく作業に注力しています。複雑なパズルをやっているような感じで、エンジニアの仕事に近いと思います。野球の試合の演出面で必須となるエッセンスを入れながら、あとは「見た目をいかにかっこよくしていくか」というポイントを重視してデザインしています。
――MLBでは、やはり大型ビジョンも常に最新のシステムが導入されているのですか?
安藤:そうです。常にどこかで最新のものにアップデートされています。ここ最近のアメリカのスポーツ界で主に使われている映像装置は、アメリカの「ダクトロニクス」社のビジョンとオペレーションシステム、カナダの「Ross Video」社のオペレーションシステムを半々ぐらいの割合で入れていると思います。私は以前に携わっていたマイナーリーグベースボール(MiLB)のコロンバスクリッパーズというAAA級(マイナーリーグの最上位クラス)のチームでもそのシステムを扱っていたので、よく知っていたことはアドバンテージになりました。
――新しいシステムが出てくると、それに伴って技術もアップデートする必要がありますね。
安藤:機器は5年前のものとはすっかり変わっていて、日々進歩しています。例えば「3億円の機器を入れます」と大きい金額のシステムを導入することになったら、私は「3億円のおもちゃで遊べる!」という童心に帰ったような気持ちになりますし、常に新しいものが出てくるのは楽しみです。システムを扱う人の中には、古いシステムを扱ってきた人もいますが、若い人もどんどん入ってきますから、自分を磨き続けないとポジションが危なくなってくるのは他の仕事と同じです。
さまざまなスポーツを経験して現職に
――安藤さんは、どのような経緯で、アメリカを拠点にすることになったのですか?
安藤:私自身、学生時代は野球をやっていましたし、小さい頃からサッカーやアメフトもよく見ていました。スポーツチームで働くきっかけは地元のジェフユナイテッド市原・千葉(当時)がきっかけです。オハイオ州の大学で写真やコンピューターグラフィックを学び、帰国してから地元市原市の地域情報誌で広告関係の仕事をしていたのですが、そこでジェフのマッチデープログラムを担当したことがあり、プロチーム運営に興味を持ちました。その後、メジャーリーグ関連の書籍に出会い、アメリカへ再度いってみようという気持ちになったのです。2005年頃のことですが、学生時代に住んでいたという縁で、幸運なことに、当時MLBのニューヨーク・ヤンキース傘下のAAAコロンバス・クリッパーズにまずはインターンとして、その後にグラフィックデザイナー担当球団職員として正社員待遇で入団しました。
――コロンバス・クリッパーズは、野茂英雄さんや松坂大輔さんも在籍していたチームですね。
安藤:ええ。コロンバス・クリッパーズには私がいる期間では野茂英雄さん、小林雅英さん、大家友和さん、松坂大輔さん、村田透さんなどが所属していました。その前には伊良部秀輝さん、トレイ・ヒルマンさんが監督として所属していたようです。そこでインターンとしてフルタイムで仕事を始めて、さまざまなコンテンツやイベントのディレクションを担当するようになり、社長兼GMのご理解と信頼を得て就労ビザに切り替え、10年後ぐらいにはMLBで仕事をすることを目標にしていました。その後、2009年に新しいスタジアムに移ったタイミングでスコアボードのデザインや映像装置のシステム運営や管理も手がけるようになり、就労ビザから永住のためのグリーンカードを取得しました。それ以降はフリーランスとして、さまざまな競技やチームに携わっています。今年8月にアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ転職するまでは、オハイオ州でコロンバスとシンシナティを中心に働いていました。
――現場に飛び込んで仕事の幅を広げていったのですね。NHL(ナショナルホッケーリーグ)やMiLB、FIFAワールドカップ予選やCONCACAF(北中米カリブ海サッカー連盟)ゴールドカップや女子サッカーのシービリーブスカップなど、プロから大学までさまざまなカテゴリーやイベントを担当されていますが、競技の幅はどのように広がっていったのですか?
安藤:移転した新スタジアムのすぐ隣にたまたまアイスホッケーのプロチームがホームアイスアリーナを持っていて、当時は同じオペレーションシステムを使っていたので、経験やスキルを買われてフリーランスとしてゲームに携わるようになり、そこから他の競技やイベントなどからも依頼を受ける形で仕事のバリエーションも広がっていきました。球団やチーム、アリーナがスコアボード操作やシステム運営の技術者を毎試合探すのは簡単ではないので、私のようにフリーランス兼務、もしくはフリーランス専門で活動している人がシーズンを通して全試合に入ることが多々あります。
「“バイブス”を見逃さない」。求められる対応力
――2021年からは、JFL(現J3)の栃木シティにも継続的に携わっているそうですね。
安藤:はい。私自身はサッカー経験者ではないのですが、見るのは大好きなんです。栃木シティFC代表の大栗崇司さんとは大学時代からの知り合いというご縁もあって今はマルチメディアコンサルタントとして、アメリカからフルリモートで携わらせていただいています。ホームフィールドにダクトロニクス社製大型LEDビジョンを取り入れて、アメリカ風のビジョンデザインとスタジアム演出を取り入れたいとのことでしたので、J1へ向かってクラブと社長の夢にご一緒させていただいています。
――管弦楽団のコンサートなども手がけたことがあるそうですが、スポーツとの違いはありますか?
