
WEリーグは新体制でどう変わった? 「超困難な課題に立ち向かう」Jリーグを知り尽くすキーマンが語る改革の現在地
日本女子プロサッカーリーグ、通称「WEリーグ」が変革期を迎えている。昨年9月に、Jリーグチェアマンの野々村芳和氏が3代目チェアに就任。その新体制下でリーグ運営の中枢を担うこととなったキーパーソンが、黒田卓志事務総長だ。就任後の大一番となったWEリーグカップでは1万人の無料招待やさまざまなイベントを企画・発信し、入場者数2万1524人を達成。WEリーグの最多入場者数を更新し、国立競技場で行われた女子サッカーの試合では、2004年のアテネオリンピックアジア最終予選北朝鮮戦(3万1324人)以来となる観客数を記録した。4年目を迎えるWEリーグが直面している「超困難な課題」とは? 就任から4カ月目の現在地について、黒田事務総長に話を聞いた。
(インタビュー・構成・写真=松原渓[REAL SPORTS編集部])
WEリーグが抱える経営課題「今より下はない」
――WEリーグは昨年9月から野々村芳和新チェアのもと、新体制で新たなスタートを切りました。改めて、黒田さんが事務総長に着任された経緯を教えていただけますか?
黒田:WEリーグはプロリーグとして成功させるという難しいチャレンジをしている中で、Jリーグも含めたサッカー界が一体となって盛り上げていかないとならないということで、9月の頭に、WEリーグへの出向が決まりました。
――黒田さんは元々、大宮アルディージャの強化・普及部などを経て、2010年からはJリーグで事業統括本部、競技運営部、経営企画本部、フットボール本部長などのポストを歴任されました。女子サッカーに抱いていたイメージと、実際にWEリーグの現状に関わってからの印象はいかがですか?
黒田:世界的に見ると、たとえばアメリカでは法律の下でスポーツや、社会全体で男女の機会均等という価値観が根づいています。サッカーの競技人口も男女の比率がそこまで大きく変わらない中で、当然の流れとして女子のプロサッカーリーグが発展し、代表チームも2022年に男女同一賃金が実現しました。また、ヨーロッパでも、やっと今年の8月にイングランドがFA(イングランドサッカー協会)傘下から女子プロサッカーリーグ(WSL)が独立しました。
そのような中で、2021年に、日本サッカー界が女子のプロリーグを立ち上げることを決断した当時は世界でも前例が少ないチャレンジだったので、世界や社会の要請を先取りしたチャレンジだったと思います。ただ、それだけに相当難しいチャレンジで「大変なんだろうな」と思っていました。その印象は、9月にWEリーグに移ってからも変わらないですね。ただ、一方では可能性と伸びしろしかなく、収益規模に関しては「今より下はない」と思いますし、今はプロリーグとして最低限のところにいると思っています。それもJFAのサポートがあっての「最低限」なので、それを高めていくのが私のミッションだと思っています。
現場で見えてくるもの「5倍の濃さでコミュニケーションが取れている」
――WEリーグは「ウーマンエンパワーメントリーグ」として社会的課題の解決も掲げつつ、競技力向上を目指してきましたが、リーグ発足からの3シーズンで、競技のレベルが上がってきている印象はありますか?
黒田:着任してから毎週各スタジアムで試合を見させてもらっていますが、サッカーのレベルは、3年前から確実に上がっていると思います。
――着任されてから、各クラブとはどのようにコミュニケーションを取っているのですか?
黒田:やはり私たちWEリーグの価値の源泉は日常にあって、そこで躍動する選手がいるので、クラブの皆さんと目線を同じにして戦略を立てるためにも、現地で同じものを見て、同じ空間でコミュニケーションを取ることを一番大事にしています。部屋の中で会議をやっていても何の価値も生まれませんから。実際、現場に足を運ぶことで選手やスタッフの皆さんが取り組む現場の熱気を直に感じられたことは大きかったです。
――Jクラブのノウハウを生かせるだけでなく、WEリーグには女子単体のクラブもある中で、コミュニケーションの質や内容も、Jリーグとはやはりかなり違いますか?
