ハンドボール、母、仕事。3足のわらじを履く高木エレナが伝えたい“続ける”ために大切なこと

Career
2024.04.16

「高校卒業後に女子選手の競技登録者数が激減してしまう」ことは、多くのスポーツに共通する課題だ。スポーツ用品を手掛ける株式会社モルテンは、2021年からスタートした「KeepPlaying プロジェクト」で競技継続をサポートする活動の輪を広げてきた。今回は、育児と仕事、競技の“3つのわらじ”で活躍する高木エレナ選手にインタビュー。日本ハンドボールリーグ・三重バイオレットアイリスのゴールキーパーとして日本代表歴も持ち、2度の出産を経て現役に復帰。一時は引退を考えながら、「もう一回挑戦してみたい」と産後の復帰を決断した心境の変化とは? 子どもがいる女性アスリートが競技を続けるための課題や、長く競技を楽しむためのアイデアも語ってもらった。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=高木エレナ)

3足のわらじをどのように履きこなしているのか?

――高木選手は三重バイオレットアイリスのゴールキーパーとして長く活躍してこられた中で、2度の出産を経て、昨年2度目の復帰を果たされました。まず、高木選手が考えるハンドボールの魅力を教えていただけますか?

高木:ハンドボールは攻守の切り替えが早く、「空中の格闘技」とも言われますが、なんといっても一番の魅力はゴールキーパーだと思っています! どんなに苦しい展開になっても、ゴールキーパーが死守すれば流れが大きく変わるのでヒーローにもなれるし、見ていても、やっていても魅力あふれるポジションです。

――攻守のカギを握る、華のあるポジションですよね。高木選手は、アスリートと仕事、2人のお子さんの育児という3足のわらじを履きこなしていますが、どのようなスケジュールで日々を過ごしているのですか?

高木:朝は6時ぐらいに起床して、7時半ぐらいに家を出て、8時半から仕事をしています。今は勤務先のホンダロジスティクスで時短勤務をさせていただいているので、15時半までです。そこから保育園に子どもたちをお迎えに行って、ご飯などを済ませた後、チームの練習が6時45分から9時半ぐらいまでです。練習メニューがウエイトトレーニングの日などはチーム練習には参加せず、個人で家庭に専念させてもらう日もあるので、練習は週に3〜4回ぐらいですね。

――かなりハードな毎日ですね…移動時間も含めると、就寝時間はかなり遅くなりそうですが、体のケアはどのようにしているのですか?

高木:頑張ればその日に寝られるという感じですね(苦笑)。子どもたちと一緒に練習に行くこともあるので、帰ってくるとすぐにお風呂に入らせて、寝かせるときに、自分もそのまま寝落ちしてしまって朝がくることがほとんどです。だからケアはできないことも多いのですが、休みの日に子どもたちと一緒にテレビを見たり、遊びながらストレッチをしたりしています。

出産時に悩んだ引退。復帰後も「技術や試合の流れを読む力は……」

――高校卒業後にさまざまな競技で女子選手の競技登録者数が激減してしまう課題がありますが、「KeepPlaying プロジェクト」の活動についてどんな印象を持っていますか?

高木:私の場合は、好きなことを続けることは自分が思っていた以上に大変でした。今でもうまくいかないことのほうが多く、なぜ私は皆と同じように練習ができないんだろう……と悩む日があります。ですが、苦しかったら苦しかった分、私にしか味わえない楽しさや喜びが返ってきていることに気づきました。このプロジェクトは特定の競技に限定せず、いろんな競技のアスリートの経験や意見を知ることができるので、自分の視野を広げ、価値観を変えるきっかけにもなりますし、最高のアイデアだと感じました。

――高木選手は、キャリアの中でハンドボールをやめることを考えたことはありますか?

