なぜ欧州サッカーの舞台で日本人主将が求められるのか? 酒井高徳、長谷部誠、遠藤航が体現する新時代のリーダー像

Career
2024.03.12

ドイツ・ブンデスリーガでは3人もの日本人選手がキャプテンマークを巻いてプレーしている。酒井高徳は2016年から2018年にかけて名門ハンブルガーSVの主将の重積を担った。チームが2部降格の危機に陥ったタイミングでの新主将就任は当時現地メディアでも大きく取り上げられ、酒井はその難しい役回りを十二分に全うした。現日本代表キャプテンの遠藤航はシュトゥットガルトで2021年から2023年まで主将を務め、元日本代表主将で17シーズンにわたってドイツの地でプレーする長谷部誠もたびたび腕章を巻いてプレーしている。彼らは果たしてどのような評価を受けて、欧州の地でキャプテンを任される存在となったのか?

(文=中野吉之伴、写真=picture alliance/アフロ)

新しいキャプテン像と日本人選手の気質がマッチする時代

10年ほど前では考えられないことだが、ここ数年、欧州サッカー界でキャプテンを務める日本人選手が少しずつ出てきている。一昔前ではキャプテンといえば、カリスマ性が高く、全身から闘争心があふれ出て、大きな声とジェスチャーでチームを鼓舞する姿ばかりが求められていたものだ。

だが、時代の変化や選手構成のグローバル化に伴い、キャプテンに求められる能力も変わってきている。チームと監督・コーチをつなぐ存在として、プレーパフォーマンスはもちろんのこと、プロフェッショナルな姿勢で模範的な立ち振る舞いをし、トレーニングから監督やコーチの意向を適切に解釈したうえでどんな時でも手を抜かず戦う姿をみせる選手に、クラブもファンも信頼を寄せる。そうした新しいキャプテン像と日本人選手の気質がマッチするようになってきているようだ。

日本人選手でキャプテンといえばやはりまず長谷部誠だろう。フランクフルトでは長年アルゼンチンDFダビド・アブラハムが主将を務めていた。どちらかというと闘将タイプ。そんなアブラハムが現役引退を決意し、退団した後、元ドイツ代表MFゼバスティアン・ローデと長谷部の2人に白羽の矢が立ったのだった。

2018〜2021年にフランクフルトで監督を勤めていたアディ・ヒュッターはその後ローデをキャプテンに任命し、長谷部は副キャプテンに。ただ負傷離脱することが度々あったローデに代わり、キャプテンマークを巻くことが少なくはなかった。

ヒュッターも長谷部には「心構えやクオリティが素晴らしい。若い選手はマコトから多くのことを学んでいると思う。マコトと一緒にプレーできることは非常に大きい。プロとしてどうあるべきかを学べる対象としてマコト以上の選手はいない。素晴らしい人間で、素晴らしい選手で、チームプレーヤーだ」と全幅の信頼を寄せていたものだ。

2部降格の危機に直面していたクラブの主将に抜擢された酒井高徳

一方でブンデスリーガ1部リーグのクラブで正式にキャプテンを務めた先駆者となると、酒井高徳の名前が挙げられる。2016年11月、かつてはUEFAチャンピオンズリーグにも頻繁に出るほどドイツきっての名門で、レジェンドであるウーヴェ・ゼーラーをはじめ数多くの代表選手を輩出したハンブルガーSVのキャプテンに指名された。

当時のハンブルガーは2部降格の危機に直面していた時期だ。マルクス・ギスドル監督は不振状態のチームにポジティブな変化をもたらすためにと、それまでキャプテンだったスイス代表DFヨハン・ジョルーを外して、酒井を新キャプテンにと任命したのだ。

「ゴウトクはキャプテンとしていま自分たちの状況に必要なすべてを体現してくれる存在だ。ピッチ上で倒れるまで全力を出し尽くそうとする、疲れ知らずの選手。オープンで、正直で、コミュニケーションをとれる」

ギスドルはそう理由を明確に話し、メディアは大きく取り上げた。シーズン途中のキャプテン交代はそうある話ではない。ポジティブな変化をもたらす前に、チーム内に不穏な雰囲気をもたらすことだってありうる。だが、元キャプテンのジョルーも「時に変化が新しい力を生み出してくれる。ゴウはうまくやってくれるはずだ。この困難の時期にみんなで力を合わせて乗り切ることが大事」と酒井への全面バックアップを公言。この交代劇の影響もあり、クラブはこのシーズン、何とか残留することができた。

ただクラブはそこから浮上できず、運営もチームづくりもぱっとしないまま監督が次々に交代していく。翌シーズンの最後にはU-23からクリスティアン・ティッツ監督が就任し粘りを見せたものの、最終的にクラブは2部へと降格していった。クラブ史上初となる転落劇に静まり返るミックスゾーン。それでもキャプテンとして酒井はドイツメディアの前に立ち、口は重くても、それでもはっきりとしたドイツ語で対応した。そして「2部へ降格しても僕はクラブに残るつもり」とすぐに残留表明をしたのだ。この男気に多くのファンから拍手を送られた。