黒田:そうですね。まずJリーグは60クラブに対して、WEリーグはクラブ数が「12」と5分の1なので、5倍の濃さでコミュニケーションを取れている実感があります。また、WEクラブの今の責任者の方々は女子サッカーにすごく可能性を感じていて、毎日、「女子サッカーの価値をどうしたら上げられるか」ということを必死に考えています。そういう皆さんと個別にお話できるのは私自身すごく刺激的でいいなと思っています。私の仕事としては、皆さんが集まる月一の実行委員会で質の高い議論をするためのアジェンダ(議題)の設定とか、資料の準備などをしっかりやらなければいけないなと、現場に出ていくたびに感じています。
最初に着手した組織改革
――就任からさまざまな変革に着手されていますが、1月1日からは、組織を再編して「競技運営部」「事業マーケティング部」「広報部」「経営企画部」の4つの部署に統合することを発表されました。組織再編に着手された理由についてお聞かせいただけますか?
黒田:収益向上と業務効率化のための再編です。変えること”ありき”ではなかったのですが、私の印象としては、JFAとかJリーグという親や先輩に当たる組織が、ここ30年間でビジネスとして成長してきている中で、多くの人はそれを「今」という瞬間のスナップショットで捉えています。ですから、後発の我々WEリーグは、Jリーグがやってきたことを効率よく真似したいと思ってしまうんですよね。実際には、まだまだWEリーグの価値が高まっていない段階で、世の中にも伝わってないので、自分たちだけで稼げる状態にはありません。それなのに、中の体制だけは真似している状況でした。実質20人ぐらいの組織なのに、本部が「4」、部署が「8」あって、その中でリソースも散漫になり、いろいろなものを同時に追いかけていた印象がありました。それらを“選択と集中”で、やることとやらないことを明確にすることから始めようと。もう一度女子サッカーの価値をしっかりと高めることから始めて、それを伝えることで一人でも多くのお客さんに足を運んでもらう。目的をそこに絞って、収益を上げるための組織再編です。
――部署を統合したことで、リソースの使い方や役割分担も明確になったのですね。JFAとJリーグより人員を補充したそうですが、全体的な人数としてはどのぐらい増えたのですか?
黒田:以前は30人ほどだったのですが、新体制では、役員まで入れると34名です。着任してからの2カ月間は、職員や新たなスタッフ一人一人と何度も話をして、それぞれのやりたいことや強み、女子サッカーやスポーツにかける思いなど、じっくりコミュニケーションを取らせてもらいました。そうすることで、私自身はさらにWEリーグに対する可能性を感じました。というのも、ここは女子サッカーとかスポーツの可能性にかけている人たちが目を輝かせて働いている職場だからです。これまでは兼務が多く、本当によくやってくれていたのですが、一人一人のやりたいことや強みに絞っていけば、2倍ぐらいの業務効率にできる予感がしているので、配置替えも含めて進めています。
――Jリーグの業務に携わってきた皆さんの知見も含めて、適材適所で業務をこなせるようになれば理想ですね。
黒田:そうですね。WEリーグはJリーグで経験してきたことを生かせる場でもあるので、私も含めて、Jリーグで模索しながら業務に携わってきた経験を持つ人からすると、「今起きているのはこういうフェーズのこういうことなんだな」ということがなんとなくわかるので、経験値を生かせる場所という意味でも、WEリーグに可能性を感じています。
自立経営に必要な予算は?「超困難なチャレンジに立ち向かいたい」
――メディア向けに行われた2回目のブリーフィングの際に、黒田さんはWEリーグの目下の課題として「財政面での安定経営」を掲げていました。WEリーグの財政立て直しの見通しへの道のりは、実際かなりハードなのでしょうか?