高木:1人目を出産する前は、引退を考えていました。日中に仕事をして、夜遅くまで練習をする生活に疲れていた部分があり、結婚もしていたので、一般的な生活に戻りたかったからです。ですが、シーズンが終わったタイミングで妊娠が分かり、なんとなく今お腹に来てくれた赤ちゃんが「今はゆっくり休んでね?」と言ってくれている気がしたんです。それで、自分自身も一度競技から離れてみて、出産後に改めて自分の気持ちと向き合おうと思いました。

――出産後に、競技復帰への思いはどんなふうに変化したのですか?

高木:妊娠期間中はハンドボールから離れてみたり、たまに練習に行ってチームメートの顔を見たりしていました。そこでみんなが頑張っている姿を見たら、自然と「もう一回挑戦してみたい」という気持ちが湧いてきたんです。それで「やってみて、ダメだったらやめよう」と割り切って、まずはやってみることにしました。

――復帰するまでには、体力や試合感覚を戻すのにも苦労されたと思います。その経緯は2020年4月にもREAL SPORTSでインタビューさせていただきましたが、復帰してみて、改めて感じたことはありましたか?

高木:一人目の出産の時は、体力もゼロに近いほど落ちてしまったのですが、出産前には痛みがあったところが自然となくなったりもしたので、トレーニングで体づくりを一から見直すことができました。それと、体力は落ちているけど、技術面や試合の流れを読む力は落ちていないことがわかって、体力が戻れば「ボールを止められる」と思ったんです。それはびっくりしたことですね。

――それは、出産後や、ブランクが空いた中で競技復帰を悩む人にとっても勇気づけられるお話ですね。復帰に際して、他に原動力になったことはありますか?

高木:競技を続けることができているのは、どんな時も味方になってくれて、支えてくれる家族がいるからこそです。いい時もダメな時もそばで見守ってくれて、「ダメな時は休んだら?」と言ってくれたり、「今は頑張ったほうがいいんじゃない?」という声掛けをしてくれたり。常に寄り添ってくれるので、頑張れる原動力になっています。

競技を離れてしまう一番の原因は「本当の楽しさを教えられていないこと」

――女性が好きなスポーツを続けるために、どのようなハードルがあると思いますか?

高木:子どもがいる女性アスリートにとって、競技を続けるための課題は「お金と練習時間」だと考えています。遠征や練習に行く時、どうしても子どもたちを連れていけない場合があります。その時、近くに頼れる大人がいない場合は、ベビーシッターなどに預けるお金がかかります。また、子どもたちが保育園や幼稚園に行っている時間帯に練習ができれば、預ける場所を気にすることなく練習する事ができるので、家族の負担も減ると思います。

――ママさん選手がプレーしやすい環境づくりのためのアイデアや前例がもっと出てきてほしいですね。トップレベルに限らず、部活などをやめた後もハンドボールを長く楽しめるようになるには、どうすればいいと思いますか?

高木:競技を離れる理由はそれぞれだと思いますが、その中でも一番は「その競技の本当の楽しさを教えられていない」ことが原因だと思います。勝負には勝ち負けがありますが、ただ勝つことだけがすべてではなく、スポーツは負けても得られる価値があると思っています。でも、「勝つことがすべて」と教えられてきた指導者は、そう教えることしかできません。指導者が選手にそういう圧を与えて、「正解」を作ってしまうのではなく、時には数多くある選択肢の中から選手自身が決断できるように導けるといいと思います。

 また、選手は「自分たちがどうしたいのか」を考え、作り上げることで、1人1人の自主性や協調性、成功しても失敗しても「自分には価値がある」と自己肯定感が養われると思います。すべてが楽しいことばかりではありませんが、「苦しさの中に楽しさがある」ことを教えられる指導者が増えれば、どの競技やカテゴリーでも、そのスポーツを続けたいと思えるのではないかと思います。チームやクラブ、部活をまとめる監督、選手というそれぞれの立場はあると思いますが、指導者も選手も対等でなければ、本当にいいものは生まれないと思いますから。

悩んだら、「自分の気持ちや直感を信じて決断してほしい」

――指導者の考え方や選手への接し方がいかに重要か改めて考えさせられます。高木選手がこれまでに指導者からのアプローチや、かけられた言葉で印象に残っていることはありますか?