安藤:コンサートなどのイベントでも、アリーナの興行でビジョンを使う場合は、私たちのようなスタッフがオペレーションルームで操作していて、基本的な流れは同じです。制作されたコンテンツをステージ側と連携しながら指示に合わせてタイミングよく画面に出していく作業がメインで、プロレスのWWE(ワールド・レスリング・エンターテインメント)やUFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)も同じです。

――大型ビジョンのオペレーションには、どのような資質やスキルが求められるのですか?
安藤:スタジアムやアリーナには「ショーコーラー」という、ショーを作り出していくディレクターがいるのですが、試合の状況やファンの反応に合わせて、その都度「これを出そう」という指示を出すんです。第一に求められるスキルはその指示に従ってタイミングよくコンテンツや映像を出すことで、何かあった場合に対応できる能力も必要です。例えば「このコンテンツがちょっと足りない」とか、「ここにコンテンツを足してほしい」といった場合に、その試合の流れや、チームのイメージに沿ってコンテンツを足していくこと、そしてシステム内にどのコンテンツ、映像、アニメーションがどこにあるかを把握していてすぐに出せる対応力が求められます。それに加えて、不具合等が起こった場合の対応力も必要です。あとはその競技のプロダクションとしての試合進行を知っているということも大事だと思います。
――安藤さんが特に大切にされているポイントはどのような部分ですか?
安藤:スタジアムに漂う一瞬のバイブス(高揚感や雰囲気、テンション)を見逃さないようにしています。ショーコーラーがスタジアムの空気感を感じ取って、「次はこれ」と指示を出した時に、それに即座に答えなければならず、たとえばそのタイミングを2秒逃すと、それは不要になってしまいますから。そうならないようにするために感性やスキルを磨くこと、経験を積み重ねることも必要ですし、試合の前段階をいかにしっかり作り上げるか、という準備の部分も大切にしています。
演出は主役を盛り上げる「スパイス」
――アメリカでは、プロスポーツの試合演出は、どのような見せ方が理想とされているのでしょうか。
安藤:4大プロスポーツでは、「球場の演出は、メインのゲームを盛り上げるスパイスである」という考え方です。その中で、「ミュージカルの幕が上がって幕が下りるまで」という考えと同じで「スタジアム/アリーナのドアが開いてから試合終了まで」を一つのショーとして捉えて、どう演出で盛り上げるかが問われます。
――サッカーやアメフトのハーフタイム、野球はイニング間など、競技によっても演出の構成が大きく変わると思いますが、共通点もあるのですか?
安藤:サッカーやアメフト、アイスホッケーやバスケなど、野球以外は常に試合が動いているので、ビジョン(大型映像装置)も常に動いている状態です。野球なら、ピッチャーが投げるまでの時間は止まっていて、私たちはプレーが止まった時や、イニング間に仕事をします。開場から試合が始まる前までの時間で、いかにファンの心を高揚させられるか、という部分はどのスポーツにも共通する部分だと思います。
――最もタフさが求められるのはどの競技ですか?
安藤:一番忙しくなるのはアメフトですね。NFL(ナショナルフットボールリーグ)はレギュラーシーズンのホームゲームは年間9試合ぐらいしかないので、ミスが許されません。コンテンツが大きいので予算もかなり大きくなりますし、分単位でスケジュールが決まっていて、台本も非常に分厚いです。
――NFLのホームゲームでは、1日のスケジュールはどのような感じなのでしょうか。
安藤:キックオフが昼12時の場合、フリーランスのスタッフは朝7時前に入りますが、フルタイムのスタッフは朝5時ぐらいから準備を始めています。スタジアムでは制作サイドで全体ミーティング、カメラミーティング、フルタイムだけの進行ミーティングなどいくつかの段取りをしてから、コンテンツがちゃんとシステムに入っているかどうかをチェックします。その後は「試合前にスポンサー枠の30秒を必ず出すこと、1st、2nd、3rd、4thクォーターでもスポンサーを何秒か出す」といったことをチェックし、その他各ポジションに与えられた細かいコンテンツをチェックしてから全体で重要なパートを通しのリハーサルで確認します。オーディオチェックをしながらオープニングとチアリーダーのリハーサルも含めて3時間前までにすべて終わらせ、一度休憩を挟んで食事をして、2時間前の開場とともにショーが始まるわけです。アメフトは少し特殊で、テレビ中継車からの指示が一番の優先順位となります。試合進行はテレビ次第ということになるのですが、日本ではあまり受け入れられないかもしれませんね。野球に例えると、イニングが始まる初球は常にテレビ中継がCMから戻ってきてからという言い方が理解しやすいでしょうか。
――分刻みのスケジュールが組まれているのですね。試合も含めてすべてが終わるまで何時間ぐらいですか?
安藤:開場から撤収までは、5時間半ぐらいです。私はビジョンのオペレーションが終わったら帰りますが、他のスタッフはリプレイの編集や、試合後のインタビューの映像編集などをやっているスタッフもいます。
【連載中編】総工費3100億円アリーナの球場演出とは? 米スポーツに熱狂生み出す“ショー”支える巨額投資の現在地
<了>
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[PROFILE]
安藤喜明(あんどう・よしあき)
ライブイベントとスポーツエンターテインメントを専門とし、試合時のスコアボードやビデオボード制作、ライブやゲームオペレーションを手がけるクリエイティブデザインプロフェッショナル/ゲームオペレーションディレクター。MLB、MiLB(AAAレベル)、NHL、NFL、MLS、NBA傘下Gリーグ、カレッジスポーツ、ライブイベントなど、幅広いカテゴリーで20年の経験を持つ。2021年からはJ3栃木シティのマルチメディアコンサルタントも勤めている。
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