黒田:Jリーグは今、330億円ぐらいの年間予算を組んでいますが、WEリーグは16億円ぐらいです。Jリーグは試行錯誤を経てそこまで増やすことができましたが、リーグがスタートした31年前は10チームで、今のWEリーグと同じような状況だったわけです。それから遅れること28年で発足したWEリーグが、時間をかけて成熟してきた今のJリーグに一足飛びに追いつこうとしても難しいだろうと思います。まずは価値を高めて、その価値に見合う対価をお金という形でいただけるようにしないといけません。その基本に立ち返り、女子プロサッカーリーグの価値を高め、しっかりと発信して、共感してくださった方から、パートナーやチケットを介した形でお金をいただけるようにしたい。それがビジネスや商売の基本だと思うので、愚直にやるしかないと思っています。
――新体制では経営の健全化に向けて財務委員会が設置されました。その基本を共有して、早速動き出しているのですね。
黒田:はい。第1回は10月に委員会を開いて、今の自分たちの稼ぐ力、いわゆる収益力がどれくらいなのか、まずしっかり現状把握をして、資金ショートを回避するための資金繰りや方策について議論しました。どちらかというと止血法に近い話ですが、もう少し落ち着いてきたら、稼いだお金をどこにどう使っていくかを考えていきたいと思います。今は限られた財源ですが、そこも選択と集中が大切だと考えています。
――これまではJFAからの補助金に支えられている状況でしたが、プロリーグとして成功させるための最低限の収益はどのぐらいだと考えていますか?
黒田:プロサッカーリーグとして自立経営していくなら、現行の12チームでは最低でも15億円くらいは必要だと思います。ただ、その15億を自力で稼げていない現実があるので、まずこの任期の2年で、自分たちでその15億を稼ぐことが、野々村体制での明確な我々のミッションです。
――リーグの収益に連動して、各クラブの予算も増えていくイメージでしょうか。
黒田:そうですね。各クラブが売上を増やせるようリーグとクラブで目線を合わせて取り組もうと野々村チェアは話していますし、それを実行委員会で全クラブの社長にもお伝えしました。WEリーグでは配分金や補助金の話になることが多いのですが、今のJクラブでは、それは売上の1割にも満たない額です。そのことからもわかるように、基本はクラブが自分たちでしっかり稼いで自分たちでビジネスができないと、いくらリーグというプラットフォームがあってもビジネスはやれません。ですから、私たちはクラブが稼ぎやすくなるようなルールやマーケティング機会を創出し、収益を上げやすいプラットフォームになっているかということを常に点検し、議論しながらやっていきたいと思います。
また、リーグ戦の先は世界につながっていると思うので、各クラブがヨーロッパとかアメリカのクラブをベンチマークして、そのクラブに勝つためにどれぐらいの事業規模にしたら良いのか、ということを考えられるようになるのが理想だと思います。
――WEリーグが直面している具体的な課題と、新体制でのミッションがよくわかりました。財政面などの課題感は高いハードルだと思いますが、初動の大胆さや透明性という部分でも、今後に向けて期待が高まります。
黒田:現状のWEリーグの課題を、メディアを通じて共有できる機会をいただけるのはありがたいことだと思っています。WEリーグは今、「お金がない」という状況をはっきりとお伝えしましたが、何に困っているのか、何をやらなければいけないのか、ということを、今後はすべてオープンにしていこうと考えています。課題に対してしっかりと私たちのビジョンをお伝えしていくことで、共感して応援してくださる方も増えてくださるのではないかと思います。WEリーグの「WE」は「ウーマン・エンパワーメント」の意味でもありますが、「私たち」を意味する「WE」でもあるので、この超困難なチャレンジに一人でも多くの方に関わっていただけるとありがたいなと思っています。
【連載中編】なぜWEリーグは年間カレンダーを大幅修正したのか? 平日開催ゼロ、中断期間短縮…“日程改革”の裏側
<了>
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[PROFILE]
黒田卓志(くろだ・たかし)
1978年香川県出身。公益社団法人 日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)事務総長。高松高校を経て筑波大学でプレーし、2001年からJリーグ・大宮アルディージャで約10年間、フロント業務や育成年代の指導に従事。2010年からはJリーグに移り、競技運営部、経営企画部、フットボール本部などで重要なポストを担ってきた。2024年9月より現職。WEリーグ・野々村芳和新チェアの下でリーグ発展のキーマンとして、競技運営やマーケティング、広報から経営企画まで幅広く携わる。
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