現実は簡単ではなく、その後クラブは昇格を果たすことができないまま、いまも2部を戦いの場としている。1部昇格できなかったことで酒井に対する風当たりも一時期相当に強かった。心を痛めることだってたくさんあったことだろう。それでも酒井は毅然と、常にチームのことを考え、キャプテンらしくあり続けた。

社会の在り方、チームのあり方に順応して、そこで貢献する能力

いまでも酒井の心意気に感謝するファンやスタッフはたくさんいる。

2月、マグデブルクを訪れた。ドイツ・ブンデスリーガ2部の1.FCマクデブルクの監督は、当時ハンブルガーSV監督だったティッツ。ホルシュタイン・キールとの試合を土壇場の同点ゴールで追いついた後の記者会見後に話しかけたら、とても丁寧に対応してくれた。

この日活躍した伊藤達哉について、チームの状況について聞いた後、酒井高徳の名前を挙げて尋ねてみた。「あなたにとって酒井高徳はどんな存在だったのか?」と。するとティッツは、それまで以上に熱を込めて、当時のことを語り出してくれたのだ。

「まず言いたいのは彼に対する最大限の感謝だ。彼のような選手と一緒に仕事ができたことは、私にとって本当に素晴らしいことだった。プレーヤーとしてとても秀逸で、人間としてもとても優れている。私がハンブルクで監督を引き受けることになった時、ゴウはキャプテンだった。優れたリーダーとしてのクオリティを持っていたんだ。私たちコーチングスタッフが考えていることをしっかりと理解して、それをチームへ伝える役割を担ってくれていた。できることならもっと長い間彼と一緒に仕事がしたかった。ハンブルクを離れてから、私たちの道が交差しないのはとても残念なことだ」

今もそうだが、当時日本人選手がブンデスリーガでキャプテンをするというのは考えられないことだった。ティッツにとって酒井がキャプテンだったというのはどんな意味があったのだろう?

「ゴウは日本人ではあるが、大きなメリットを持っていた。まず流ちょうにドイツ語を話すことができたからね。だがそれだけではなく、社会の在り方、チームのあり方に順応して、そこで貢献する能力はすごかった。これはほかの日本人選手全般についてもいえることだが、ゴウはその中でも特に高い規律を持っているし、プロフェッショナルな取り組みを自然としてくれる。今でもよく覚えているんだ。ゴウは誰よりも早くグラウンドに来て、誰よりも最後にグラウンドを去る。身体のケアを一切怠らない。彼が大きな負傷をほとんどすることがなかったのは、そうした姿勢によるところが大きいだろう」

「伝えてほしいことがあるんだ。どうか私からの…」

日本人選手を評価する言葉としてよく「プロフェッショナルさ」という言葉が聞かれる。欧州的なそれと、日本人が見せるそれとに違いはあったりするのだろうか? ティッツはこう話す。

「日本人選手は基本的にみんな謙虚だというのはある。いや、落ち着いているといえるのかな。そこは自分を出していくことで、周囲にいい影響をもたらそうとする『欧州的なプロフェッショナルさ』との違いかもしれない。そうした日本人選手の特性を知って付き合いをすると、『日本人的なプロフェッショナルさ』の良さがよく見えてくるんだよ。ゴウもどんな時でも100%だった。チームの成功のためにすべてを投げ出す覚悟を感じさせてくれた。試合の時だけではなく、練習からずっとだ。そうした心を持った選手がキャプテンとしてチームにいることがどれだけ他の選手の支えになったことか」

このあたりは長谷部、そしてシュツットガルト時代にキャプテンを務めた遠藤航についても同じだろう。

2023年夏、イングランド・プレミアリーグのリバープールへと移籍を果たした遠藤。ここ最近、リバープールのユルゲン・クロップ監督が遠藤を称賛するコメントを出したときに、シュツットガルトファンが一斉に書き込みをしていたことがあった。

「当たり前じゃないか。俺たちのエンドウだぞ」

「エンドウ1人にクラブは救われたんだ。リバープールでも活躍してくれて本当にうれしい」

「少しでもシュツットガルトでのエンドウのプレーを見たことがある人なら彼のすごさがわかっていたはずだ」

「エンドウはこれからもレゲンドウ(レジェンドとエンドウを合わせた造語)だ」

クラブから去った選手が快く思われないことは少なくない。「結局は金の亡者じゃないか」「忠誠心なんてなかったんだ」とファンは嘆いたりする。でも遠藤に対しては違った。みんな感謝の思いでいっぱいなのだ。どれだけクラブのために貢献してくれたかを誰もが感じている。だからいまリバープールでの活躍を、自分たちのことのように一緒に喜んでいる。

ティッツとのやり取りでとても印象に残ることがあった。いくつかの質問を終えた僕が、対応してくれたことに感謝をして記者室から出ようとしたとき、向こうから声をかけられて、そして「伝えてほしいことがあるんだ」と話し出した。

「ゴウに会うことがあったら、どうか私から心からのあいさつを伝えてほしい。また会える日が来ることを本当に楽しみにしている、と」

そう優しいまなざしで、懐かしそうに、心のこもった言葉を残してくれたのだ。どれだけ貴重な存在だったのかをこれ以上深く表すものがあるだろうか。

今回取り上げた酒井、長谷部、遠藤のように、「プロとはかくあるべき」、それを体現できる選手がこれからもたくさん出てきてほしいものだ。

<了>

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