高木:三重バイオレットアイリスの前監督だった櫛田亮介さんが、選手がやりたいことを尊重してくれたことはすごく大きかったですね。バイオレットも最初はすごく弱くて勝てないチームだったのですが、試合中や練習中にどうするか、選手たちがぶつかり合いながら作り上げていったなかで、2年目にして初めてプレーオフに出場できたんです。そうやって、自分たちで一から作っていく楽しさを学べたことはすごく大きな経験でした。

――産休の時期にはゴールキーパー(GK)コーチとして指導もされていますが、立場が変わったことで、選手への声のかけ方などが変わった部分もありますか?

高木:ずっと選手だったので、その立場から一歩離れた時にも、常に「自分だったらこういう声かけをしてもらいたいな」と考えて選手と接していました。ただ、そこで指導した経験よりも、子どもが生まれてからのほうが、考え方とか言葉のかけ方は変わった感じがありますね。

――今、競技をやめるかどうか悩んでいる選手から相談されたら、どのようなアドバイスをしたいですか?

高木:私自身、社会人になるまで周りの人の意見を気にして過ごしてきたのですが、出産してからは自分で選択しなければいけないことが増えて、「自分がどうしたいか」をすごく考えるようになりました。自分で決めたことなら、「競技をやめる」とか、そうでない選択をしたとしても、次に生きると思います。でも、誰かに「あなたはこうしたほうがいいよ」と言われて決めて失敗したら、その人のせいにしてしまうかもしれません。だから、自分の中で「これをやってみたい」ということがあるのなら、「その気持ちや直感を信じて動いてほしい」と声をかけたいと思います。

年齢関係なくさまざまな競技を経験する場所を

――これからスポーツを始める子どもたちの目線で「続ける」ためのアイデアがあれば教えてください。

高木:子どもにもスポーツをしてもらいたいと思いますが、仕事をしながらだとなかなか送迎できないので、送迎バスを使えるチームが増えればいいなと思います。また、子どもが通うクラブや大人のチームでも、親子で一緒にスポーツを楽しめる時間ができたり、年齢関係なく一緒にスポーツできる場が増えたりすると嬉しいですね。さまざまな競技のクラブ同士が連携して、お互いのスポーツを経験する場所があっても面白いと思います。

――他のスポーツを気軽に体験できる場ができたら、高木選手が挑戦してみたいスポーツは何ですか?

高木:GKは動くこともありますが、止まっていることもあるので、ハンドボールに近いけど、身体接触があるラグビーはやってみたいですね。あとはボクシングにも興味があって、機会があったらやってみたいなという思いがあります。

――団体競技と個人競技が連携して、体験できる場もあれば面白そうですね! 今後、「KeepPlaying」を広げるために、ご自身が行動に移していきたいことはありますか?

高木:なかなかSNSなどで発信することが出来ていませんが、いい情報はもちろん、続けていて大変なこと、よりリアルな意見を発信することで、もっとハンドボールという競技の現状をイメージしやすくなると思うので、発信していきたいと思っています。また、小さな子どもたちにいろんな競技に触れてもらうためにも、スポーツができる場所や、自分自身の体験談を話す場を作っていきたいと思っています。

<了>

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[PROFILE]
高木エレナ(たかぎ・えれな)
1991年1月30日生まれ、福島県出身。日本ハンドボールリーグ・三重バイオレットアイリス所属。ポジションはゴールキーパー。日本体育大学時代の2009年にU-20ジュニアアジア選手権(銀メダル)、2013年5月にはU-22東アジア選手権(銀メダル)に出場。2016年には日本代表にも選出された。結婚後の2018年12月に第一子を出産。産休中はゴールキーパーコーチとしてチーム支え、JISS(国立スポーツ科学センター)と連携しながらの「産後復帰プロジェクト」を経て、2019年9月に本格復帰(旧姓・山根)。現在は2児の母として育児をしながらホンダロジスティクスに勤務し、競技との3足のわらじでプレーを続けている。

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